Low Alcoholic Cafe MARUKU

“ノンアル”の向こうに、社会のオルタナティブを透かし見る:MARUKUの店主夫妻に訊く

宴席や会食の場で、アルコールとノンアルコールの飲み物が並存する風景は、もはや珍しいものではなくなってきた。ソバーキュリアス──酒は飲めるけれどもあえて飲まない選択をするスタイルを指す言葉が生まれてからも、早10年近い月日が経とうとしている。飲める人、飲めない人、飲まない人が共存するなかで育まれてきた私たちの日々の生の幅は、人々の関係性をどのように変えてきたのだろう。そして街や社会の未来にどのような変化をもたらしうるのだろうか。

2020年にノンアルコール飲料専門のECサイトを、2021年には東京都目黒区に「Low Alcoholic Cafe MARUKU」をオープンさせたのが、店主の髙橋のぶ子と、パートナーの桜井鈴茂である。学芸大学駅前の商店街をすこし歩いた先にある、スタイリッシュかつアットホームな実店舗は、一見さんも常連も、アルコールを飲まない人も飲む人も心地よくいられる場所だ。インタビュー連載「編集できない世界をめぐる対話」第30回は、店のスポークスマンの役割を担い、小説家としても活動する桜井を中心に、ノンアルコールに感じる可能性と課題について尋ねた。大通りに面した、世の動きが映り込む大きな窓の傍で。

TEXT BY Fumihisa Miyata
PHOTO BY Kaori Nishida

——この2026年5月には、オープン5周年を迎えられるそうですね。

桜井 2021年5月27日にオープンしたので、2026年5月27日で5周年ですね。30日には、毎年恒例になっている周年パーティーを開催する予定です。DJたちがかけてくれるレコードの音を楽しみながらみんなでゆるゆるとお話しする、お祝いの場ですね。

お店をはじめるときに、2、3年で閉店するつもりでオープンする人はほとんどいないでしょうし、身も蓋もない話をすれば、私たちは開店にあたって銀行から融資も受けているので、毎月その返済をしながら運営しているわけですから(笑)、当人たちとしてはつづけられるだけつづけるのみなんです。それでも、夫婦ともにこれまでの飲食の仕事はほぼ未経験でオープンしましたから……早いですよね。お客さんからも「5周年ってすごいよね」といっていただけるので、すこしずつですが、実感もわいてきています。飲食店の入れ替わりが激しい中で、ようやく一人前の店と呼べるくらいの年数にはなってきたのかな、とは思います。

——ノンアルコール飲料を中心にしたお店の名称に「Low Alcoholic」という文字を入れている所以は何なのでしょうか。日本国内でアルコール度数0.5%程度のものを指す「微アル」という言葉のニュアンスとも違うと思われるのですが。

(写真上)音楽好きの桜井にとって店でかけるレコードは欠かせない要素のひとつだが、音楽が好きでない人にも楽しめるような仕掛けが施してある。週ごとに変わるジャケットのテーマを、クイズ形式で出題することも。ちなみにこのときのテーマは「地べたに座る人」 (下)現在、店で提供されているノンアルコールビールは海外のものを中心に20種類ほど、そのほかノンアルのワインやシードルも。同じくノンアルのジンやラム、ウイスキーなどを用いてノンアルコールのカクテル、いわゆるモクテルも嗜むことができる。このときはちょうどノンアルのベルモットがイギリスから到着したばかりで、時期によって品揃えは変わっていく。お酒を飲みたい人向けのアルコール飲料もひと揃え用意してあるので、嗜好の異なる複数人で来店しても安心

桜井 豊富な種類のノンアルをメインにしつつ、アルコールもひと揃え置いているのでお酒が好きな方はそちらをどうぞ──アルコール度数の平均値をとったら「Low Alcoholic」になりますよね、というニュアンスなんです(笑)。細かいことをいえば、先ほど話に出たように日本では法制上の定義ではなく、あくまでマーケットの言葉として広まった「微アル」「低アル」という独特の表現が存在していたり、一方でアメリカなどではアルコール2.5%ぐらいのビールこそを低アルコールと呼んだりと、概念や基準は国内外でいろいろとあるんです。そのなかでMARUKUとしては、基本的にノンアルコールとアルコールで二分して考えています。日本の酒税法上に則り、アルコール分1.0%未満の、お酒として扱われない飲料であればノンアルコールとみなす。アルコール分1.0%以上は酒類。その選択肢のなかで、お客さんに楽しんでもらえれば、という立場なんですね。

