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特集エコゾフィック・フューチャー

Ecosophic Future 01

dialogue with audrey tang 1/2

オードリー・タンとの対話——11のキーワードで紐解くデジタル・テクノロジー・社会|前編

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新連載「エコゾフィック・フューチャー」は、キュレーターで批評家の四方幸子が、未来の社会を開くインフラとしての〈アート〉の可能性を探ってゆく試みです。初回から2回にわたっては、台北で行なった台湾のデジタル大臣 オードリー・タンとの対話を紹介します。前編では、対話のきっかけとなった台湾でのプロジェクトを中心に、後編ではポストコロナの社会を見通すための様々な課題について彼女の考えをうかがいます。
 

dialogue between audrey tang & Yukiko Shikata
Translation & Editing by Kanoko Tamura
photo Courtery of C-Lab Taipei

対話のまえに——四方幸子

 
昨年(2020年)12月14〜20日までの1週間、台湾の現代文化の新たな拠点〈C-Lab〉にて、メディアアーティスト兼映像作家であるシュー・リー・チェンが企画&監修したプロジェクト「Lab Kill Lab」が開かれました。

そこで展開された五つのラボのうちの一つ「Forking Piragene」(Fork=ソフトウェア開発における分岐・派生 / Piragene=Pirate Gene 海賊遺伝子 )に、私はシュー・リーとともに共同キュレーターとして参加し、関連イベントとして、オードリー・タンとの対話「Ilya…存在者」(12月16日@C-Lab)を行いました。

対話の相手がオードリーになったのはなぜか。

コロナ禍において、マスクマップや隔離強化などいち早くデジタルを駆使した対策で成果をあげたオードリーと私が初めて接触したのは、彼女がまだオートリユス・タン(Autrijus Tang)という男性だった2001年に遡ります。

その年(2001年)、私はエーサー・デジタルアートセンター台湾の委嘱を受けたシュー・リーたちと共同して、デジタルコモンズやパイラシー(海賊行為・著作権侵害)を検討するオンラインプロジェクト「Kingdom of Piracy(海賊王国)」を立ち上げました。

「海賊」や「海賊行為」は、インターネットを新たに出現した大海原と見なし、情報を共有することで新たな創造へとつなげていく方向性として読み換える試みで、当時広がりつつあったクリエイティブ・コモンズに代表されるフリーカルチャー運動と共振しています。また台湾周辺の海域が、かつて国や民族を超えた倭寇や海賊が活動する場であったことにちなんでいます。

2005年まで続いたこの「Kingdom of Piracy」の中で、当時実現しなかった企画が二つありました。天才的プログラマー兼ハッカーとして、Civic Tech(市民自身がテクノロジーを活用し、行政サービスの問題や社会課題を解決する取り組み)コミュニティを牽引しつつあったイリヤ・エリック・リー(Ilya Eric Lee /Shih-Chieh Ilya Li) とオートリユスによる 《Pira4all, PiraGene》、そしてそれに基づいた《PiraPort》です。
 

オードリー・タン(左)とイリヤ・エリック・リー(中)/ 2004年撮影

前者では、誰もが誰もの遺伝子(創造性や文化的な生存能力も左右する)をリバースライティングしたり発見する活動に参加できるキャンペーン(!)を提案。後者は当時すでに危惧され始めていた、デジタルやバイオデータの監視や管理の問題をいち早く突く内容でした。

それから19年を経て、再びシュー・リーと企画した今回のラボ「Forking Piragene」 は、2001年にオードリーとイリヤのふたりが投げかけた二つの企画を、科学技術が高度に発達し、コロナ禍に突入した現在において複数のアーティストやハッカーが再解釈し、フォーク(分岐・派生)する試みとなりました。

同時に、Civic Techのカリスマでありながら2019年に急逝したイリヤを追悼する意味も持ち、オードリーとの対話のタイトル「Ilya…存在者」は、彼の名前、そして彼の念頭にあったフランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスの存在概念「イリヤ(il y a)」にちなんでいます。

 

「Lab Kill Lab」を企画&監修したシュー・リー・チェン(左)とオードリー・タン(右)

