New York Raises a Few Glasses to Serenity, Just Offshore

ついに完成したハドソン河の水上公園、リトルアイランド。一体何が、地元民の心をつかむのか?

オープンするや否や、予約殺到の憧れスポットと化したリトルアイランド。マンハッタンの埠頭に浮かぶ緑豊かなこの人工島は、あらゆる人を迎え入れるNY州営の公園なのである。

TEXT BY Mika Yoshida & David G. Imber
EDIT by Kazumi Yamamoto

この右奥にハイラインが photo by Timothy Schenck

チェルシー地区の第55埠頭に出現した「リトルアイランド」は小山や広場、野外ステージまで備えた公園だ。設計はロンドンの“3次元デザイナー”、トーマス・ヘザウィック。カクテルグラスかチューリップを思わせるコンクリートのコラムにグイと持ち上げられた緑の小島は、早くもNYの最新アイコンとなっている。

河に浮かぶ人工のミニチュア・アイランド

2.4エーカーというから、東京ドームの約5分の1。小島という名の通り面積そのものはコンパクトだ。しかし実際に歩いてみると、起伏もあれば、隠れた小道やちょっとした岩場もある。ハイキング気分で「山頂」に到達したかと思えば、ぐるりと回り込んだ先では野外ステージが目の前に! いつのまにか結構な距離を歩いていた事に誰もが驚かされる。

小さな山を登り下りしながら重層的な景観の変化を楽しむ。これも道路がどこまでも平坦なマンハッタンでは、これまでに無い新鮮な体験なのである。

オープニングは5月末。NY市民がワクチン接種をすませ、パンデミックの長いトンネルからひとまず脱けた安堵感に溢れていた時期だ。家族や友人と久しぶりに出かけたい、それも開放感のある場所へ……! 市民の期待もひとしおだった。

エントランス付近 photo by Angela Weiss

橋を渡って島の中へ。独自の高揚感が photo by Timothy Schenck

入園は無料。ただし混雑を避けるため、日時指定のチケット制になっている。13ストリートのゲートに到着したら、チケットを見せてチェックイン。小さな橋を渡り、島の中へ。参加型のサウンドアート作品で遊び、フードを持ち込んでピクニックを楽しみ、山頂まで登ってハドソン河の絶景を堪能する。プレイグラウンドと呼ばれる広場にはフードトラックが並ぶ。朝食のパン類やソフトドリンクをはじめ、ワインやハードサイダー、地ビールなどのアルコール、ホットドッグやサンドイッチといった軽食にありつけるのだ。いずれも地元のアーティザナルな作り手を選んだラインナップになっており、ヴェジタリアン/ヴィーガン、グルテンフリー対応など、細かい配慮も。

ホットドッグ、7ドル photo by Doug Young

ルーベン・サンドイッチ(右)12ドル、スイートポテト・トッツ(左)7ドル。レモネード2.50ドル photo by Doug Young

地ビールやワイン、ハードサイダー、CBDスパークリングウォーターなどズラリ photo by Doug Young

河沿いの野外ステージでは、今年だけで500本以上のパフォーマンスが催される。公演は有料。25ドル~65ドルほど photo by Timothy Schenck

リトルアイランドの開園時間は朝6時から夜中1時まで。ちなみに朝6時~昼12時は、日時指定チケットの必要はない。よってご近所さんなど気軽に朝の散歩を楽しめる。

なお施設全体にADA法(障害を持つアメリカ人法)に基づく設計が施されている。手話や字幕・音声による介助を用意し、シアターは最大収容815名のキャパシティのところ、車イス用の席を8席備えてある。また今やNYの常識であるジェンダー・ニュートラルなトイレも設置。これにより様々なセクシャル・オリエンテーションの人々はもちろん、付き添いが必要な高齢者や障害者の人達にとっても、不便が一つ軽減される。

禁止事項もある。自転車やスケートの持ち込み、販売行為やストリートパフォーマンス等の商業活動は御法度だ。ウェディングやイベント用の貸し出しも行わない。犬は介助犬以外、立ち入り禁止。愛犬家人口の多いNYの中でも、特にチェルシーは犬を大事にするエリアだ。このルールを巡ってはスタッフも日々苦労を強いられるとか。

野外パフォーマンスを観劇した後は、ワインを楽しみながら夜空のもと散歩を楽しみ、河ごしにニュージャージーの夜景を味わう。ちなみに園内のセキュリティは24時間体制だ。来年からは野外のナイトクラブも催す予定だという。

空からは緑の箱庭に見えるこの「小島」。植えられているのは、高木が35種類、灌木65種類、草花にいたっては実に270種類。ランドスケープ・アーキテクトはNYを拠点とするマシューズ・ニールセン・ランドケープアーキテクツのシグニー・ニールセンだ。ガバナーズ島をはじめ、大小のパブリック・スペースを緑でデザインしてきた人物である。リトルアイランドの緑が、いずれもマンハッタンには自生しないはずの植物でありながら違和感なく景観に馴染んでいるのは、当地の厳しい環境と特性を知り尽くした彼女だからこそ、なのである。

潮で錆びた金属の風合いと、草花とが絶妙に調和する photo by Signe Nielsen

ブルーウーリー・スピードウェルと呼ばれる花 photo by Michael Grimm

セイヨウオキナグサ photo by Michael Grimm

出資者、バリー・ディラーとはどんな人物なのか?

