LEE KIT & MASAYA CHIBA

「痛みを感じた時に流す汗」がつなぐもの——リー・キット 千葉正也 to sweat 流汗@シュウゴアーツ(〜8/22)

香港出身で現在は台北を拠点とするリー・キットと、形式からはみ出た表現方法でいつも驚かせる千葉正也。手紙のやりとりから始まった異色の2人展とは?

TEXT BY MARI MATSUBARA
PHOTO BY MANAMI TAKAHASHI

ギャラリーの入り口。

ベンチが置かれた空間にリー・キットの映像作品が。

半分だけ開かれたギャラリーの扉の先に見える、壁のプロジェクション。サーキュレーターの風に煽られて壁に貼られた紙片が揺れ動く。床に落ちている黒いTシャツの胸にはメッセージが書かれている。細い通路を抜けて奥の部屋には、床の上に立てかけられた油彩画、その脇にバナナやリンゴが転がっている。ゆっくりと色や形を変える雲が映し出されたスチールのタブロー、壁にかけられた立体作品。

奥の部屋へと続く通路。展示室に置かれたサーキュレーターの風が壁に貼られた展示物を煽る。

強いテーマ性や二人のアーティストの思考の確固たる往還を読み取れはしないのだが、そこはかとなく一貫したムードが漂う不思議な空間。この展覧会を開催するに至った経緯を、まずは2人の間に入って一緒に展覧会を作り上げたシュウゴアーツのディレクターである石井美奈子に話を聞こう。

「2人は同じ世代で、20代の頃から国際的にアーティストとして活動し、共通点が多いのです。政治的なことや世の中の理不尽に対してはっきりとした意見を持つタイプでありながら、制作に関してはポリティカルアートなどとは最も遠いアプローチをとるところも似ています。そんな二人が一緒に空間を作ったら面白いのではないか?と考えました。初めは千葉さんにキュレーションをお願いし、千葉さんから何人かのアーティストに声をかけてグループ展にしようかと思っていましたが、最終的にはキットさんとの2人展という形に落ち着きました」(石井)

右から千葉正也、リー・キット、ディレクターの石井美奈子。会期の直前に2人は合流し、やりとりを重ねて展示の最終形を作り上げていった。Photo_ Wang Lu

キットと千葉の出会いは2015〜16年にかけて広島、台北、ソウルを巡回したグループ展『ふぞろいなハーモニー』でのこと。レセプションの後にアーティスト同士がバーに集まり、夜遅くまで語り合ったのだが、その時からの知り合いだという。

「キットさんの作品も人間性も大好きで尊敬しています。会ったのは10年以上前ですが、その後2019年の民主化デモにまつわる香港の政変や警察と市民の衝突、激動する状況下でキットさんがどんな活動をしているか、その作品や動向を人づてに聞いていて、ずっと気にかけていました。今年3月に久しぶりに僕からキットさんにメールを送り、そこからやりとりが始まって今回の二人展を作り上げていきました」(千葉)

千葉正也|Masaya Chiba 1980年神奈川県生まれ。東京都在住。作品は自作したモチーフを繰り返し用いたり、取り巻く環境や過去の出来事から採取したイメージをキャンバス上に再現したりと、自ら選んだ対象に何度でも立ち返り、能動的に関わるプロセスを経て描かれる。近年の展覧会に「千葉正也個展」東京オペラシティアートギャラリー(東京、2021)「The 11th Asia Pacific Triennial of Contemporary Art」Queensland Art Gallery & Gallery of Modern Art(オーストラリア、2024)など。

「マサヤから二人展はどうかというメールをもらって、シンプルにOK!と答えました。彼のペインティングは好きですし、10年以上前に話した時、いい印象でした。お互いの作品が似ているわけではないけれど、制作のアプローチは近いものがある。距離感を保つとか、世の中を画家として捉えること、自分が絵描きだと声高に主張しないところも2人の共通点だと思います」(キット)

リー・キット|Lee Kit 1978年香港生まれ。台北在住。プロジェクターによる光、映像、音、言葉やファウンド・オブジェなどのメディアを素材として用いながら制作される作品からは、常に絵画表現を先鋭的に拡張していこうとする意思が読み取れる。世界情勢に揺れ動いてきた都市、香港を出自にするリーは、同時代の社会や政治状況に問題意識を持って向き合っている。近年の展覧会に「His gaze has turned in to disdain for those who are well-intentioned yet incapable. (A quiet day)」Fridericianum(カッセル、2025)。Photo_ Wang Lu

