OMOTESANDO HILLS 20th

藤原ヒロシ×画家・森本啓太|レンブラントがいま表参道ヒルズを描いたら?——連載「INSTANT FLOW」特別編

2006年の開業以来、今年で20周年を迎える表参道ヒルズが、藤原ヒロシをクリエイティブ・ディレクターに迎え、周年企画「OMOTESANDO HILLS 20th」を5月より展開。5月2日(土)には、 藤原が依頼した画家・森本啓太による周年ビジュアル2点の館内外での掲出が始まります。藤原ヒロシの連載「INSTANT FLOW」特別編では、ふたりの対話を通して、藤原が注目する森本作品の魅力をお届けします。

Moderated by Mika Kunii
Photo by KENSHU SHINTSUBO
Text by Hills Life Daily

——まずは森本さんと表参道の結びつきから伺えますか?

森本啓太(以下、森本) 16歳で日本を出てカナダの高校に入学したんですけど、それまでは大阪で生まれ育って、「SpyMaster」という名古屋発のファッション雑誌を通して古着にはまっていました。東京に遊びに来るときも雑誌で見た裏原のショップを巡礼して、まさにヒロシさんたちが築き上げたカルチャーに知らず知らずのうちにがっつりと触れていました。その後、31歳でカナダから日本に戻ってきたときに、原宿もすごく変わったように感じられたのですが、ヒロシさんはどんな印象ですか?

藤原ヒロシ(以下、藤原) ずっといるとあんまり変わった感じはないけれど。16歳のときは何年ぐらい?

森本 2006年ですね。

——まさに表参道ヒルズが開業した年ですね。

藤原 2006年だとすでに変わった後かもね。そこからさらに外資系がどっと入ってくることになるのかな。

森本 当時はヴィヴィアン・ウエストウッドがめちゃくちゃ流行っていて、みんな原宿のショップに買いに行きたがっていました。

藤原 矢沢あいのマンガの影響ですね。

森本 まさに! 僕も『NANA』の影響でした(笑)

藤原 その頃に比べていまの原宿は全然違って見えるということ?

森本 めっちゃ整備されたなって。記憶の中ではもうちょっとカオスだったような気がしています。

藤原 僕が変わったなと思うのは、表参道の中央分離帯の植え込みがいまよりもっと少なくて、その下にある鉄の何かもなくて。歩いていると警察によく怒られたんです、「渡っちゃダメだよ」って。その頃はわりと簡単に表参道ってどこからでも渡れたんですよね。

大阪発、トロント行き

藤原 そもそもどうして留学先にカナダを選んだんですか?

森本 大阪の10代ってけっこう厳しいんです、ヤンキー文化がすごくて縦社会がすごいから。大阪にいたらそこから逃れられないと思って逃げ出したというのが本音です。

藤原 ということは行き先はどこでもよかった?

森本啓太|Keita Morimoto 1990年大阪生まれ。2006年にカナダへ移住し、12年オンタリオ州立芸術大学(現OCAD大学)を卒業。カナダで活動したのち、2021年日本に帰国。現在は東京を拠点としている。バロック絵画や20世紀初頭のアメリカン・リアリズム、そして古典的な風俗画の技法やテーマに強い関心をもち学んできた森本は、これらの伝統を参照し、ありきたりな現代の都市生活のワンシーンを特別な物語へと変貌させる。象徴的に「光」を描くことによって、その神聖で普遍的な性質を消費文化の厳しい現実と融合させ、歴史のもつ深みと現代的な複雑さが共鳴する作品を生み出している。

森本 自分としてはニューヨークに行きたかったけれど、両親がアメリカは怖い、カナダの方がいいんじゃないかということで、トロントから2時間ほどのところにあるベルビルという町の高校に入学して、そこからトロントの大学に進みました。ちなみにベルビルはアヴリル・ラヴィーンの出身地です。

藤原 あれ? 今日の昼間に会った人もその町から来たんじゃないかな。トロントから2時間の町に住んでるって言ってました。

森本 2時間だったらベルビルかもしれないですね。カナダって広大な自然に対して人口がすごく固まっていて、住むとなると選択がめっちゃ少ないんです。それにしても5万人ぐらいの小さな町の住人と1日で二人遭遇するなんてすごい確率ですね。

藤原 いまはすべてを引き払って東京に拠点を移した感じ?