 

2001年⇄2020年

 

四方幸子(以下「四方」) タンさんとは「Kingdom of Piracy(海賊王国)」*1 の海を通じたつながりを感じていたので、今日はお話できてとても嬉しいです。

今回のラボ「Forking Piragene*2 は10個のプロジェクトを紹介するものですが、これは2001年に私がシュー・リー・チェンなどと一緒に行なったプロジェクト「Kingdom of Piracy」に、タンさんとイリヤ・エリック・リーさんが提出してくれた企画書から始まったとも言えるわけです。

企画書には二つの提案があって、一つは《PiraPort》と言ってデジタル社会のアイデンティティの問題について触れるもの、もう一つは遺伝子の問題を扱った《Pira4all, PiraGene》でした。今回の企画のタイトルは「Forking Piragene」ですから、本当に展覧会のもととなるアイデアを提供してくださったと思います。

オードリー・タン(以下「タン」) 何年も前に構想を巡らせたものがこうやって実現するのを見るのは、私にとっても非常に嬉しいことです。「Kingdom of Piracy」の構想が当時実現しなかったのは、台湾に「海賊党(Pirate Party)」ができなかったことと同じような理由があるからだと思います。

台湾でも海賊党を立ち上げようとする人たちはたくさんいるのですが、毎回失敗しています。なぜなら、内政部(諸外国の内務省に相当)などが刑法で公海における強盗・略奪行為は犯罪行為であると裁定しているし、政党名には犯罪と同じ名前を使ってはいけないという法律があるからです。ですから海賊行為はあくまでアートの一部とみなされて、実現されることはなかったんですが、今こうしてある種具体化しているのは嬉しいですね。

四方 今回、私も台湾に来てから2週間自主隔離をしていて、4日前にそれが終わったばかりなんです。その間にC-Labのスタッフが展示の準備を丁寧に進めてくださったことにとても感謝しています。

タン SMSが毎日携帯電話に届くでしょう? いかにも現実のPiraGene(海賊遺伝子)ですね。

四方 興味深い経験ではありますね。ウイルスをこの国に持ち込んでしまったら、海賊行為のようなものですから。心配でしたけれど、大丈夫でした。
 

*1 Kingdom of Piracy (2001-2005) シュー・リー・チェン+アルミン・メドッシュ+四方幸子による共同キュレーション。台湾の後、リンツ、リバプール、ロッテルダム、東京、サンフランシスコで新たなプロジェクトを加え2005年まで展開された。「Lab Kill Lab」のコンセプト&監修も手がけたシュー・リー・チェン(台湾・米・仏)は、メディアアーティスト兼映像作家。2018年ヴェネツィア・ビエンナーレでは台湾代表を務めている。

 
*2 Forking Piragene (2020) アーティストは、大山龍 / アドリアナ・ノウフ / テレサ・トゥン=フイ・ツァオ+ポール・ゴング+ポー=ミン・ウー / トゥー=ツン・リー+ウィニー・スーン / イパ・チウ+高嘉良(チア=リァン・カオ)+ g0v(ガバメント・ゼロ)の5組。加えてマイケル・コナーのキュレーションによる「RHIZOME ONLINE VERSION」で構成。 

1|社会セクターの役割

 
四方 いくつか質問をしていきたいと思いますが、まずお聞きしたいのは2001年に《PiraPort》と《PiraGene》を構想するに至った背景についてです。

プログラマーとして長年活動されていらっしゃいますが、情報テクノロジーの観点からすると、2001年の状況は今とはまったく違っていたと思います。90年代後半、ミレニアムを迎えるあたりに、当時のタンさんはどんなことをしていたのか、どんなことを考えていたか、お聞かせいただけますか。

タン そうですね。当時主流だった考えとして、二つのアイデアがあったと思います。私が「Elixus」(Elixir initiative Nexus / Elixir プログラミング言語、Nexus つながり・集合。クリエイティブな衝動を持った人びとがオープンソースのツールを使い、一緒に作業し、自分たちよりも大きなものを共同で創造する試み)を提唱していた頃です。

