ART

連載エコゾフィック・フューチャー

Ecosophic Future 12

Energies in Southern Italy

南イタリアのエナジー|自然、人、そしてアート

カルボナーラ考古学公園内での教会跡(プーリア州、1930年の地震で破壊された古代ローマの街カルボナーラの遺構)

MORE

カルボナーラ考古学公園内での教会跡(プーリア州、1930年の地震で破壊された古代ローマの街カルボナーラの遺構)

SHARE

古来から豊かな自然や歴史、文化を培ってきた地方の小さな街々に潜在する可能性を引き出し、人々の対話へと開くこと——。キュレーターで批評家の四方幸子が、未来の社会を開くインフラとしての〈アート〉の可能性を探る連載「エコゾフィック・フューチャー」の第12回では、南イタリアのルーラルなリアリティと、アーティストが発信するリアリティが共振する現場に立ち会う。

text by Yukiko Shikata

ミサンガ、日焼け、黒曜石

南イタリアから戻って、はや1カ月弱。現地での3週間(7月15日〜8月4日)は、予想外の出来事が次々起きるめまぐるしさで、ようやく全体を振り返るモードになってきた。暑かった日本の夏も一段落した、秋の気配が漂う朝。

現地も連日、とても暑かった。朝7時を過ぎると日差しが強まり日中は危険を感じるほど。それでも夜は涼しくて、山の方では寒いほどだった。

 

カンパーニャ州ポッツォーリにある古代ローマの屋外市場跡(通称「セラピーデ神殿」)

 

私の右手首には、繊細な赤糸で編まれたミサンガが日焼けした肌に馴染んでいる。ミサンガ(手編みのブレスレット。イタリア語では「カテネッラ」)も日焼けも、南イタリアの夏の名残り。パソコンのすぐ横には、手の平にすっぽり収まる光沢の美しい黒曜石が、私にエナジーをくれている(ように感じる)! 旅の最後の自由行動で、ナポリのすぐ西にあるポッツォーリの遺跡(古代ギリシャの劇場 Anfiteatro Flavio、古代ローマの屋外市場 Temple of Serapis)を訪れた時、一期一会を感じて購入したもので、近くのアヴェルノ湖で採れたという。「フレグレイ平野」と呼ばれるこの一帯は、火砕丘を擁する13Kmもの長さの巨大カルデラで、ポッツォーリをはじめいくつかの街はその中にあり、今後大噴火もありうるという。

黒曜石は、私の大好きな石。日本では、「対話と創造の森」(長野県茅野市)で関わっている諏訪から良質の黒曜石が産出され、縄文中期には遠方まで流通していた。流紋岩質のマグマが噴出時に急激に冷やされてできるガラス質のシャープな石は、エナジーの塊だと思う。

ミサンガ、日焼け、黒曜石を挙げてみたけれど、それ以外にも南イタリアでの体験は、私の身体や精神、記憶に刻まれ、ふつふつと脈動している。

イタリアの創発性とその背景

そのような異国の地での強烈な体験に限らず、私たちが日々体験することはすべて、心身や記憶に刻まれていく。しかし日常から離れた場所で、予想や先入観を軽々と超えてしまう事態は、自明に思っていたことをあらためて相対化できる絶好の機会である。今回がまさにそれで、臨機応変の対応が求められるサバイバルの実践ともなった。

これまでも海外で、予想外の状況には頻繁に出会ってきたけれど、今回はそれらと比較できない頻度と驚きに満ちていた。南イタリア、とりわけ今回訪れたいくつもの小さな街は、「日本の」尺度はもとより、「グローバルな」標準化も及びきらない地域であり、同時にそのことによって、古代から連綿と営まれてきたその地ならではの人々の暮らしや文化が息づいている。それはprecious(なぜか英語に!)としか言いようがない。

