INTERVIEW WITH JØRGEN RANDERS

未来予測の大家 ヨルゲン・ランダース教授が語る、資本主義と環境問題の相関

膨大なデータをもとに未来を予測する著書で世界を震撼させたランダース教授。深刻な地球環境破壊と経済活動の優先、それに加え自国ファースト主義が台頭し始めた今の世の中は、氏の目にどう映るのか? そもそも資本主義と環境保護は両立するのだろうか? 昨秋「Innovative City Forum 2019」(主催:森記念財団都市戦略研究所、森美術館、アカデミーヒルズ)にて基調講演を行うために来日したランダース教授とともに、私たちにとって真に幸福な未来の姿を考えます。

interview by Shunichi Maruyama
text by Mari Matsubara
photo by Akiko Arai

丸山 ランダースさんの長年のご指摘にもかかわらず、私たちの社会の多くは残念ながら環境破壊の一途をたどっているようです。資本主義の中どんな方策があり得るでしょう?

ランダース ご質問に短い答えで返すとすれば、「強力な国家が必要」ということです。資本主義を保ちながら、それを国家がある程度規制していくことが重要です。

丸山 しかし「自由」を根本概念にもつ資本主義の中では、難しい面もあるのでは? 

ヨルゲン・ランダース|JØRGEN RANDERS BIノルウェービジネススクール 法律ガバナンス学部 気候戦略名誉教授。1945年生まれ。94~99年WWFインターナショナル副事務局長。ローマクラブ正会員として1972年に『成長の限界』を共同執筆し、未来に世界が抱える数々の問題を予測し話題となる。そのちょうど40年後である2012年、『2052 今後40年のグローバル予測』を上梓。

ランダース 資本主義の根幹の考え方は「私的所有」。個人が何かを所有するということです。ではその概念を継続させるのかどうか、あるいは何を誰が所有するのか? これは国が考えなければならないことだと私は思います。ノルウェーは原油産業のおかげで1970年代頃から比較的豊かで、油田は国営です。このような社会的共通資本については、私的所有が認められる社会よりも、国家が所有し管理するほうが、国民全体にとってより望ましい世界を実現できると思います。それと同時に、国家が富裕者に対してきちんと課税し、富を吸い上げ、そしてその富を分配していく役割を果たすべきです。

丸山 その点において、日本はランダースさんの目にどう映りますか?

ランダース 日本政府はこの30年間、課税比率を大変低く設定しているので、国の歳入が厳しい状況にあります。国が富裕層からお金を借り入れ、さらに借金を増やしているというありさまです。国家債務がこれだけ膨らんでいる国は先進諸国の中では珍しいですよ。

民主主義と自由競争はリンクしない

丸山 強い国家という言葉からは、中国の独特な経済モデルが思い出されますが。

ランダース 中国経済は資本主義を導入していますが、その最大の資本家が国家であるところが特徴です。市場が自由であることは確かですが、その最大のプレイヤーは国家。国の計画を党内で議論し、道路を作り、都市を開発し、飛行機を購入する。一方、日本を含むわれわれの国は、裕福な人にお金がまず渡り、彼らがどこに投資すれば一番利益が上がるのかを考えて投資先を決めている。両者の形態は異なりますが、どちらも資本主義であり、自由経済なのです。

丸山 資本主義を常に修正しながら、国家がどこまで社会的資本をコントロールするのかが課題であることはおっしゃる通りです。しかし、国家が非常に強い権力を握る中国型に弊害がないとは言い切れません。一党独裁による社会や経済の破綻の例を過去にいくつも見てきました。我々は民主主義をベースとして資本主義を考えています。そこはどう折り合いをつければいいのでしょう?

丸山俊一|Shunichi Maruyama  NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー / 東京藝術大学客員教授。NHKの人気シリーズ「欲望の資本主義」をはじめ、〈欲望〉をキーワードに現代社会を読み解く異色ドキュメントを次々に企画開発。過去に「爆笑問題のニッポンの教養」、現在も「人間ってナンだ? 超AI入門」「地球タクシー」「ネコメンタリー猫も、杓子も。」など様々な教養番組をプロデュースし続ける。著書 / 共著に『14歳からの資本主義』『欲望の資本主義1~3』『AI以後』など多数。東京藝術大学、早稲田大学などでも社会哲学を講じ教壇に立つ。

ランダース 私は民主主義と自由競争がリンクしている社会を見たことがありません。民主主義だからこそ自由経済が保たれている? いや、そんなことはない。あたかも民主主義という概念を背景に自由市場が展開してきたかのように語られ、信じ込まされているだけです。たとえば、本当の資本家というのは民主主義的な人でしょうか? 民主主義は自由経済の概念とは何のゆかりもないのです。過去40年間、国々はマーケットを自由化してきた。つまり国家の力を意図的に脆弱化させてきたのです。資本家は存分に自らの力を発揮し、富裕層はさらに豊かになっていくという構造が生まれ、大きな不平等を生んでしまった。