展覧会タイトル「流汗 to sweat」は千葉が考えた造語だという。

「解釈は人それぞれに任せたいのであまり限定的な説明をしたくはないのですが、今回展示されているキットさんの作品《He came here to sweat》から引用した言葉です。キットが『身体に痛みを感じた時、汗をかいた』と言っていたんです。それ以外にも、内面的・心理的な痛みを抱えた時にもその痛みのことしか考えられなくなって汗をかいたと。外的な要因によって身体のコントロールがきかなくなっている状態、その結果、静かに佇むしかないような状況は、キットの作品を見ている時の感覚に近いなと、ふと思ったんです」(千葉)

リー・キット《He came here to sweat》2026年

「《He came here to sweat》は、私が今年1月に東京に滞在した時に作った作品です。汗をかくことはフィジカルで、自然な現象であり、自分でコントロールすることはできません。直接的に政治的な意味合いを持つ言葉、たとえばHe came here to suicide などにすることもできましたが、それより、あまり意味のない言葉を選びました」(キット)

不条理、暴力、抵抗、衝突などを目にしながら何もできない時に感じる怒り、無力感を背景として静かに流れる冷や汗を示唆しているのだろうか。

2人の間のメールの往復が4〜5回続いた後、6月に千葉が台湾にあるキットのアトリエを訪問。7月上旬にまず千葉が〈シュウゴアーツ〉に赴き、自分の作品を設置した。同時にキット宛ての指示書を書き、その日の正午に訪れたキットに渡して千葉は帰宅。キットは千葉が残した作品とメモを見てインスタレーションを引き継いだという。まるで連歌のようなプロセスなのだ。

リー・キット《Dementia》2026年 スチールの板にスプレーでペインティングをし、その上にループ映像を投影した作品。

右/リー・キット《A blank stare 21》2026年 スチール板にスプレーペインティング

「マサヤの指示書を受け取って、展示を見て、もう出来上がっているじゃないかって思いました(笑)。僕はサウンドトラックを制作するだけでいいかなと一瞬思いましたが、それではあまりにもエゴイスティックなので。そこで、マサヤが住んでいる東京郊外の街に突然、行ってみました。彼が暮らしている街の雰囲気を肌で感じて、彼がたびたびゴーストのような存在を描く理由もわかった気がするし、抱えている感情を自分も共有できると思いました。僕たちはアンダーグラウンドなんですよ。その中でもマサヤはチャレンジングで実験的なことができる、格好良くてクールなバンドだとすれば、僕はアンダーグラウンドと言いながらイージーリスニングな曲を作っちゃう。彼みたいにクールになれない(笑)」

床に置かれた黒いTシャツの胸には「A funeral for every morning」というメッセージが書かれている。それにしてもなぜ床に?

リー・キットが着用した自作のTシャツも展示の一部となった。胸の部分に「A funeral for every morning」の文字が。

「このTシャツにプリントした言葉は去年、僕がドイツで思い浮かんだもので、映像作品のための言葉でした。そのセンテンスが心に残っていて、Tシャツにして自分で着ていたもの。作品じゃないんです。たまたま今回それを持ってきていて」(キット)

「Tシャツは最初、ハシゴにかけられていたのですが、それを床に置くのはどう?と僕が提案してこうなりました。会場のバランスを見てその方がいいから」(千葉)

「毎朝のためのお葬式――このセンテンスは悲しい気持ちにさせる一方で、美しいリセットだとも言えますよね。何かのステイトメントのように壁に仰々しくかけるのではなく、打ち捨てられたように床にある方がいいと思いました。『これ、床に置いていい?』『いいよ』。別にアートについて議論しなくても、これが僕たちのコミュニケーション方法だったんです」(キット)

キットの作品《Quiet will》は床スレスレの壁の下の方に丸く投影されたプロジェクション作品。映像とメッセージがループで流れている。「表情は穏やかで、静かに落ち着いている」「結局のところ、彼にできることはそれだけ」——このような言葉から、どうにもならない世の中に対する明るい諦観のようなものを感じられるが。

リー・キット《Quiet will》2026年 6分54秒の映像がループする。「表情は穏やかで、静かにみちている」「結局のところ、彼にできるのはそれだけ」など示唆的な言葉が続く。

