しっとりした梅雨空の空気を多彩な姿かたちの花々が華やかに染める、アジサイ。麻布台ヒルズでは、緑地の至るところに6種類のアジサイが植えられています。各地で花の名所づくりを手掛けてきた樹木医・和田博幸さんに、麻布台ヒルズのアジサイの魅力や、世界の人たちを魅了してきたアジサイにまつわる意外なエピソードについて伺いました。
TEXT BY Ayako Murata
PHOTO BY Mie Morimoto
梅雨を彩る色とりどりのアジサイ

麻布台ヒルズ|アジサイマップ—— ❶ ヤマアジサイ(5月中旬〜6月頭) ❷ ガクアジサイ(5月末〜6月中旬) ❸ ホンアジサイ(5月末〜6月末) ❹ アジサイ“アナベル”(6月頭〜7月末) ❺ カシワバアジサイ(6月頭〜7月末) ❻ タマアジサイ(8月) ※開花時期は目安です
高低差のある地形の上に、2.4ヘクタールの緑地が広がる麻布台ヒルズ。5月から8月にかけて、姿かたちの異なるアジサイがあちこちで咲き、来訪者の目を楽しませてくれます。
一般的にアジサイというと、丸くこんもりと花を咲かせる「手毬咲き」の姿が知られているかもしれません。しかし、ひとくちにアジサイといっても、実は花色から佇まいまで多種多様です。その背景には、アジサイに魅了されてきた世界中の愛好家や育種家たちの物語が潜んでいます。
麻布台ヒルズで見られる個性豊かなアジサイを入口に、和田さんとともにアジサイの歴史や魅力をたどりました。
① 野趣に富む清楚な佇まい——ヤマアジサイ

5月中旬〜6月頭に見頃を迎えるヤマアジサイ。「全体的に小ぶりで、葉を触ってみると指先に毛を感じるのが特徴です」(和田さん)Photo Courtesy of Azabudai Hills
「アジサイは、実は万葉集にも詠まれているくらい、昔から親しまれてきた花です。
ヤマアジサイは、関東から関西にかけての太平洋側の山地に自生する野生種で、万葉集に詠まれているのも、このヤマアジサイだと考えられています。
自然交配によって生まれた個体が見つかるたびに新たな名前が付けられてきたため、本当に種類が多く、それぞれに個性があります。
ヤマアジサイの魅力は何と言っても、野趣に富む小ぶりで清楚な花姿です。5月中旬から6月上旬と開花が早く、咲いている期間も長くはありません。でも、そのはかなさもまた魅力ですね。
また、アジサイは仏教文化とも深く結びついています。お釈迦様の誕生日である4月8日の『灌仏会(かんぶつえ)』に、お釈迦様の像に『甘茶(あまちゃ)』をかけてお祝いする行事がありますが、この甘茶はヤマアジサイの変種であるアマチャの葉から作られます。摘んできた生の葉を手で揉み、これを濡れ布巾で覆って一昼夜ほど発酵させます。そうすることで苦味成分が消え、砂糖の数十倍とも言われる甘味が生まれるのです。甘いのに後味はすっきりしていて、喉に残らない爽やかな甘さなんですよ」(和田さん)

アマチャ「見た目には小型のガクアジサイのように見えます」(和田さん)photo by Hiroyuki Wada
② 額縁のような装飾花——ガクアジサイ

麻布台ヒルズのガーデンプラザに咲くガクアジサイ。「アジサイは花びらが4枚あることから、『四葩(よひら)』という別名もあります」(和田さん)Photo Courtesy of Azabudai Hills
「ガクアジサイは、伊豆半島から伊豆諸島にかけて自生しているアジサイです。中央に小さな『両性花(りょうせいか)』が集まり、その周りを額縁のように『装飾花(そうしょくか)』が取り囲むのが特徴です。一般的に『アジサイ』と聞くと、手毬のように丸く咲く姿を想像するのではないでしょうか。実は、そのホンアジサイ(アジサイ)の原種にあたるのが、ガクアジサイです。両性花が装飾花へと変化し、手毬状に咲くよう改良されたものが、ホンアジサイなのです。
ヤマアジサイと比べると花も葉も全体的に大ぶりで、開花時期は5月末から6月頃と、ヤマアジサイよりも少し遅れて咲き始めます。ガクアジサイにも様々な品種があり、白や薄紅色、薄紫色など、花色だけをとっても実に多彩です。
ガクアジサイはとても丈夫で、水が少ない環境でもよく育ちます。野生のものには大きく育つ個体もあり、以前、伊豆大島で高さ3メートル近いガクアジサイを見たことがありました。白い花が一斉に咲く姿は、本当に見事でしたね」(和田さん)
③ アメリカ生まれの白い花——アジサイ“アナベル”

