STARS BY TAHI SAIHATE

視点を洗う時間——最果タヒ|わたしの「STARS展」@森美術館 ❸

森美術館で開催中の「STARS展」(〜2021.1.3)は、鑑賞者ひとりひとりの目に何を映し、何を感じる機会になっているでしょうか。独自の創作活動を展開する注目のクリエイター3人に、それぞれの「STARS展」体験を自身の言葉で綴っていただきました。3回シリーズの最終回は、詩人の最果タヒさんです。

TEXT BY tahi saihate

杉本博司「レボリューション」シリーズより、左から《Revolution 002 北大西洋、ニューファンドランド》(1982年)、《Revolution 001 北大西洋、ニューファンドランド》(1982年)、《Revolution 008 カリブ海 、ユカタン》(1990年) 展示風景:「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」森美術館(東京)2020年 撮影:高山幸三 写真提供:森美術館

 月の方が巨大な星に見えるのだ。これは極めて不思議なこと、丸いはずの地球はあまりにも巨大でほとんど直線の水平線を描き、その向こうに小さな月。けれど月の方が巨大に見える。地球とはちっぽけな星で、巨大な月がこちらを遠くから、見ているような錯覚がある。
 

 事実、というものがあって、月は地球の周りをまわり、地球よりもだいぶ小さい。しかしそれとは別に、「見えるもの」としての月と地球があり、月は極めて偉大で、地球は、星であることすら曖昧になる。この「見えるもの」が、事実を無視してどこまでも自分の中に居座る時、不安になるのか、それとも心地よく感じるのか。
 実はずっとずっと不安だったのだということを思い出す。
 見えるものと事実にずれがあることに、ではなく、「事実を知っている」こと、それ自体に。ずっとずっと不気味だった。
 

 杉本博司さんの作品に学生時代夢中になったことがあり、写真集を買うために食費を削ったりとか色々した。その頃夢中になったのは、THEATERSシリーズだったが、あの頃自分がその写真をどう見ていたのか思い出せないだろうな、と、THEATERSだからこその確信があり、それなのにまた、明らかに同じ感覚に舞い戻ってしまっていた。
 THEATERSで見ていたのはなんだったのか(THEATERSは、映画が上映されているスクリーンを、映画一本分シャッターを開きっぱなしにして撮影した作品群。当然スクリーンは真っ白に輝く。)私はそこに映っていたものを知ることができない、ということが心地よかった。もはやここには何かが映っていて、それなのに消えている、ということすら忘れていた。いや、消えていない、消えていないのに見えないのだ、それが重要だった。シアターとは真っ白な光を数時間放つための場所だとさえ思える。私の細胞のどこかにとっては、長く不変にあり続ける岩や宝石にとっては、そう見えているのかもしれない。それを「事実」をもってして否定する必要は、実はどこにもないのである。
 

 THEATERSには人間が捉える時間感覚とは違う、別の存在、それこそ寿命が数億年あるようなそういう存在から見た映画を、写真を通じて見ているような錯覚があった。それは、「事実」の別の側面を知らせるものであり、事実を拒絶するものではなかった。
 けれどREVOLUTIONは、科学としてのいわば唯一であるはずの「事実」と向き合い、そしてその事実を、私の体から消し去っていく。月は地球より小さいはず、それは証明された事実だ。けれど、事実としての「大きさ」と、自分が空を見て感じる「大きさ」には当然だけれど違いがあり、どうしてそれらを擦り合わせたり、どちらかを優遇したりしてきたのか、この作品を前にするとわからなくなる。月が巨大な星であり、地球がそれに比べて矮小な、一本の線(少しだけ歪んだ)に、思えてならない瞬間を、否定する意味ってなんだろう。世界を知覚する肉体を持つ「私」が、ずっとないがしろにされてきたことに気づいた。
 

「事実」を意識する時、無意識に排除してきた「私」という肉体が、突然はっきりとして、私は見たことのないその風景を前に、肉体を持って生きた人類、過去の人類、科学などまだない時代の人類の瞳にまで、意識が束ねられていく予感がした。
 人が生まれて生きて死ぬときに、感じられる全てとして月と水平線を見るころ、地球が一本の暗い線に収束していく。絶対も永遠も得られない、人類の視点だ。
 

profile

最果タヒ|Tahi Saihate
詩人。1986年生まれ。2004年よりインターネット上で詩作をはじめ、翌年より「現代詩手帖」の新人作品欄に投稿をはじめる。2006年、現代詩手帖賞受賞。2007年、第一詩集『グッドモーニング』を刊行。同作で中原中也賞を受賞。近著に『夜景座生まれ』(新潮社)『「好き」の因数分解』(リトル・モア)など。

STARS展」 場所 森美術館(六本木ヒルズ 森タワー 53F) 期間 〜2021年1月3日(日) 時間 10:00~22:00(最終入館 21:30) ※火曜日のみ17:00まで(最終入館 16:30) ※以下日程は特別営業となり、朝9時から開館します。また、12月29日(火)は通常17時までのところ、22時まで開館いたします。 期間 12月19日(土)、20日(日)、26日(土)~1月3日(日)