大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの三吉香留菜氏が、福井テレビの伊登友洋氏、森永製菓の西邑光弘氏を迎え、事業の取り組みについて伺います。
TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Ayako Mogi
コラボのきっかけはARCHの「ランチ会」
三吉 今回は、福井県の銘菓・羽二重餅と、森永製菓のロングセラー商品・ミルクキャラメルがコラボレーションした新たな土産物「ミルクキャラメル羽二重餅」の開発に携わったおふたりに、開発の背景や経緯について伺っていきたいと思います。伊登さんは福井の本社からここARCHに来てくださいました。ちなみにご出身も福井県ですか?

伊登 はい、福井県出身です。大学は東京でしたが、新卒で福井テレビに入社しました。
三吉 入社後、新規事業開発に携わるまでのご経歴をご紹介いただけますか?
伊登 私はもともと理系で、国内のテレビが地デジに移行する時期に入社したこともあり、最初はデータ放送に関するビジネス開発に携わり、その後、CMの割り当てなどをシステム化する業務や、通信事業社や地元の商社と連携してワンセグ放送の可能性を探るプロジェクトを担当しました。また、省庁や地域行政との協働プロジェクトとして、Uターン就職支援、まちづくりや観光支援といったプロジェクトにも携わりました。その後、7年にわたり東京でスポンサー営業を行いました。
三吉 東京で勤務されたこともあるのですね。
伊登 はい。キャリアの中でいちばん長いのは営業です。
三吉 7年の間に、営業の内容に変化はありましたか?
伊登 キャリアを重ねるにつれて提案型の営業ができるようになったと思います。福井県の地域性や地域課題と絡めてプロモーションすることで、より効果的に訴求できるケースも多いので、東京のテレビ局との差別化にもつながりました。
三吉 営業でキャリアを積んでいた伊登さんが、なぜ新規事業開発に携わることに?
伊登 突然の辞令でした。ただ、東京の営業活動を通じて様々な会社の新規事業に触れる機会があったので、事業創出の重要性については認識していました。最初は上司を含めて3人で活動を開始し、翌2024年には専門の部署として未来開発部が立ち上がりました。現在は5人体制で活動しています。
三吉 福井テレビの社員数は100人余りと伺っています。そのうちの5人というのはかなりの割合ではないでしょうか。
伊登 他局と比べても、新規事業開発に対する感度は高いと思います。そもそも酒井美樹男社長は新規事業開発に携わった人で、ともすると「本業の売り上げ支援になればいい」という発想になりがちなところを、「独立した採算性のある新規ビジネスを開拓すべき」と、危機感と覚悟を持って主導しています。本業と関係のないことをやっていると社内で軋轢が生まれる“新規事業あるある”についても、社長が新しいチャレンジの最大の理解者であることで、やりやすい環境になっています。
三吉 すばらしいことですね。ありがとうございます。西邑さんは、森永製菓でどのようなキャリアを積まれてきたのでしょう。