森本 トロントのアトリエは又貸ししてキープしているけれど、それ以外はすべて東京です。

藤原 またいつか戻ろうという気持ちもあるの?

森本 どうですかね。日本が息苦しくなったら考えるかもしれませんね。

藤原 いまは東京が住みやすいということ?

森本 住みやすすぎて困るぐらい(笑)。というか、カナダが相当荒れてしまったので。この15年ぐらいで不動産価格が高騰して、物価も3倍ぐらいになって、インフレでみんな街に住めなくなり、ドラッグが蔓延して文化的にも壊れてしまった。

藤原 カナダの高校に行く時点で絵をやっていきたいと思っていたんですか?

森本 全然思っていなくて、高校だけ行って日本に戻り、将来は英語教師になるのかなと思っていたんです。そしたら両親に「大学もそのままカナダで行けば?」と説得されて、絵を描くのが得意だったので美術の大学に進んだと。なので親にすすめられて美術の世界に入った感じです(苦笑)

古典絵画的に現代風景を描く

——今回、表参道ヒルズ20周年のビジュアル制作を依頼されて、まず何を思いました?

Keita Morimoto, Murmurs Beneath, 2026

森本 表参道もキャットストリートも日中多くの人が歩いているので、人がいないシーンを写真に撮れるか心配でした。明け方5時ごろに行ってみると、その日は雪が降っていて、並木や植え込みに薄っすら雪が積もってあまり見たことのない光景で。人もほとんどおらず、コロナ禍的な風景がまだまだ撮れることがわかって驚きでした。

藤原 ということは、まずすべて写真に撮って、それらを絵画に落とし込んで描いていくの?

森本 そうですね、写真に撮って、パースを固めて。人も一人ひとり別々に撮って、それをコラージュして構図を作っていく流れです。

藤原 それって新しいやり方なんですか?

森本 むしろ古典的な描き方に近いと思います。古典絵画も宗教絵画もスケッチしながらどういう風に人がいて、それをどう当て込んでいくか考えながら作っていたので。

藤原 デッサンみたいなことはしない?

森本 ほとんどしませんね。絵の具で大まかにドローイングを取って、そこに少しデフォルメをつけていくぐらいです。

Keita Morimoto, Murmurs Beneath, 2026(部分)

藤原 写真をもとに絵を描く手法ってずっとあるじゃないですか。でも学校の美術で教わるのはすべて写生ですよね。立体のものを2Dに落とし込むからけっこう難しくて、立体が作れない人はいつまでたっても絵が下手なまま。でも写真に撮って3Dを2Dにして、それを見ながら描けば簡単に解決できると思うんだけど、そういうことはまったく教わらないですよね。

森本 写真をコピーしながら描いてみれば、目で見たときの立体感と写真に写ったときの立体感の違いがわかるし、そういう写実絵画的なスタイルの流派もあります。でももうちょっと絵画に寄りたかったら、現実から描く訓練が必要になりますね。

Keita Morimoto, Murmurs Beneath, 2026(部分)

たとえば、目に光が入ると黒目の部分が自動的に縮まって、光の情報が細部まで見えるようになる一方、暗い部分は真っ暗になる。逆に暗い部分を見ると黒目が開いて、暗い部分が見えるようになるけれど光は眩しくなる。写真だけを見て描いていると、現実に対して目が果たす露出の動きなんかを意識することもないので。

藤原 作品の中の、電話ボックスや自動販売機の光のまわり方やぼかし方が生み出す立体感を見るとまさにそのことが実感できますね。

レンブラント・ドイグ・東山魁夷

——藤原さんはどういう流れで森本さんの作品を知ったんですか?

藤原 2年ぐらい前から海外の友だちやアーティストが「知ってる? すごくいいよ」ってよく名前を口にしていて。リアリスティック? スーパーリアリズム? 森本くんの作風は何て呼ぶのがいいんですか?

Keita Morimoto, River’s Memories, 2026

森本 ハイパーリアルって指摘されることが多いけれど、どちらかと言えば大きなかたちで捉えてかなり抽象化しているので……どうなんだろう。何派みたいに限定しづらいというか、いろいろな絵画の流派を参照して自分なりに咀嚼しながら新しいスタイルを作ろうとしている感じですね。

藤原 海外の人たちはリアリズムって言ってましたね。

森本 マジックリアリズムもよく言われます。エドワード・ホッパーとかピーター・ドイグとか、日本で言えば東山魁夷。現実なんだけどもうちょっと現実の奥を捉えたような絵画が、もともと自分も好きなんです。

——なんと!東山魁夷。

森本 東山魁夷はめちゃくちゃ好きですね。

——そもそもどうしてキアロスクーロ(イタリア語で「明暗」を意味する言葉。絵画や木版画において強烈な光と影の対比を用いて、立体感や劇的な効果を表現する技法)で描こうと思ったんですか?

