FOOD GALAXY CONTINUES EVOLVING

幸福度No.1の国デンマークの料理を、人工知能はどう解析した?

ある晩、原宿にある人気フレンチレストラン「KEISUKE MATSUSHIMA」にて、なぜかデンマーク料理が供された。しかも、そのレシピを考案したのは人工知能(AI)。いったいその狙いはどこに? 仕掛け人の石川善樹(予防医学博士)に訊いた。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

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1/7左から予防医学博士の石川善樹、データサイエンティストの風間正弘、そしてシェフの松嶋啓介。食の人工知能「Food Galaxy」プロジェクトのコアメンバーたちだ。
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2/7「UMAMI+Condiments=Santé」(うま味+調味料=健康)というお題が付けられた当日のメニューの冒頭を飾ったのは、デンマークと並んで幸福度が高いコスタリカの朝食としてポピュラーな「ガジョピント」を雑穀サラダ風にアレンジしたものと、トウモロコシのエンパナーダ。
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3/7「Food Galaxy vs.松嶋シェフ」の第一幕、「スモーブロー」。右上が「ビーツ、エスカルゴ、チーズ、ザワークラウト」、右下が「カニ、クリームチーズ、ピクルス、ハーブ」で、この2つがFood Galaxyのレシピ。さらに左下が「サーモン、エビ、スクランブルエッグ」、左上が「ハムと玉子とニシン」で、この2つが松嶋によるレシピ。
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4/7こちらはアミューズとして登場した「貧乏スープ」。白米を食べるようになってから、粟や稗は「貧乏人が食べるもの」と敬遠される時代が続いたが、そうした雑穀がスーパーフードとして見直されている。松嶋は、そうした粟や稗にスペルト小麦やネギを入れ、うま味の相乗効果を出したスープを考案。
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5/7「Food Galaxy vs.松嶋シェフ」の第二幕となったエゲケー(エッグケーキ)。左がFood Galaxyによる鴨のもも肉のコンフィ入り、右が、松嶋によるニシン入り。
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6/7この日のメインは「ボリート・ミスト」。豚のいろいろな部位や、ソーセージや、牛のタンなどを数時間煮込んだ、イタリア版おでんとも言われるピエモンテ料理。素朴ながらも肉のうま味が引き出され、ワインにもよく合う一皿。
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7/7コースは、アップルパイと甘さを控えたキャラメルアイスで締められた。

ヨーロッパで料理がおいしい国といえば、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル。逆にまずい国といえば、イギリス、ドイツ、オランダ、北欧諸国。前者と後者の違いは何かと言えば、一方がカトリックかつイタリック語派で、一方がプロテスタントかつゲルマン語派、ということである……。

そんな牧歌的な分類が、かつて文化人類学のフィールドではなされていた。今となっては、「ヨーロッパ」に中欧や東欧や旧ソ連諸国が含まれていないこと(個人的には、たとえばジョージア料理は大好きだ)や、グローバリズム、情報化社会、ライフスタイルなどの変化による食文化の均一化と向上によって、その「分類」はかなり解像度が下がっているように思える。ましてや、多様性の時代(SNSの時代)においては、「“おいしい”の基準なんて、個々人で違うだろうが!」という真っ当な(身も蓋もない?)ツッコミが入りそうなものだ。

しかし、である。解像度が下がってすらボンヤリと浮かびあがっている輪郭に、何かしらの本質が示されていることは間違いないはずだ。「食べるために生きる」と語るイタリア語派の人たちと、「生きるために食べる」と語るゲルマン語派の食に対するプロトコルの違いは、アーキタイプとして彼らに根付いているように思える。

なぜこんな話をしているかというと、これから語る「『Food Galaxy』という名の人工知能(AI)が解析した『新しいデンマーク料理』のレシピを、『フレンチシェフ』が作る」というトピックを、より重層的/複眼的に捉えて欲しいからだ。

さまざまな調査において、デンマークは常に幸福度のトップを飾る。ちなみに2位のコスタリカは、軍備を放棄し、社会福祉や教育に国家予算をシフトさせたことでも知られている。

世界一幸福な国の料理とは?

