Dreams, Magic and Soil Science

キーワードは「リジェネラティブ」! 世界のトップ企業から引く手あまたのランドスケープ・アーキテクト〈サーフェスデザイン〉とは?

2019年、シアトルのウォーターフロントに完成したエクスペディア本社屋。景観の美しさや充実したアメニティは勿論のこと、敷地の土の成分をデザインする「土壌キュレーション」が大きな話題となった。ランドスケープ・アーキテクチャーを手がけた〈サーフェスデザイン〉に話を聞いた。

PHOTO BY Marion Brenner
INTERVIEW BY David G. Imber
TEXT BY Mika Yoshida
EDIT BY Kazumi Yamamoto

周囲の緑だけではなく、ルーフトップにも庭園が。

地球や人に優しく、環境の現状維持を目指すのが「サステイナブル」だとすれば、環境へより能動的に働きかけ、人類を含む世界全体のウェルビーイングをもたらす考え方が「リジェネラティブ」だ。リジェネラティブなランドスケープ・アーキテクト/アーバンデザインの第一人者として熱い注目を集めるのが、サンフランシスコを拠点とする〈サーフェスデザイン〉。彼らは風景をデザインするにあたり、“土壌の配合”から取り組むという。

代表的なプロジェクトの1つがオンライン旅行通販会社、エクスペディア・グループの本社屋だ。40エーカー、すなわち東京ドームの約3.5倍という広大なウォーターフロントの敷地には、屋上庭園を備えた建物のほかスポーツ用のフィールドや森林、屋外パフォーマンス会場や5,000人収容の「屋外会議スペース」などさまざまなアメニティ空間が緑の景観と共に展開する。ビーチには砂丘も作られており、あちこちに設置された流木に腰かけては入り江の眺めや波の音を楽しめる。興味深いことに、この敷地にパブリックな空間もゆるやかに組み込まれている。一般市民もその恩恵を受けることができるのだ。

まるで昔から続く植生のようだが、ここは元々ゴミの廃棄場だった。

25種類の植物が植えられたパフォーマンススペース〈ザ・ノット〉。音楽フェスも開催する。

地元の植物が生い茂る、いかにも北西アメリカの海岸らしい景観はまるで昔から続いてきたかのよう。しかし何と、ここはかつて建設廃棄物の処理場だったという。ゴミが地下に何メートルも埋まっているような場所だったとは! ここエリオット湾にエクスペディア本社を建設するに当たり、ランドスケープデザインを一任されたのが〈サーフェスデザイン〉。彼らはまず、土壌専門の科学者と組んで9種類の土壌を選び、「コンポスト・ティーブレンド」と呼ぶオーガニック肥料をブレンドした。化学肥料を一切使わず理想の微生物叢が棲む土を生み出すことにより、廃棄物処理場は地元の植物が発芽成長する肥沃で安全な土壌へ生まれ変わったのである。目指すのは、元々ここにあるべきナチュラル・ハビタット(自然生息地)の復元にほかならない。

見た目の美しさだけではなく、水はけ、そして自然生態系の復元など深い機能と目的が。

〈サーフェスデザイン〉の創設者ジェイムズ・A・ロードはこう語る。

「不毛な荒れ地を、いかにしてエクスペディアという企業そしてキャンパス全体と響き合う全く新たなものに変容できるかが私達に与えられた課題でした。同時に私達にとって重要だったのは、人々が関わり合う“場”をいかに生み出すかという点でした」

人間は自然とのつながりを本能的に求める、という考え方を“バイオフィリア”と呼ぶ。大自然の持つ癒しの力を人は誰でも本能的に知っている。ロックダウンの時期、緑に癒やしを求めた人々は枚挙に暇がない。自然に触れることで認識能力は高まり、身体が健やかになり心のウェルビーイングがもたらされるのである。

「“バイオフィリア”という言葉が一般に広まる以前から〈サーフェスデザイン〉はバイオフィリアに強い関心を抱いていました。人は自然の中にいると脳の働きが高まり、能率が10倍も向上する事が実際スタンフォード大学の研究で証明されています。ただ一方で、“自然の風景”とは何かと言われても、一般の人にとっては何も無い部分こそを風景だと思いがちで、概念として把みづらいという現状があります」

風光明媚な観光地、にあらず。世界的企業の“職場“である。

彼らはシアトルに赴き、現場を視察する。そこは2つの埠頭の上に広がるユニークなロケーションだった。

「エクスペディアの精神は何かと考えると、“飛行機・列車・クルマ、そして船”ではないかと。そこに素材をサステナブルな形で再利用していきたいと考えました。そして敷地内を走っていた鉄道線路をリユースしたり、土壌を改良して再利用するという考えに至ったのです」

