SUBJECTIVITY, OBJECTIVITY, ALGORITHM

人間は、かくも脆弱に、柔軟に、世界を捉えている:アーティスト藤木淳が表現するもの

人間のもつ空間認識や物理的な感覚、リアルとヴァーチャルの境界を探るため、独自のアルゴリズムを使ってインタラクティブな作品を制作する藤木淳。「人間のものの見方」そのものにつながる藤木の作品の背後には、どのような「世界観」があるのだろうか。藤木へのインタビューを通して、その創作の源を探る。

TEXT BY ATSUHIKO YASUDA@XOOMS

「箱庭」の中のゲーム

筆者は普段、ヴァーチャルリアリティやインタラクティブなコンテンツの制作に携わっているが、実は「ゲーム」はほとんどやることがない。以前は、それなりに楽しんでいたが、しだいに興味がなくなってきたのだ。それは、ゲームというコンテンツに、ある種の限界を感じるようになったためかもしれない。「誰かが作った箱庭の中で、誰かが隠した宝物を探す」という、ゲームをゲームたらしめる「約束事」が、遊び手の自由な発想を制限しているように思えてきたのだ。たとえゲームの中であっても現実世界と同じように、いや、ゲームの中だからこそ現実世界よりももっと自由に動き回りたい。そんな願いのようなものが、ゲームに触れるたびに、だんだんと強くなっていった。

そんな私が、「これなら『箱庭』から出られるかもしれない」という希望のようなものを感じたゲームが、かつてあった。それは、「無限回廊」という、ちょっと奇妙なタイトルのゲームだ。実際、それは「ゲーム」と呼んでいいのかどうかわからないほど風変わりで、今まであたり前だと思っていたゲームの常識とはまったく違う、不思議な世界観を持っていた。私が強く惹かれたのは、ゲームとしての面白さというよりも、その世界観だった。

この「無限回廊」の作者が「藤木淳」という人だと知ったのは、実は最近のことだ。

客観世界と主観世界を行き来する

PLAYWARE アルゴリズムでつくる遊び展」という企画展示が、今年1月から、グランフロント大阪・ナレッジキャピタル「The Lab.」で開催されている。この展示は、オーストリア・リンツ市に拠点をもつ世界屈指のクリエイティブ機関「アルスエレクトロニカ」とナレッジキャピタルによる、一連のコラボレーション企画のひとつで、今回、「プリ・アルスエレクトロニカ」受賞アーティストとして作品を展示したのが、藤木淳だった。

トーク中の藤木淳。独自のアルゴリズムを用いて、人間が持つ空間認識や物理的な感覚をテーマにした、インタラクティブな作品を制作している。Prix Ars Electronica 2008 Interactive Art部門、Prix Ars Electronica 2012 Hybrid Art部門で、それぞれHonorary Mentionsを受賞。

展示会場の片隅にあるスタジオで藤木とはじめて会った時、彼は何気ない雑談でも、頭の中にある考えを表現するのに、もっとも適切な言葉は何かを常に考えながら話しているようだった。その第一印象は、湧き出るアイデアを外にむけて発信し続ける「アーティスト」というよりも、さまざまなものごとや自己の内面を慎重に観察し、その背後にある真理を探求する「研究者」、あるいは「哲学者」に近いものだった。

大学で芸術工学を学んだ藤木は、学生時代に3DCGソフトウェアと出会い、3DCGソフトウェアの開発者として創作活動をスタートする。しかし、市販のソフトウェアを開発する中で、誰かが発見した物理法則に支配される3DCGに、クリエイティブ性の限界を感じるようになった、と藤木は言う。

「CGソフトの開発に携わる中で、実用的な観点よりも、それを扱うこと自体が楽しいような3DCGソフトウェアを作りたい、と思いはじめたんです」

そんな思いから生まれたのが、「OLE Coordinate System(オーエルイー・コーディネート・システム)」という作品だ。最初は何もない3次元空間に、体験者がマウスをドラッグして通路や階段や穴を描き、その上に人の形をしたキャラクター、「キャスト」を置くと、キャストは描かれた通路の上を徘徊し始める。ただし、この世界では現実世界の物理法則は成り立たない。たとえば、奥の通路で穴に落下したキャストは、離れた場所にあるはずの通路の手前側に着地する。あるいは、途切れている通路を、視点を変えて「見た目はつながった」状態にすると、実際に通路がつながったがごとく、キャストは途切れているはずの通路を渡っていく。

「OLE Coordinate System(オーエルイー・コーディネート・システム)」。体験者が描いたブロックや階段の上を「キャスト」と呼ばれるキャラクターが徘徊する。ただし、この世界では現実世界の物理法則は成り立たない。通路の奥で穴に落下したキャストは、3次元空間では離れた場所にある通路の手前に着地して、再びあるき始める。