Food Galaxyとは、かつてIBMでシェフ・ワトソンの基幹システムを作り上げたラブ・ヴァーシュニーと、予防医学博士の石川善樹、そしてデータサイエンティストの風間正弘が中心となって生み出したAIエンジンで、世界各地から集められたレシピデータを「ベクトル化」することによって作られた、いわば「食の世界地図」である。

そんなFood Galaxyがはじき出したレシピを元に、フレンチシェフの松嶋啓介が料理を作り、その味を確かめるというイベントが、去る2月中旬、原宿のフレンチレストラン「KEISUKE MATSUSHIMA」にて開催された。

Food Galaxy × 松嶋啓介によるコラボレーションは、実は今回で3度目。最初は「すき焼き」、2回目は「ハンバーグ」、そして今回は「デンマーク料理」がお題であった。

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今回のテーマに「デンマーク料理」を選んだ理由を、石川はこう語る。

「デンマークは世界の幸福度ランキングでずっと1位を取っており、国民の80%が人生に満足しているという驚きの数値が出ています。そこで、『幸せって何だろう』ということを食の観点から考えてみたいという思いに至りました」

当日配布された資料。脳科学的な視点から捉えた快楽の3つのかたちが示されている。従来の快楽は「Like型」と「Want型」が主流だったが、今後は、右の「Learn型」を模索していくことがウェルビーイングにつながっていくと、石川は考えている。

石川の調べによれば、脳科学の視点から「幸せ」を見ると、「砂糖タイプ」「脂肪タイプ」「うま味」タイプの3種類に分けられるという。

まず砂糖タイプとは、取った瞬間は幸せになるが、すぐに下がってしまい、また次の「幸せ」を求めて手を出してしまうタイプを指しており、専門的には「Like型」と言われている。

次に脂肪タイプは、取れば取るほど幸福度が上がっていくタイプ。脂肪は、舌ではあまり味を感じないものの、脳では幸せを感じており、取れば取るほど脳が幸福を感じるといい、専門的には「Want型」とされている。つまりこのLike(砂糖)とWant(脂肪)の組み合わせは、人を中毒にさせる組み合わせとしてある意味最強だが、このタイプの快楽は、どうしても不足感を生んでしまうのだという。

それに対し、第3の幸せのタイプとして最近注目を浴びているのが、うま味タイプである。専門的には「Learn型」と分類されるタイプで、食事の最後をお吸い物で締めることで余韻が続いていくがごとく、時間が経っても一定のところでずっと続いていくことが特徴だ。実はこうしたタイプの幸せこそが、これからのウェルビーイングに向けて非常に重要であり、このタイプの幸せをどうにかして模索していくことが、今後の人類の課題でもあると石川は言う。

「21世紀や22世紀にふさわしい国作りには、GDPでは計れない豊かさ、つまりウェルビーイングの視点に立ったライフスタイルがキーワードになってきます。その鍵になるのは、どうやら第3のタイプの幸せなのではないかと。そこで、人生満足度や生活満足度が非常に高いデンマークについて、いろいろな角度から斬り込んでみたいと考え、今回はデンマーク料理をテーマに選んでみました。

とはいえ、デンマーク料理をただ出してもおもしろくありませんので、信頼する松嶋啓介シェフにメニューを選んでいただき、かつ、Food Galaxyと松嶋シェフの対決になるようにお願いしたんです」

松嶋が選んだメニューは、デンマークの伝統的料理である「スモーブロー」(いわゆるオープンサンド)と、「エゲケー」(エッグケーキ)の2種類。この2品のレシピをFood Galaxyと松嶋がそれぞれ考案し、その味の差を楽しむというのが今回のイベントの肝だったのである。

原宿とフランス・ニースにレストランを持つ松嶋啓介。ニースのレストランを訪れる客は、刺激より癒しを求めて来る傾向があり、それもあって、うまみを意識した調理をしているという。

人気シェフvs.AI、その結果は?