西邑光弘|Mitsuhiro Nishimura 森永製菓株式会社 新規事業開発部/1987年入社。北関東エリアから四国エリアまで幅広い地域で営業職に従事。全国で同じ商品を扱う中でも、エリアによって顧客ニーズや市場動向の違いを肌で実感し、エリアごとの戦略の重要性を強く認識。2023年、58歳の時に社内新規事業の公募プロジェクトへ応募し、これを契機に現職に至る。
西邑 新卒で森永製菓に入社し、60歳で定年を迎え、61歳の現在は再雇用という形で新規事業開発に取り組んでいます。定年までの38年のうち30年は営業畑にいました。
三吉 具体的にはどのような営業を?
西邑 最初の約10年は、卸店やスーパーを回って棚を確保する仕事に携わりました。昔は営業自ら店頭に陳列することも多かったので、売れれば売れるほど肉体労働もついてきました(笑)。次の約10年は、エリア戦略を担いました。支店や営業拠点に人・商品・予算をどう配分し、いかに収益を上げ、いかに品切れが起こらないようにするか、といった仕事で、四国、名古屋、関西のエリアを担当しました。
三吉 いろいろなエリアを担当されたのですね。転勤や引っ越しも多かったのでは?
西邑 これまでに合計13回引っ越ししています。
三吉 13回も! それだけ転勤があるということは、転勤先のエリア特性や売り場の勢力図などを把握しておく必要がありますね。
西邑 その通りです。例えば関西エリアの人口構成比は全国の16%前後ですが、ここで全国比16%以上を売り上げている商品ならエリアでの優位性があり、逆に16%以下であれば、もっと販促が必要、といったことも考えます。関西では「ハイチュウ」の人気が高いなど、エリアによって人気商品の順位も変わります。
三吉 なるほど。
西邑 次の10年は、エリア戦略の責任者として、関西2府4県、北関東3県を担当しました。
三吉 関西と福井は文化圏的に近い印象があります。
西邑 そうですね。関西人の私もそう感じます。
三吉 伊登さんと西邑さんはARCHで出会ったそうですが、東京から離れた福井テレビがARCHに注目したきっかけも伺いたいです。
伊登 上司から「元ネスレ社長の著書にARCHが出てきた」と聞いて、「じゃあ、一緒に一度見に行きましょう」となりまして、さっそくARCHに出向き、集めた情報を会社に持ち帰ったところ、酒井社長の判断で入会に至りました。
三吉 ARCHの会員は業種が様々なので、「何から手をつけたらいいのか?」となりませんでしたか?
伊登 確かにテレビ局とはかけ離れた業種の企業もたくさん入居されていますが、かけ離れているからこそ、思いもつかなかったような協業の可能性を感じることも多いです。空振りを恐れずに何回もバットを振り続けることが大事だと思っています。
三吉 新規事業のプラットフォームはあくまでも福井県でとお考えですか?

伊登友洋|Ito Tomohiro 福井テレビ 未来戦略局 未来開発部 副部長/東京理科大学理工学部情報科学科卒。2003年入社。地デジ移行期に、テレビとインターネット融合による新たな事業領域の開拓に携わる。その後、企画部門にて就職支援やまちづくり、観光支援分野のプロジェクト推進業務に従事。東京支社ではスポンサー・代理店営業を担当し、2023年より現職。地域課題に向き合いながら、全国へ広がる事業創出に取り組んでいる。
伊登 そうですね。取材活動などを通じて福井の魅力や課題をよく分かっているのが地元局の強みですし、県や地元企業との関係も深いので、その強みを活かして他企業と共創できることを模索していきたいと思っています。一方で、目指しているのは地域に閉じない事業展開です。福井での取り組みを全国へ広げていける事業づくりに挑戦しています。
三吉 どのような経緯で森永製菓とタッグを組むことになったのでしょう。
伊登 カジュアルな雰囲気の中で異業種交流やアイデアの共有を行うARCHの「ランチ会」に参加した時に、登壇者と名刺交換をするために待っていた列で、西邑さんの同僚である髙橋佑介さんから声をかけていただいたんです。髙橋さんから“頼りになるアイデアマン”としてご紹介いただいたのが、西邑さんでした。そのあとすぐに福井県の行政の方に連絡してARCHに一緒に来ていただいて、県の名物になるような土産物を一緒に作ることになりました。
三吉 メールや電話でのやり取りを飛ばして、すぐに対面で話してプロジェクトがスタートしたというのは、驚きのスピードですね。
伊登 ARCHに入会したのは2024年4月で、前月の3月16日に北陸新幹線の県内開業がありました。この日に福井の新しいご当地駅弁の販売が始まったのですが、実はこの駅弁は、福井県、県内企業、そして当社がタッグを組んで開発を進めたものでした。この時につながりができた県の方と、「今度は新しい福井土産を作りたいですね」と雑談レベルで話していたこともあって、スピード感を持って動けたのかなと思います。
西邑 私は営業活動を通じて土産物が地域を元気にする力にずっと注目していました。ただ、ロットの関係で“福井県限定”ではなく“北陸限定”にするしかないなど、装置産業にとってはなかなか難しい市場でもあるんです。そもそもナショナルブランドが地域に入っていこうとすると、地元の反応の多くは「黒船が来た!」なんですね。
三吉 つまり、よそ者がお金儲けに来たと。
西邑 はい。でも今回は、福井テレビが間に入って福井県や地元企業とつないでくださった。やはりこのことがいちばん大きかったと思います。
県や地元企業を巻き込んでプロジェクトチームを結成
三吉 羽二重餅×ミルクキャラメルのアイデアはどのように生まれたのですか?
伊登 プロジェクトを立ち上げるにあたり、北陸を中心とした土産店を運営するジェイアールサービスネット金沢にもチームに入っていただきました。ジェイアールサービスネット金沢は、土産物の製造会社のことも、どんな土産物が人気を集めるのかもよくご存じで、永平寺の老舗和菓子店・マエダセイカなら生産力が高く、企画をポジティブに受け止めてくれるのでは、と考えてくださいました。
西邑 マエダセイカは福井を代表するお菓子・羽二重餅を作っている会社です。羽二重餅と聞いて、直感でミルクキャラメルと合うと思いました。後で調べて分かったことですが、原料がわりと似ているんです。
三吉 複数のプレーヤーを集めてプロジェクトを進めていく手法は「駅弁プロジェクト」に似ていますね。