——実際にお店に来る方々は、どういう楽しみ方をされているんですか。

桜井鈴茂は2002年に『アレルヤ』で第13回朝日新人文学賞を受賞してデビューして以来、小説家として活動。店の棚に飾られていたのは、2016年に文庫化された『どうしてこんなところに』(双葉文庫)。最新刊は2021年刊行の『探偵になんて向いてない』(双葉社)。MARUKUオープン以降は執筆時間がとれず、やむなく休筆している

桜井 ノンアルの店ということで興味をもって来てくださる方、そこから常連になってくださる方もいますし、一方で、ご近所に住まれていて、通りがかりにフラッと入ってこられる方もいます。ノンアルを飲む人とアルコールを飲む人の比率はざっくり言って半々ですかね。皆さんそれぞれに楽しんで、共存しています。普通のお店と違うのは、これだけノンアルが充実しているので、愛飲家の方にたまにある「ノンアル飲んで何が楽しいの?」というような偏見がだんだんなくなってくることですね。ふだんお酒を飲んでいる人でも体調によっては、あるいは「明日は早いから」という理由などで、自ら「今日はノンアルで」とおっしゃったり。

——そうした場の空気感はたしかに新鮮ですね。

桜井 お酒を飲まない人が堂々としていられる店だとは思います。普通の飲食店だとノンアルの選択肢ってかなり限られますけど、うちはノンアルの選択肢の方がアルコールのそれよりも多いわけですから。興味深いのは、これくらいの小さな規模の店で満席になって夜も更けてきて……となると、時に場が乱れることもあると思うのですが、MARUKUは総じて和やかだということですね。盛り上がっても不思議と荒れない。

——そうなんですか?

桜井 ノンアル派が半分くらいいるから、場の空気が自然と上方修正されてるのかもしれない(笑)。クリアなままの思考で喋っている人もいるので、楽しく打ち解け合いつつも、そこはかとなく品が保たれている、という印象を受けます。

——お店の側が場を調整するような瞬間はあるのですか。

桜井 滅多にないですが、まれに呑兵衛の人が、隣席で飲んでいる人に「えーっ、それノンアルなの!?」と大げさに驚いて、暗に「あなたは飲めない人なんだ〜」とマウントを取ろうとするような場面を見かけたときなどは、そういうのはやめてくださいよ、と注意します。それは旧弊といっていい振る舞いだと思うんです。単純に並べるわけにはいかないかもしれませんが、私にとっては相手のセクシャリティをずけずけと尋ねて殊更に驚いているような感じに見える。他人が飲んでいるのがアルコールなのかノンアルコールなのかは気にするべきことではない。飲む人も飲まない人も飲めない人も分け隔てなく、それぞれに楽しく過ごせるように、という姿勢で、店を営んでいます。

——なるほど。それにしても、長年、毎日アルコールを飲み続けてきたご夫婦が飲酒をやめたのが2020年1月。ECサイトのオープンが2020年9月、飲食未経験なのにお店を開いたのが2021年5月とのことですが、すごいスピード感ですよね。

食事のメニューは、店主の髙橋のぶ子による手料理が中心。軽食からプレートまで、お腹のすき具合や飲み物との相性を考えながら選ぶことができる。髙橋は「お店をはじめてから発注の仕方も、接客という人との関係性の築き方も、全部ゼロから学んでいきました」と語る

桜井 先に妻が、続いて私が、相次いでアルコールから離れたのが2020年1月。いろいろなノンアルを試すうちに、ドイツのノンアルコールビール「エルディンガー」を見つけて、その美味しさに開眼する一方で、翌月には妻が勤めていた職場を休職して、いずれ辞めたいという話になっていて、食い扶持もどうしようか……と。ノンアル生活をはじめた1カ月後には、いきつけの飲み屋数軒に、卸をはじめていました。エルディンガーの輸入元に電話をして、「まだ会社どころか事業計画書もないんだけど、ノンアルでビジネスをはじめようと思っているんです」と連絡したら、ありがたくも取引してくださったんですね。

