爽やかな風が吹く5月下旬、麻布台ヒルズの中央広場で『音さがし―フィールドレコーディングWS―』が開催された。ワークショップの講師を務めたのは、フィールド・レコーディングの第一人者である柳沢英輔さん。イベントを共同企画したのは、麻布台ヒルズの植栽計画監修に関わるグリーン・ワイズの野溝大祥さんだ。同じく企画者である森ビル 麻布台ヒルズ運営推進室 運営部 タウンマネージメントグループの清水一史が聞き手となり、あの日のワークショップを起点に、「聴くこと」から始まる意識の変化について考えてみた。
TEXT BY YUKA UCHIDA
PHOTO BY KAORI NISHIDA
意識を向けると聴こえてくる音がある
清水 先日のワークショップには大人から子どもまで、幅広い方々が参加してくださいましたね。みなさん、とても集中していて、その真剣な眼差しが印象的でした。
野溝 スマートフォンを掲げながら録音をする人が中央広場のあちこちを歩いているというユニークな時間でしたね。「あの人たちは何をしているんだろう?」という周囲のリアクションも含めて、とても面白いワークショップになったなと思っています。

フィールド・レコーディングとは「レコーディング・スタジオ以外のさまざまな場所で録音をする行為」だと講師を務めた柳沢さん。今、じわじわと人気が広がっており、今回のワークショップも受付開始から数日で定員に達した。

参加者が録音に用いたのは自身のスマートフォン。全員が一箇所に集まって同時に録音ボタンを押したり、各々が自由に歩き回って録音を楽しんだり。音に意識を集中させる、濃密な3時間となった。
清水 最初に「フィールド・レコーディングとは何か?」というところから振り返っておきたいのですが、柳沢さんはいつもどのように説明されているのですか?
柳沢 そうですね。フィールド・レコーディングという言葉から、鳥のさえずりや川のせせらぎを録音するイメージを持つ方が多いかもしれませんが、そうした自然音に限らず、都市の喧騒も人の話し声も、あらゆる音が録音の対象となります。レコーディング・スタジオの外であれば、屋内も屋外も、すべてが“フィールド”。麻布台ヒルズは都市と自然が交差する空間なので、その独自性が録音物に表れたのではないでしょうか。
清水 ワークショップでは大きく分けて「録音」と「再生」の2つの時間がありました。「録音」の時間ではまず、ハンディレコーダーを使って音環境を聴いてみましたよね。
野溝 中央広場の果樹園エリアに行って、風に揺れる葉にマイクを近づけてみたり、空に向かってマイクを持ち上げてみたりしましたね。風の音、車の走行音、広場を飛び交う人の声……。マイクの向け方によって聴こえる音がガラッと変わるのが楽しかったです。
清水 小学生の女の子が夢中になっていて、「こんな音が聴こえるんだ!」と目を輝かせていたのが思い出されます。
柳沢 あれは嬉しい反応でしたね。今回使ったのは《Zoom H5studio》などのハンディレコーダーやステレオショットガンマイク《Zoom SSH-6e》で、専門的な機材を通して音環境を聴いてもらえたのはよかったです。その後、スマートフォンによる録音も行いましたが、両方を用いることで幅のある録音体験ができたのではないでしょうか。

ワークショップのために〈ZOOM〉社が提供してくれたハンディレコーダー《Zoom H5studio》。単一指向性マイクを内蔵しており、クオリティの高い録音ができる。
野溝 参加した方の感想で印象的だったのは、「ハンディレコーダーを通すと風の音が轟々と聴こえていたのに、ヘッドフォンを外すと風の音が全く聴こえなくなった」という話。もちろんそれはレコーダーの指向性マイクが音を拾っているからなのですが、それだけではなくて、実は私たちは普段、聴く音を無意識に取捨選択しているんですよね。レコーダーを使うことで、そうした人間の聴覚の不思議さを体感できたように思います。
清水 麻布台ヒルズの立地のユニークさも再確認できましたよね。例えば、果樹園の高台でマイクをかざすと、六本木交差点を行き交う車の音がかすかに聴こえてくる。直線距離だと近いけれど、ここはすり鉢状の立地で、しかも周囲に高層ビルがあったり、樹木もたっぷりと植栽しているので、都市の喧騒がマスキングされているのだと改めて気づきました。
野溝 ランドスケープを設計する際に、サウンドスケープもしっかりとデザインされているということですよね。中央広場の入口を流れるせせらぎも、水音によって車の走行音をマスキングする役割がある。空間の心地よさは、緑が豊かだとか、空が見えるといった視覚的な要素から語られることが多いですが、実際には匂いや肌感覚も含め、私たちは五感を使って環境を捉えています。
なかでも音はとても重要で、視覚が基本的に向いている方向を中心に捉えるのに対して、聴覚は前後左右だけでなく、上空や足元まで360度の情報を受け取ることができる。天候の微細な変化や、草むらに潜む虫や高木にとまる鳥の声など、目には見えていない環境の存在にも気づかせてくれます。
そう考えると、一本の木を植えることも、サウンドスケープデザインだと思うんです。葉が風を受けて音を生み、鳥や虫が集まり、木陰には人が立ち止まる。そこから会話や子どもの遊ぶ声が生まれることもある。つまりランドスケープをつくることは、直接音をつくるというよりも、その場所にどんな音が生まれ、重なっていくのか、その環境をつくることでもあると思っています。
今回のワークショップも、そうした「音から環境を感じる」という体験を通して、麻布台ヒルズの掲げる「Green & Wellness」というコンセプトを、より身体的に、そして重層的に感じてもらいたいという思いから企画しました。