6月頭〜7月末に見頃を迎えるアナベル。「葉の緑があるからこそ、白い花が映えますよね」(和田さん)Photo Courtesy of Azabudai Hills
「アナベルは、アメリカ原産のアジサイの仲間です。咲き始めは淡い緑色をしていますが、成長するにつれて真っ白な花へと変化していきます。大きな手毬状に集まって咲く白い装飾花と、みずみずしい葉の緑とのコントラストがとても美しいですよね。
ガクアジサイなどは前年に伸びた枝に花芽を付けますが、アナベルは春になってから伸びた新しい枝の先に花を咲かせます。そのため、冬に根元近くまで切り戻しても翌年しっかり花を咲かせてくれるんです。樹形が大きくなりすぎず、花つきも良くて管理がしやすいのが特徴です。最近では、ピンク色の花を咲かせる『ピンクアナベル』も人気で、六本木ヒルズなどでも見かけることができます。
群馬県渋川市には、高速道路のインターチェンジ近くの遊休地を活用したアナベルの群生地があります。地域の方々が20年以上かけて少しずつ植え増やしてきたそうです。アナベルは挿し木で簡単に増やせますし、花が咲くと嬉しいものですから、きっと植える楽しさが広がっていったのでしょうね。一面に咲き誇る白い花は壮観ですよ」(和田さん)
知ればさらにおもしろい、アジサイの花の秘密

和田博幸|Hiroyuki Wada——1961年群馬県生まれ。東京農業大学農学部農芸化学科卒。サークル「植物愛好会」への所属をきっかけに植物の世界へ。卒業後、(公財)日本花の会へ就職し、桜の名所づくりを中心に桜に関する調査、研究等を担当。現在、樹木医として多方面で活動する。(一社)日本樹木医会 副会長、NPO法人みどり環境ネットワーク! 理事長、NPO法人東京樹木医プロジェクト 理事、法政大学生命科学部応用植物科学科 兼任教員
身近な場所で見かける機会の多い、アジサイ。そもそも、どのような植物なのでしょうか。
「アジサイという名前は、『藍色が集まったもの』を意味する『あづさい(集真藍)』に由来していると言われています。また学名の『Hydrangea(ハイドランジア)』は、ギリシア語の『水』と『壺』に由来し、『水の壺』を意味します。アジサイの種子が壺のような形をしていることから付けられた名前です。
アジサイは、花の作りがとても独特です。花びらのように見える部分は、『装飾花』と呼ばれる萼片が発達したものです。装飾花に囲まれてひっそりと咲く小さな花が、雄しべと雌しべを持ち、種を作る本来の『両性花』です。装飾花の中心にも小さな花が付いていますが、これは雄しべや雌しべが退化したもので結実しないため、『不稔花(ふねんか)』とも呼ばれます。この装飾花の雄しべの部分がさらに花びらのように変化したものが、八重咲きのアジサイになります。
両性花まで装飾花に変化したものが、手毬状のホンアジサイです。ただ、ホンアジサイも装飾花をかき分けてみると、内側に小さな両性花が隠れています」
移ろいゆく花色も、アジサイの大きな特徴です。
「アジサイの面白さの一つが、花色の変化です。一般的に、土がアルカリ性だと赤系統に、酸性だと青系統に発色しやすいと言われています。
バラのように赤い花を咲かせる『ロゼア』という品種がありますが、これは元をたどると、日本の酸性土壌で青い花を咲かせていたヒメアジサイです。それがヨーロッパに渡り、あちらのアルカリ性土壌で鮮やかなピンク色に咲いたことから、その名が付いたと言われています。
また、時間の経過とともに花色が変化する品種もあります。例えばヤマアジサイの『紅額(べにがく)』という品種は、咲き始めは真っ白なのに、咲き終わる頃には真っ赤に染まります。花が日ごとに表情を変えていく様子を見るのも、アジサイの楽しみの一つです」
海をわたったアジサイ
もともと日本を含む東アジアに自生していたアジサイですが、その美しさから海外でも評判となり、世界各地で多彩なアジサイが生まれました。