伊登 そうですね。駅弁プロジェクトは準備に3年を要しましたが、その時にいろいろと学んだこともあり、今回は8カ月で商品の発表に至りました。とはいえゼロからのスタートですので、当然ながら紆余曲折や試行錯誤がありました。
西邑 最初に売価の相談をしましたよね。「高く設定すると売れないのでは?」という意見もありましたが、参画したそれぞれが利益を得られてちゃんとビジネスが持続する売価にしましょうと提案させていただきました。
伊登 付加価値のある商品を生み、お客様がその価値を認めてくだされば、ある程度の売価をつけても買ってくださるはず、そのチャンスがあるので自信を持ちましょうと西邑さんが言ってくださって、まずそこを確認し合ってから、味、形、重量、デザインなどを決めていきました。
西邑 味を決めるにあたっては、キャラメルの濃さをどのぐらいにするかなど、試作を何十回も重ねました。
伊登 ミルクキャラメルも羽二重餅も長く守ってきた味とブランドイメージがあるので、お互いにその魅力を維持しなければいけません。一方で、ミルクキャラメルであってはいけないし、羽二重餅であってもいけない。そこのバランスに苦労しました。
三吉 さっそく試食させていただきましたが、最初の食感は羽二重餅ならではの優しい柔らかさで、数回噛むとミルクキャラメルの味が感じられて、そのグラデーションが楽しくおいしかったです。
伊登 一般的な羽二重餅は平たい形状ですが、「ミルクキャラメル羽二重餅」は渦巻きにしています。
西邑 羽二重餅の“羽二重”は、福井県の名産品である絹織物の羽二重からきていて、渦巻きの形状は、羽二重の反物の形状に似ています。福井の伝統と県民の皆さんの愛着が詰まった形なのです。
三吉 渦巻きが箱に並んだ見た目がかわいく、ミルクキャラメルが箱に並んでいるような印象もあります。絶妙なバランスだと思います。
西邑 形状が決まってからは、一気に作業が進みました。
伊登 モノがある程度見えてきたことで、チームのみんなで「これはいける!」となりました。パッケージのデザインもチームで話し合って決めました。
三吉 パッケージデザインもすてきです。
伊登 渦巻きの柄の上に、福井の歴史や名所をイメージした絵柄と、ミルクキャラメルの箱をあしらったパッケージです。味を決めるのと同じように、ミルクキャラメルのブランドイメージと羽二重餅のブランドイメージの両方を維持できるデザインを追求しました。
三吉 ちなみにプロジェクトチームの会議はオンラインで行っていたのですか? それとも対面で?
西邑 ほとんど対面での会議で、東京勤務の私が何度も福井に足を運びました。
伊登 お互いに表情を見ながら打ち合わせができたことも、スピード感を持って開発できた要因だと思います。

