CITY OF AMORPHOUS

「中国共産党に感謝します」——連載:菊地成孔「次の東京オリンピックが来てしまう前に」23

「2020年」に向けて、大なり小なり動きを見せ始めた東京。その変化の後景にある「都市の記憶」を、音楽家/文筆家の菊地成孔が、極私的な視点で紐解く連載シリーズ第23回!

TEXT BY NARUYOSHI KIKUCHI
ILLUSTRATION BY YUTARO OGAWA

第23回:「中国共産党に感謝します」

<Blue Note>という高級ジャズクラブをご存知だと思う。東京店は青山にある。では、世界中にBlue Noteが何店舗あるかご存知だろうか?

まあ、ニューヨークには無いとおかしいでしょ。ここは意外性ない。グリニッチ・ヴィレッジに総本山がある。じゃあ、あとどこだと思う? ロス? ブー! ニューオーリンズ? ブブー! マイアミ? ブー! シカゴ? ブッブー!! あ、わかったわ、カナダだ! ブブブー!!

なんと合衆国にはあと2店舗しかない。どことどこでしょう?

えー、ほとんどジャズクラブがありそうなところ出たじゃん。あとどこよ? あ!! わかった!! 盲点だった~。ラスヴェガスでしょ! ブブー!! 残~念!! 惜しい! ラスヴェガス店は現在閉店しております。

正解は、まあ、引っ掛け問題みたいだが、ひとつはナパヴァレー(BlueNoteは営業登記上はビストロ/ワインバーだからね、演奏はあくまで、食事とワインを楽しんでいるお客様のBGMが発達したものなのである。基本的には)、そしてもうひとつは最近できたハワイ店である。ワイキキのブルーバード、カラカウア大通りにいきなり出来た(歩いてたらいきなりあったんで「あああ!」つって指差したら、チック・コリアのエレクトリックバンドが出てた。良い調子だよ・笑)。

さて、では合衆国と我が国以外、世界中にあとどれぐらい、どこにあると思いますか皆の衆。全然わかんないよねー。ドバイと言われても、パリと言われても、モスコウと言われても、ロンドンと言われても、シンガポールと言われても、どこにだってありそうだ。2箇所である、、、、、、余計わかんないよねー(笑)。

エッセイでクイズ出すというのも、すごい不全感があるので(笑)いきなり正解を言うしかないが、これがリオデジャネイロとミラノなのである。一発で正解した方には、ヒルズさんが、青山店の年間パスポートを、、、、、スンマセン、そもそもBlueNoteには年間パスポートがない(笑)。

あ、そうそう忘れてた。「ジャズ消費大国(居酒屋やラーメン屋に有線でコルトレーンが流れてる国なんてないからね。麻痺しちゃってるけど、驚くべき事なのであります)」である我が国ではどうか? 現在は、東京、横浜、名古屋の3店舗になってしまったが(それだって凄い話だよ。こんな狭い国に3つもさあ。中華人民共和国を凌ぎ、合衆国と並んでいるのである)、一時期は──恐るべきことに──あと大阪と博多にあったから、全部生きてれば世界一だ。単位面積に於ける件数換算したら、合衆国に何百店あればいいのか。

そして、である。想像していた方も多かろうと思う、最近、北京店がオープンし、恐らく年内には上海店がオープンすると言われている。ぽいでしょう? ぽい話でしょう?(鳴り物入りで10年近く前にオープンした「ソウル店」は、結構早々と潰れたのよ。これもねえ、ぽい話なんですよねー)。シャネルとかユニクロとか、思い出すよねー。

と、これ全部つなげて、世界BlueNote巡礼をやると、<東京~横浜~名古屋~北京~上海~ミラノ~ハワイ~リオデジャネイロ~ナパ~ニューヨーク~東京で凱旋公演>と、壮観ですなあ。やってみたいものだ(現在、このコンプリートツアーを成し遂げたジャズミュージシャンは地球上に誰もいない)。過去の、撤退した店舗も全部生きてたとすると更に凄いぞ<東京~横浜~名古屋~大阪~博多~京城~北京~上海~ミラノ~リオデジャネイロ~ハワイ~ナパ~ラスヴェガス~ニューヨーク>レディ・ガガのツアーみたいだ。