——スピード感の所以がわかってきました。

桜井 ただ、飲食店への卸では、レンタカー代のほうが高くつくことに気づいたんです(笑)。インターネットでノンアルコール飲料を検索してもアルコールが平気で出てくるような時期でしたから、需要があるだろうとECサイトも準備しだしたんだけれども、それも単体で採算を取るのは難しいことがわかってきた。並行して、旧友であるミュージシャンの曽我部恵一さんが自身の会社で経営する下北沢「CITY COUNTRY CITY」の定休日に、間借り営業させてくれるという話になり、5月にはそこでノンアルの提供をはじめました。そして9月にはECサイトを立ち上げ、しばらくは週1のポップアップ営業とECを兼ねるスタイルでいくかな……と思っていた矢先、11月の末に、いまのCafe MARUKUがある物件でソフトクリーム屋さんを営んでいた妻の友人から声をかけてもらったんです。週一のポップアップ営業が、本格的な開店の準備をしているように見えたようで。移転するので、後釜にどうですか、大家さん紹介しますけど、と(笑)

——MARUKUのおふたりにとっては、驚くようなお話だったわけですね。

桜井 ビックリしました、店を構える気は全然なかったので……(笑)。ありがたい話とは思いつつ最初はお断りしていたんですが、「本当にいいの?」と重ねて打診してくださり、そのうちに、だんだんと妻がその気になってきたんですよね。週1でポップアップ営業している中で、思いのほか料理が好評で、嬉しい手応えがあったんだと思うんです。

ECサイト用の倉庫もこちらの実店舗に移すならアリかもな、と私も思いはじめ、いや、そもそも、この流れに乗らないでどうするよ──。そんな話に夫婦ふたりの間でなっていき、2021年5月の店舗オープンに至りました。すこし後に倉庫はまた別の場所に移して、現在のかたちになっていますね。

——急転直下の実店舗オープンからの5周年だ、と。実際にノンアルを提供する場を運営してみて、何か実感されることはありますか。

桜井 自分が呑兵衛だったから気づけなかったのですが、世の中にはこんなに飲めない人が、あるいは飲めなくはないけどお酒が得意ではない人がいて、しかもそういう人たちのなかには飲み屋でのコミュニケーションにひそかに憧れている人がいたんだ、と驚きました。

——アルコール抜きの飲み屋的コミュニケーション、ですか?

MARUKUではこれまで、「0.9」というZINEを3号刊行している。第3号の表紙には、「ノンアルという自由」の文字

桜井 飲み屋ならではのコミュニケーションやコミュニティというものが存在しますよね。飲めない人、飲まない人はそういう場に参加しても居心地がわるく感じられ、自然と足が遠のいたんだけど、内心では「ああいうのっていいなー」と憧れている、というような。職場の人でもなく、親戚の集まりでもなく、バックボーンがよくわからない人たちと気兼ねなくコミュニケーションをとることができる、そんな場所って飲み屋以外にはなかなか存在しないんです。そういう場を求めているのであって、べつに水分補給に来ているわけではないんですよね(笑)。

——お互いの素性がわからなくても楽しい、という場はたしかに貴重ですね。

桜井 そういう場の機能を、私自身が改めて認識したんですよね。思い返してみれば、2014年にシアトルへ旅行にいったとき、その名も「サードプレイス」という名前の本屋さん兼パブ、その一角で読書会などもやっているようなお店があったんです。日本でもちょうどサードプレイスの概念が受容されはじめていた時期でしたが、そうか、人と人がゆるゆるとカジュアルな関係をつくっていく、このお店のような場がサードプレイスと呼ばれるんだなと思った記憶がありますね。

——MARUKUでも読書会の開催やZINEの発行が、断続的におこなわれていますね。他方で、ノンアル文化をめぐって何か課題を感じることはありますか。

桜井 それなりに手応えはあるんですが、オープンから半年、1年ぐらいのときに確実に広がっていくだろうと想定していたほどには、飲料としてのノンアルもカルチャーとしてのノンアルも広がっていないですね。これは後ほども触れることになるかもしれませんが、ソバーキュリアスというのは、理性の働きでコンセプチュアルに築いていくライフスタイルなんですよね。快楽に流れる方向ではもちろんないし、単に健康に悪いから飲酒を控えるという素朴なものでもない。人としてのあり方、ひいては社会を変えていく、非常に理性的な営みなんです。それゆえ、感覚的には理解されにくく、浸透もしていかない、ということはたしかにあるように感じます。