リトルアイランドのそばに延びるのは、空中公園のハイライン。スタンダード・ホテルやホイットニー美術館など、ハイライン周辺のアイコニックな建物も、リトルアイランドからだとこれまでに無い角度で眺められる。ちなみにハイラインを完成に導いた重要な立役者として名が挙がるのが、バリー・ディラーと妻のダイアン・フォン・ファステンバーグ。そしてこの夫妻こそ、まさしくリトルアイランドの出資者なのである。

ディラーは現在79才。アメリカ屈指のメディア王として長年その名を轟かさせてきた人物だ。ファステンバーグは74才、こちらも世界的なファッションデザイナーであり、2年前にはアメリカ社会に変革をもたらした女性を称える「アメリカ女性殿堂」に選ばれるほどの影響力を誇る。彼女はハイラインを取り壊しの危機から救ったキーパーソンの一人であり、夫と共に何千万ドルという金額をハイラインへ寄付している。

ファステンバーグの社屋、そしてディラーが現在会長を務めるIAC社の本社からも、リトルアイランドは目と鼻の先だ。なおIAC本社を設計したのはフランク・ゲーリー。船や航海をこよなく愛するディラーのために同じく海の男ゲーリーが設計した、豪華客船を思わせる建築である。

コンクリート製のコラム、その数は実に280本! photo by Timothy Schenck

5月20日付ウォールストリート・ジャーナル マガジンのインタビューによれば、夫妻はトーマス・ヘザウィックが設計した2010年上海万博・イギリス館にいたく感銘を受けたという。サンティアゴ・カラトラバやビヤルケ・イングレスにも会い検討を重ねたものの、最終的にヘザウィックがリトルアイランドの設計を任される。

だがNY市民の目は時に厳しい。パワーカップルが自分の「庭先」に道楽で楽園を作るのか、との反発も一部から上がり、地元の環境保全団体からは訴訟まで起こされてしまう。解決に向けて長い道のりを経ながらも、やがて暗礁に乗り上げて2017年にはプロジェクトはいったん御破算に。関係者全員に解雇手当も支払った。それまでに夫妻が注ぎ込んだ金額は4,500万ドルにも上る。日本円にして約50億円近くが水の泡と化しかけた。

すると一転、リトルアイランドを実現させよ、と応援者が次々と名乗りを挙げる。とりわけ強力な助っ人が現れた。アンドリュー・クオモ知事である。クオモの介入により訴訟は取り下げられ、リトルアイランドの目標はハドソン河の自然環境保全であるという共同声明を、環境保全団体とディラー夫妻、クオモ知事が発表するに至ったのだ。

紆余曲折を経てようやく誕生したリトルアイランド。夫妻が投じた寄付金は2億6,000万ドル(約285億円)で、今後10年でさらに1億2,000万ドル(約131億円)を追加し、メンテナンス費用や舞台の制作に充てるという。ちなみにメンテナンス費は今後20年間、ディラー氏が負担する。また突堤はNY州の所有であり、NY州・NY市のパートナーシップによるNPOのハドソンリバー・パーク・トラストが運営にあたる。

新進気鋭のダンサー、アヨデレ・カセルも公演予定 photo by Mackenzie Coffman

アメリカン・バレエ・シアターの『ドン・キホーテ』 photo by Gene Schiavone

これからの発展、そして期待

特別な立場にある個人の、執念にも似た情熱から一つの文化が始まるのは昔から珍しいことではない。しかし、特にNYではそれがダイナミックな規模で展開する。「ニューヨーカーが授かった、2021年最高の贈り物」との賞賛すら聞かれるこのリトルアイランド。緑を始めとする施設のメンテナンスは現在のレベルを維持し続けられるのか、野外ステージは質の高いパフォーマンス会場として成功するのかどうか? 今後の課題をいかにクリアしながら街と人に貢献していくのか、期待を胸に市民が見守っている。

マンハッタンにいるとわかっていながら、どこか「異界」に迷い込んだような錯覚も photo by Timothy Schenck

マンハッタンの西の端。ここから見るサンセットは格別だ photo by Timothy Schenck

Little Island @Pier55 

Pier55 in Hudson River Park @ West 13th Street, New York
6時~翌25時開園、無休 / 入場無料 / オンラインで日時指定チケット予約のこと(6時~12時は不要)