一つは「ブロッキング」。これはウェブ・ブロッキングの略で、ウェブ・ブロッキングはもちろんワールド・ワイド・ウェブ・ブロッキングの略です(笑)。当時は、関係者たちがブロッキングという言葉の北京語訳を検討していて、最終的にはジェダやイリヤをはじめとする人たちが「網站封鎖」を定着させました。

言葉の意味としては、部族の網(グリッド)のようなもので、人々がお互いの網をフォローしながら、部族全体でハッキング行為を形成していくようなイメージです。だからForkingという考え方は、当時はその言葉は使われていなかったけれど、すごくあったんですよね。構造化されたフォーマットではなく、リゾーム(地下茎)のように、書いたものから成長していくような感じです。

もう一つ、当時やっていたこととしては、オープンPGPと呼ばれる暗号ソフトウェアを活用しようとしていました。PGPは「Pretty Good Privacy(いい感じのプライバシー)」の略で、現在ではエンドツーエンド暗号化(送信者と受信者のみがデータを復号して閲覧できる暗号化方式。通信の秘匿性が高い)と呼ばれているような暗号化を可能にする、まさにいい感じのプライバシーを提供するシステムです。

最初は電子メールに採用されましたが、その後ブログやさまざまなコミュニケーション・チャンネルに使われました。これは、最近では「分散型アイデンティティ」や「自己主権型アイデンティティ」と言われる考え方につながりますが、そのような思考が《PiraPort》に反映されています。
 

〈C-Lab〉のエントランス。国防部空軍の総司令部跡地を芸術特区に再編して誕生した現代文化の新拠点。
 
四方 当時はまさに、コモンズという概念やオープンソースの考え方が盛んになった頃でしたから、非常に興味深いですね。1999年~2000年頃というのは、デジタルコモンズの考え方に関しても、法学者のローレンス・レッシグがディズニーなどの著作権を巡って争うなど、様々な議論が展開されていました。今思えば、ユートピアとディストピアの分かれ目であり、分断の可能性を示していたと思います。

それを踏まえて、20年経った今の状況をタンさんはどう受け止めていますか? インターネットはいまや社会のインフラの一部となり、私たちの生活を支える一方、それを利用したデジタル監視のシステムも発達していますが。 

タン 当時、私たちはWi-Fiホットスポットを使って、Fonera(世界最大級のグローバルWi-Fiコミュニティ)や他のシステムに無料でアクセスできるようにしていました。なぜなら「接続可能性」は人権の一部であると考えたからです。しかし、その頃のブロードバンドは高価すぎて、人権であるべきだとは言えませんでした。

でも現在の台湾ではブロードバンドは完全に人権であり、まったく高くありません。無制限4G接続10Mbpsが月16ドル、そうでなければ私の責任です。当時思い描いていたビジョンが一部実現したと言えます。

しかしご指摘の通り、オンラインのインフラを整える際には、国による監視や監視資本主義の可能性が出てきます。公共セクターや企業セクターがデータを過剰に取得するということです。ですから、ブロッキングの考え方やウェブブロッカーのアイデアを、社会セクターの側で構築するべきだと思います。

社会セクターとは、公共セクターや企業セクターの組織に登録することなく、ブロッキング活動に参加できる人々を指します。彼らに必要なのは、ブロックをつなぎ合わせるプロトコルであるRSSかAtomを使えることだけです。このように、簡単に出入り可能な社会セクターは、不透明さの目立つ企業セクターや階層構造の根深い公共セクターよりも、参加型の責任分担を行って、お互いがチェックし合う方法を取ることができます。これもまた、当時の社会セクターから発展した考え方です。

そしてブロッカーたちは、お互いの著作物を再ブロックする際に著作権法をかいくぐる、もしくは尊重する——これは言い方によりますが——ためには、非常に厳格な法的枠組みを適用する必要があることにすぐに気がつきました。それが今のクリエイティブ・コモンズ(現在の著作権法を前提に、柔軟な利用条件を事前に提示する仕組み)につながっているんですね。クリエイティブ・コモンズもまた、社会セクターを共に動かしていくためのインフラの一部を成すものです。

