METAL BIOTECHNOLOGY

微生物の進化が未来の地球を救う

微生物の力を使って、環境負荷の低減や省エネルギー、省資源を実現しようという研究が進んでいる。そのひとつ「メタルバイオテクノロジー」は、微生物によって、今まで処理が難しかった金属汚染の浄化やレアメタルの回収、新材料の開発を行なうものだ。この新しいテクノロジーの可能性を、その最前線で精力的に研究を進める、芝浦工業大学の山下光雄に訊いた。

TEXT BY ATSUHIKO YASUDA@XOOMS

人類はまだ、微生物のことをほとんどわかっていない

私たちのまわりには無数の微生物が存在している。例えば1グラムの土の中には数10億の微生物が、一人の人間の体内には100兆を越える微生物がいると言われる。この世の中は微生物だらけなのだ。

これまでに人類が「発見した」微生物は1万種ほどあるが、地球上にはその10倍から100倍の微生物の種が存在しているといわれる。もしかしたらもっと多いかもしれないし、そもそも微生物の「種」をどう定義するかもあいまいだ。人類はまだ、微生物のことをほとんどわかっていない。

微生物は、その種類が多様、というだけではなく、微生物が生息する環境もまた、非常に多様だ。地球上のあらゆる場所に微生物がいる、といっても過言ではないだろう。すでに知られている微生物の中にも、一般的な「生物」のイメージからかけ離れた、特殊な環境で生きているものも少なくない。

例えば、強い酸性やアルカリ性の環境、海底火山から吹き出る熱水の中、北極や南極のマイナス数十度の氷点下、地下深くの高圧環境や無酸素環境、さらには普通の生物には猛毒の有機溶媒や、人間の致死量の数倍の放射線下など、さまざまな「極限環境」に適応して生きる微生物が見つかっている。

このような微生物が持っている(人類にとって)特殊な生態を、さまざまな産業に利用することで、環境負荷の軽減や省エネルギー・省資源を実現しようという取り組みが始まっている。そのひとつが、微生物を、金属汚染の浄化やレアメタルの回収、新材料の開発などに利用する「メタルバイオテクノロジー」と呼ばれる研究分野だ。

「メタルバイオテクノロジー」が目指すもの

芝浦工業大学・大宮キャンパスの一角にあるレアメタルバイオリサーチセンター。その実験室の中は、化学プラントのような金属製の配管や、さまざまな色の液体がはいったガラス容器で埋め尽くされている。それらの設備や実験機器の間で、数名のスタッフと学生が黙々と実験を続けている。

ここは「メタルバイオテクノロジー」の開拓者、山下光雄教授の研究室だ。実験室を案内してくれた山下は、「メタルバイオテクノロジー」という言葉は、「金属(メタル)」と「生物工学(バイオテクノロジー)」という、一見関係がなさそうな2つのものを結びつけるために作った造語だ、と教えてくれた。そして、「メタルバイオテクノロジー」の目標を、力強く語り始めた。

芝浦工業大学応用化学科生命科学研究室・教授の山下光雄。微生物を使って金属汚染の浄化や貴金属の回収、新材料の開発などを行なう「メタルバイオテクノロジー」を提唱、その最前線で精力的に研究を進めている。

「現在の工業プロセスでは、高温・高圧などの特殊な環境や、大量の資源が必要で、その結果、多くの廃棄物を出しています。すなわち、経済性でも環境面でも問題があります。一方、微生物の生物学的プロセスを利用すれば、より省資源・省エネルギーで、低コストのプロセスを作ることができるはずです。それが『メタルバイオテクノロジー』が目指していることです」

有害金属セレンを微生物で浄化する

微生物を使って「セレン」を浄化・回収する方法を研究しているという研究員が、その研究内容を説明してくれた。彼は、水溶液の入った2つのフラスコを作業台の上に置いて、こう説明した。

「こちらの黄色い液がセレン酸の水溶液、もうひとつの赤い液は、金属セレンの水溶液です」

セレンは、太陽電池の半導体にも使われる希少金属(レアメタル)のひとつで、人間の生命維持に必要な必須元素でもある。その一方で、人体に過剰に摂取されると、ヒ素並みの強い毒性を示すことが知られ、セレンの精錬工程で排水に溶け込むセレン酸や亜セレン酸は、深刻な環境汚染を引き起こす。このため、セレンの廃棄には厳しい環境基準が定められている。

「セレンの精錬工程で生じるセレン酸や亜セレン酸を、従来の物理化学的な方法で除去しようとすると、大きなコストがかかってしまいます。セレンの除去で生じる産業廃棄物も問題です。そこで、今までとはまったく違う方法で、セレンを浄化・回収できないだろうか、という問題意識から研究を始めました。そこで着目したのが微生物です」

微生物の研究は、目的の微生物を探すことから始まる。山下らは、さまざまな場所に出向いて排水や泥を採取、研究室で培養して、目的とする微生物がいないかを丹念に調べた。地道で骨の折れる作業だ。

微生物を見つける地道な作業

山下は、大阪大学大学院の池道彦教授と共同で、セレンを浄化・回収する微生物の研究を始める。まず取り組んだのは、目的とする機能を持つ微生物の「捜索」だ。さまざまな場所に出向いて排水や泥を採取し、研究室に持ち帰って培養して、その中にセレン酸や亜セレン酸を浄化する微生物がいないかを丹念に調べていく。地道で骨の折れる作業を何度も繰り返した後、ついに目的の微生物を発見する。2011年のことだ。

