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画家・森本啓太〈アトリエはリバーサイド〉——鈴木芳雄の「アトリエ探訪」⓫

多少でも熱心な美術ウォッチャー、絵画ファンの間でここ近年、急に名前が挙がるようになったのが森本啓太である。しかも海外でも同時多発的に。新しい才能の発見は喜びだ。すでにコレクターたちは作品入手に色めき立ち、アートブックストアでのブックサイニングには若い人の長い列ができるアーティストである。

TEXT BY Yoshio Suzuki
PHOTO BY Mie Morimoto
courtesy of KOTARO NUKAGA

今年5月、表参道ヒルズの開業20周年を記念するヴィジュアルを画家の森本啓太が手がけた。周年記念ヴィジュアルと聞くと、安易にイメージするのは目立つロゴとかカッコいいグラフィック、あるいは新しいキャラクターをつくり親しみやすく訴えること。ところが表参道ヒルズはそれを選ばず、森本がこれまでも描いてきたモチーフである東京の今の若い男女、しかも都会ならではの光の中にごく当たり前のように身を置いている若者の絵を仕掛けた。

いつの時代も都市はまるで人間の成長を追い越す勢いで進化し続ける。建物は建てられ、壊され、また建てられる。建物の命は人間の一生より短いのか。その街に現れる人たちも変わっていく、風貌、ファッション、立ち居振る舞い。人生の折々で。そしてそんな街を照らす光が気づかないうちに時代とともに変わっている。発光するのは白熱球や蛍光灯やネオンではなく、LEDになった。クルマのヘッドライトはずっと小さくなり、しかし明るさは以前より増している。人々の手元にはスマートホンが1台ずつあり、そのバックライトが認識票、あるいは救難信号でもあるかのように灯っている。

《Things we couldn’t remember》2026, Acrylic and oil on linen, 218.2 x 291.0cm Photo by Osamu Sakamoto, Courtesy of Artist and KOTARO NUKAGA

都市を、そして都市にとって、大きな要素である光を森本は捉えてきた。それぞれの時代を生々しく描くアーティストはそれぞれの時代にいたはずだ。現代(いま)もきっと多くいるだろう。けれどもなぜ、森本の絵にだけは多くの人が深く惹かれてしまうのかといえば、その一つは巧みな光の描写だろう。

そのことは森本が優れた観察眼を持ち合わせているというだけではない。彼は古典技法に高い関心を寄せ、それを徹底して学んだ成果としてもあるのだ。彼は以前のインタビューで、レンブラントの光、カラヴァッジョの光について話してくれたことがあった。あるいは油彩を描くときの思い切りの良さについてはマネやサージェントの作品を例に挙げて。筆使いについてはモネやデ・クーニングの作品を例に挙げていた。ペンで線を引くことに関してはホックニーの繊細な線に感嘆を込めて解説しながら。

そういうものが彼の中にあること。絵を見る者にとっては知っていても知らなくてもどちらでもいい。しかし、目の前にある森本の絵に惹かれるという現実は確かにある。視線も誘導されている。そのことすらも気持ちがいい。それでいい。

《Where we once stood》(部分)2025 Acrylic and oil on linen 162.0 x 259.0cm Photo by Osamu Sakamoto. Courtesy of Artist and KOTARO NUKAGA

現在のアトリエの前に使っていたアトリエも訪ねたことがある。それはいわゆる山谷(さんや)と呼ばれる地域(住居表示としては無い地名)で昭和の頃は簡易宿泊所が立ち並ぶ労働者の町として知られていたが、現在では安価な宿がいくつもあり、東京都心に近い地域として、外国人バックパッカーらにも人気の土地となっている。

そんな場所にアトリエを構えていたというのもユニークでその物件自体もなかなか気に入っていたようだが、このたび新たに設計したアトリエに移ったというのでおじゃましてきた。山谷地区ではないが、以前のアトリエからは歩いて15分くらいの、やはり、東京東部エリアだ。

この地域は浅草の例を出すまでもなく、もともと江戸の文化が色濃く残っているところで、最近ではNHK大河ドラマで浮世絵の蔦屋重三郎が主人公になったり、東京スカイツリーが出来たり、観光地としても人気が高まるばかりである。

森本啓太はもともとこの近隣の出身かというと、まるで違って、1990年、大阪生まれ。高校の途中でカナダに移り、オンタリオ州立芸術大学を卒業し、その後もカナダでアーティストとして活動したのち、コロナ禍の2021年に帰国して、現在は東京を拠点にしている。

「東京のこういう地域に落ち着いたのも、そもそもは帰国して東京藝大に行こうと思っていたんです。結論から言うと、それは果たせず、そのうち、SNSでギャラリーオーナーと知り合って、活動していって現在に至るという感じですね」