四方 その点において台湾は非常に特徴的ですよね。ほかの国においてはやはり監視のシステムから逃れられないことが問題になっていますから。でもテクノロジーが悪いわけではなく、それを人がどう使っていくかが問われているわけです。正しく使うのは非常に難しい。でも台湾がそれを実現しているのは素晴らしいと思います。

タン 完璧とは言えませんが、例えばAI(人工知能)はAuthoritarian Intelligence(権威的知能)ではなく、Assistive Intelligence(補助的知能)になるよう開発を進めたいと思っています。権威的な方に行ってしまうとどうなるかは、皆さんもわかりますよね。しかし、たとえAIが権威的知能だったとしても、人を奴隷にするのはAIではありません。人がAIを通じて人を奴隷にするのです。

台湾では、「寄り添う」と「理解できる」の両方の意味で補助的知能に移行しています。「寄り添う」とは例えば、私が眼鏡をかけていたら、視界が良好かどうかを一番重視してアシストしてくれるということです。眼鏡を外す前に10からカウントダウンするポップアップ広告を見る必要はありません。つまり、それは主として私のための技術で、人としての尊厳が尊重されているということです。補聴器のようなものですね。そして壊れても誰でも直すことができる。元のレンズメーカーに天文学的なライセンス料を払う必要はありません。すべてに理解でき、納得できるということと、人に寄り添う態度が作用し合えば、テクノロジーは補助的な方向に向かって進んでいくのです。

2|電子身分証明書の行方

 
四方 では今の台湾の状況をお聞きしたいと思います。コロナの状況や、準備が進められているという電子身分証明書「New eID」についてはどうでしょうか。

タン 今日も持ってきていますよ[eIDを見せる]。
 
写真提供:C-Lab
 
四方 2001年の《PiraPort》でもこの問題は取り上げられていましたね。今回の「Forking Piragene」でg0v(ガバメント・ゼロ。オープンガバメントを追求し、政府に対して徹底した情報公開と透明化を求める台湾の民間団体。オードリー・タンも設立者の一人に名を連ね、2012年に設立された)が展開する新しいプロジェクト《IDystopia》でも扱われています。

タン 私も《IDystopia》の制作に少し参加したんですよ。GitHubのリポジトリ(データベース)に少し変更を加えて句読点を調整しました。句読点の中に半角のものと全角のものが混じっていたので、スペースが適切になるようにしたんです。

四方 そうだったんですね。では「eID」についても、もう少し詳しく教えてもらえますか?

タン 考え方はシンプルです。第6世代と呼んでいる現在のIDカードは紙ベースです。裏面をめくれば、誰でもカードを持っている人の両親の名前や、配偶者の名前を見ることができるので、簡単に個人情報を晒すことになります。また自宅の住所など、もっと多くの情報を知ることもできてしまいます。

このようにプライバシー規範があまりないなかで、建物の入館と引き換えにIDカードが必要になったりしますが、実際には非常に簡単に偽造することができてしまう。逆に銀行口座を開設したり、SIMカードを手に入れたりするためには、2枚のIDカードが必要になります。第6世代のカードが信用されていないからです。そのため、パスポートや国民健康保険証など、より信頼性の高い写真付き身分証明書を提出しなければなりません。

そこで内政部は、このカードから両親や配偶者の名前などの個人情報を削除してしまえばいいのではないかと考えました。そして、すでにパスポートで使用されている技術を使い、それらの情報を保護するのです。裏面を見るとパスポートとまったく同じような3行のコードが書かれているだけです。

現在の試みは、基本的には、表と裏に最低限の情報を公開して、残りの情報(両親の名前など)は中のチップに入れておくというものです。ロックを解除するにはパスワードが必要です。パスワードがなくても、線の入ったカードを持っているだけですから、カードを見せるときは印刷されているもの以上の情報は表示されません。これは偽造に対抗する方法であり、また、人々が誤って他人の個人情報を晒してしまわないようにする方法でもあると思います。

四方 デジタル大臣はこの開発の責任者でもあるのですか。

タン はい、サイバーセキュリティ部門で。

四方 データを使用した管理に移行することで危険性はありますか?