「セレンのリサイクル工場の排水汚泥の中で、その微生物を見つけました。この微生物は、毒性の強いセレン酸や亜セレン酸を代謝して、金属セレン、あるいは、気化セレンに変えます。どちらも、現在の技術で純度の高い金属セレンとして回収できます」

この微生物は、発見者のイニシャルを取って、「NT-I(エヌティー・アイ)」と名付けられた。

セレン酸還元細菌「NT-I」によって、有毒のセレン酸から金属セレンを取り出す実験。黄色い色のセレン酸水溶液(左)にNT-Iを入れると、固体の金属セレンが析出し、液は赤い色に変わる(右)。

セレンを回収する微生物NT-I

NT-Iがセレン酸の水溶液を浄化する様子は、次のようなものだ。

セレン酸が溶けこんだ排水の中にNT-Iを入れ、約37℃に保ちながら、しばらく放置する。すると、最初黄色だった液が、しだいに赤い色に変わっていく。水溶液中のセレン酸をNT-Iが還元し、赤い色の金属セレンに変えたためだ。

赤く変わった液を顕微鏡で観察すると、NT-Iのまわりに、丸い粒状の金属セレンが点在している様子が見える。この液から水分を取り除くと、金属セレンを粉末として回収できる。

金属セレンが析出した赤い溶液を、さらに放置すると、液面に泡が生じ、溶液は再び黄色に変わっていく。これは、金属セレンが揮発性の化合物になり、気化したためだ。この気体を集めて精錬することでも、金属セレンを回収できる。

「金属セレンの水溶液は、焼却することで純度の高いセレンが回収できます。気化セレン(の化合物)の場合は、捕集して精錬すれば、やはりセレンを回収できます。どちらの方法でもセレンを資源化することができます」

セレン酸還元細菌「NT-I」と金属セレン。白い棒状の物体がNT-I、そのまわりに点在する小さな球状の物質がNT-Iによって「回収」された金属セレン。

微生物によるセレン浄化・回収の方法を開発した山下は、これを、産業レベルの廃水処理プロセスとして実用化することを目指し、さらなる研究を進めている。

微生物で放射性物質を除去する

微生物による浄化・回収の対象は、もちろんセレンだけではない。山下は、レアアースを始めとする、さまざまな金属の回収・浄化にも取り組んでいる。特に注目されるのが、物理化学的なプロセスでは処理が難しい、放射性物質の浄化・回収に微生物を利用する研究だ。

山下らはこれまでに、原子炉の制御用材料や強力磁石として使われる希土類元素、「ジスプロシウム」を取り込む微生物や、放射性核種「ストロンチウム」を固定する微生物を発見し、これらの微生物を利用した浄化・回収プロセスの開発を進めてきた。

放射性核種ストロンチウムを回収する微生物。画像の白い部分が微生物、緑色の点が、微生物が回収したストロンチウム(の存在する場所)を示す。微生物が海中に溶け出たストロンチウムを集めることで、放射能汚染の拡散を防ぐ。

「福島の原子力発電所のまわりの土壌や海水を、微生物を使って浄化できないだろうかと考えていた時、運良く、海水の中からストロンチウムを固定する微生物を見つけることができました。この微生物は、海水に溶け込んだストロンチウムを鉱物化して、固化します。微生物が水溶性ストロンチウムを固化・固定化し、そのまま数十年間、静かに海底にいてくれれば、放射能汚染のリスクを低減できると考えています」

微生物には無限の可能性がある

地球に生物が誕生してから36億年。あらゆる生物は環境に適応しながら進化してきた。そして、今もなお、進化の過程の中にいる。この環境への適応と進化こそ、微生物のもつ大きな可能性の源だ、と山下はいう。

「私たちが発見したNT-Iは、セレンの環境に置かれることで、セレンに対応するように進化してきたと考えられます。このような進化は、これから先も起きるでしょう。例えば、ある放射性核種に数十年、数百年さらされた微生物は、それに適応した微生物に進化していくはずです。自然であれ、人工的なものであれ、微生物はこれからもさまざまな環境に対応して、さまざまに進化していくでしょう。微生物は無限の可能性を秘めているのです」

※ 図表提供:芝浦工業大学工学部応用化学科生命化学(山下光雄)研究室


山下光雄|Mitsuo Yamashita
芝浦工業大学工学部応用化学科教授。SIT総合研究所 レアメタルバイオリサーチセンター 代表。博士/応用微生物学。薬品メーカーに研究者として勤務した後、広島大学、大阪大学を経て、2008年に芝浦工業大学に着任。プロバイオティクス、遺伝子工学などを専門として研究する中、生物工学会の中に「メタルバイオテクノロジー」研究部会を立ち上げ、微生物を環境浄化、資源回収、新材料開発などに利用する研究に取り組んでいる。

保田充彦|Atsuhiko Yasuda
株式会社XOOMS(ズームス)代表、一般社団法人ナレッジキャピタル・リサーチャー。航空宇宙分野のエンジニアを経て、現在はサイエンス映像の制作、データの可視化、VR/MRコンテンツ開発などに取り組んでいる。座右の銘は「人生はすべて実験である」。

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