ART & LIFE, NOW & THEN

美術史の視点でたどる日本の住まいとアートの関係、いまむかし。

美術館やギャラリーで、あるいはプライベートな空間で、現代アートと接する機会が増えてきた今日この頃。そもそも日本人のアートとの付き合い方は、時代によってどのように変遷してきたのでしょう? インディペンデント・キュレーターの岡部あおみさんに聞きました。

illustration by Yanagi Tomoyuki
edit & text by Mari Matsubara

──暮らしの中へのアートの取り入れ方は、日本と欧米とでは違いがあるように思います。歴史的に見てどんな違いがあるのでしょう?

岡部 日本の居住空間は、伝統的に木造家屋です。室町~江戸初期に書院造りが確立し、そこには床の間があり、掛軸をかけ、花を飾るようになりました。明治以降も、一般的な住宅にはたいてい床の間がありました。床の間とは要するに展示空間なのです。そして、床の間に何を飾るかといえば、もちろん自分が好きな掛軸をかけるわけですが、それ以上に、その日迎えるお客さまが誰であるか、季節はいつか、面会の目的は何かということを考慮に入れて掛軸を選んだのです。だから、掛軸は1点をかけっ放しにするのではなく、TPOに応じてしょっちゅうかけ替えていた。床の間は来訪者を喜ばせるため場所、ハレの場。つまり日本の昔の住まいは、家の中に小さな美術館があるようなものでした。対して欧米では、自分の愛蔵品を飾り、披露するという考え方ですね。来客に合わせて美術品を変えるようなことは基本的にはなく、それよりも、代々先祖から受け継いできた美術品で壁や空間を埋め尽くしたわけです。

──日本家屋と西洋建築の構造の違いも影響しているのでしょうか?

岡部 その通りです。西洋の家は基本的に石造りで、壁がむき出しなのでとても寒いんですよ。だから壁に分厚いタペストリーをかけるのです。ゴブラン織などのタペストリーは芸術品であると同時に、防寒の役目も果たしていました。そうした環境条件もあって、壁面を絵画で埋め尽くす習慣が定着したのではないでしょうか。それに対して伝統的な日本建築は木と紙でできています。襖や障子の面積が大きく、壁面が少ない。壁面に絵を飾るという発想が根付きにくかったのです。もちろん、庶民にも買える浮世絵を長屋の壁に貼っておくという程度の楽しみ方はありましたが。壁面の代わりを果たしたのが床の間だった。美術を暮らしに取り込む行為は、自然と日本の室礼の中に組み込まれていたのです。

──戦後、伝統的な和風住宅が減少し、日本人の生活は西欧化しました。アートとの付き合い方も変わりましたね?

岡部 住宅が洋風化するにつれて、床の間の伝統が徐々に失われました。しかし、洋風の家に住むようになったからといって、絵画を飾るようになったというわけではないですね。家の様式は変わっても、習慣まで急に変えることはできませんから。たとえばフランスでは親から子へ美術品を受け継ぐのが日本以上に当たり前だし、仮に自分で家を新築したとしても、ガランと空いた壁面に美術品を飾りたくなるものです。パリには「ドゥルオー」など一般にもよく知られたオークション会場があって、ほとんど毎日何かしらの競売が行われています。宝飾品、家具、絵画、あらゆるものが出品され、誰でもふらりと立ち寄って下見ができます。デパートに買い物に行くような気軽さでアートをビットする。生活とアートとの距離が近いことが感じられます。

観に行く大規模アート、家時間を潤す小さなアート

──しかし一方で、ここ数年日本でも現代アートの受容が活発です。

岡部 床の間に掛軸という暮らしは一部の富裕層しか実現できなくなってしまいましたが、ここ20年間でアートに接する一般の人たちは増えたと思います。直島を皮切りに、2000年に新潟県越後妻有で「大地の芸術祭」が始まったのが大きい。都会から離れた場所で現代アートが受け入れられるのかと正直半信半疑でしたが、結果は大成功。翌年には「横浜トリエンナーレ」、そして「愛知トリエンナーレ」へと広がり、地方都市でのアート活動が活況を呈します。ホワイトキューブではない場所でアートと出会い、旅にアート観賞が組み込まれ、時にはアーティストの制作に携わることもできる。この形式はお祭り好きの日本人にとてもフィットしたのでしょう。

──アートの裾野が広がった一方、家の中のアートから、外に出かけて観に行くアートへと変化したのでしょうか?

岡部 その両輪だと思います。ごく最近では、自分がいいと思う作品を身銭を切って購入し、ささやかでも身辺に置いて楽しむ若い層が徐々に増えています。投資目的ではなく、自分の自由になるお金の範囲でアートを入手する方が増えるのは嬉しいですね。アートは人生に豊かさや喜びを与えてくれるものですから。またコロナとの共存を余儀なくされた時代に、家時間を充実させるため居住空間にアートを置きたいという意識が高まるかもしれません。しかし、いいものを買うには数を見ることが大事。価格の相場もだんだんわかってきます。だから美術館やギャラリーに足繁く通って目を養うといいでしょう。六本木には「森美術館」があり、その周辺には現代アートギャラリーが多数ひしめいています。この界隈をぐるっと一回りするだけで、巨匠アーティストから、新進気鋭の無名作家まで総ざらいすることができます。

※初出=プリント版 2020年10月1日号

 

岡部あおみ|Aomi Okabe
インディペンデント・キュレーター/仏ソルボンヌ大学修士、ルーヴル学院第三課程修了。専攻は近現代美術史・ミュゼオロジー。武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科教授を経て、現在は数々の美術展の企画に携わる。2014~2020年の間、国際交流基金・パリ日本文化会館アーティスティックディレクターに就任、同館で「内藤礼」展、「米田知子」展などを手がけた。著書に『アートが知りたい—本音のミュゼオロジー』など。

STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ 会場 森美術館 日程 開催中 ~ 2021年1月3日(日)