森本 もともと絵画を始めたきっかけがレンブラントの作品だったんです。

Keita Morimoto, River’s Memories, 2026(部分)

——レンブラント!?

森本 はい、レンブラントにはまりました。

——レンブラントってはまるものなんですか。

森本 はまるんですよ(笑)。最初に画集で見たときはそうでもなかったけれど、大学の2期生のときにニューヨークのメトロポリタン美術館で実物を目にして、その瞬間、本当にそこに人がいるような立体感というか現実感に圧倒されて。「これ、どうやって描いてるんだ」って感動のあまり1時間ぐらい立ち尽くしたまま。文字通り、グニョッてキャンバスから人物が出てきそうで。あの感覚は画集で見ても分からない。その後もメトロポリタン美術館には合計20回ほど行っていますが、ニューヨークに行くたびにレンブラントの部屋だけは訪ねるようにしていました。

Keita Morimoto, River’s Memories, 2026(部分)

藤原 すべてのアート作品は本物と写真や印刷で見るのとではまったく違いますよね。

森本 すっかりはまり込んでレンブラントぐらいまで描けるようになりたいと、20代は技法のみに集中して描いていました。その後、モントリオールの美術館でピーター・ドイグの作品と出会ったんです。

藤原 それがポップな方向に踏み出すきっかけになるんですね。

森本 もう少しファンタジー寄りというか異世界的な作品を描くのもいいなと。でもしばらくしてレンブラントを見直してみたら、現実感よりももっと違うところを描いていることに気づかされて。いつ見ても新たな発見が尽きないのがレンブラントの凄いところなんです。

——東山魁夷への興味はいつ頃から?

森本 ピーター・ドイグを見て2〜3年後に東山魁夷の作品を見て、「この二人、めっちゃ似てるじゃん!」と思ったのが最初です。むしろ東山魁夷の方が実はオリジナルなんじゃないかと感じてすごく好きになりました。

——東山魁夷が好きな若いアーティストってあまり聞かないのですごく新鮮です。

森本 東山魁夷のような具象的な絵画って現代アートだと少ないんですよ。最近ちょっと出てきたかなというぐらいで、2010年ぐらいまでは具象はマニアックなものというイメージでしたから。

美術史の流れのなかで

——それ以外に影響を受けたものといえば?

森本 子どものときから見てきたマンガとかアニメの影響はすごく大きいと思います。幼少期に受けた感動が、大人になってもずっと続いているので。

藤原 それって「光」と関係がありますか? 森本くんの作品のキーは光なんじゃないかと思うんだけど。

森本 光に着目するようになったのは、レンブラントが作品の中で、観る人の目を光を使って誘導していることに気づいたことがきっかけです。それ以降、アニメや映画を見ていても、同じ光のルールを使っているんだなって感じます。

面白いのは、日本が鎖国していた時代も交易が許されていたオランダの銅版画は日本に入って来ていたし、その後、歌川広重の作品がモネやゴッホなどの画家たちを魅了するようになり、アール・ヌーヴォーを代表するアルフォンス・ミュシャが北斎漫画などの影響を受けるといった具合に、両者はつねに深い影響関係にあるんですよね

藤原 森本くんの作品をパッと見ただけではレンブラントの絵画と関係があるなんて思わないし、むしろ若いグラフィティアーティスト上がりがやりがちな作品に見えたりする。でもよく知るとすごくテクニカルで、美術史の本当に古いところにまでつながっているのが面白い。

森本 古典絵画的に現代風景を描く作家ってほとんどいなかったので、日本に帰る少し前あたりからやってみようと。もともとそういう絵画が好きで、レンブラントだったりロマン主義の作家がいま住んでいたらどういう絵画になるだろうと、トロントにいた2015、16年ぐらいからそういう作品を描き始めたんです。

藤原 いわゆるストリートアートの流れが好きな人の多くはレンブラントの絵画なんて知らないから、森本くんの作品をきっかけにそちら側にも興味を感じてくれたらうれしい。

森本 確かに。カナダにいた頃は絵画教室で10年ぐらい教えていたんですけど——

藤原 へえ! 絵画教室で教えていたの?

