eスクーターこと電動キックボードは、二酸化炭素を排出しないサスティナブルな移動手段だ。シェアリングサービス普及化の波も西海岸から押し寄せ、この春にはNY市の一部でも試験プログラムが始まるという。どんな問題が予想され、どう解決に導いていくのだろう?
TEXT BY Mika Yoshida & David G. Imber
EDIT BY Kazumi Yamamoto
PHOTO courtesy of Superpedestrian/LINK
手軽に移動できるだけではなく、運動にもなるし大気も汚さない。元々若者の間で人気が定着していたeスクーターだが、パンデミックが始まって以来、密を避けられる通勤手段として脚光を浴びるようになった。ここNYでもかつての渋滞ぶりを思い出すのが難しいほどガラガラの車道を、eスクーターがシティバイクと共に悠々と駆け抜けていく。
eスクーターのシェアリングサービス第一号は2017年、LAのサンタモニカで始めた《バード》という会社だ。土地が平坦でだだっ広く、開放的でウェルネス志向のサンタモニカはeスクーターとも相性が良い。シェアリングはその後3年間でサンフランシスコやアトランタ、ワシントンなど各地に広がり《バード》のほか《ライム》《スキップ》《スピン》といったeスクーター・シェアリング会社がしのぎを削るようになる。
NYでもこの春、試験プログラムが
NYの道路は余りに混雑度が高く、これまでeスクーター・シェアリングの認可は下りないままだった。が、この3月からシェア試験プログラムを開始すると発表。ただしマンハッタンは対象外で、期間は2年まで。制限速度は時速30km。eスクーターは便利な反面、歩道での放置問題や、歩行者を巻き込む事故、初心者が起こしやすい転倒事故など課題も少なくない。実際サンタモニカの《バード》は、地元住民の反対に遭い、短期間でサービスを打ち切ったという。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば2019年にNY市警が電動バイクとeスクーターの交通違反に下した出頭命令は1,100件以上にも上ると言う。ただしその多くが低賃金でフードデリバリーに携わる移民の人々であること、またパンデミックという事情もあって取締りの強化などはせず、市長も大目に見ているというのが実情だ。
今後eスクーター・シェアリングを成功に導き、うまく継続させるために行政やサービス業者には何が必要なのだろう? シェア交通のシンクタンク《シェアド・ユース・モビリティセンター》でリサーチ及びコンサルティング部門ディレクターを務めるコリン・マーフィー氏に話を聞いた。
あらかじめ規制の枠組みを
「サンタモニカでの《バード》のケースは、いわゆる”ウーバー”方式でした」。ここでいう“ウーバー”方式とは、先に法規制を整えてサービスを開始するのではなく、まず事業者がサービスを始めてみて、出てきたニーズや問題に対応するため、行政が後から泥縄式に規則や制限を設けるやり方を指す。これでは当然、地元の猛反発をくらう。「ウーバーで市民が懲りて以降、シェアド・モビリティ(交通シェアリング)を巡る規制の枠組みを前もって練ることは、最重要課題となりました」
「一般的にeスクーター・シェアリングが実施される場合、市とサービス業者とのPPP(官民連携)で進められます。ちなみにバイクシェアリングも同様で、NYのシティバイクはクルマのライドシェア《リフト》を運営する《リフト・モティベイツ》とNY市運輸局とで契約を交わしています。バイクやステーション等の所有権が官民どちらにあるかはケースバイケース。NYはたしか両者が分担していたと思います。eスクーターや駐車場用資材の購入など金銭の動きは逐一記録され、一般に公表されます。閲覧に申し込みが必要なものもありますが、情報は誰にでも全て開かれます」
官民連携のメリットとは?
「市は連邦政府から助成金がもらえます。例えばシカゴ市の場合“エアクオリティ・グラント”(大気汚染改善の助成金)を得ています。それにより市は必要資材を購入し、シェアリング運営はeスクーターのサービス事業者、つまり計画・管理のプロを雇って任せるというのが最も一般的です」
データシェアリングはバランスが要
eスクーター・シェアリングは、バイクシェアリングとどう異なるのだろう?