現地では、思った通りに予定がこなせることは、ほぼない。しかしそれでも予定されたことは、開始が遅れても段取りがシステマティックでなくても実現し、最後にはつじつまが合い、充実したものとなる。現地では、毎日のように段取り、システム、技術など、様々な側面で予想外の局面に遭遇した。しかし誰もがそれらをありうること(自然?)と見なしているため、何があっても柔軟に対応できる。効率的に予定をこなすのが目的ではなく、むしろ刻々変化する状況を読み取り、創造的なものにする、いわば「予想外の創発性」を呼び込むプロセスが重要なのだろう。

 

7月15日夕刻、アーティスト滞在施設ポリナリア(アブルッツォ州)での「EIR」キックオフフォーラム前のひと時

 

人間中心的なシステムよりも、人間の本能や情動、人間を超えた自然の流動性に寄り添う世界観が浸透している、と思うのは私だけだろうか。

今回、異なる地域の様々な人々に出会った。それぞれの表情から、人生が地域の自然や歴史、文化と深くつながってるように感じ、エナジーをいっぱいいただいてきた。

しかしそれは実は、各地域が厳しい自然や度々起きる災害と向き合う中で培われたものでもある。訪れた街の多くが、過去に地震や噴火、濁流などの大災害を経験している。そして現在も各地域は、環境、経済をはじめいくつもの問題を抱えている。しかしそれでも(だからこそ)、私から見ると「愛」や「つながり」を拠り所にした生の(そして生への)エナジーが絶えないのだろう。そのエナジーを、少しでも伝えられればと思う。

今回の「南イタリア」とその地勢

「南イタリア」といっても、イタリアを南部と北部に分ける場合と、南部・中部・北部で分ける場合でも異なってくる。Wikipediaでは、「南イタリアに含まれる州は、論者や観点により変動する」としながら、国立統計研究所(ISTAT)によるとカンパニア、アブルッツォ、モリーゼ、プーリア、バジリカータの6州だと言う。これらにシチリア州を含めることも多く、ラツィオ州やサルデーニャ州が入る場合もある。

今回訪れた場所は、ナポリから少し北まで含まれ、西のティレニア海、東のアドリア海に挟まれたカンパニア州、アブルッツォ州、モリーゼ州、プーリア州にあり、南北で言えばブーツ型の半島の向こう脛とふくらはぎの、それぞれ中ほどにある。南イタリアの中では北部に位置し、ナポリとその周辺以外に世界的な観光地はなく、それぞれの土地に根ざした農業や牧畜業、漁業などが営まれる「ルーラル」(「田舎」と言う言葉に訳しきれないニュアンスがある)な地域である。

日本と同じく南北に長いイタリアだが、海岸沿いや山や丘の上、平地、洞窟など、地形に応じて古代や中世より形成された個性的な街や村(「コムーネ」と呼ばれる基礎自治体)が多い。訪れた地域も(海上で言えば「群島」のように)それぞれ自律性をもつ街が島のように連なる様態が見えてくる。そのような半島全体が、「イタリア」として統一されたのは1861年、日本で言えば江戸時代末期のことでしかない。

 

 

今回訪れた南イタリアの北部は、地勢的にはアルプス山脈の延長が貫いており、また前述したフレグレイ平野を含め、ナポリの南のヴェスビオ火山や西の島々(イスキア島、今回訪れたプロチダ島など)も含め、東西に火山が連なっている(南イタリアの火山は、それ以外には南部にシシリア島やストロンボリ島などがある)。

地理的には、アドリア海を挟んで西にアルバニアやギリシャ、その向こうはトルコがある。ティレニア海は、北西のサルディーニャ島のすぐ北がコルシカ島(フランス)で、フランスやスペインに近い。ブーツのつま先の先にはシシリア島があり、そのすぐ向こうはアフリカである。

古来からの文化圏としては、今回訪れた地域は、ローマとギリシャを結ぶアッピア街道を含め、ヨーロッパとギリシャをつなぐ大動脈があり、またサムナイト人をはじめ、古代より多様な人々が暮らしてきた。