森本 17歳から80歳ぐらいまで、いろいろな生徒に教えていました。

藤原 絵の描き方を?

森本 はい。人物も風景もやっていたし、カラーセオリーのクラスもありました。

藤原 そういう話を聞くと、森本くんの作品の良さがどんどんどんどん際立っていきますね。

森本 カナダの大学でも絵画の技術的なことはあまり教えてくれなかったので、アンチテーゼとして自分の絵画教室を始めたらすごく人気が出て。技術を学びたいけど、大学に行っても学べなかったという人がけっこう沢山受けてくれたんです。

——どうして大学では描く技術を教えてくれないんですか?

森本 教授自身がそういうものを学んでいないので。

藤原 教授が絵描きじゃないということ?

森本 絵描きだけど、50年代に流行った抽象表現主義のようなスタイルを極めた画家が教えていることが多くて。さらに最近まで具象絵画が不人気だったことも影響して、古典絵画的な技法を教える人はまったくいなかったんです。

——絵画のトレンドって強い影響力を持つんですね。

森本 「絵の具の黒は使ってはいけない」というのもそういうトレンドの一例ですね。

藤原 え、そんなルールがあるの?

森本 19世紀後半の印象派にとって不可欠だったカラーセオリーで、黒は使わないことになっていて、それがずっと現在まで引き継がれているんです。最近になってようやく具象絵画も増えてきたので、そうしたおかしなドグマも少しずつ変わりつつあるようですけれど。

懐かしさのないノスタルジー

藤原 さっきマンガから影響を受けたと言っていたけど、どんな作品が好きだったの?

森本 『ちびまる子ちゃん』が一番!

——またまた作風から想像できない意外な展開ですね(笑)

森本 あとは『HUNTER×HUNTER』。

藤原 レンブラントからどんどん遠くなる(苦笑)

——『AKIRA』とかじゃないんですね。

森本 あとは『カイジ』。

藤原 あのまっすぐな鼻。

——「ざわ…」

森本 でも『ちびまる子ちゃん』は本当にすごい作品で、かつ少女マンガ雑誌(「りぼん」)に連載しながら少女マンガじゃない作品を描いていたという意味で、すごくユニークな作家だと思います。

藤原 『ちびまる子ちゃん』の昭和ノスタルジーが、ノスタルジーを感じることができる人以外にもウケるというのも不思議ですね。僕らの世代だったら「懐かしい」って面白さがあるけど、「懐かしい」がない若い人が面白いって感じるんだから。

——森本さんの作品にもノスタルジーが漂っていますね。

藤原 それは完全にそうですよね。自動販売機も電話ボックスもノスタルジーの象徴だし。

森本 確かに、経験していない過去だったり時間の経過みたいなものにすごく魅かれます。古い地図を見るのも好きで、いま住んでる地域を江戸時代の地図で眺めて「そうか、自分はいま田んぼに住んでいるんだな」って、そういうことはすごくよく考えますね。

藤原 僕らがレトロなものに思うことと若い人たちがレトロなものに思うことは、対象が同じでも好きなベクトルがまるっきり違うんですよね。実はそこはいつもすごく注意していて。みんなが「いいね」って言うところにしゃしゃり出ると怪我をする。「あれいいだろう」って口にしようものなら、「いや、あなたが言ういいと私が言ういいは全然違うんだけど」って思われるだけ。そこはつねに本当に注意していて、あんまり触らないようにしています。

——同じものでも確かに感じ方はまったく違う。

藤原 実際、僕も若い頃にウザいと感じることがしょっちゅうあって。レアグルーヴが流行っていた頃、昔のソウルをかけていると60歳ぐらいの人が寄ってきて「俺、昔こういうの大好きだったんだよ」ってうれしそうに言うんだけど、それと僕が好きなこれは全然違うよって感じてました。

森本 すべてはリバイバルしながら少しずつ変わっていく、変容していきますからね。

不完全という価値

——森本さんはAIについてはどんな受け止めですか?