graphic recording by Karuna Miyoshi
販売開始以来、売り上げ1位をキープ
三吉 昨年8月5日に販売がスタートしたそうですが、売れ行きはいかがですか?
伊登 ジェイアールサービスネット金沢が売り場を整えてくださっていることもあり、販売開始以来、福井県内のJR北陸新幹線停車駅のおみやげ処での総売り上げは1位をキープしています。
西邑 販売開始がちょうどお盆シーズンに入るタイミングだったので、一部店舗では品切れになるほどでした。うれしいのは、福井県の皆さんにも買っていただいていることです。県民の皆さんが、県外からのお客様や、帰省したご家族に「いいお土産だよ」と勧めてくだされば、これ以上の宣伝はないと思っています。
三吉 最初から売れた理由についてはどう考えますか?
伊登 販売開始に先駆けて、福井県が関西万博で1日限定で開催した「恐竜王国福井DAY」において、県の観光地を紹介するリーフレットとともに、新たな福井名物として「ミルクキャラメル羽二重餅」をノベルティとして配ってアピールしたんです。県と一緒に商品を作り、信頼関係を築いてきたからこそ実現できた企画でした。
西邑 私も伊登さんも現地でノベルティを配ったのですが、「これはもう売っているの?」「どこに行けば買えますか?」といった問い合わせがたくさんありました。また、福井県庁での記者発表も実現し、新聞やウェブニュースで取り上げられました。こうした自治体の後方支援を受けつつ、民間主導で動かしていくことで、継続性のある事業に育てていけたらと思っています。
三吉 民間主導であれば、自治体は大きな予算をかけずに地方創生に貢献できるので、自治体にとってもメリットが大きいと思います。あらためて今回のプロジェクトを振り返ってのご感想をお願いします。
伊登 ただ「売れればいい」ではなく、歴史のあるブランドを守り、チームの参画者がお互いを尊重し、それぞれの強みを活かしながら一つの形にしていくプロセスに多くの発見と学びがありました。新規事業のキーはつくづく「人」で、「最後までやり抜く」という気持ちを共有できるパートナーたちと出会えたことが幸いでした。
西邑 以前、伊登さんの上司の方に「福井テレビの強みは何ですか?」と尋ねたところ、「『福井テレビです』と名乗れば地元の方が気軽にインタビューに答えてくださることです」とおっしゃいました。森永製菓は日本全国に商品を展開し、社名も商品名もネームバリューがありますが、地方局と同じようなことはできません。新規事業においては、強みを持つパートナーと組むことが何よりも重要だと実感しました。

三吉 地方への参入が難しかったナショナルブランドが、地元に強いプレーヤーと組むことで事業の可能性を広げ、地域の企業がナショナルブランドのIPとコラボすることで、地方創生の新たな道筋を見つけた、すばらしいプロジェクトだと感じました。最後に、今後の展望についてお聞かせください。
伊登 今回のプロジェクトを通じて一つの実績ができたことは、今後につながっていくと思いますし、実際に動き始めているプロジェクトもあります。西邑さんが語ってくださったように、地域に根ざした取材ができることが地方局の強みだと思うので、ARCHをはじめ外部との接点を大切にしながら、県域を超えて支持されるような新規事業を生み出していけたらと思っています。
西邑 他社商品とのコラボレーションはこれまでも行ってきましたが、今回のプロジェクトは自治体や地元企業と連携し、ゼロから新たな商品を創り上げた点に大きな特徴があります。こうした連携によって、地域の魅力や各社の強みが存分に活かされ、売れる商品を生み出すことができたと思います。今後も森永製菓が長く培ってきたIPやアセットを活用しながら、地域と協働した新たな価値創造に取り組んでいきたいです。
三吉 今後の活動にも注目していきたいと思います!
三吉香留菜|Karuna Miyoshi
東京大学法学部卒業後、ベイン・アンド・カンパニーにて戦略コンサルティング業務に従事。中期経営計画・M&A戦略策定/DD、ポートフォリオ変革支援など全社戦略の策定・伴走を行う。2022年にWiLへ参画し、東京オフィスLP Relation担当Senior Directorとして大企業の変革・イノベーション創出支援を行う。グラフィック化スキルを活かし、大企業向けワークショップのビジュアライズも担当。

ARCH Toranomon Hills は、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階






SHARE