気候変動や少子高齢化が加速し食料問題や環境問題がますます深刻化するなか、これから人類はどう自然環境と向き合うべきなのか? ㈱SynecOの代表取締役社長であり、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の研究員、京都大学で特定教授も務める舩橋真俊が2025年11月に刊行した『拡張生態系——生命から照らす人類・地球・科学の未来』は、「拡張生態系」なる概念を通じてこの問題に取り組む大作だ。クリエイティブディレクターの馬場鑑平がクリエイターの創作の秘密に迫る連載「CREATIVE PROCESS」第10回は、舩橋が研究拠点とする大磯の農園を訪問。拡張生態系の実践に触れながら、これからの人類がどう自然と向き合うべきか尋ねていく。
TEXT BY Shunta Ishigami
PHOTO BY Manami Takahashi

舩橋が主催する一般社団法人シネコカルチャーが運営する大磯の農園。香椿(チャンチン)やレモングラス、ローズマリー、レモン、長芋など、さまざまな有用植物(食料や香料など人間の生活に役立つ植物)が植えられている。
台風が来るほど作物はよく育つ?
馬場 実は去年舩橋さんたちが運営されている大磯の農園(※1)を訪れる機会があったんですが、嗅いだことのない香りのする植物がたくさんあるし、農園でつくられたフェンネルを食べてみたらめちゃくちゃ美味しいし、とにかく衝撃を受けたんです。その後、舩橋さんの『拡張生態系──生命から照らす人類・地球・科学の未来』(以下、『拡張生態系』)(※2)を読んで、その思想の射程にも驚かされました。でも、その衝撃があまり世の中に伝わっていないんじゃないかと感じていて。この畑の体験と拡張生態系の概念の面白さを伝えていけないかと思って、本日は再び大磯にやってきました。
『拡張生態系』を読んで驚いたのは、自然をコントロールするかそのまま守るかという二元論ではなく、人類が介在することで自然の力を借りながら生産性を上げられること、そしてそれこそが人類の生きていく道だと書かれていたことでした。そう考えると、この大磯の農園は最も小さな実践のひとつとして位置づけられるのかなと思ってるんです。
だからまず、この農園のお話から伺いたいと思っています。ここは自分たちで食べたいものを植えたりカメラやドローンで農園の状態をチェックしたりするなど、人為的に介入しているけれども、同時に動物や気候の影響を受け入れてもいて、生態系自体が常に変化しているわけですよね。ある意味、自然に任せるようにして作物が育てられているというか。
※1:神奈川県大磯町にあるSynecoculture™(シネコカルチャー)(※3)の実験農園。2021年に開設され、舩橋が代表理事を務める一般社団法人シネコカルチャー(同農法の教育・普及を担う非営利組織)の活動拠点のひとつとして食料生産の実証実験が行われている。
※2:人間が生態系に手を加えることで、生物多様性と人間にとっての有用性をともに高めていくという概念。複雑系科学を基盤に舩橋が提唱。2025年刊行の同名の著書も発表された。
※3:全面的に耕したり、肥料や農薬を使わず、種と苗以外を持ち込まない条件で、多種多様な有用植物を混生・密生させ、生態系の自己組織化を活かして食料を生産する農法。拡張生態系の実践形にあたる。舩橋がソニーCSLで科学的に定式化し、2021年より株式会社SynecOを通じて社会実装を推進している。Synecocultureはソニーグループの登録商標。

昆虫やそれを食べるためにやってくる小動物など、さまざまな生き物の影響を受けながら農園は日々変化している。虫や小動物を排除するのではなく生態系との関わりのなかで作物を育てるのがシネコカルチャーの特徴のひとつだ。