森本 もちろんすごく考えていて、活用していくという前提で話すと、創作においてはストーリー性の構築が重要で、人間はストーリー性に惹かれるし、そこにこそ付加価値が生まれる。そこをうまくディレクションしていくのが人間の仕事で、AIはそれを補強するのには役立つけれど、ストーリーを作っていくことには……いや、そこもたぶんAIに助けてもらえると思うんだけど、でもやっぱり最終的に行き着くのは一番人間的なもの、つまり不完全さなんだと思うんです。

藤原 AIってパッと見はすごいんですよ。音楽でも本当にすごいものができる。でも盛り盛りになりがちで、削ぎ落とすことがたぶん苦手なんです。だからスッキリしたものができない。やっぱり人間のフィルターを通ってエフェクトをかけたものにしかできないものが、たぶんあるんじゃないかと思います。

森本 人間のフィルターを通して逆に不完全にすることがこれから求められるのかもしれない。僕よりももっと精密に描く画家もいるし、もっとクラフト寄りのすごい技術で造形する彫刻家もいるけれど、むしろそういう人たちの方がこれからはしんどいんじゃないか。AIは完璧なもののほうが得意だから。

藤原 だから外科医とか宇宙船を作るような現場ではAIのほうが素晴らしいだろうけど、美術はそこじゃないかもね。ちょっとしたミスや、それにまつわるストーリーがよかったりするから。昨日もレコーディングをしていたんだけど、実はピアノはAIでやったんです。それは完璧で、めちゃめちゃよかったんだけど、さすがにそのまま使うのもなあということで、ピアニストを呼んで「これをトレースしてくれ」って頼んでみた。もちろん弾けないところもあったりしたけど、やっぱり人が弾いたテイクの方が数倍よかった。AIをそのまま使わなくてよかったし、あらためてまったく違うものだと痛感しました。

森本 最近、テーブルを買ったんです。オーク材でできたテーブルで、ちょっとホワイトオイルが塗ってあるやつで、3カ月に1回オイルをかけ直す必要がある。で、熱いコップを置いたらさっそく白い跡がついちゃった。「どうやって消すんだ……」って慌ててGoogleで調べたりして。高いものってメンテナンスが大変なんだとあらためて知りました。

藤原 僕も同じ経験あるけど、いいテーブルはヤバいですよ。

森本 IKEAだったら樹脂のラミネートなので、ウタマロクリーナーでゴシゴシやっても全然大丈夫なのに。水拭きだけでメンテナンスしてくださいってどういうこと?って。

藤原 結局白い跡は取れたんですか?

森本 スチーマーで温かくするやり方でなんとか。でもリアルなものってこういうものなんだって身に沁みました。他にもアトリエに石のタイルを敷いたんですけど、めっちゃ硬くて冷たくて全然心地よくない(笑) 。塩ビタイルのちょっと柔らかいぐらいが絶対心地いいのに。リアルなものは楽じゃないんだなって。でも、そっちのほうが価値があるのが面白い。

それで思い出したのが、『HUNTER×HUNTER』の富樫義博先生が、あるときから鉛筆画で入稿し始めたんです。「ペン入れしないんだ」って当時SNSですごい炎上したんですけど、あれも僕、すごく面白いなと思って。マンガの世界もどんどん完璧化して、CG的な圧倒的な画力全盛の世界線になる中で、自分は逆張りしたような作家にばかり魅かれてきたなあと思って。

——いま読んでるマンガはありますか? 

森本 最近は時間がなさすぎてまったく読めていないんです。カナダにいた時はみんな田舎の道をゆっくり走ってる感じだったけど、日本に帰ってきたらみんな首都高でレースするぐらいの速さで走っていて。

——所属ギャラリーの方にうかがったら、ゆえにお仕事は9時から5時までに決められているとか。

森本 一応それで頑張ってきたんですけど、最近は夜の8時ぐらいまではふつうに働くようになってしまって。

——残業……あ! もしかして今回の作品制作が原因だったりして!?

森本 締め切りがちょっとタイトだったので。でも間に合ってよかったです(苦笑)

 

藤原ヒロシ|Hiroshi Fujiwara
1964年三重県生まれ。DJ、音楽プロデューサー、ファッションクリエイター。fragment design名義でファッションをはじめさまざまなジャンルのクリエイティブ・ディレクションを行い、ストリートカルチャーに多大な影響を与えている。

【表参道ヒルズ】開業20周年企画
OMOTESANDO HILLS 20th 開催


藤原ヒロシ氏が表参道ヒルズ20周年企画をトータルディレクション。POP UP STOREや展覧会などアニバーサリーイベントを開催。