かつてここにあった鉄道の線路をリユースし、デザインに組み込んだ。

元々、工場ではなく倉庫地帯だったので、土壌の毒性は予想よりも低く、ガスタンクが埋まっていた部分の土壌を改良または廃棄する程度に留まった。とはいえ植物がすくすくと育つような土ではない。以前ここに建っていたバイオテクノロジーの会社は、敷地を芝生とバラの花で埋めつくしていた。表土はなく芝生のロールを拡げた上に花や木を植えているだけで、大量の水と化学肥料を必要とする。今とは違う時代の典型的なランドスケープである。しかも大量のアスファルトがパーキングを覆っていた。

綿密に配置された丸太。まるで自然に漂流した流木のようだ。

プリンシパルのミカル・キャピトゥルニックが語る。

「私達が取り組んだのは2点。まず、放置もしくはなかば破棄されたアスファルトを、埋立地の造成に再使用する。そして土壌科学者チームと組んで、敷地に残る土壌を徹底的に調査しました。かき集めることのできた表土はわずか15.3立方メートル。しかしその中には茸が混じっており、健康的で活発な胞子がたっぷり含まれていたのです。胞子を培養し、エクスペディアの土壌を作る“素”ができました。このようにして、シアトル本来の土と同じ成分の土壌をデザインしたのです」

シアトル市には「水辺から約46メートル以内には在来種もしくは長年定着している植物が生えていなければならない」という規則がある。

「土壌のネイティブな状態を模倣することに大きな意義を感じます。土地にかつて備わっていた太古の土壌に限りなく近いものを再現する事により、地元固有種の鳥や風によって種が運ばれ、在来種の植物が繁殖します。力強くエコロジカルな土壌へ投資すれば、在来種が生き生きと育つことで外来種の力は弱まり、土の中の生物や菌類の活動も活発になるので全体の調和が保たれます。長期的には、水や肥料も少量で済むのです」とキャピトゥルニック。

敷地に植えたのは100万を超える草花、そして約1,000本の樹木。草花はオレゴン州のポートランドやコーヴァリス、ワシントン州のものを。樹木は20以上の苗木販売業者を巡り歩いて、オレゴン州やワシントン州、アメリカとの国境に近いカナダのものを選んだ。

ロードは「地元の植物だけではなく、“動物相”も視野に入れねばなりません」と言う。この地には、サーモンを保護するための「サーモン・セーフ」認証がある。建築における環境性能評価システムLEEDのような規格で、サーモン生息地の近くに植える植物の種類を厳密に指定する。建設後も5年後に事後検査が行われるという厳しい規格により、サーモンの生態は守られているのである。

水が流れる部分には、カスタムした100パターンもの石のパネルが。水の流れ方は、エリオット湾の対岸にあるピージェット湾を模している。

またシアトルは水質汚染にも厳しく、ストームウォーター(嵐やハリケーンで短時間に大量発生する雨水)による海洋汚染への予防措置も求められる。〈サーフェスデザイン〉が選んだのは、従来の機械的な浄水装置ではなく、「バイオ・リテンション・プランター」。すなわち、急激な雨水を植生つまり植物の根によって土中に留め、自然に濾過させるというやり方だ。

自然が本来持つ力を最大限に発揮できるよう、最新テクノロジーや科学によって手助けする。言葉にすればシンプルだが、そこには責任感と思慮が深く根ざしていなければならない。〈サーフェスデザイン〉はメンテナンスのマニュアル制作に心血を注いだ。「たとえば多くの大企業は、冬を迎えるとキャンパスの緑をバッサリと刈り取ります。ですが私達はそうはせず、春になれば草花が自然に発芽し、成長した時点で適度に刈り込むようにしました」とキャピトゥルニック。冬の間も自然を循環させるため、草花の切り方にも細かい指示書を作ったという。

キャンパスに植えられた100万を超える草花と約1,000本の樹木は、いずれもシアトルとその周辺の在来種、もしくは長年にわたり定着してきた植物だ。

エクスペディア社屋は、〈サーフェスデザイン〉にとって生涯に残る巨大プロジェクトだ。またこれほどの規模のリジェネラティブなランドスケープは全米でも初という。

以前ここにあったバイオテック企業の時代には、水辺は花で遮られており、社員はせっかくの水辺の風景も楽しむことはできなかった。今回でいわばキャンパスが解放され、人々の手に舞い戻ったとロードは語る。

「都市生活を送りながら、同時に水辺で豊かな時間を過ごす。水や桟橋、クレーンの眺めに囲まれ、オリンピック山脈も遙かに臨みながら味わうのは心の平穏です。“ザ・ポイント”と呼ばれるエリアでは、草原や砂丘によってシアトルらしさが全身で体感できます」