舩橋によれば、昆虫や動物との相互作用や無施肥という環境によって、この農園で育った植物は同じ種であっても一般的に売られているものとは異なる匂いや味わいをもったものになっていくという。
舩橋 ここには昆虫やそれを食べる小動物や鳥が自然に集まってきていて、お互いに影響を与えあっています。そこには微生物も含まれますし、台風の時は雨から海の微生物も入ってきます。生態系には「自己組織化」と呼ばれるダイナミクスが根本にあり、自律分散的に最適化が行われている。そんな自己組織化を農業へと活かすために、ぼくらは多様性や機能性、有用性の指標をマネジメントしているんです。「今年は台風が多く来そうだから、そういうものに強い植生にしよう」といった舵取りはするけれども、実際はいろいろ流されてもいるので、ヨットを操縦してるのに近い感覚ですね。決めた方向に直接移動できるわけではないけれど、舵は取れる。
馬場 厳密にコントロールするわけじゃないけど、いくつかの指標が最大化されるように調整していくってことでしょうか。
舩橋 常に調整しています。今年は植物が例年より育ってるんですが、それは台風のおかげです。台風が来ると農作物が被害を受けると思われがちですが、シネコカルチャーにおいてはむしろ降雨が増加するので成長が加速し、更に天候不順がある方が多様性も収量も増えるという統計があるんです。
生態系においては「Aが起きたからBになった」という単純な因果関係だけですべてを解釈できるわけではなく、システムレベルで多様性や生産性を維持する機構が備わっている。データを見る限り、天候が揺らぐほど共存できる種数が増えて、収量も上がっていく。その理由はまだ科学的に解明されきっていませんが、西アフリカのブルキナファソでやっても日本でやっても同じ傾向が見られるんです。こうした生態系のもつ性質を活かしながら、システムレベルの情報を捉えてマネジメントしています。
食料生産は科学的に解明されていない

農園内にはカメラも設置されており、タイムラプスで成長の様子が記録されている。目視の観察やドローンによる撮影も組み合わせながら、植物の状態だけでなく複雑性や植生の状態が定期的にモニタリングされている。
舩橋 馬場さんは、サーフィンってやったことありますか? あれって人間がコントロールしている行為だと思います?
馬場 ぼく自身はやったことがないんですが、人間がサーフボードを操作してるし、一応コントロールしてると言える気はします。
舩橋 でも、強い波が来たら人間は流されてしまいますよね。実際は流されてるのにコントロールした気になってるのか、何かエッセンシャルなところで人間がコントロールしているものなのか。そういうベースラインの曖昧なものって、実はあまり言語化されていません。そもそも太刀打ちできないほど大きな規模で地球環境が変動しているので、食料問題や環境問題を考えるためには、まず人間に何がコントロールできるのか考えていく必要があるんです。
馬場 「ベースライン」というのは、行為の前提になっている状態のことですね。サーフィンならその日の海や波のコンディション、農業なら土や気候、生態系の状態。たしかにコントロールを考えるなら、前提となっている状態を理解しないと、良し悪しの判断もできなくなってしまう。
舩橋 これからサーフィンに行くのに「今日のサーフィンは理想の状態ですか」と聞かれたら、「それは海を見てみないとわからない」と普通は言うでしょう。ところが、食料生産の話になった瞬間に正しい方法を問えるかのように思われてしまう。これまでの慣行農法(※4)はこうした問題を考えないようにするために、人為的にベースラインを設定していただけなんです。
馬場 ぼくらが慣れ親しんでいる普通の畑は、人間にとって不確定な要素がない、人工的なプールのようなものってことですね。
※4:化学肥料や農薬の使用を前提に、耕起した農地で作物を栽培する一般的な農法。単一の作物だけを大面積で育てる方式はモノカルチャーと呼ばれる。