そのような歴史に触れられるのが、街々にある考古学博物館で(その多くが高台の城の中にあった)、ギリシャ神話の物語が緻密に描かれたギリシャのワイン壺をはじめ、数々の食器や道具に装飾具、それ以前の石器時代の品々を見ると、人と技術、文化の絡まり合いが生き生きと想像されてくる。

山々は岩がちで、岩の上に作られた街も多い。地震や噴火が頻発してきたため、噴火による堆積物が広大な地域を覆い、粘土質の地層を形成している。そしてこの土壌から、良質のワインやオリーブ、小麦が産出される。

地震や噴火は、大きな災害をもたらしてきた。街が全滅したり(有名な事例では、ポンペイ)、街を放棄して近隣にゼロから街が作られたことも多く、今回訪れた街のいくつもがそのような経緯をたどっていた。日常的に大災害の可能性と痕跡、そして豊穣が背中合わせに存在し、厳しい自然や時には生命の危険にさらされながら、大地の恵みをかけがえのない糧として享受している。

自然は人間によってコントロールできない。そのような自然に寄り添って生きることが、この地の人々の世界観を形成してきた。人々は、厳しい自然の中で、時には水や食料、資源を分け合いながら生きてきた。イタリア統一後も、中心部から離れた南イタリアでは、そのような世界観が濃く残り、政府への抗議運動も活発だったという。災害や貧しさから、新大陸に移住した者も多かったという。

南イタリアと私

今回の南イタリア行きは、南イタリアの各地で2003年よりサウンド&メディアアートに食も含む小規模のフェスティバルInterferenzeを開催してきたインディペンデントの組織Liminaria(リミナリア)と青森のACAC(国際芸術センター青森)との共同プロジェクト「EIR(エナジー・イン・ルーラル)」(2021-)枠のもので、滞在キュレーターとして4つの街でリサーチ&トークを行なった。

 

2018年秋に四方が参加したLiminariaプログラム(シシリア島パレルモ)のポスター

 

「EIR」は、日本とイタリアのアーティストがそれぞれの国に滞在し、地域における「エナジー」をテーマにリサーチし、制作発表するもので、昨年はコロナ禍のためオンラインのみで展開、今年は日本からアーティスト(三原聡一郎)とキュレーター(四方幸子)を派遣、来年はイタリアから日本への派遣(ニコラ・ディ・クローチェ、レアンドロ)が予定されている。今回は、4カ所での滞在に加えて、Liminariaフェスティバルイタリア文化都市「Procida2022」(プロチダ島)への参加も加わった。

Liminariaの設立者は、レアンドロ・ピサノ。ナポリから車で北東に約2時間の風光明媚な渓谷に広がるサン・マルティーノ・ヴァッレ・カウディーナ(以下に省略:サン・マルティーノvC)というカンパニア州の街(今年のInterferenzeフェスティバル開催地)を拠点に、2003年より南イタリア各地で同名のフェスを実施してきた。加えて数年前からLiminaria名義でアーティスト滞在プログラムを本格化、近年はイタリア内のアーティスト滞在組織のネットワークを設立し牽引している。

私がレアンドロに初めて会ったのは2009年末、デジタルアーカイブの会議で訪れたナポリでのことだった。彼のビジョンと活動の重要性を感じ、2010年に彼が来日した際は、Interferenzeの東京版として小規模フェス「Interferenze Seeds Tokyo(IST)2010」を企画し、トークに出演してもらった。私はその夏にビサッチャ(カンパニア州)で開催されたInterferenzeプロジェクト、2018年シシリア島でのLiminariaプログラムに招聘され参加、2020年には、ポストパンデミックの状況でオンラインでのフェスの可能性を探索する「Micro Media Festival Seeds(MMFS)2020」を実施した際(共催:DOMMUNE)に、レアンドロ、そしてIST2010の出演者にも出てもらうなど、交流が続いていた。

