EVOLUTION THINKING

都市緑化の道標?「進化思考」からの提案

生物の進化になぞらえて私たちの創造性を分析し、向上させていこうと提唱する書籍『進化思考』が話題を呼んでいる。「進化思考」とはいったい何か? その考え方を都市の緑化に役立てるとしたら? 著者の太刀川英輔氏に話を聞いた。

TEXT BY MARI MATSUBARA
PHOTO BY NOSIGNER

——「進化思考」とは何ですか?

太刀川 「自分は創造性がない」とコンプレックスを抱く人は多いですよね。「絵のセンスがない」とか、生まれつき創造性がある人とそうでない人がいると考えてしまう方が多い。本当に創造性ってそういうものなのでしょうか。創造性とは本来、誰にでも備わっているもので、訓練することにより向上させることができるのではないかと。だとすれば最初から無いものとして諦めてしまうのはもったいない。では人の創造性をどう科学的に構造化し、それを再現性あるものにできるか、というのが僕の15年来の命題でした。僕の信念は「創造性も自然現象である」ということ。だとしたら創造に最も似ている現象である「生物の進化」から創造性の仕組みを解明できるのではないかと考えて進化思考が生まれました。

太刀川英輔|Eisuke Tachikawa NOSIGNER代表。デザインストラテジスト。JIDA(​公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)理事長。慶應義塾大学大学院特別招聘准教授。プロダクト、パッケージ、建築、空間デザインの領域を超え、次世代エネルギー、地域活性、伝統産業、SDGsなどの分野でもデザインを基軸とした戦略を構想し様々なプロジェクトのトータルなディレクションを行う。2025年大阪・関西万博日本館基本構想に参画。

——具体的にはどういうことでしょうか?

太刀川 生物の進化は、「変異」と「適応」の往復で成り立っています。生物が子孫を生むときに、たまに遺伝子のコピーにエラーが生じて、変異が起きます。変異した個体は周囲の気候や環境などに左右され、生き残れるものと生き残れないものの傾向が出てくる。これが自然選択です。自然選択の繰り返しによって傾向が顕在化し、それが別種に枝分かれしていきますが、その分化がある方向に収束していくのが「適応」です。

これを人間の創造性に当てはめて考えてみましょう。すると、様々な分野の発明やデザイン、イノベーションのプロセスにも「変異」のエラーが必要で、自然科学で用いられる「適応」を観察する手法で検証できるはずです。これを繰り返していけば、創造性は自然発生するという考えが「進化思考」の理念です。

——「変異」と「適応」について、もう少し詳しく教えてください。

太刀川 「変異」には進化にも創造にも共通のパターンがあります。それを数え上げてみて「変量/擬態/欠失/増殖/転移/交換/分離/逆転/融合」と名付けてみました。生物の進化で言えば、コウモリが手指の骨の大きさや長さを増してついには翼を獲得したことは「変量」だし、葉っぱの模様にそっくりな羽根をもつ蝶は「擬態」のパターンに含まれます。

同じように人間の創造物で考えてみると、椅子の座面の幅が広くなってベンチになることは「変量」と捉えることができるし、ノート型パソコンや人型ロボットなどは「擬態」の枠組みで考えることができます。こんなふうに、すべてのプロダクトやアイデアをひとつひとつパターンに当てはめて考えられるのです。

「適応」には、あらゆる科学的検証に共通する4つの観点があります。それが時空観学習と呼んでいる「解剖/系統/生態/予測」の観点です。たとえば、中身の理由や作り方を分析すること(=解剖)、歴史的文脈にどう位置付けられるか(=系統)、周囲とのつながりはどのようなものか(=生態)、未来に価値を持つかどうか、あるいは未来はどちらに向かっているか(=予測)、と観察する思考のプロセスのことです。

——「進化思考」はいろんな場面において役立つと語っておられますが、たとえば「都市の緑化」にも応用できるでしょうか?

太刀川 もちろんです。実際に成功している例で説明してみましょうか。たとえば福岡県にある複合施設〈アクロス福岡〉は屋上緑化の先駆者であり、好例だと思います。1995年に立てられた階段状の建物は、数十年後に緑の山になることを想定して設計されました。驚かされるのは、2階から14階までの陸屋根にある植栽が現在では無灌水で、貯めた雨水を散水するだけで成長し続けていることです。虫を食べに来た鳥が運んでくる種から樹種が増え、25年以上たって自然の森のように生い茂り、手前の公園とつながって、完全に生態系として成立しています。

コンサートホールや会議場などを擁する複合施設〈アクロス福岡〉。ステップガーデンと呼ばれる階段状の各階のルーフ植え込みが育ち、25年余を経て緑の山となった。写真:アフロ

スリランカにあるジェフリー・バワ設計のホテル〈ヘリタンス・カンダラマ〉は、周囲の圧倒的な緑に建物が飲み込まれているような外観です。周囲の生態系と建物が融合することをあらかじめ見越して設計されたと言われています。

1994年竣工の〈ヘリタンス・カンダラマ〉。数十年後に緑に覆われる姿を計画して、設計者であるジェフェリー・バワは蔦を植えたという。写真:アフロ

ビルが山みたいに見える(=擬態)、圧倒的な緑で埋め尽くす(=変量)、周囲の森と建物をつなげる(=融合)というように、これらの好例は「変異」のいくつかのパターンに当てはまります。

都市緑化のための新しいアイデアをこの場で同じように出してみましょう。たとえば植木鉢をすごく大きくしてみる、ビルの中の壁を地層に見立てる、建物の内部のある場所にのみ人工の雨を降らす、とか。突拍子もないアイデアかもしれませんが、すべての進化はエラーから始まっているので、エラーを恐れいていてはイノベーションは起きません。

それと同時に「適応」のパターンで検証していくことも大事です。その土地の数百年前の生態系を調べる(=系統、生態)、緑化のためのコストと断熱効果によるエネルギー節約を比較する(=解剖)、緑化は未来にどう寄与するか考える(=予測)などです。

——太刀川さんが今、「進化思考」を提唱するのはどうしてですか?

太刀川 創造性教育をアップデートして持続不可能を越える発想を生み出す人を増やしたいからです。でも多くの人は、「変異」を許容しない教育を受け続けて大人になりました。学校も社会も間違ったこと、前例にないこと、エラーを回避し、排除する傾向にありますよね。ところが企業の新規事業部に入ると、突然「新しいことをやれ」と言われる。そもそもエラーは創造性にとって重要な片割れであると認識してほしい。エラーを握りつぶそうとすること自体が変化の激しい社会にとってのリスクになります。都市自体も、計画された通りの均質的な街づくりより、偶発的なことが起こる街のほうが魅力的ですよね。小さな路地とか、エアポケットのような空き地が、効率の名のもとにバッサリと斬られてしまうと、味気ない街になってしまう。だから、日頃からクレイジーで面白いことを考えることが、今の日本人にとって必要なのだと思います。この本には、その訓練の仕方も書いてあります。

また、企業が何か事業をやるにあたって、収支が合ってさえいればいい時代から、地球環境などの広い生態系のことを考慮に入れることが必須の時代となりました。今まで薄々感じていたけれど無視し続けていた問題(地球温暖化、生物多様性、ゴミ問題など)に対して真っ向から考える時代に、「適応」の手法は大いに有効だと思うのです。そういう意味では、土地の数百年前の姿や、本来あった生態系や自生していた植物を生かすなど、自然の側の都合に耳を傾けることが重要です。それは都会のビルの周りでも工夫次第で可能なことだと確信しています。

太刀川英輔『進化思考』(海士の風)