野溝大祥|Tomoyoshi Nomizo 株式会社グリーン・ワイズにてランドスケープデザインを手がける。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業、ウェストミンスター大学大学院アーバンデザイン修士課程修了。大学院では、アートやサウンドを都市空間に活用する研究を行った。東京・ロンドンの建築設計事務所での実務を経て現職。国内外でDJとして活動するほか、イベントの企画・プロデュースも行う。
3分間で起こる聴覚の変化
清水 続いて行ったスマートフォンを用いた録音では、「同じ場所で3分間、音を聴き続ける」ということもしましたよね。柳沢さんが設定した3分間という尺が絶妙でした。
野溝 最初は大きな音や分かりやすい音が聴こえてくるのですが、しばらくすると、その背景にある小さな音や遠くの音にも気づき始めて、さらに聴いていくと、音と音の間の静けさや自分の呼吸音にも意識が向いていくんですよね。フィールド・レコーディングの醍醐味が凝縮されていて、今いる環境に自分のアテンションを戻していくという行為にマインドフルネス的な作用も感じました。
柳沢 ありがとうございます。すごくいいことを言っていただいて、もう喋ることがないくらいです(笑)
野溝 すみません、すべて柳沢さんの本から学んだことです(笑)

野溝さんが愛読したという、柳沢さんの著書『フィールド・レコーディング入門 響きのなかで世界と出会う』(フィルムアート社)。2023年の第1回音楽本大賞にて大賞と読者賞をダブル受賞し、ミュージシャンなどプロからも高く評価されている。
柳沢 3分間というのは、初めてフィールド・レコーディングをする人にとっては少し長いと感じる時間だと思いますが、その間に周囲の環境にも、自分の聴覚にも、驚くほど変化が起きます。僅か3分間でも意外と色々なことが起こる、ということに気づいてもらえたなら、それだけでもう十分ワークショップの意味があったと思っています。
野溝 普段いかに多くの音を無意識にシャットダウンしているのか。ひいては、今いる環境に特別な注意を向けずに過ごしているのかということに気づくと、その先に発見が生まれますよね。
柳沢 僕がよく例えに用いるのは、「カメラを携えて散歩をすると身の回りの景色が変わって見える」という話です。フィールド・レコーディングでも同じことが言えて、レコーダーを手にすると、普段は聴こえていなかった音が聴こえてくる。使うのはスマートフォンの録音機能でも十分で、大事なのは音を聴こうとする意識です。すると環境の捉え方も変わっていくし、自分の身体感覚すら変わっていきます。
録音し、再生するだけでも「音楽」になる
清水 ワークショップの後半では、録音した音源を参加者全員で再生する時間もありましたね。麻布台ヒルズの隣にある大養寺のホールに集まって、参加者全員でスマートフォンの音源を再生しました。あれは言葉では言い表せない、不思議な音体験でしたね……。
野溝 全員が同じ場所で同時に録音した音源を、一斉に再生していったんですよね。
柳沢 僕はああやって再生することを「演奏」と呼んでいるのですが、全員で同時に録った音を異なる空間で一斉に流すことで、新たなサウンドスケープが立ち上がるんですよね。自分の録った音が全体の一部になって、皆でひとつの音楽を奏でているような感覚。「音楽」というと一般的には、ステージ上で特別な技術を持った人が行うパフォーマンスのように捉えられていると思いますが、演奏技術や作曲技術がなくとも、音楽は作れると僕は思っています。
野溝 あのセッションは、今回のワークショップにおいても極めて重要だったと思います。フィールド・レコーディングは、特に初心者は「音を聴く」という受動的な行為になってしまいがちだと思うのですが、「再生する」ことによって能動的な行為に置き換えられる。あとは、一人で完結しがちな行為を複数人で共有することによって、個々の視点が重なり合い、アートパフォーマンスのようにもなると思いました。
柳沢 そうですね。僕は普段、東南アジアに古くより伝わる「ゴング」という金属打楽器をめぐる音の文化を研究しているのですが、あの音源再生にはゴング演奏にも通ずるものを感じました。ベトナム中部高原の少数民族村落では、ゴング演奏は儀礼や祭礼に欠かせないものなのですが、その時に演奏をするのは、普段は農家をしているような普通の村民なんです。特別な演奏技術を持つわけではない人たちが、一人一枚調律されたゴングを叩いて、大勢で曲を奏でる。楽譜などもないので、それぞれが叩くべきタイミングに微妙なずれが生まれるのですが、それが独特のグルーヴ感を生みます。
野溝 なるほど。それは確かにホールで感じた不思議な一体感と似ていそうですね。
柳沢 ……と、あたかも以前から考えていたように語りましたが、ゴング演奏との共通点は今日、話しながら気づいたことです(笑)。ワークショップの構成を考えていた時点で、ぼんやりと意識下にはあったのだと思いますが。“音楽の民主化”と言ったら少し大袈裟かもしれませんが、僕は常々、音楽は特権的なものではないと考えているんです。年齢や性別はもちろん、技術の有無やバックグラウンドに縛られず、誰もがもっと自由に音を楽しむことができる。音楽をより開いたものにしていくというか、そのきっかけのようなものが、フィールド・レコーディングにはあると思っています。
清水 その意味では、日常にフィードバックしやすいスマートフォンというツールを活用できたこともよかったですね。
柳沢 そうですね。スマートフォンは録音だけでなく、その場で演奏もできるという点が画期的です。単に初心者向けの身近なツールということではなく、演奏というアウトプットを通じて体験をシェアできるところに大きな可能性を感じています。
フィールド・レコーディングは世界との対話
清水 フィールド・レコーディングから広がる世界をさまざまに振り返ってきましたが、柳沢さんや野溝さんは今後トライしてみたい試みはありますか?
野溝 柳沢さんとよく話しているのは「音のアーカイブ」ですよね。例えば、都市や建築については写真や図面などの記録は大量に残っているのですが、その空間の音については、ほとんどといっていいほど情報が残されていないんです。
柳沢 音は付随物と思われることが多いんですよね。例えば日本にはフィルムアーカイブはあるけれど、公的な機関としてのサウンドアーカイブはない。音を記録しようとした時に対象がいわゆる「音楽」になってしまうという傾向もあります。
野溝 でも、例えば今回のワークショップの音源も100年後の人々はすごく驚くかもしれないですよね。「あの頃はまだ車に乗っていたんだ」とか「都心で鳥が鳴いているよ」とか。未来において何が価値になるのかは分からない。だからこそ、残す意味があると思います。
柳沢 音の残し方には様々な方法があると思いますが、ひとつのアイデアとしてサウンドマップのようなものが一般にもっと広がっていったら面白いですよね。既にGoogleマップのようなオンラインのアプリ上で音源をシェアしていく試みが世界各地で生まれていますが、そういった参加型のアーカイブが育っていくことに可能性を感じます。もちろん、専門家によるハイクオリティな音源を後世に残していくのも重要。両軸で多様な音の記録が残っていくとよいのではないでしょうか。
清水 先ほどフィルムアーカイブの話がありましたが、映像記録には音を含めることもできますよね。音だけで残すことと、映像のような視覚情報も含めたメディアで残すことには、どういった違いがあるのでしょうか?
柳沢 単純な比較でいえば、映像のほうが情報量は多いですよね。でも、印象的なエピソードがあって、以前ある牧場を営むご夫婦にインタビューをさせてもらったのですが、そのインタビュー音源を聴いた息子さんが「これ、両親が亡くなった時に聴いたらきっとすごくいろんなことを思い出すよね」とサラリと言ったんです。声の抑揚だったり、背景の生活音だったり、音だけの方がリアルといいますか、情報が減ることでむしろ人間の脳が覚醒して想像力を発揮する、というのは確かにあると思います。