まずは「スモーブロー」。Food Galaxyのレシピは、ひとつが「ビーツ、エスカルゴ、チーズ、ザワークラウト」。もうひとつが「カニ、クリームチーズ、ピクルス、ハーブ」。一方、松嶋のレシピは、ひとつが「ハムと玉子とニシン」、もうひとつが「サーモン、エビ、スクランブルエッグ」。この結果について、松嶋はこう語る。

「Food Galaxyが提案してきたレシピは、酸味と香りの組み合わせがしっかりしていたと思います。特にビーツとエスカルゴとザワークラウトの組み合わせなんて、僕は考えつかない。以前は、新しいレシピだとしても、うま味が足りなかったけれど、今回はそこを理解してきているので、だいぶ進化しているなと感じました」

そういう松嶋のハムとニシンの組み合わせも、斬新だ。

「冒涜かなとも思いつつ……(笑)。でも、うま味成分のひとつであるイノシン酸同士の間に玉子を挟んだことで、味がまとまりました。料理というのは普通、『これとこれを組み合わせたら絶対にダメだ』というものが出てくるのですが、バランスの取り方次第で、ケンカしない組み合わせ方もあり得る。そういう組み合わせ次第で以外とぶつからないというのも、幸せを考える上で大事なのかもしれません」

次なるメニューは「エゲケー」。Food Galaxyはメインの具材に鴨のもも肉のコンフィを選び、松嶋はニシンを選択した。その理由を松嶋が解説する。

「ニシンと鴨のコンフィだけをキッチンで味見すると、鴨の方がおいしい。でも、玉子と一緒に火を入れていくと、ニシンの方が味が出てくるんです」

この発言を聞いた石川が続ける。

「デンマークは、日々、何かしら行事があり、長い冬も忙しく過ごしているそうです。『やることがある』、あるいは『何がグッドライフかの基準がある』ということが、国民の幸福度を高めているのではないかと思います。言い方を変えると、自由と規律のバランスがいいのかもしれません。自由過ぎてもよくないわけで、そのバランスが満足を作るのだろうなと。

そうした視点でFood Galaxyと松嶋さんが作ったエゲケーを比べてみると、確かに鴨の方が自由でおいしい気もするけれど、玉子という規律が入ることでニシンの方がおいしくなるという結果は、デンマークがなぜ幸福度が高いのか、という問いに対する示唆を与えてくれる気がしますね」

すき焼き、ハンバーグ、デンマーク料理と経験を積み重ねるごとに、Food Galaxyは確実に進化している。出してくるレシピは、人の想像を超え、料理を革新していく可能性を秘めているだろう。しかしまだ、人(シェフ)によるチューニングが必要なことも間違いない。実際、Food Galaxyが「解析」したスモーブローもエゲケーも、松嶋啓介の「解釈」があったからこそおいしかったわけなのだから。

Food Galaxyが更なる進化を遂げ、「この食材や調味料を、この順番で、何cc、何グラムで……」という手順や分量も含めてデータを出せるようになったとき、いよいよ料理の可能性は、人智を超えた指数関数的な速度で広がりを見せ始めるのだろう。そのときになってようやく、国や宗教や文化や言語……等々に起因するプロトコルから、人類は(少なくとも食の面においては)解放されるのだ。

そのときに向かって、Food Galaxyには一歩一歩確実に歩みを進めてほしい。いや、三歩進んで二歩下がってほしい、か。向かう先は人類の幸せなのだから(古っ!)

profile

松嶋啓介 | Keisuke Matsushima
1977年福岡県生まれ。シェフ/レストラン経営者。料理学校卒業後、東京のレストランに勤務後、料理修業のため渡仏。フランス各地での修行を経て、2002年、ニースにレストラン『Kei’s Passion』開店。06年、ミシュランガイドで一ツ星を獲得。同年、増床改装し、店名を『KEISUKE MATSUSHIMA』に改める。09年、原宿に『Restaurant-I』(現『KEISUKE MATSUSHIMA』)をオープン。

profile

石川善樹|Yoshiki Ishikawa
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)、『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。