CITY OF AMORPHOUS

『2001年宇宙の旅』デジタル4K/IMAX鑑賞——連載:菊地成孔「次の東京オリンピックが来てしまう前に」19

「2020年」に向けて、大なり小なり動きを見せ始めた東京。その変化の後景にある「都市の記憶」を、音楽家/文筆家の菊地成孔が、極私的な視点で紐解く連載シリーズ第19回!

TEXT BY NARUYOSHI KIKUCHI
ILLUSTRATION BY YUTARO OGAWA

第19回:『2001年宇宙の旅』デジタル4K/IMAX鑑賞

いきなり書かないと書く場所がないのでいきなり書くけれども、記号ってのは、かなりの限定性の中で作られるものだから、とんでもない同一があったりするんだけど、「4K」「8K」って、どうしても「高学歴、高収入、高身長……」とか「臭い、汚い、キツい……」とかいうアレを思い出してしまうのですよねワタシは。でも、全く連想しない人(「高学歴……」の方を知らないんじゃなくて、知ってても尚)もいるよね。これって絶対、インターネットでしょう(「21世紀」という意味合いも含め)、記号の類似性を限定的なゾーン内で、類似や同一として結びつけてしまう「狭さ」はインターネットの、無意識にも似た「広さ」と対偶にあると思う。

だって「EDM」って「エレクトリック・ダンス・ミュージック」の略なのよ。これ最初に聴いた瞬間、爆笑しそうになって、コンマ1秒後に、笑いが止まったもんなあ。今っぽいよ。実に。音楽用語で「IS」っていうのが流行ったとして、意味は「インスト・サウンド」だったりしても、誰も絶対にイスラム国の事は連想しない。そもそもIS自体が、動詞のisと同一視されない。元祖は「IT産業」「AV機器」辺りだと思うけどね。この能力、一種の解離だけれども、解離しないとやってけないもんねえ現代。

と、あー、枕が終わってスッキリした。あのこだわり屋クリストファー・ノーランがマスタリングしたという、かの映画史上のクラシックス(←コレも「え? クラシック音楽使ってるから? あの映画」と思っているお父様方いっぱいいると思いますよ。クラシック音楽以外で「クラシックス」って言うんですよ。「クラシック音楽に似た作品」っていう意味じゃないのです。しまった! スッキリした瞬間に枕に戻ってしまった! 二度寝じゃないかこれでは!)を観てきました、っていうか、「体験してきた」っていう方が近い……というのは、スンマセン、いかにも馬鹿の言いそうな事を敢えて言ってみせるという、まるで悪意でもあるかのような修辞ですが(笑)、悪意はないですどこにも。単に強調したかったの。「IMAXってやっぱでかいなあ」以上の効果がなかった事に。

というか、この映画の「<視る>というより<経験する>という方が近い性」は、どんなサイズでも、おそらくスマホで見ても同じだ。やっぱ凄いですよ。キューブリック論なんか書いちゃうノリの連載じゃないけど、とにかく怖っいの。キューブリックの本懐は恐怖心であって、怖くないのがマジ一本もない。

『時計仕掛けのオレンジ』みたいな、ポップな怖さが売りになってる奴はいうまでもなく『バリー・リンドン』だの『博士の異常な愛情』だのの、いかにも怖いですよ、といったシーンではない、何気ないシーンに張り付いた物凄い緊張感と恐怖は、おそらくキューブリックが世界というものを怖がっていたことの証左であると思うわけですが、一番怖いのやっぱコレじゃねえかなあ?っつうほど怖いです。