2020年秋、コロナ禍でアーティスト滞在プログラムのあり方が世界中で模索される中で、ACACとLiminariaのそれぞれの特徴を生かしながらのコラボレーションができないかと思い、両者の間を取り持った。公立(ACAC)、インディペンデント(Liminaria)という組織の違いがありながら、「ルーラル」へのまなざしや過去の活動の方向性から、これまでにない創発が起きるのではと感じたからである。それが実現し、レアンドロとACAC学芸員の村上綾と私との対話の中から生まれたのが、「EIR」である。

EIR(エナジー・イン・ルーラル)とは

「EIR」では、青森そして南イタリアそれぞれの地域的な特性や「ルーラル」という文脈で直面する課題を見すえつつ、アート&テクノロジーに関わるアーティストが滞在することで開かれる可能性を、「エナジー」という側面から切り込んでいく。

 

収穫直後の小麦畑の向こうに見える風力発電機(プーリア州を抜けカンパニア州アクイローニアへの路上より)

 

「エナジー」を具体的に提起してくれたのはレアンドロで、21世紀以降南イタリアのいくつかの地域に設置されたおびただしい数の風力発電機が、起点の一つとなっている。

風力発電は、再生可能エナジーとして当初歓迎されたが、現在は発電機を設置することで損なわれる景観だけでなく、環境への影響が日本でも問題になっている。現地でも何人かに話を聞いたが、問題が複雑に絡んでいるようだ。たとえば、風力発電を推進する政治・経済的構造。イタリア政府は外国の企業に半額の補助金を出して誘致するが、現地に入る収入は微々たるものであるという。そこにマフィアが絡んでもいるという。得られた電力は別の都市に送られ、地元はそこから電気を買っている。グローバル経済が入り込み、格差が広がるばかりで地域にとってのメリットはないに等しい。誰のための発電機設置で、誰のための電力なのか?

実際、ローマ空港からイタリア半島を東へとバスで横切り、アドリア海沿いのペスカーラ(アブルッツォ州)へ向かう途中の山並みには、風力発電機が林立していた。翌日車で4時間のカンパニア州のアクイローニアへ移動する途中にも、そこかしこに風力発電機が。アクイローニアでは、滞在先のホテルのほんの近くにも遠方にも風力発電機があった。そして7月20日、アクイローニアから近郊の古い街モンテヴェルデに行く途中では、見晴らしのいい山々の、見渡す限りに風力発電機が…… 正直、言葉を失った。

 

収穫直後の小麦畑の向こうに見える風力発電機(プーリア州を抜けカンパニア州アクイローニアへの路上より)

 

もちろん「EIR」での「エナジー」は、電力だけを扱うのではない。太陽光や風、土、水などの自然のエナジー、大地のエナジー(地殻変動など)、大地が育む動植物、そして人間のエナジーを含んでいる。加えてアートや文化など人間による創造物、人間以外の存在など多種多様なものへと延長される。可視的・物質的なものだけでなく、不可視的・非物質的なもの、そしてアートのように、人々に多様な解釈を喚起したり、想像や創造のエナジーを生み出すものも含まれる。

近代以降、地球のあらゆるものは、人間によって資源として消費されてきた。そこには人間中心の経済価値が背景にある。それを推進したのは、西欧近代を基盤とした価値観であり、とりわけ19世紀のグローバリゼーション以来、標準化が進められてきた。地方は後進的であるとされ、20世紀後半以降、中央と地方の格差は以前にも増して広がった。そこでは地方が中央に依存する、という図式は揺るがず、むしろ強化されてきた。