「バイクシェアはバイクや駐車ステーションなど資産そのものが多額で、市が資産を所有する場合が多いのですが、eスクーターにはあまり見られません」。eスクーターは乗り物も小さく、スクーターそのものに予約やロック開閉の機能が備わっているため、バイクのようにドック施設も必要としない。極端な話、ピックアップや返却用のパーキングスペースだけ用意すれば良い。
「今後、市側はこれまでの資産所有方式から、事業者に使用許可を与えるいわばフランチャイズ方式に転換していくと思います。NYも例外ではないと聞いています。3社なら3社の事業者に一定数のeスクーター台数を割り当て、優れた事業者には業績に応じて台数を増やすというやり方ですね。市はeスクーターなど実体としての資産はもはや所有せず、事業者に認可する通行アクセス権を所有するという訳です」
ユーザー利用記録などのデータは、サービス改善に利用する。最も重要なデータは言うまでもなくユーザーのルート情報だ。
「市が欲しいのは出発/到着地点の総計です。eスクーター用パーキングをどこに追加するかの判断材料になりますし、また例えばブルックリンのライブハウスの前にeバイクが積み上げられて道路をふさいでいるという場合、データの数字を証拠として、クルマの駐車スペースをeスクーター用に変える事もできるのです」
ルート情報はユーザーの安全対策や混雑回避にも有効だろうか?
「それもありますが、大事なのは以前よりタクシーやシェアライドの利用が減ったか、eスクーターが増えることでバスの利用率が下がっていないか、の見きわめです。車の利用が減るのは良いことですが、かといって歩きで済むところまでeスクーターを使ってしまえばサスティナビリティの観点からは望ましくありません。またバスの利用者が極端に減れば、バス業界の存亡にも関わってきます。よってそれぞれのプラス・マイナス面を見きわめることが大切です。
従来はアンケート調査で判断しますが、ユーザーのデータからは地下鉄駅から半径1/8マイル以内でeスクーターに何人が乗ったかなど具体的な数字でわかるのは大きいですね。事業者はサービス開始に当たり『モビリティ・データ・スペシフィケーション(MSD)』というデータ仕様に基づいて、NY市運輸局と双方向でデータ共有する準備を整えておくよう求められます。MSDを作成したのはLA運輸局です。事業者に対する要求が多い、ユーザーのプライバシー侵害に抵触するといった批判もあり、ウーバーはLA運輸局を相手取り訴訟にまで持ち込んでいたりしますが、まずはこのMSDが全米標準となっています。
事業者は市にどんな情報をどこまで細かく伝えるべきか。その頻度、方法は? さらには利用者のプライバシーをいかに守るか、これも大変重要なポイントです」
市側にとって情報は詳しければ詳しいほど有益だが、人種など極めてセンシティブな事項に及ぶ恐れが出てはならない。ここでもバランスが要求される。
eスクーター・シェアが交通の「民主化」を実現する
「ライドシェアのウーバーやリフトはその便利さで今や不可欠な存在ですが、反面、渋滞を悪化させ、NYではタクシー業界の実質的崩壊とも呼べる事態を招きました。その反省から市民はeスクーター・シェアリングにすぐには飛びつきません。eスクーターは裕福な人々にとって交通手段の選択肢がまた1つ増えるだけなのか、それとも不便な地域の住民にとっての光明となるのか? 慎重に進めようとしていますね」
そう、リッチな若者のクールアイテムというイメージが強いeスクーターだが、交通の「民主化」を図る手段になり得る事を忘れてはいけない。
「公共交通網から離れて暮らす、または低所得の人々が多い地域に毎朝一定数のeスクーターを用意するといった取り組みが必要となります。スマートフォンやクレジットカードを持たない人々のためには現金で課金できるシステムを作る。公的支援を受けている人には割引制度も設けなければなりません。
NYのeスクーター・シェアは、あらゆる人の移動手段のオプションを広げ、深めるためのもの。eスクーターで全てが解決するわけではなく、万人向けとも言いませんが、徒歩では遠いがタクシーや電車を使うほどではない場合に最適な手段です。なにより自家用車やタクシーから離れるというのは、町にとっても人にとっても大変望ましいですからね」
コリン・マーフィー|Colin Murphy
SUMCのリサーチ&コンサルティング・マネージャー。イギリス生まれのニューメキシコ育ち、シカゴに長年在住。シェアリングの新形態と既存交通ネットワークとの相互作用を通じ、より良い街づくりを目指す。
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