丸山 そこで思い出したのが、経済学の巨人、シュンペーターの言葉、「資本主義はその成功ゆえに自ら壊れる」です。皮肉なことに、80年代までの東西冷戦構造の時代の方が、社会主義という「外部」があることで、西側諸国も資本主義、民主主義の定義の共有が比較的容易で、また、資本主義の暴走にもストッパーがかかったという一面があったのではないでしょうか? 市場の網の目が地球を覆いつながったことで、格差や分断が生まれている状況に、なんとも言えないねじれた逆説を感じます。今アメリカの若い世代には社会主義を求める声も広がりを見せており、所得ではなく富裕層の資産への課税や土地の国有化などを訴える人々も出てきています。彼らが考えていることは、ランダースさんの思考と同じベクトルにあると思いますが……。

ランダース そうあってほしいと思いますが、私は若い世代をそれほど信用していません(笑)

丸山 たとえば昨今のグレタ・トゥーンベリさんの活動をどう捉えていますか?

ランダース 70年代にグリーンムーブメントが起こり、アースデイが開催され、国に環境省が設置されました。環境問題への関心は大いに高まりましたが、80年代には一気に忘れられました。そして20年前に第2波が来た。今がグレタさんで、それは第3波がやって来ただけのこと。人間とは、非常に短期的視野でしか生きられない存在なのですよ。今日のことしか関心がなく、次世代の未来まで見越して献身する人はごく稀です。

幸福の向上のためにすべき3つの指針

丸山 私が手がけた番組「欲望の資本主義」というシリーズも、人間の「欲望」はある意味ゴールなき「ないものねだり」なのかもしれないという発想から生まれています。その意味でも現代人は自分で自分の欲望がよく分からないままに何か短期的なものに駆り立てられているように思います。これから私たちが持つべきビジョンについて、何かアドバイスはありますか?

ランダース その答えは簡単で、192カ国が批准したSDGs(持続可能な開発目標)の17の目標を達成できるよう行動することです。そのためには気候変動、貧困、不平等を取り除いていくことが必要です。

丸山 その実現のために、日本はどうすればいいのでしょう?

ランダース 第1に温暖化ガスの排出を減らすこと。石炭・石油・天然ガスを使わない、新設しないこと。そして今後は風力・太陽光発電に投資をしていくべきです。第2に日本が他の先進諸国より秀でている社会システム、具体的には国民皆保険制度などの既存のシステムを手放さず継続していくこと。そして第3に年金受給年齢を上げること。そこには働き方の変革も含まれます。雇用主の生産性のみ重視した労働時間を、働く側に寄り添った形に見直すべきです。すでに豊かな国々では、生産性をどれだけ高めるかということよりも、人々の幸福の向上を実現することの方がはるかに大切なのです。

丸山 ランダースさんのメッセージが多くの人々に届き、変化が生まれることを望みます。同時にこうした問題提起をそれぞれが「人生の物語」に落とし込んで考えてくだされば嬉しいです。資本主義も民主主義も独立したシステムとしてあるのではなく、その国その地域固有の自然環境、文化の基層、歴史の中にある多様なものだと考えるからです。日本人の自然観、幸福感、さらには死生観にもつながるような奥行きある思考の中で、自然との付き合い方や将来へのビジョンを考え始める時だと思います。

ヨルゲン・ランダース教授から
日本人への提言

❶ 気候変動に対して今すぐ何か行動を起こさなければ、あなた方の子孫は将来、生き残れないでしょう。
❷ 化石燃料の利用をこれ以上増やすのをやめて、大規模な海洋風力発電所を作りましょう。
❸ 以上の事柄を断行するために、富裕層への増税を課すことができる政党に投票しましょう。

※初出=プリント版 2020年1月1日号

NHK BS1スペシャル「欲望の資本主義2020」
激変の時代、今何が? 地殻変動の本質は? どこから歯車が狂ったか……? 格差拡大、米中の経済戦争、切迫する環境問題、不確実性が増す世界。吹き荒れるマネーの嵐の中、日本経済はどこへ向かうのか?「異次元の金融緩和」の成果が問われ、MMTなど新たな理論による論争も起きている。スティグリッツ、アタリ他世界の様々な知性、日本経済の最前線で挑戦する人々の言葉から、現在の不透明な状況を解剖する。私たちは今どこへ向かう? ●放送予定:2020年1月3日(金)午後10時〜 / 1月5日(日)午後2時〜(再)