タン 第7世代カードが第6世代カードの問題をすべて解決しているとは言いませんが、いくつかは解決しています。しかし、例えばカードリーダーで読み取られるのを嫌がる人がいたら、アナログな方法を使うことができます。「シール」って言うんですけどね(笑)、透けないシールを貼ってコードを隠せば、カードを傷つけずに機械に読み取られるのを防ぐことができます。ある意味、カードを「fork」させているわけですよね。内政部は、シールを貼っている人に対しては、誰も剥がすように強制してはいけないと述べました。

同じ技術を使っているパスポートは、封筒のように包まれている状態です。情報を読むためには、中を開いて見せなければなりません。しかし、IDカードはハガキのようなものです。表を見せるために手渡すときには、暗黙のうちに裏面も渡しているので、シールは役に立つと思います。

四方 ハッキングのことを考えてないわけはないと思いますが、ハッキングにはどう対処しますか?

タン いまちょうどハッキングしてくれるようにお願いしているところなんですが……

四方 えっ、ハッキング待ちなの? でも自分ではハッキングしないでしょう?
 
写真提供:C-Lab
 
タン 会場にいる皆さんにもぜひハッキングして欲しいんですよ。私は、ホワイトハットハッカー(コンピュータやネットワークにテストなどの目的で侵入し、セキュリティー上の欠陥を調べたり、不正侵入を監視したりするハッカー)調査団の招集者として参加します。もちろん私も自分のIDカードを持つので、それをハッキングしてみることもできますが、審査員の一人なので懸賞金をもらうことはできません。

今お見せしているのはテストカードです。つまり、これは実在しない人のIDなので、もしあなたがホワイトハットハッカーで、このサイバーセキュリティテストに応募しても、誰かのIDを侵害することはありません。渡されるのは、合成写真と仮名の書かれたカードです。でも、それを破れれば、賞金が出ます。

四方 じゃあ今お持ちのものはテスト用で、実装は延期されているということなんですね。

タン そう、これはサイバーセキュリティ・テストカードで、ホワイトハットハッカー用に作られたものです。台湾の地図も国旗も描かれていないですから、公式用ではないんですけれど、チップをよく見てみると実は台湾が描かれているので、そういうデザインの一部は残るかもしれません。

四方 将来的にはカードのようなものはなくなると思いますか? 体内にチップを埋め込んだり?

タン 北欧の人がやったりしていますよね。人々がそれをライフスタイルとして選択するのであれば、もちろんそれを積極的に阻止するべきではない。一方で、チップの使用やパスワードの記憶、生体認証の使用を望まない人には何も強制すべきではありません。新しい可能性を提供するだけで、誰にも強制してはいけないという考えです。

3|情報開示の価値

 
四方 《PiraPort》と《PiraGene》の構想の背景について、もう少しお聞きしたいと思います。

2001年に提案されたものですが、その中身は今でも非常に素晴らしく新鮮で、まったく古さを感じさせません。テクノロジー自体は変わりましたが、そこで提案されているアイデアは今の世界にも通用するものだと思います。

タン 提案に関しては、二つの要素があります。一つ目、《PiraPort》のアイデアは、「仮名化」の重要性を強調することです。いまだに、オンライン空間でも実名を使うべきだ、そうでないと荒らす人がいる、と言う人がいます。《PiraPort》で示したかったことの一つは、実際には仮名を継続的に使うことができるということです。何十年にもわたって維持することができます。

私の仲の良い知人で、今どこにいるのかは知りませんが、「_why」または「Why the Lucky Stiff」と呼ばれている人がいます。Rubyコミュニティの仮名の人物で、『Why’s (poignant) Guide to Ruby』を書いた人です。素晴らしい本ですが、彼は「_why」としてしか知られていません。「_why」はもちろん本名ではないので、ある意味では「pirate port」(海賊接続端子)ですよね。その人の海賊版コピーです。でもそれが継続できることは、表現の自由がヒエラルキーに縛られないためだけでなく、新しいアイデンティティや新しい可能性を模索するためにも必要なことだと思うんです。仮名の重要性として最初に強調したいのはこの点です。