「この作品では、絶対的な3次元の座標系とは別に、それぞれのキャスト独自の空間『俺座標系(OLE Coordinate System)』を設定しています。『俺座標系空間』は、3次元空間上はキャストの近くになくても、体験者から見たときにキャストの近くにあるようにみえるものを取り込みます。その2つの座標系がつながることで『現実にはあり得ない』挙動が生み出されるのです」

3次元空間の客観世界と、自分視点の主観世界=「俺(OLE)世界」を絶えず行き来しているような「どっちつかず」の不安定さは、エッシャーのだまし絵のように、体験者の感覚を強く揺さぶる。そして、人間の、ものを捉えるという行為のもつ脆弱さと柔軟さに気づかせてくれる。

「人間は、見えている世界を、自分を中心にしたローカルな世界に絶えず組み換え、そのローカルな世界で物事を判断しているのかもしれません。勘違いや間違えも、そこから生まれるんじゃないでしょうか」

「OLE Coordinate System」という作品を通じて、藤木はそんな疑問を投げかける。自然(「神」)が支配する絶対座標系と、それぞれの人が持つ「俺」座標系。人間はみな、完全に客観的でも、完全に主観的でもなく、それら2つの世界を常に行き来している。その不安定さと柔軟さこそ、クリエイティブの源なのかもしれない。

かつて私自身が感覚をゆさぶられた「無限回廊」のプロトタイプ、「OLE Coordinate System」をプレイしながら、私はそんなことを考えていた。

世界を支配する「ひとつのルール」

藤木は「OLE Coordinate System」という作品で、物理法則の制約を乗り越え、主観と客観が混在した独自の世界を作り上げた。しかし、それだけではまだ納得できなかった、という。

「『OLE Coordinate System』を作ってみると、ある種の「もやもや感」がうまれてきたんです。アルゴリズムの中では、キャストが空中にいる時はこの処理、地面にいる時はこの処理、というように「条件分岐」でキャストの行動を変えていました。しかし、それだと振る舞いが離散的になってしまって、世界が分断されている感じがしたんです。そこで、世界を、ひとつのルールだけで作れないだろうか、と考え始めました」

この「もやもや感」を解決するために、藤木が作ったのが「Constellation」という作品だ。画面の中の3次元空間にランダムに点を打っていくと、突然、いくつかの点がまとまって、人の形が現れ、画面の中を歩き出す。点群をみる角度を変えると、同じ点群が犬になってかけ回る。あるいは、鳥になって飛んでいく。何の法則もないランダムな点群から、人や犬、鳥が生まれ、消滅し、次々と変身していく。

体験者が画面上にランダムに点を打っていくと、突然、いくつかの点が人や犬、鳥となって、画面の中を動きまわる「Constellation(コンステレーション)」。「パターン・マッチング」のアルゴリズムによって、点群の位置関係だけから、特定のオブジェクトが生成、消滅、変身、変形を繰り返す。

「Constellation」は、3次元と2次元の間を相互に行き来するという点では「OLE Coordinate System」と似ているが、「体験者が自由に打った点から何かが作られる」というアルゴリズムは、より自由で、制約がない。

「アルゴリズム的には『パターン・マッチング』という手法を使っています。点群の見た目の形と、あらかじめ定義した、いくつかの動物を表すパターンを比較して、ある程度似ていればそれを採用するというロジックです」

「Constellation」は、そのタイトルの通り、古の人々が夜空に光る星々を想像力でつなぎあわせて「星座(Constellation)」を作った時の驚きを、追体験させてくれる。無味乾燥な点群が、突然「意味あるもの」に変わる瞬間は、混沌とした情報の中から特定のアイデアを思いついたときの感覚に似ているかもしれない。

「憑依」する身体感覚

主観に重きを置き、個人的な探求をモチベーションとして創作活動を続けてきた藤木が、「他者の視点」をより意識して作ったのが、「P055E5510N(ポゼッション)」という作品だ。「人間の知覚をテーマに、子どもでも楽しめる『体験』を作ってほしい」という科学館からの依頼で作られたこの作品には、これまでとは異なるアプローチが必要だった、と藤木はいう。

「P055E5510N(ポゼッション)」。画面を埋め尽くす多数のキャストの中で、ひとつだけが体験者のゲームコントローラにつながっている。コントローラを動かしながら自分が動かしているキャストを見つけることは、想像以上に難しい。キャストが見つかった瞬間、自分の体がキャストに「憑依」したような感覚が生まれる。