「以前は政治的なことを声高に話すことが難しかったけれど、今は口を閉ざす方が難しい。SNSで誰もが声をあげ、注目を集めたがっているようにも見えます。僕はアートで世界を変えられるとは思わないけれど、アートを制作することによって自分自身を、ひょっとしたら他人をインスパイアすることはできるのではないかと考えています。声高に何かを語らない、表現せずに静かでいることに対して寛容になることも大事ではないか、それがデモクラシーにつながると思っています。僕としてはgive upではなくて、let it goという気持ち。諦めてはいないけれど、物事をあるがままにしておくというか、手放すというか。ただ単に手放すというよりは、その先どうなるかを予測してきちんと準備をしておけば、望む方向に物事は動くということがわかっているので。なので、静観すること、静けさを守ることは大事だと思う。誰しも人生に対する失望や諦観は感じるものでしょうが、マサヤの作品にもそういう部分が読み取れます」

10歳の時にテレビで天安門事件を目撃し、民主化運動と政変に揺れる故国・香港を離れ台湾へ拠点を移したアーティストの想いが透けて見える。

千葉正也《絵画と手紙(偶然並ぶ記号)》2026年 油彩の横に、母からの手紙を30カ国語に訳してプリントした紙がずらりと貼られ、全体で1つの作品となっている。手紙の内容は、郵便貯金の解約や軽自動車税の件など、事務連絡なのが可笑しい。

千葉の油彩画に頻繁に現れる棒と球体。これは四角い画面を塞ぐバッテン印で、画布のサイズに合わせて拡張する。絵画の枠組み自体を表現する存在だそうだ。また、分子構造のように、物質が複数のものの組み合わせで成り立っていることを表し、それがすなわち絵画のアイデンティティを表していると千葉は言う。

いつも直感的に制作する千葉。今回は「風」を起こしたいと考えサーキュレーターを使い、壁にはパンが入っていたビニール袋を貼った。

千葉正也《絵画と野菜#31(家族)》2026年 千葉の油彩はモチーフの不思議さもさることながら、古典的なイタリア絵画を思わせるような精緻な描写や巧みな筆遣いも魅力。

千葉正也《道(再構成)「もしルールを変えたら全ての悪霊が帰ってきてお前たちを呪う》#1 2024年-2026年

千葉正也《道(再構成)「もしルールを変えたら全ての悪霊が帰ってきてお前たちを呪う》#1 2026年(部分)

油彩作品とは別に、千葉は立体作品も展示している。意味があるような、ないような形態、素朴な佇まいが魅力的だ。《花壇》《庭》と題された作品には(拡張された)というサブタイトルが後に続いている。

「作品にQRコードが貼ってあって、ぜひそれをスマホで読み取ってみてください。動画が見られますが、それを含めての作品です。自分の家の庭に自作のオブジェを置いて違う角度で何度も撮影した映像や、20年前に撮った謎のビデオなど、次々とコラージュのように出てきます。何かものが置いてあったり、生き物が動いていたりするのを見るたびに、自分は『これは一体なんだろう』と考え始めて、訳わからなくなっちゃうんですよ。論理的な思考が立ち上がらず、ぼんやりとした状態で身動きできなくなる、そんな感覚を、絵画を一つの手法として表現しているんです。たとえば花壇や庭を眺めていると次々とイメージや記憶が拡張していく、何を見てもそういうもんだと思っているんです」

千葉正也《庭(拡張された)》2026年 この作品はギャラリー内の小部屋の中にある。中央に小さいQRコードが貼ってある。

紙でできた立体に、玄関先の鉢植えの花を撮影した写真が貼られている。これにも動画のQRコードが貼られているのでお見逃しなく。

論理的に説明できない何か、を表現するのはアートの基本なのだろうが、怒りや困惑などの感情を激しい形にするのではなく、一見穏やかでのどかとすら思える見え方で作品を提示しているキットと千葉。作品の奥に何らか不穏さや悲しみや混沌を感じた時、鑑賞者である私たちはゾッとして冷や汗をかくのだろうか。

会場風景。時折、キットが製作したサウンドが流れる。

リー・キット 千葉正也 to sweat流汗


会期=開催中〜8月22日(土)
※ただし8月9日(日)〜17日(月)は夏季休廊
会場=シュウゴアーツ(港区六本木6-5-24 complex665 2F)
開廊時間=11:00〜18:00
休廊日=日・月・祝