農園内で芳しいチャンチンの葉を食べてみるなど、その場で育った植物を実際に味わいながら取材は進んでいった。

新たな植物や野菜の種を植える際には、複数品種を組み合わせているという。すでに植えられている苗の間に、複数品種の種を適切な密度で播種していく。
舩橋 そもそも食料生産は、まともに科学化されていないと思っています。最適化する際は前提条件が必要になりますが、食料生産の議論になると前提条件が考慮されないまま最適化されてしまう。単にビジネスとして成り立つかどうかを見ているだけで、環境への負荷のように市場の外側に押しつけられるコスト(外部性)が視野の外に追いやられてしまっている。
馬場 多くの場合は、工場のように食料生産が行われているということでしょうか。
舩橋 工場だったらまだいいのですが、慣行農法には実は長期的なスケーラビリティがあまりないので、工場にさえなっていないと思います。日本で最も進んでいる稲作も、地形による制限や人件費を考えたらスケーラビリティがなくなってしまいますから。
馬場 20世紀初頭にハーバー・ボッシュ法が発明されて、空気中の窒素からアンモニアを合成できるようになりましたよね。その結果、化学肥料によって食料生産量がものすごく増えた時代があったと思うんですが、あれも一時的なものでしかなかったんでしょうか。
舩橋 いま、窒素は大部分海に出てしまってますからね(※5)。あれは窒素を活用できるようになったのではなくて、窒素を破壊的に動かせるようになっただけなんですよ。表土から窒素はどんどん乏しくなっています。
※5:農地に投入された窒素肥料の多くは作物に吸収されず、河川や海に流出して富栄養化などの生態系攪乱を引き起こしている。地球の環境容量を示す「プラネタリー・バウンダリー」の研究では、窒素循環はすでに安全域を超えたとされる。
エコロジカル・リテラシーが育まれる環境
馬場 いま大磯の農園にはアケビやレモングラス、ウドなどさまざまな植物が生い茂っていますが、6年前はまったくの更地だったそうですね。これは徐々に生態系が変わってきたということなんでしょうか。

舩橋が指し示す高麗山は、幼少期の舩橋にとって遊び場でもあった。現在高麗山の自然林は、神奈川県指定の天然記念物にもなっている。
舩橋 たとえばこの農園の向こうには神奈川最大の原生林があって、タブノキなどが自生しているんですが、江戸時代は焚き木を取っていたのではげ山になっていました。その後、薪炭を使わなくなったので時間をかけて再び植生が復活していき、一時は松林だったのですが、今では原生林に匹敵するような極相林になりました。100年単位の時間をかければ、耕土がほとんどなくても深い森になるというのが生態遷移の力です。植物自体は違いますけれども、この農園では相互作用のタイプとしては同じことを、より多様に拡張された形、加速された形で実践しようとしています。
馬場 森で起きた遷移を、ここでも人為的に起こそうとしているわけですね。

農園に隣接する土地は雑草しか生えておらず、ひび割れた状態になっている。6年前にこの農園を立ち上げたときは、農園側も同じような土壌だった。

6年の歳月を経て、農園と隣接する土地の風景は大きく異なるものとなった。周辺の土地に撒かれる除草剤が、農園側の植生に影響を与えてしまうこともあるという。
舩橋 2010年に大磯で最初につくった第一農園(※6)も、最初は土がカチカチで一本も木が生えていませんでした。それから16年経って、いまではさまざまな植物が育っていますし、夏にはセミが羽化するようになりました。セミは木が生えている場所でしか育たないし何年も土の中で過ごすわけですが、20年経たずにそれまでいなかった生物が現れるようになってきた。私が子供の頃には見かけなかったクマゼミなども、今では頻繁に観測され、農園を賑わしています。自然はかなりダイナミックに変化していて、ベースラインも変わっていくんです。
馬場 そもそも舩橋さんは、なぜこういう考え方に至ったんでしょう。シネコカルチャーや拡張生態系を思いついたきっかけみたいなものはあるんですか?
舩橋 慣行農法のようにこれまで「正解」と言われてきたものの多くは、ごく少ない人口の、ごく一部の地域の、ごく一部の時代に合ったものに過ぎないと思っていて。だから、慣行農法でモノカルチャーの畑の方が生態系の持つ多くの可能性を削ぎ落としていて、ぼくにとっては不自然に思えるんですよね。
馬場 小さなころからずっとそういうふうに考えていたんですか?
舩橋 子どもの頃は野山で遊んでいたので、多様な生物が共存している風景は特別なものではなく見慣れた景色でした。ぼくはもともと獣医学や物理学を学んでいて、複雑系の科学から真面目に食料生産や環境問題を考えようとしたとき、拡張生態系の概念に行き着いたんです。
馬場 大磯はそういう環境が整っていた場所だったんでしょうか。
舩橋 別に大磯が特殊だったわけではないと思いますが、無関係ではないと思います。ぼくが2歳の頃おもちゃを水路に落としてしまったことがあったんですが、「海に行っちゃった」と言っていたらしいんですね。なんで水路が海につながっていると知っていたのか、不思議ではあるんです。音楽教育を受けた人がある程度直感的に音楽を捉えられるように、「エコロジカル・リテラシー」が育まれるような環境があったのかもしれません。
※6:舩橋が2010年の正月にシネコカルチャーの最初の実験を始めた大磯の農園。もともと宅地跡の硬い土地だったが、16年の遷移を経て多様な植物が繁茂している。
拡張生態系は唯一の選択肢
馬場 こうした環境で育つなかで、自然に拡張生態系へ行き着いたということですね。
舩橋 あくまでも拡張生態系は消去法で出てきたものですね。人類が総体的に生き残っていくための方法論を考えていったとき、科学的に可能なアプローチとして拡張生態系しか残らなかった。だから自分が独自に発明した概念というより、やれば誰でもたどり着くようなものだとは思っています。