どの場所にどうマイクを向けるか、いつ録音を始め、いつそれを終わらせるか。フィールド・レコーディングにおけるプロセスは「ある意味、作曲とも言える」と柳沢さん。
清水 そう考えると、音に意識を向けるという行為には想像以上の広がりがありますね。
柳沢 そうだと思います。ここまで「音を録る」といった表現を使って話をしてきましたが、より厳密に言い表すと、僕はフィールド・レコーディングとは「響きを録る」ことだと考えているんです。音は空間や環境に響くことではじめて知覚できる。例えばゴングも、鳴らす場所によって、まったく異なる響きになります。僕が惹かれるのはその「響き」です。響きによって空間や環境が立ち現れる。つまり、世界との対話が始まるのだと思っています。
野溝 それはまさに、今回のワークショップの狙いである「音を通じて今いる環境を感じる」ということですよね。
清水 大切な視点ですね。鳥の声や水の音を録音する素材集めのようなものではなく、その環境を丸ごと録るといいますか。どの季節に、どの場所に行って、どこにマイクを向けるか。そうしたひとつひとつの選択がすべてフィールド・レコーディングなんですね。
柳沢 はい、重要なのはプロセスなんです。なので、録音を開始して、然るべきタイミングでストップボタンを押したら、僕にとってはもうほとんど完成している。その音源を素材に何かを創作するというのはまた別の行為だと考えています。環境や空間との対話はスリリングですよ。たとえ同じ場所を同じ季節に訪れても、毎回違った響きがありますし、自分自身のコンディションによっても違いが生まれる。それこそ、その環境には自分もひとつの生命体として存在していて、音の響きに影響を与えているのですから。そうした面白さ、豊かさがあるものとして、フィールド・レコーディングがこれからますます広がっていくことを願っています。
Q. 新たな気づきや共感を得ることができましたか?









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