地元の森林を模したエリア。四季折々の変化が味わえる。

自然に置かれた巨大な丸太にもストーリーがある。

「シアトルの別の港で船舶への指示目的などに長年使われ、お役御免となった丸太を運び込み、再利用したのです」。生まれたのは人と植物、小動物によるマイクロ・クライメット(微気候)だ。人は丸太に腰かけたり、上に登って景観を味わったり。「丸太の風下になっている側を見ると、雑草やイチゴが自生したりと様々なものが、驚くほど繁殖しているのですよ」

入江をキャンパスへの内側へと引きずり込みたい——それが〈サーフェスデザイン〉にとっての「夢」の一つだったと語る。

置かれた丸太の陰で、ネイティブな生態系が発生する。

〈サーフェスデザイン〉がこれまで手がけたプロジェクトには、カリフォルニア州サンブルーノの《ユーチューブ本社屋》、メキシコの《鋼鉄博物館》、ニュージーランドの《オークランド国際空港》などがある。それぞれのランドスケープデザインに、いわゆるシグニチャー的な共通点はない。

「なぜならいずれも敷地やクライアント、土地の文化をそれぞれ反映した産物だからです」とキャピトゥルニック。「ただ一貫した縦糸として挙げられるのは、まず第一に素材の探求。二番目に土地の文化をいかに取り込み、称えることができるか。三番目が職人や業者など、私達のデザインをより豊かな体験に導いてくれる人々との協働です」

二番目の、土地の文化を取り込む点にも独自の信条がある。ガチガチに決められた「処方箋」を出すのではなく、知らず知らずのうちにその場所を使う人々が自ずと働きかけるような、ゆるやかな導きを追求する。

「現代は、綿密なプログラミングに基づく“柔軟性”の時代」とキャピトゥルニック。そして、その最たる成功例がエクスペディア本社だという。

エクスペディアのランドスケープを手がける事になったそもそものきっかけは、建築雑誌「アーキテクチュアル・ダイジェスト」のとある記事だった。マオリ族の伝統文化と、白人による入植の歴史をランドスケープに美しく落とし込んだ《オークランド国際空港》で、〈サーフェスデザイン〉が同誌の「今年の最優秀イノベーター」を受賞したのである。そのページをビリビリと破り取り、「彼らにすぐ連絡するように!」とスタッフに指示を出した人物がバリー・ディラー。泣く子も黙るアメリカ屈指のメディア王にして、ランドスケープ・デザインの新境地を拓いたNYのハイラインを完成に導いた立役者の一人である。ディラーはまた、エクスペディア・グループの取締役会長でもあったのだ。

その時点で提案されていたランドスケープ・デザイン案にディラーは納得がいかず、ミニコンペを行う。そこに〈サーフェスデザイン〉が呼ばれたという訳だ。2017年に選出され、ランドスケープが完成するのが2019年! トントン拍子に進んだという。

ちなみに、その当時ディラーが取り組んでいたのが、NYに予定していた人工島《リトルアイランド》。アメリカの西と東の端で、水辺のリジェネラティブな環境を同時に作っていたとは……!

以前は離れた位置にあり危険も伴ったランニング用ロードを、安全な場所へと引きこんだ。一般市民も利用できる。

〈サーフェスデザイン〉、つまり地面デザイン。このシンプルなネーミングにも彼らなりの思いがある。昔から、設立者やパートナーの苗字を事務所名にするのが慣例だ。しかしロードは、事務所のスタッフすべてが発言権を持つべきで、デザインプロセスに積極的に関与すべきだと考える。事務所の名前となっている人が他界したら、そこで事務所自体が終わってしまうような発想であってはいけないとも語る。

社屋の入り口周りには桂の木を。夏には日陰、秋には心地良い香りを運ぶ。

彼らのドリームプロジェクトを、ロードに聞いてみた。

「ブラウンフィールド・サイト、つまり土壌汚染や高い危険性などにより水辺で放置されたままで、再利用されていない荒れた土地ですね。中でも実際に今取り組んでいるのが、SFのミッション・ベイにある《ベイフロント・パーク》。手つかずの自然が保たれた土地に余計な手を加えるよりも、既にダメージを受けた土地にこそ、我々はもっと目を向けるべきだと思います」

入り口そばの橋。水面を眺めたり、風の音に耳を傾けたり。

サーフェスデザイン

2001年、ハーバード大学デザイン大学院(GSD)での仲間であるジェイムズ・A・ロードとロデリック・ワイリー、そしてジェフ・ディ・ジローラモにより設立。ロードは建築、ワイリーは音楽、ジローラモはアートのバックグラウンドを持つ。2017年クーパー・ヒューイット・ナショナルデザインアワード / ランドスケープ・アーキテクチャー賞ほか多数受賞。写真=左)ジェイムズ・A・ロード / パートナー、右)ミカル・キャピトゥルニック / プリンシパル