舩橋が2025年11月に上梓した『拡張生態系──生命から照らす人類・地球・科学の未来』。生物多様性の重要性を説くとともに人間によってどう生態系が変化するのか、食料問題・環境問題の解決に向けてなぜ拡張生態系が重要なのかを解き明かす700ページの大著だ。
馬場 とはいえ、『拡張生態系』はすごい分厚い本ですし、内容も多岐にわたっています。簡単には多くの人に伝わらないものなんじゃないかと思ってしまいました。
舩橋 同時代の人にすぐ伝えるものというより、「未来の古典」というコンセプトの下で書いていったのがこの本でした。ダーウィンの『種の起源』のように、歴史を変える科学書を書こうとしたんです。だからちゃんと評価されるには20年くらいかかるんじゃないかと思っていたんですが、すでにさまざまな分野の方々から非常にいい反響をいただいているので、思ったより早く届いている印象がありますね。
馬場 舩橋さんがすごいのは、理論をまとめるだけではなく、世界各地で実践されていることですよね。2015年にはブルキナファソで実証を始めて、150種の現地作物を混生・密生させることで砂漠化した土地をわずか1年で回復させたと伺いました。収穫物の売上が国民平均所得の約20倍に達したという報告もある。普通はここまでやりきれないんじゃないかと思います。
舩橋 ぼくにとっては、ベースラインがわからないのが気持ち悪いんです。どんなに立派な理論でも、実世界で試行錯誤され検証されない限り、科学的な知見とは呼べない。現在地もわからない、ベースラインもわからないままでは、科学的に考えることはできません。
馬場 でも、拡張生態系は既存の社会構造から完全に隔絶されたパラダイムだとも思うんです。だから、これからどうやって拡張生態系を広げていこうとされているのか気になっています。
舩橋 すでに慣行農法のモデルが立ち行かないところでは、拡張生態系を選択せざるをえなくなっています。たとえばブルキナファソや南米の小規模農家、インドネシアの山間地といったエリアでは、拡張生態系を有効な選択肢の一つとして考慮しなければ、環境を損なわずに食料を生産できない。現に2015年からブルキナファソではプロジェクトを立ち上げ、いまサブサハラの16カ国で40万人以上の人々に作物を届けられるようになっています。これまで環境負荷を生んできた資本主義も、資本の流動性を活用して社会変革に寄与する面がありますから、2021年には株式会社SynecOを設立して、世界各地での実装を加速しています。
馬場 日本でも拡張生態系は広がっていくものなんでしょうか。
舩橋 日本では耕作放棄地が増えていますし生態系への注目も高まっていますから、増えていくとは思います。震災を経て陸の孤島になってしまったような場所では慣行農法ではないモデルが取り入れられてもいますし、高齢化した集落で始めている人たちもいるので、同時多発的に広まっていくものだと思っています。
ぼく自身も株式会社SynecOという企業、一般社団法人シネコカルチャーという非営利組織、ソニーCSLや京都大学でのアカデミックな発信などさまざまな取り組みを行っていますし、多様な視点から必要なことをやっていかなければいけないですね。
現代のAIにサバイバルはできない
馬場 舩橋さんの話を伺っていると、ぼくたち人類は自然環境に対する向き合い方や考え方から変えていかなければいけない気がしてきます。