クッソおしゃれ(キューブリックがファッション誌のカメラマンだったことは有名ですが、ほぼほぼ『ナック』のリチャード・レスターなんかと同じセンス。というか、偏執狂のリチャード・レスターみたいな感じです。レスターの『ナック』『ジョン・レノンの僕の戦争』『不思議な世界』は、逆に正気のキューブリックみたい)な全編を通じてずっと怖いんだけど、中でも一番怖いのは(軽度のネタバレ)、モノリスが月までしか発見できてなかった段階で、フロイド博士一行がモノリスに触れるんだけど、その瞬間には一切なにも起こらない。っていうスカしですよね! 背筋震えるぜ!! 次の瞬間に凄いショックが来る、とかいった、恐怖映画なんかの1秒スカしじゃなくて、本当にスカしたまま映画が進んじゃう。こんな怖いことあるか。

『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』『アイズ・ワイズ・シャット』と、晩年、ストレートに怖い題材を扱ってから、キューブリックは天才があれよあれよと脱輪する様を見せて亡くなるわけで、ギリで引っかかってるのが『シャイニング』だと思いますが、あれだって最後のオチは極大のスカしだもんね。「ええ?。。。。。。」っていう余韻がものすごい怖いわけです(キングの原作をバカにしてるぐらいスカしている)。

と、話戻りますが、怖いだけじゃない「経験性」は、むしろ映像美に帰属するものではなかった、という事がわかっちゃった、というのが今回の最大の収穫かもしれない。もっと厳密に言うと、「映画における本当の経験性は、具体的なサイズ感=ドラスティックなスペクタキュラーとは無関係である」という、やっぱもう、<『2001年宇宙の旅』を、公開50年後にデジタル4K/IMAX鑑賞>しない限りわからないような、痺れる原理を教えてくれたわけです。『アバター』なんて、小さく見たらなんともないんだから! ダメなクラブミュージックと一緒ですよあんなもんは。

特に、木星へのスターゲートを抜ける、例のサイケデリックなライトショーは、絶賛と脱帽が義務付けられているようなこの作品で、唯一、ちょっと文句言って良いトコだったんですが、「IMAXで見たらさぞかしブッ飛ぶだろうな」どころか、感覚としてはホームムーヴィーの父ちゃんの寒い芝居が、でっかいスクリーンに映って、顔が真っ赤っ赤になるような感じで、やっぱ天才も流行りもんに手を出すと、後々まで悪手として残っちゃうから怖いなー怖いなーと、別の意味で怖いわけですが、そんな小さい傷は、目えつぶってれば見えないわけで(笑)、やっぱ全編にわたる、腹の底から震えるような冷たく恐ろしい感じは素晴らしく、進化と宇宙意志、みたいな哲学的(?)なテーマもあんまりどうでも良く、ノーランは気合いれて大分頑張ったと思うけど、同時にノーランは無力感も感じていたはず。

とさて、前述の『シャイニング』と並び、骨の髄までしゃぶられても、全く消費された感の無い、気持ち悪いぐらいのフレッシュさに満ち満ちた本作ですが、結論として、デカいことには全く意義はなかった。っつうか、餅は餅屋で、マーベル映画のがIMAX用ですよね結局。もし『2001年宇宙の旅』のヤバさ、その本質を50年後に味わうなら、有効な順に

1)そのままリヴァイヴァル上映(リマスタリングもなし)

2)モノクロにする(これはかなり良いと思う。というか、今や自宅で自分で観るだけならすぐ出来る。やってみよう!)

3)日本人がリメイク(当時に)

だと思いました。

*脱稿5時間後の注。やっぱモノクロ最高でした。お勧めしますよ! どこが一番凄かったでしょう? 正解はスターゲート通過のサイケなシーン(笑)。誰か分析して!!


profile

菊地成孔|Naruyoshi Kikuchi
音楽家/文筆家/音楽講師。ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。「一個人にその全仕事をフォローするのは不可能」と言われるほどの驚異的な多作家でありながら、総ての仕事に一貫する高い実験性と大衆性、独特のエロティシズムと異形のインテリジェンスによって性別、年齢、国籍を越えた高い支持を集めつづけている、現代の東京を代表するディレッタント。

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