SIGGRAPH ASIA 2018 INTERVIEW

世界最高レベルの論文が「現実」になる場:SIGGRAPH Asia開催の意義

コンピューターサイエンス分野の国際学会(ACM)の分科会であり、CGおよびインタラクティブ技術に関する世界トップレベルの論文が集まる国際カンファレンス「SIGGRAPH(シーグラフ)」。そのアジア版として2007年から開催されているのが「SIGGRAPH Asia」だ。2018年は東京で開催(12月4〜7日)され、過去最大となる1万人以上が集まった。アカデミックな技術をいち早く実用化し、様々な分野とクロスオーバーさせようという産業界の動きと、それを後押しするアジアの若い世代の参加。その動きは具体的にどのようなものなのか。カンファレンス・チェアを務めた安生健一に訊いた。

TEXT BY YUKO NONOSHITA
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

──「SIGGRAPH Asia」が日本で開催されるのは3回目(2009年、2015年、2018年)ですが、東京は初めてで、過去最大の1万人以上が参加したと聞きます。これだけ集まった理由はどこにあるのでしょうか?

安生 日本は開催地のなかでも人気があるんです。昨年のバンコクは約5,200人でしたが、3年前の神戸は7,000人以上が参加しています。通常は開催国からの参加者が7~8割を占めますが、今回は6割ぐらいと圧倒的に海外からの参加者が多い。人数も今夏のバンクーバーが5日間で1.6万人でしたから、4日間の東京はほぼ同じぐらいの参加者だといえます。

──今年は北米で人気のプログラム「Real-Time Live!(リアルタイムライブ!)」をアジアで初開催したり、ILMやPixarなど海外のクリエイターやエンジニアをスピーカーに迎えたセッションも多く、北米とアジアの違いが無くなっているように感じます。

安生 もともとペーパー発表、つまり論文セッションは最初から世界最高レベルで、ACMが発行しているジャーナル「Transactions on Graphics (TOG)」の特別号にも掲載されています。とりわけ大学や研究者からの注目度が高く、投稿数も北米がおよそ450、アジアは380ぐらいと近付いています。

アジア色が出ているとすれば、「Courses(コース)」というチュートリアルのようなプログラムで、たとえば日本はゲームが強いからその関連が多いとか、VRやARの産業応用例など、アジアのニーズを考えたものが目立つ点かもしれません。

ほかにも、新しいデバイスの制作研究を扱う「Emerging Technologies」は日本人が得意な分野であったりだとか、細かい違いはあるものの、全体的なレベルで違いを感じていません。作品コンテストの「Computer Animation Festival」も、クオリティで劣ることは全くなく、非常にいい作品が集まっています。

2018年12月4日〜7日まで、東京国際フォーラムにて開催されたSIGGRAPH Asia 2018。過去最多となる1万人が会場を訪れた。

──展示や発表は、全体的にVR関連が多い印象でした。

安生 今回新しく「Virtual & Augmented Reality (VR/AR)」と名前を変えたところ、20件の採択に対し4倍の81件もの応募があり、かなり注目を集めているのがわかります。日本からはソニー・インタラクティブエンターテインメントなど、数件が選ばれています。展示は、以前だと産業寄りの発表が多かったのですが、VRシアターのような体験型コンテンツや応用事例の紹介が増えています。

(「SIGGRAPH Asia2018」の独占プラチナスポンサーであった)フォーラムエイトは、前回のバンコクに続いてVRのドライブシミュレータや学習ツールなど、産業向けのさまざまなショーケースを出展していますが、その一方で、新しい分野を育てたりスタートアップを支援するなど、積極的な動きで業界を活気づけようとしている意識を感じました。

コンピューターサイエンスの活用を加速するために

──VRをはじめCG分野が成長しているのはコンピューティングパワーが強力になり、GPUをクラウドで使えるようになってきたというのも影響していると思います。

安生 いまはまだ、クラウドより、もうちょっとファインチューニングした個別のアプリケーションベースでやる方が多いでしょう。僕が技術顧問をしているOLM Digitalと、今年1月から研究センター長を務めているビクトリア大学でおこなっている映像研究は、「パノラマの背景に3Dキャラクターを置いて、光源の動きも全てリアルタイムで動かす」というもので、人間が必要な光源情報の解像度を、なるべく小さくして処理を速くする工夫をしています。要するに、GPUをうまく使ってどれぐらい早くするかという研究になります。

また、展示は少なかったけれど医療では非常に技術的に高いものが必要ですし、高解像度の映像技術も重要で、NHKと放送技術研究所、ハードウェア会社が一緒に行った8Kをテーマにしたセッションは、ちょうど本放送が始まったばかりということもあってお客さんも相当入っていました。

──参加者の傾向に違いはありましたか?

安生 3年前の神戸は40代のベテランが目立っていましたが、今回は若い世代や学生、企業の新人らしき人たちが目立ちました。

SIGGRAPH Asia の運営はスチューデントボランティアによって支えられていて、180人の採用に世界中から600人近い応募があります。その理由はスポンサーが企業ツアーを開催したり、交流できるようにしているからで、技術とバックグラウンド的に信頼性の高い優秀な人たちが集まるので、宣伝して人を集めるよりメリットがあり、展示にしても、製品紹介よりリクルートが目的なんです。

いずれにしても若い人の関心を集める分野であるのは大事で、ゲーム、映画、ハリウッドもいいけれど、それ以外の分野で増えないと小さくまとまってしまいます。

SIGGRAPHがそれだけ注目を集めるようになったのは、CG技術を作って終わりではなく、アートもサイエンスもインダストリーも含むいろんな分野で実用化が進んでいることがあります。

東京はそうした文化が交錯する街でもあることから、大会テーマを「CROSS OVER」に決めたのですが、プログラムの内容もそう感じさせるものが多かったと聞いています。僕自身、数学出身ながらも映像産業に長く関わっている身なのですが、近年は特に、ジャンルを超え、大学や企業、研究組織とのコラボが増えているのを実感します。例えば今回が初参加となったバンダイナムコの方は、「学会だと思って敬遠してきたが、実際に参加すると全然違っていた」と言っていました。

ただ、クロスオーバーはまだまだこれからだと思っています。技術の性能が高いまま大衆化が進んでいるので、さらに応用する方法を増やして新しく使われる分野が広がるきっかけにSIGGRAPH Asia がなるといいですね。

安生健一|Ken Anjyo
OLM Digital 技術顧問。1982年九州大学大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。工学博士。日立製作所で17年間CGの研究・開発・製品化に従事しながら、TVやハリウッド映画などでVFXを担当。慶應義塾大学特別招へい教授を経て、2000年よりOLM Digital にて映像制作技術の研究・開発、および映像制作現場における実用化推進し、作品制作のテクニカルディレクションなどをおこなう。SIGGRAPH コンピュータアニメーションフェスティバル審査員、Digital Production Symposium(DigiPro)の創設など様々な国際委員メンバーとして活動。関連作品に『劇場版ポケットモンスター』シリーズなど。