また、《PiraGene》が重要なのは、自分の遺伝子を有効に活用したいと考える人たちがそれを提供するとき、無条件に親族の交渉力を弱めることがあるということです。例えば、遺伝子を提供しようという人が一卵性の双子であれば、遺伝情報はまったく同じなので、相方の遺伝情報も提供することになります。もし兄弟がいるなら、彼らの遺伝情報の一部を教えることになります。

つまりここでは、情報開示の価値は交差点的なものであるという考えに注目してもらいたいのです。この種の遺伝情報の提供を事前に擁護することができる強固な社会セクターでない限り、例えば私たち二人が今自撮りをしてInstagramにアップしたら、私があなたの価値や交渉力を弱めることになる、といった状況に陥ってしまいます。顔写真はもちろんあなたの遺伝物質ではありませんが、あなたの表現の一部です。これが《PiraGene》で強調したかったことです。[後編に続く

 

連載Ecosophic Future|エコゾフィック・フューチャー

四方幸子(キュレーター・批評家)の連載「エコゾフィック・フューチャー」では、フランスの哲学者・精神分析家フェリックス・ガタリが『三つのエコロジー』(1989)において提唱した「エコゾフィー」(環境・精神・社会におけるエコロジー)を、ポストパンデミックの時代において循環させ、未来の社会を開いていくインフラとしての〈アート〉の可能性を、実践的に検討し提案してゆきます。
 

Guest
オードリー・タン|AUDREY TANG

台湾デジタル担当政務委員(閣僚)。1981年台湾台北市生まれ。幼い頃からコンピュータに興味を示し、12歳でPerlを学び始める。15歳で中学校を中退、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。19歳のとき、シリコンバレーでソフトウエア会社を起業する。2005年、プログラミング言語「Perl6(現Raku)」開発への貢献で世界から注目。同年、トランスジェンダーであることを公表し、女性への性別移行を開始する(現在は「無性別」)。2014年、米アップルでデジタル顧問に就任、Siriなど高レベルの人工知能プロジェクトに加わる。2016年10月より、蔡英文政権において、35歳の史上最年少で行政院(内閣)に入閣、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。2019年、アメリカの外交専門誌「フォーリン・ポリシー」のグローバル思想家100人に選出。2020年新型コロナウイルス禍においてマスク在庫管理システムを構築、台湾での感染拡大防止に大きな貢献を果たす。著書に『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)。※掲載したプロフィールは同著書より引用
 
Planning
四方幸子|YUKIKO SHIKATA

キュレーティングおよび批評。京都府出身。多摩美術大学・東京造形大学客員教授、IAMAS・武蔵野美術大学非常勤講師。オープン・ウォーター実行委員会ディレクター。データ、水、人、動植物、気象など「情報の流れ」から、アート、自然・社会科学を横断する活動を展開。キヤノン・アートラボ(1990-2001)、森美術館(2002-04)、NTT ICC(2004-10)と並行し、資生堂CyGnetをはじめ、フリーで先進的な展覧会やプロジェクトを数多く実現。近年の仕事に札幌国際芸術祭2014、茨城県北芸術祭2016(いずれもキュレーター)、メディアアートフェスティバルAMIT(ディレクター、2014-2018)、美術評論家連盟2020年度シンポジウム「文化 / 地殻 / 変動 訪れつつある世界とその後に来る芸術」(実行委員長)、オンライン・フェスティバルMMFS2020(ディレクター)など。国内外の審査員を歴任。共著多数。yukikoshikata.com
 
Translation & Editing
田村かのこ|KANOKO TAMURA

アートトランスレーター。アート専門の翻訳・通訳者の活動団体「Art Translators Collective」を主宰し、表現者に寄り添う翻訳の提供と新たな価値創造を試みる。札幌国際芸術祭2020ではコミュニケーションデザインディレクターとして、展覧会と観客をつなぐメディエーションを実践。非常勤講師を務める東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻では、アーティストのための英語とコミュニケーションの授業を担当している。NPO法人芸術公社所属。

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