RE-THINK ABOUT MODERN CAPITALISM

現代人必読!欲望をキーワードに〈資本主義〉を捉え直すための十の言葉

現代の資本主義は、曲がり角にあります。グローバリゼーションが地球を覆い、デジタルテクノロジーが驚異的な進展を見せ、そして「共感」「感情」の商品化が進む時代。物質的な豊かさが飽和したかに見えた後に、待っていたのは格差と分断が拡大する社会。その中で、降りられないレースに駆り立てられ、人々が心乱されているとしたら、私たちは何のために働き、この世界でどんな生き方を模索していけばよいのか?——「欲望」をキーワードに資本主義を解剖、昨秋開催された「Innovative City Forum 2019」でもその本質を探究するセッションを主宰したNHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーの丸山俊一さんに、「資本主義」を捉え直すための歴史上から現代までの知性たちの十の言葉を解説してもらいました。

selection & text by Shunichi Maruyama
illustration by yunosuke

❶「アダム・スミスは間違っていた」——ジョセフ・スティグリッツ(経済学者/アメリカ)

「経済学の父」と言われるアダム・スミス。ノーベル経済学賞受賞の重鎮が、その元祖を否定するようなものですから、現代の資本主義は大変な状況だということがわかりますよね。人々が自由に、自らの意志で利潤獲得に動いても、社会は保たれる。そうした社会の調整機能を「見えざる手」と表現したスミスの「国富論」は、産業革命以前の牧歌的な時代に著されたことも記憶にとどめるべきだとスティグリッツは指摘します。グローバル化、テクノロジー化の果ての市場の複雑性を前に、いま私たちが考えるべきは……?「国富論」を市場万能論として都合よく解釈することへの警鐘を鳴らした発言と言えるでしょう。

丸山俊一|Shunichi Maruyama NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー/東京藝術大学客員教授。NHKの人気シリーズ「欲望の資本主義」をはじめ、〈欲望〉をキーワードに現代社会を読み解く異色ドキュメントを次々に企画開発。過去に「爆笑問題のニッポンの教養」、現在も「人間ってナンだ? 超AI入門」「地球タクシー」「ネコメンタリー猫も、杓子も。」など様々な教養番組をプロデュースし続ける。著書 / 共著に『14歳からの資本主義』『欲望の資本主義1~3』『AI以後』など多数。東京藝術大学、早稲田大学などでも社会哲学を講じ教壇に立つ。

❷「成長は大事だ。だが一番大切なものではない」——トーマス・セドラチェク(経済学者・アナリスト/チェコ)

1989年まで共産主義の体制にあったチェコは、市場原理を取り入れ資本主義化、現在に至ります。そんな国に生まれ育ち、12歳までの幼年期にそうした社会経済体制を身をもって経験したセドラチェクにとって、市場とは「自由のためのツール」であることが第一であること、そして決して「成長」マストのものではないという彼の強い思いがこの言葉に込められています。さて私たちは今、「成長」をどう捉え、「市場」にどんな可能性を、意義を見出すべきなのでしょう?

❸「創造的であれ! さもなければ、死だ」——ダニエル・コーエン(経済学者・社会哲学者/フランス)

自由な競争の中では、イノベーションが命。そこで利潤を生むための最大の推進力は「創造性」=クリエイティブなアイデア。それこそが、成長を生み、変化を生み、新しい社会を生む、というわけですが……、しかし、それが命令となり、強制となったら、どうなのでしょう? 日々新たであることが強迫観念となって、逆に心を縛ってしまうとしたら? 「誰もが芸術家になれるわけではないし、そんな社会は不幸だ」 こんな言葉もコーエンは付け加えています。

❹「いくらi-Phoneが素晴らしくても同じものばかり作り続けていたらダメなんだろう? 資本主義はショウなのだ」——マルクス・ガブリエル(哲学者/ドイツ)

昨日とは違う今日、今日とは違う明日……。作って、壊して。「創造的破壊」で進む資本主義にはいつも新鮮で新たなアイデア、モノに出会える喜びがあります。しかし、達成感を見つけられないまま、ただ次へ、次へと「新しい」を生むこと、利益の数字をあげることだけが自己目的化してしまったら、本末転倒な気がしますね。ガブリエルの言葉はこんな風に続きます。今日の資本主義の世界は、いわば「商品の生産」そのものになった。「商品の生産」自体が、見せるための「ショウ」なのだ。

❺「歴史には人間の欲望の絶え間なく続く膨張しか見られない」——ユヴァル・ノア・ハラリ(歴史家/イスラエル)

石器時代の昔まで遡れば、何千倍もの大きな力をいまや私たちは得たと言えるわけですが、しかしとはいえ、当時の人々より満足し、より幸福を感じているかと言えば、そうでもなさそうです。欲望はまさに欲望を呼び、達成されたとしてもそれが、本当に満足となるわけもないことに気付かねばならないのでしょう。欲望とは、実は永遠の「青い鳥」なのかもしれません。ましてや、欲望の成就と幸福感は異なることを、私たちはいつも肝に銘じる必要があるのではないでしょうか?