おなじみ、手毬状のホンアジサイ。「丸いかたまりのように見えますが、実は両性花と周囲を取り巻く装飾花からなる花房が、いくつか集まったものです」(和田さん)
アジサイをヨーロッパに紹介した人物として知られているのが、シーボルトです。彼は幕末に医師として来日しましたが、同時にプラントハンターとして日本の植物を採集し、ヨーロッパに紹介しました。その中の一つが、アジサイです。
手毬状のホンアジサイに、日本人の妻・お滝さんの名を取って『Hydrangea otaksa(ハイドランジア・オタクサ)』という学名を付けた話は有名です。お滝さんの日本髪の結い姿が、丸いアジサイに似ていたからだとも言われています。他にも、八重咲きのヤマアジサイ『シチダンカ』をヨーロッパに紹介したとも伝えられています。
ただ、シーボルトは当時持ち出しを禁じられていた日本地図を国外へ持ち出そうとしたことで、日本を追放されてしまいます。その後、長い年月を経て、お滝さんと再会を果たしました。アジサイの歴史には、こうした人間の物語も重なっているんです。
シーボルトらの功績によって、その後ヨーロッパではアジサイの一大ブームが巻き起こり、盛んに品種改良が進められました。それが大ぶりで華やかな『西洋アジサイ(ハイドランジア)』として日本へ逆輸入されたのです。今、私たちが園芸店や街なかで見かけるアジサイの中には、そうやって一度海を渡り、再び戻ってきたものも多くあります」
日本国内で、現在のようにアジサイ人気が広く定着したのは戦後のことです。今もなお、アジサイに魅了される園芸家や愛好家たちの手で、新たな品種が次々と世に送り出されています。
「江戸時代の日本には空前の園芸ブームが訪れましたが、実はアジサイは当時、それほど人気の花ではありませんでした。花色が変わる性質が『移り気』を連想させ、武士の世界ではあまり好まれなかったとも言われています。
日本でアジサイが広く親しまれるようになった大きなきっかけの一つが、鎌倉の明月院(めいげついん)です。戦後の復興期に境内の参道整備を兼ねて植えられたヒメアジサイが評判を呼び、『あじさい寺』として知られるようになったことで、全国的にアジサイ人気が一気に高まりました。
また、アジサイの愛好家の中には、山の中で偶然珍しいヤマアジサイを見つけ、自分で名前を付け新たな品種として登録する方もいます。私の知り合いにも、登山中に休憩していた時、八重咲きのエゾアジサイを偶然見つけて、お孫さんの名前にちなんで『綾』と名付けた方がいました。実は40年ほど前に、こんなふうにアジサイに家族の名前を付けることが流行していた時期もあったんです。奥さまの名前から『ミセスクミコ』と名付けられた、華やかな手毬咲きの西洋アジサイもあります」
麻布台ヒルズで、アジサイの物語に思いを馳せる
和田さんご自身は、若い頃に山の中で見かけたヤマアジサイが、この植物に魅了されるきっかけとなりました。
「私たちがアジサイと聞いて思い浮かべるのは、手毬状に咲くホンアジサイや、装飾花が額縁のように周りを囲むガクアジサイかもしれません。でも、アジサイの世界はもっと広いんです。
私自身がアジサイに惹かれたのは、ヤマアジサイがきっかけでした。山を歩いていると、白や薄紫など、場所によってまったく違う表情のアジサイに出会えるんです。植物の業界に入ってからは、さらに驚くほど多くの品種があることを知りました。

尖った葉が特徴的な、アジサイ“スウィートルナ”。4月頭〜5月半ばに見頃を迎え、いち早くアジサイを楽しむことができる
「中でも大きかったのは、山本武臣(たけおみ)さんという、アジサイの愛好・研究家の方との出会いです。山本さんはもともとアジサイの専門家ではありませんでしたが、体調を崩して入院された時、病室の窓から見えたアジサイの美しさに心を掴まれたそうです。そこから一気にアジサイの世界にのめり込み、系統や歴史、海外での展開まで、数十年にわたって研究を続けられました。自ら『アジサイになった男』という小説まで執筆されています。今はもう亡くなられましたが、本当に情熱的で面白い方でしたね」
野趣あふれる野生種から、華やかな園芸種まで。改めて、麻布台ヒルズにおけるアジサイの魅力について伺いました。
「麻布台ヒルズのアジサイの面白さは、それぞれの品種の特徴を活かして、場所ごとに植え分けられているところです。
例えばタマアジサイは、山の滝や沢沿いに自生するアジサイです。木々の花が少なくなる8月頃、夏の山を歩いていると、沢沿いにポツン、ポツンと丸い蕾を弾けさせて咲く姿が目に入ります。ここ麻布台ヒルズでも、本来の自生環境に近い谷筋のような場所に、タマアジサイが植えられています。
一方で、人目につきやすい場所には、アナベルやカシワバアジサイのように、見た目が華やかで花持ちのよい種類が配置されています。

葉に切れ込みが入ったカシワバアジサイ。「秋になると葉が紅葉して赤く染まり、とても綺麗です」(和田さん)
麻布台ヒルズは高層ビルに囲まれ、日陰になりやすい場所も多いのですが、アジサイは日差しが強くなくても花を付けてくれる頼もしい植物です。何より、梅雨のある日本の気候によく合っています。湿度が高く、少しじめっとした時期に咲くからこそ、あのしっとりとした美しさが引き立つんですね。雨上がりに葉や花びらに雫を載せている姿などは、自然体でありながら実に見事です。思わず写真に収めたくなるような美しさが、敷地内のそこかしこで味わえます。
アジサイはとても身近な植物で、梅雨の時期になれば街のあちこちで花が目に入ります。でも、その背後に連なる歴史や自然の物語は、意外と知られていません。ただ『きれいだな』と眺めるだけでなく、その背景まで知れば、アジサイを見る時間は何倍も楽しくなるはずです。麻布台ヒルズは、まさにそれを体感できる場所です」
村田あやこ|Ayako Murata
路上園芸鑑賞家/ライター。一人学会「路上園芸学会」を名乗り、街なかの軒先や隙間で威勢よくはみだす、誰かの園芸や植物を愛でる。著書に『たのしい路上園芸観察』、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』。2025年10月に『緑をみる人』を上梓。「散歩の達人」連載や「ボタニカルを愛でたい」出演など雑誌・テレビでの活動のほか、お散歩ユニット「SABOTENS」としても「家ンゲイはんこ」制作などの活動を広げる。









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