「今まではアルゴリズム、秩序、関係性から出発していましたが、今回は『体験』から始める必要がありました。どんな体験をしてもらおうかと考えていた時、自分がよくマウスカーソルを見失うことを思い出したんです。マウスを動かして見失ったカーソルを見つけた瞬間に、まるでカーソルが自分の身体の一部になったような感覚がある。その感覚を取り出して、体験してもらおうと考えたのが『P055E5510N』です」

「P055E5510N」の画面は、ランダムに徘徊する多数のキャストで埋め尽くされている。その中の一人のキャストに、体験者のゲームコントローラはつながっていて、そのキャストを上下左右に動かすことができる。しかし、勝手気ままに歩き回る多数のキャストの中から、自分が動かしているキャストを見つけることは、想像以上に難しい。画面を見ながらコントローラをさまざまな方向に動かしても、その動きと連動しているキャストがどれなのかはすぐにはわからない。「見えているのに認識できない」という状態は、なんとももどかしく感じる。

それでも、しばらくの間、コントローラを動かしながら画面を見続けていると、コントローラの動きと一致するキャストが見つかる瞬間がやってくる。その時、自分自身の身体と画面の中にいるキャストが、つながったような感覚に襲われる。自分の体がキャストに「憑依(Posession)」したようなその感覚は、「自分であること」の認識そのものではないか、と藤木は考える。

「たとえば、影や鏡は、自分の反応にあわせて動くことで、その先にある自分を自分として認識しているのではないでしょうか。つまり、意志のとおりに動く身体は、その動きが意志と対応しているからこそ、自分(の一部)であると自覚されるのかもしれません」

多数のキャストの中から自分が動かしているキャストを見つけるという体験を通じて、自己の身体感覚(フィードフォーワード)と知覚(フィードバック)が結びついていることを意識できる。そのループによって、人は、不特定多数の他者の中から「自分」という存在を区別し、その範囲を認知することができる。それが「自分であること」という認識なのだ。「P055E5510N」を通じて、藤木が伝えようとしているのは、そういうことだと思う。

「宇宙の法則」とアルゴリズム

アーティストについて論じる時、「世界観」という言葉がよく使われる。「あの人の世界観は面白い」、「この人はこんな世界観をもっている」という時の「世界観」は、その人の「好み」や「方向性」、あるいは、創作の結果として現れてくる漠然とした空気感を意味している。

しかし、藤木にとっての「世界観」は、彼の創作活動にとって、もっと本質的なものだ。それがなければ作品を創ることができない「創作の根源」、あるいは「作品そのもの」と言ってもいいかもしれない。藤木が、自分自身で面白いと思うものや、その逆に「もやもや」を感じることを出発点にして追い求めているのは、それぞれの作品を包み込み、主観と客観の間を自在に移動できる、より自由で制約のない世界であり、その世界を支配する「ひとつのルール」なのだ。

「漫画やアニメ、ゲームも楽しいのですが、終わった途端にいつも世界がせまくなった感じがするんです。広い世界の中で、ある一部分だけにフォーカスして特定の「世界」だけを見せることに、窮屈さを感じるんですね。僕は、世界の一部を切り取るのではなく、世界をまるごとつくりたいんです。『宇宙の法則』というと少しオーバーですけど、それを作ることができるのがアルゴリズムだと思っています」

オーストリア・リンツ市に拠点をもつ世界屈指のクリエイティブ機関「アルスエレクトロニカ」とナレッジキャピタルによるコラボレーション企画「PLAYWARE〜アルゴリズムでつくる遊び展」(2019年1月16日〜3月31日)。ナレッジキャピタル「The Lab.」(グランフロント大阪)にて、デイリー・トゥレジュール(カナダ)、藤木淳、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボの作品を展示。

藤木淳|Jun Fujiki
1978年生まれ。2007年、九州大学大学院芸術工学府芸術工学専攻博士課程後期修了 博士(芸術工学)。NTTコミュニケーション科学基礎研究所客員研究員、独立行政法人科学技術振興機構 さきがけ専任研究員などを経て、現在は東京藝術大学非常勤講師、公立大学法人札幌市立大学デザイン研究科准教授を兼任。Prix Ars Electronica 2008 Interactive Art部門、Prix Ars Electronica 2012 Hybrid Art部門で、それぞれHonorary Mentionsを受賞。

保田充彦|Atsuhiko Yasuda
株式会社XOOMS(ズームス)代表、一般社団法人ナレッジキャピタル・リサーチャー。航空宇宙分野のエンジニアを経て、現在はサイエンス映像の制作、データの可視化、VR/MRコンテンツ開発などに取り組んでいる。座右の銘は「人生はすべて実験である」。