とまあ、今回何がテーマかと言うと、出来たばかりのBlueNote北京に出演してきたのですね。もう文字数半分以上使っちゃったけど(笑)。

いかな中国と言ったって、市場経済をなし崩しに導入してからは近代国家だろう。しかも首都北京である。なーんて思うと彼の国は思いっきり足払いをかけてくる。「中国旅行」は、ビジネスでも観光でも、未だに、世界中のツーリストに「驚きの連続」を与えてくれる。2日公演で、前日から中国入りしたので、たったの3泊だが、もう、ちょっと大げさに言えば、1秒も驚かなかった瞬間なかったすよ! 逆に言うと、お約束だから何も驚かなかったけどね(笑)。

それでも例えば、用意されたホテルの部屋が凄かった。リゾートホテルのデラックススイートとコンドミニアムが合体して悪い化学反応起こしたような感じで(笑)、ベッドのすぐ前に、すげえでっかいバスタブ、っつうか、小さめのプールがあるの。ベッドの前ですよ! 実際、学校のプールみたいに、階段に登って、金属パイプの手すりが付いているのである。んで、それを挟むように、フェイク螺鈿や紫檀を使った、王様の部屋の門柱みたいな柱が2本立ってるんだけど、どっちにもバカでかい鏡がはめ込まれてるから、風呂に入ろうとすると、裸が鏡面効果で、ズラーっと無限に並ぶのである。まあその、エロいっす。ラブホだと言われれば、もう、中華風超高級ラブホだ(笑)。

「うわー、こんなん、若い恋人と来たら、どんなになっちゃうのよ(笑)。いかなこのオレ様がバンドのリーダーだとはいえ、これ待遇が良すぎない?(笑)」とか思うわけですね。使いこなせないもん絶対。

と、ここでオチるのだろうと。違うんだよね(笑)。

何と、女性メンバーやマネージャー、スタッフも含めた、宿泊者全員が全く同じ部屋だったのです(笑)。ハンパねえ、なんて今誰も言わない。けど、中国は言わせるよ僕らに。ハンパねえっす。そして、その、王朝風の応接間にあるルームライトの半分ぐらいは壊れているのである。「変圧器いりませんよ」という触れ込みだったんで、PCを充電しようとしたら、20%だったのが、2~3分で100%になったから(笑)、爆発するんじゃないかと思って慌ててコード抜きましたよ(笑)。

と、こうした<ハンパねえ感じ>は総じて楽しく、僕は、仕事では3回目、プライヴェートでは2回目の中華人民共和国がまたしても大好きになったんだけれども、<中国旅行あるある>なんか書いたってどうしようもないから、話は「ライブのMC」の件に移る。

BlueNoteは元米国大使館の建物で、つまり天安門のすぐそばにあるんだが、ここに来るような人は、富裕層だから、英語が通じると聞いていて(それは確かにそうだった)、特に、僕が演奏した初日は、何とバレンタインデー! 日本ではすっかりハロウィンにヤラれて形骸化した感がある「女子がチョコで男子に告白する、愛の日」だが、ここ中国ではバキンバキンに健在で、まあ、日本の35年前ぐらいかな?「バレンタインデートをBlueNoteで」という、絵に描いたようなヤンエグ(笑)富裕層のカップルでびっしり。東京青山店は300がキャパだが、何とここは東京店と居抜きのように同じ設計(というか、BlueNoteの内装統一されている)なのだが、何と2階があり(笑)、倍付けの600! しかも全員がラブラブ(笑)の金持ちカップルなのである。気の利いたジョークや、温かい愛の言葉で彼らの愛の記念日を飾らないでどうする(笑)。

僕は、我ながら非常に上手く滑り出した。カタカナで書けばこんな感じだ。

「ハロー、ベイジン、グッドイヴニング&ハッピー、ヴァレンタインズ・デイ。バット、オールラヴァーズ、アワーミュージック、アー、ナットゥーロマンティック、ソーリー(笑)」

途中も良かったし、相方で来てくれたピアニストの小田朋美さんの紹介も上手く行った。締めの挨拶もそつなくこなし、相当な好感触を感じたオレ、しかし、最後の最後に命を取られるかも知れないぐらいしくじったのである。調子に乗っちゃった!!!(笑)