——なるほど。海外のノンアル飲料を輸入するのにも、一苦労あるようですね。

桜井 お酒とは違って、ノンアルコール飲料は食品扱いになるんです。ジュースと同じ扱いです。つまり、食品検疫所での審査を経なければいけない。その審査が厳しいみたいで、実際に日本に到着してから市場に出回るまでにけっこうな時間を要します。それどころか、結局、認可がおりなかった、という話もちょくちょく聞きます。この取材の前週にオレゴンから入ってきたノンアルビールも、輸入元からは年明けに「2~3週間で税関を抜けると思います」と連絡があったんですが、実際には3カ月かかりました。詳しい事情は私にもわからないんですが。ちなみに国内の大手メーカーが生産しているノンアルコールビールは、いわゆるビールとは製造方法が異なるので、そもそもアルコールが発生しない。欧米のノンアルコールビールはいったんビールを醸造してからアルコールを抜いているもの、それから、特別な酵母を使ってアルコールの発生を抑えながら醸造しているもの、このふたつがほとんどです。おそらくは前例もないのでしょうし、そんなところも、輸入する際のハードルになっているのかもしれません。

——日本国内の大手メーカーのものでも、ビールを醸造後にアルコールを抜くタイプのノンアルビールがいくつか出てきましたが、いずれにしても過渡期なのかもしれませんね。普段から飲むことができるノンアルの種類がもっと増えてきたら、それらを楽しむ側の状況もさらに変わってくるのかもしれません。

ZINE「0.9」第3号に掲載されている、2022年6月のアメリカ・カナダ旅行で夫妻が飲んできたノンアルコールビールの産地別マップ。空き缶は現在も店内に飾られているが、そのほとんどはいまもなお日本国内で飲むことはできない

桜井 そうした状況の変化が、先ほど話したような、ソバーキュリアスという能動的かつ理性的なスタイルの進化につながっていくのだろうと思います。私自身ももともとは愛飲家ですから、アルコールを飲んだ時の楽しさや気持ち良さをよくわかっているつもりです。緊張や恥ずかしさが和らいで、陽気になれて、誰彼ともなく打ち解けることができる。ただ、アルコールはデメリットも大きいんですよね。繁華街での喧嘩にしろ、DVにしろ、あるいは芸能人の不祥事にしても、ほとんどがアルコールがらみです。ノンアルというのは、アルコールのメリットをいくらか取り入れつつ、そのデメリットをなくした優れた飲み物なんです。私自身そうだったんですが、慣れてくると、ノンアルでもけっこう楽しくやれますよ。ノンアルといっても、美味しいノンアルが必要ですが。

——このお店の日々は、その証左といえそうですね。

桜井 あと、これが非常に重要なポイントなんですが、お酒を酌み交わしながら、ひとつのテーマを知的に掘り下げて喋っていくことってなかなか難しいでしょう?

——話題が横滑りしていくからこその愉快さもありますが……。たしかに、実直に積み上げて話していくようなことはなかなかできないですね。

桜井 話し合っているはずなのに、その話がきちんと構築されていかない。一足飛びに語るようだけれど、私から見るとそれって、いまの日本社会の状況と似通っているように感じるんですよ。アルコールの楽しさはたしかにあるし、この取材でもお話ししてきたようにMARUKUではアルコールとノンアルコールが共存しているけれど、世の中全般を見渡したときは、みんなもうちょっとクリアな状態でいていいという気がする。私たちが日常で使うエネルギーや時間の配分を考慮することで、民主主義の主体である自分たちの責務をまっとうして、社会のグランドデザインができるのではないか、とさえ思っているんです。大きな話ですけれど意外とこういうところから、世の中をすこしでも良くしていくことができるんじゃないか、と感じているんですよね。


profile

宮田文久|Fumihisa Miyata
1985年、神奈川県生まれ。フリーランス編集者。博士(総合社会文化)。2016年に株式会社文藝春秋から独立。2022年3月刊、津野海太郎著『編集の提案』(黒鳥社)の編者を務める。各媒体でポン・ジュノ、タル・ベーラらにインタビューするほか、対談の構成や書籍の編集協力などを担う。