舩橋らが大磯で最初に立ち上げた第一農園に実ったリンゴ。シネコカルチャーは無耕起・無施肥・無農薬を原則とするが、そんな環境でもリンゴが育つようになっている。

第一農園の脇につくられている公園の土はシャベルも通らなさそうなほど硬い。第一農園の土もかつてはこれくらい硬かったが、徐々に豊かな土壌へと変わっていった。
舩橋 たとえば現代社会において経済価値はまずお金で測られるので、自然環境に投資すると消えてしまうと思われがちです。でも、暑さや豪雨を凌ぎ、我々の生活や文化を支える豊かな生態系として返ってきたりするわけですよね。見えなくなるけど戻ってくる価値をちゃんと社会で共有できるようにしなければいけません。
馬場 このリンゴもすごく面白いですよね。さっき食べてみたんですけど、いわゆる甘くてジューシーなリンゴとはぜんぜん違っていて、いろいろな味が混ざり合っているというか。しかも一食分くらいの充実感がある。
舩橋 すごくお腹いっぱいになりますよね。でも、この無肥料の野生味あるリンゴを食べる体験って、AIには表現できないんですよ。触った感触も違うし、テクスチャーも違う。そもそもぼくたちの脳は現代生活において身体性から乖離してしまっていて、AIはそのうえに成り立っているわけです。だから人体がどうやってできてきたのか、少なくとも10万年ぐらいは遡ってちゃんと意識しなおさなければいけません。
ぼくたちも研究所としてAIを開発していますけれども、いまのAIをそのまま使おうとしても使い物にならない。そもそもいま普及しているLLMの礎になっているトランスフォーマー(※7)だって、内部のニューラルネットワークの仕組みはぼくが大学院生の頃と理論的にはあまり変わっていません。イノベーションが起きたと言われるけれども工学的でヒューリスティックなイノベーションであって、モデルそのものが大きく進歩したわけではありません。依然として、身体性とか生態系の仕組みは抜け落ちてしまっている。
※7:2017年にGoogleの研究者らが発表した深層学習の基盤設計。ChatGPTをはじめとする現在の大規模言語モデル(LLM)の多くがこの仕組みの上に成り立っている。

かつては何もなかった第一農園も、いまでは大きな木が育っている。実際に農園を訪れることで、シネコカルチャーによる農園が一般的に想像される「畑」や「農園」と大きく異なっていることが体感できるだろう。
馬場 いまのAIはテキスト情報だけでなくマルチモーダルに音声や映像も扱えるようになってきているものの、感触や味わいまでくまなく情報化されてはいませんし、仮にそれらがデータ化されていたとしても、人間が経験するのと同じような形でAIが自然を経験できるわけではないですね。最先端のAIはほとんどの人間より賢くなっていると言われることもありますが、実際にはAIが知らない・経験できないことがこの世界にはたくさんあるわけですね。
舩橋 特にサバイバルの局面では、いまのAIはほぼ無力なんですよ。たとえばコロナ禍の前に「サバイバル航海調査」を行ったことがあります。小さなヨットに乗って漁や採集で自給自足しながら、沖縄から鹿児島まで800キロメートルの距離を航海しました(※8)。それくらい厳しい環境でいまのAIが使えるかと言えば、生態系の活用に関する情報がないのでほとんど使い物にならない。生きた生態系のモデルがAIにはまだないんです。現代の産業の前提を取り払った、素のままの生態系と向き合った時のベースラインがわからなければ、持続可能性も解釈できない。だからベースラインのひとつと言えるサバイバル環境に放り込んだら何が起きるのか考えなければいけません。
※8:2018年夏に一般社団法人シネコカルチャーが実施した「研究航海」。小型ヨットで南西諸島を巡り、トカラ列島を経由して北上する行程で行われた。全工程の記録は同法人のブログで公開されている。
「フィジカルAI」より「エコロジカルAI」
馬場 舩橋さんのような視点をもっているAI研究者は少ないような気もします。
舩橋 でも持続可能な社会に必要なのは、そういうAIなんです。個人レベルであれ、コミュニティレベルであれ、文明レベルであれ、サバイバル局面におけるセーフガードが必要で。そういうものは、ビジネスとしてサービス化し売っていくものというより、根本的な社会の共通資本になるものです。新自由主義的なイノベーションが進んでも、その部分が置き去りになってしまいがちですよね。