❻「貨幣は目的と手段を逆転させる」——アリストテレス(哲学者/古代ギリシャ)

本来「交換のための手段」であったはずの貨幣。それ自体を欲望する歴史は、実は古代ギリシャにまで遡ります。「未来の交換の可能性」を貨幣に見出した人々は、「可能性」を貯め込むようになるというわけです。そしていまお金が無くなり他者への「信用」をベースに交換が実現する社会への夢も語られています。しかし、匿名による交換を実現し、共同体からの自由のための「手段」でもあったはずの貨幣を、現代の私たちが仮に手放そうとするなら、これもまたさらなる大きな目的と手段の逆転と言わざるを得ないのかもしれません。

❼「手動の製粉器は封建社会を生み、蒸気式の製粉機は資本主義社会を生む」——カール・マルクス(哲学者・経済学者/ドイツ)

マルクスは、社会主義を目指す革命家というイメージが独り歩きしていますが、それ以前に、社会システムの本質を見抜き、その構造の力を表現するのが得意なブラックユーモリストとも、表現できるのかもしれません。いつの時代も技術が人々の関係性を決めてしまい、そのシステムに合わせ、恩恵に浴するうちに人々の意識も変わり、社会のありようも変わっていくことを、簡潔な比喩で表現しています。今マルクスがいたら、「スマートフォンはハイパー資本主義を生む」と言ったかもしれませんね。

❽「みな月を見ているのだ。欲望の対象、すなわち貨幣を欲しがる心を抑えられないのならば、失業の問題など解消できない」——ジョン・メイナード・ケインズ(経済学者/イギリス)

様々なレトリックで人々の心の底を描写し続けたケインズらしい、ユーモアのセンスに溢れた社会批評です。輝く月は、ある意味、太陽の光を受けた幻影とも言えます。光源を持たない他者からの照り返しに囚われる私たち……。際限のない「無いものねだり」に気がつかなければ、社会は回っていかない、というわけです。貨幣への欲望が、ある意味「幻想の愛」であることをどう自覚するか?先に紹介したアリストテレスの言葉と合わせて読めば、ここでも「目的と手段の逆転」という人間の性が見えてくるのかもしれません。

❾「資本主義は自壊する。その経済的成功ゆえに、文化的に自ら壊れる」——ヨーゼフ・シュンペーター(経済学者/オーストリア)

このパラドックスこそ、資本主義の、人間社会の本質につながるもの。自由な市場での競争から多くの富が生まれますが、時が過ぎ行くうちに「成功者」たちにも安定を求める心が生まれ、巨大化した一部の企業が市場を寡占化するようになった時、挑戦、革新へのマインドは低下し社会の弾力性も失われていく……。先に触れた「イノベーション」「創造的破壊」などの言葉も生んだシュンペーターのセンスは、人間社会にいつも皮肉な「逆説」が生まれることを、ダイナミックな時間の流れを見すえて、透徹した目で指摘します。

➓「人間は誰しも怠惰で愚かなものだ。“合理的経済人”なる妖怪はいない」——フリードリヒ・ハイエク(経済学者・思想家/オーストリア)

「合理的経済人」。「市場」で常に自らの利益の最大化を目指し続ける存在が長年経済学では想定されてきたわけですが、それは本当にアダム・スミスの人間観か? ハイエクは疑問を呈します。むしろ誰しもが「軽率で怠惰」な弱さを抱えた人間像こそが、「国富論」でも彼がイメージしていたものではなかったのか? そんな「合理」性とはほど遠い人間たちが、その自然の本性のままになんとか社会を構成し維持していくために「市場」があると「経済学の父」は考えていたと、ハイエクは言うのです。ここにきて、この「十の言葉」は振り出しに戻るような皮肉に満ちています。映画『猿の惑星』のラストシーンで、他の惑星だと思い込んでいた主人公たちが、岩肌の向こうに自由の女神を見つけた瞬間のような気分になるのは、私だけでしょうか? 「欲望の惑星」の旅は続きます。

※初出=プリント版 2020年1月1日号