発見されるべき才能は遅かれ早かれ、見出されるという例だ。日本の芸術大学の大学院でさらに研究をしてからという彼の思惑よりも早く、事態は動いていき、現在の彼がある。まるで彗星の如く現れ、あれよあれよと人気画家の地位を得てしまったように見える背景にはそんな小さなストーリーがあった。

さて、新しいアトリエの話だ。設計事務所と相談して3階建てのアトリエ兼自宅を建て、昨年の4月に完成した。1階部分がアトリエになっていて、天井が高く、なので建物としては4階建相当ほどの高さがある。建築にあたり、土地の地下に防空壕(3×10mのコンクリート空間)が眠っていることが発見され、杭を打つための貫通・撤去作業に時間がかかった。

「このあたりは歌川広重の版画にも描かれていて、全部、田んぼでした。ここの川がいいなと思ったんです。昔からリバービューみたいのに惹かれていたので。目の前がビルというのは避けたいと思っていました。ここは公園囲いで川があるので、もう建物は立たないというのがいいなと」

そういった気持ち的な立地も重要だが、建物の機能も大事で、例えば、大きな絵が容易に出し入れできるかどうか。画家にとってそれは切実な問題なのである。アトリエを設計するにあたって、キャンバス規格の中で最大級のサイズである500号(3333×2485mm)の絵が搬入搬出できるようにしてある。そして、採光や照明もアトリエにとって大事な案件。

「いろんなギャラリーをまわって、これ参考にしたい、みたいに見つけていったんです。窓も少し考えたんですけどね。高い位置にスリットのように入れたらいいのかなとか。でも、時間に自分の作業が左右されるのが嫌だったのでやめたというのはあります。体内時計はかなり正確な方なので、時間はわかるんですけど、あー、暗くなってきたなというので焦りたくないというのがあります。アトリエというと北側の窓とか、天窓とかが備わっているというのもいいですけどね」

今年はスペイン、マヨルカ島で1カ月ほど、アーティストレジデンスに滞在してきた。昨年、デンマーク、コペンハーゲンで展示をしたとき、関係者が声をかけてくれた縁からだった。そのコペンハーゲンでヴィルヘルム・ハンマースホイの絵を多く見る機会があったのも良かった。そして今回、マヨルカ島の帰路、立ち寄ったマドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館でハンマースホイの展覧会をやっていて、再び見る機会が。

「コペンハーゲンの展示で僕の絵に関してテキストを書いてくれた人が、ハンマースホイのことに触れていたりして、マドリードでまた出会って、僕ももうちょっと静粛を取り入れていきたいなという気持ちですね、今は」

東京の喧騒から逃げ出すというわけではないけれど、新しい企画として、描く地域を大きく広げることも考えているようだ。東海道五十三次にまつわる企画を練っていたのだという。

「東京も人混みがますます進んだり、描きたいモチーフも減ってきたので、最近では取材も郊外の方に行ってたんですけど、東京からもっと離れて、いろいろと回れたらいいなと思って、手始めに東海道五十三次を現代の視点で捉え直すことをやってみようかと。まあ、それに限らず、さまざまなルートも考えています」

7月5日まで銀座のポーラミュージアム アネックスにて上田暁子、石塚元太良との3人展「Worlding − No Oars, No Shore,」が開催中である。

《While the City Sleeps》2026, Acrylic and oil on linen, 162.0 x 194.0cm Courtesy of Artist, KOTARO NUKAGA

森本啓太|Keita Morimoto


1990年大阪生まれ。2006年にカナダへ移住し、2012年オンタリオ州立芸術大学(現・OCAD大学)を卒業。カナダで活動したのち、2021年日本に帰国。現在は東京を拠点としている。「光」を象徴的に描くことによって一見ありきたりな現代の都市生活のワンシーンを特別な物語へと変貌させる。彼はバロック絵画や20世紀初頭のアメリカン・リアリズム、そして古典的な風俗画の技法やテーマに強い関心をもち学んできた。現代社会を描きながら、歴史のもつ深みや複雑さが共鳴する所以である。2025年には金沢21世紀美術館で個展「whathasescapedus」を開催。ほかにトロント・カナダ現代美術館、K11MUSEA、宝龍美術館、Art Gallery of Peterborough、The Power Plant Contemporary Art Gallery、フォートウェイン美術館などで展示されてきた。滋賀県立美術館、京都市京セラ美術館、アーツ前橋、ハイ美術館(アメリカ)、Fondazione Sandretto Re Rebaudengo(イタリア)、マイアミ現代美術館(アメリカ)に作品が収蔵されている。

profile

鈴木芳雄|Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。明治学院大学非常勤講師。雑誌「ブルータス」元・副編集長(フクヘン)。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。雑誌「ブルータス」「婦人画報」「ハーパーズバザー」などに寄稿。