舩橋は東京大学獣医学課程を卒業後、数理科学系の大学院を経てフランスへ渡り、複雑系の研究で物理学の博士号を取得した。さまざまな研究領域で活動し30カ国以上でシネコカルチャーを広げるなかで培われた知が『拡張生態系』にまとめられている。
馬場 たしかに、この社会の中でAIがさらに普及していくとするなら、知的労働の生産性向上や経済的な利益を追求するだけではなく、AIが人の生活を支えてくれるような存在にならなければいけませんね。都会のオフィスの中だけではなく小さな集落にも広がる必要があるし、災害のような非常時においても人を助けてくれるようなものにならなければいけない。
舩橋 もっと言えば、AIを使うたびに人間が賢くならないかぎり、依存構造が生まれてしまう。目先のことが便利になった功罪として、根本のところで人が無知になるという技術的な負債を生んでしまいます。何でもAIに聞いてその通りにやるのではなく、人間とAIが共に賢くなっていくような仕組みを形成しなければいけませんね。
馬場 舩橋さんの視点から考えていくと、AIのあり方も変わっていきそうです。
舩橋 いま「フィジカルAI」が注目されていますが、その先は生態系とともにある「エコロジカルAI」にならなければいけません。たとえばフィジカルAIの介護ロボットに介護を全部任せてしまえば、人間は更に退化していきます。一方で、生態系の管理はそもそも完全に自動化することができず、人間が分け入ってやらなければいけない部分がどうしても残る。だから、人がいて、環境・生態系があって、AIがいて、という三者構造の中で運用・開発を進めていく必要があるんです。
馬場 人間がAIで全部自動化するのではなくて、人間が介在する、と。
舩橋 人間の存在を前提とする以上、ぼくたちが幸せにならなければ意味がない。いま盛んに行われているようなAI効率化の議論はちょっと矛盾していて、ややもすると人間がいらなくなる方向に進んでしまいます。そんな方向で考えていけば、人間は絶滅するしかなくなってしまう。
馬場 AIの議論が拡張生態系という世界観とつながっているのは面白いですね。『拡張生態系』を読むことと実際に大磯の農園のような場所に来て生態系に触れること、その両方を体験することで見えてくるものがあるなと実感しました。

第一農園で採れたリンゴを実際に食べてみる馬場。ほとんどの人間には解けない数学の問題を解けてしまう最先端のAIモデルでさえ、このリンゴのことを理解することはできないと舩橋は語る。
舩橋 いまのAIは数学や理論物理の分野なら、大部分の専門家よりよっぽど広い知識を持ち、よっぽど早く答えられます。ただ、ぼくらの眼の前にあるリンゴという実在には全く歯が立たないんですよ。数学は確かに文明の成果ではあるんですけど、人類、生態系、AIがちゃんと噛み合わないと文明レベルのサバイバルは難しい。ぼくたちは自然と人工の限りないグラデーションの複雑性と向き合わなければいけないし、それは人類にとってもAI研究にとっても、まだまだ未開の領域なのだと思っています。
馬場鑑平|Kampei Baba1976年大分県生まれ。株式会社バスキュール エクスペリエンスディレクター。広告、アトラクションイベント、教育、アートなど、さまざまな領域のインタラクティブコンテンツの企画・開発に携わる。「HILLS LIFE DAILY」のアートディレクターも務める。
麻布台ヒルズに拡張生態系緑地「Green Pool」誕生

都市における「ベースライン」をどう捉え直すか。麻布台ヒルズに誕生した約60m²の拡張生態系緑地「Green Pool」は、AIやビッグデータ分析を元に植物同士の相互作用を可視化し、野菜やハーブなど約80種の植物を混生・密生配置。
生態系の自己組織化を促すことで、無耕起・無施肥・無農薬での栽培を可能にし、単なる都市緑化を超えた豊かな生物多様性を実現。テキストや画面上のAIでは捉えきれない身体的な体験や自然のグラデーションを、植付や収穫といった実践を通じて肌で感じられる場です。麻布台ヒルズの「Green & Wellness」のコンセプトのもと、都市と自然、そして人間が共に持続可能な社会を考える新たな試みです。
Q. 新たな気づきや共感を得ることができましたか?









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