一つは、爆買いに来る中国人のお客様についてだ。日本語に翻訳するとこんな感じ。

「どうもありがとう。謝謝。えーと、僕は東京の新宿に住んでいます。新宿、わかりますか? 有名なデパートがいっぱいありますが、中でも<伊勢丹>は特別です。お越しになったことある方、います? 僕の自宅とオフィスからは、伊勢丹まで徒歩で2分なんですよ(ここで、全然予想外な大拍手・笑・何だったんだろうあれ)。だからね、毎日毎日、中国の方と会ってます。なにせ、僕のマンションの上の階は中国人デザイナーの方です。他の隣人よりも誰よりも元気で礼儀正しい方ですよ。それに、伊勢丹に入ると、もう、驚いちゃいますね。ここは日本なのかな?って感じで(笑)。中国からお買い物に来る方は、すごい。とにかくすごいです。エネルギッシュで、タフで、ストロングスマイルで、声が大きくて、おしゃれで、オーラがすごいんです。それに、すごい大金を持ってて(笑)」

このあたりから、雲行きが怪しくなってきた。僕は、皮肉や世辞なんかで言ってるんじゃない。多くの日本人が嫌っている、爆買いの中国人が、僕は大好きだ。

「彼らはクールです。そう、わかる? クールだと思う。僕には中国人の友人もいるし、こうした町の人々も大好きです。だから今日は来れて嬉しい。わかりますか?」

客席は、完全にダウンしてしまった。「あんな奴らの話しないでくれよ」「ありえねえよ、あんな下劣な奴ら」とまで言っていた客もいた、と、通訳の子に言われたええええ? そんなにシンプル? 僕世代だと、1960~70年代の「ジャルパック農協旅行」にリベラルな人々は眉を潜めていた。というアレと変わらないのかね? 良いじゃん。爆買いの人々はガチでおしゃれだぞ(笑)。ああ。でも、わかっちゃうから辛いわ(笑)。

僕は、めげずに言い続けた。「彼らを皮肉ってはいない。彼らはクールです。僕は彼らが好きだ。だから今日、北京で演奏できて嬉しい」

しかし、奮闘努力の甲斐もなく、さっきまで「ちょっと難しいけど、なかなか良いサウンドじゃないか。良い気分にさせてくれたよ」とか「うわー、やべえな東京は、全然レヴェル違うよ」と思っていた人々も、「爆買いの奴らの話はやめて」で一致団結してしまったのだ。

やや寂しく滑ってしまった僕は、逆行的にもっと酷い失策を犯した(よくある話・笑)。アンコールで呼ばれて、日本語で書くけど、まず最初に「今日は感謝に絶えません。何よりも、BlueNoteグループ、そして中国共産党に感謝します」

この瞬間の(笑)、外気(マイナス7度)を更に10度ほど凍てつかせた(笑)、真空と超冷蔵倉庫感を、僕は一生忘れられないだろう。僕もステージでMCをするキャリアは30年以上ある。その中でも、最も危険で、最も超越的な時間が訪れたのである(笑)。いやー、笑って書いてるけどね。すんげえ怖かったですよ(笑)。VFXであるでしょ。画面に映っている人々の時間が一斉に止まるやつ。あれかと思ったもん(笑)。

慌てて僕は、英語で書くけど、早口で、とぼけた感じで「it’s joke of course」と付け加え、客席から安堵の笑いを取ったけれども、この歳で、ステージで失言して凍りつくなんて経験をするとは思わなかった。中国はハンパねえよ(笑)。

ステージを降りると、通訳の人が、苦笑。という感じでいるので、日本語で書くけど「中国共産党はまずかったかな? 最初からジョークですよもちろん(笑)」と言ったら「それは、大丈夫ですね。ジョーク、伝わってますね。でも、音楽のステージに上がって、その名前を口にする人は、非常に、非常に、特殊な方です(笑)と言われ、「ひゃー! こっわ!(笑)」と言って帰国したのです。お願いだBluNote北京、そして夏にはオープンお噂がある上海でも良い。今度は冗談抜きで別のジョークを言うから。日本語で書くけど、「我々は全員社会主義者です。ただ、日本の社会党は全く支持しておりませんが」


profile

菊地成孔|Naruyoshi Kikuchi
音楽家/文筆家/音楽講師。ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。「一個人にその全仕事をフォローするのは不可能」と言われるほどの驚異的な多作家でありながら、総ての仕事に一貫する高い実験性と大衆性、独特のエロティシズムと異形のインテリジェンスによって性別、年齢、国籍を越えた高い支持を集めつづけている、現代の東京を代表するディレッタント。