古来から豊かな自然や歴史、文化を培ってきた地方の小さな街々が、自律的に地域ならではの作物や製品、そして文化を生産し発信し続けること。現代の科学・技術を批評的に活用できるサウンドやメディアアーティストが滞在することで、地域に潜在する可能性を引き出し人々の対話に開くこと。Interferenze/Liminaria(Interferenzeはフェスティバル、Liminariaはアーティスト滞在プログラム)は、インターネットが普及した時代において、「ルーラル」に根ざしたフェスティバルやアーティストの滞在を実施してきた。このことは、アートを通した、環境・社会・政治的側面からの創造的抵抗/抵抗的創造でもあるだろう。

ここ数年、広く浸透し始めた「人新世」という言葉だが、アーティストたちはそれ以前から自らの肌で感じ、作品やプロジェクトを通して問い続けてきた。そのような、いち早いセンサーとしての存在が、「EIR」ではルーラルの現場において理論と実践を繰り返していく。「EIR」は、地域の地勢、歴史、社会、環境、経済的背景へと切り込む側面と、人々との対話を開く側面を持っている。

イタリア:ルーラル x アートのポテンシャル

イタリアでは、現在各地で「アグリツーリズム」が推進されているが、遡れば1986年にはスロー・フード運動が始まり(北イタリアのピエモンテ州)、ほぼ同時代に「テリトーリオ」という概念のもと、昔から受け継がれてきた地域の食や伝統文化、街並みを保存し活用していく動きが、グローバル化に抗う実践として展開されてきた。

バルバラ・スタニーシャ*によれば、テリトーリオは、土地や土壌、景観、歴史、文化、伝統、地域共同体、等々のさまざまな側面が併せ持つ一体のものと定義される。 ——陣内秀信「チェントロ・ストリコからテリトーリオへ—田園の再評価とその再生」(木村純子・陣内秀信 編著『イタリアのテリトーリオ戦略 甦る都市と農村の交流』2022、白桃書房 )

*バルバラ・スタニーシャ:ローマ・ラ サピエンツァ大学助教授。テリトーリオ、地域開発、ツーリズム、人間の移動などが専門。上記書籍の寄稿者の一人。

 

木村純子・陣内秀信 編著『イタリアのテリトーリオ戦略 甦る都市と農村の交流』2022、白桃書房

 

1960年代は、ボローニャ(北イタリア)の自由ラジオなどに代表されるインディペンデントメディアの活動があり、ナポリなど南イタリアにおいても、アーティストによるボトムアップの活動が活発に展開されたという。イタリア統一まで、街々が自律的に存在し、そこでは地域に根ざした人々の生活があった。それを保っていたり、一度失いながらも再生に取り組んで来たからこそ、現在イタリアは、世界でも類を見ない豊かな地域文化を誇る国になったと言えるだろう。

数年前よく見ていたTV番組に、「小さな村の物語 イタリア」(BS日テレ)があった。番組としての恣意性もあるけれど、紹介された人々の生活は、つつましくも生き生きとしていた。ここでは貨幣経済や効率優先主義とは異なる世界がある。それは自然や食、そして家族や共同体とともに生きることへの愛と肯定である。

南イタリアで出会った人々からも、そのことが感じられた。彼らはまた、生きている人々だけでなく、死者や未来に生まれる人々や人間以外の存在にも寄り添っているように感じられる。「グローバル化」という言葉が、ここでは抽象的なものとして横滑りしていく。

 

アクイローニアの街並み。ムッソリーニの推進した直線的な道路をもつ(後述の「自然災害と街」参照)

 

実際、小さな街に滞在した時は(アクイローニアでは、三原聡一郎と私が初の日本人だった!)、道すがら出会う人たちに「ボンジョルノ」や「チャオ!」と声がけし、遠くの人には手を振ると、みんな笑顔で応えてくれた。

もう一つ感じたことは、中央と地方との価値観の変化である。特にポストパンデミックの時代に入り、ルーラルな地域は各自の意思で生活と仕事を選び取る可能性の場となった。移住者が増え、地元に戻った若者も多い。そして地域からの発信や地域内の交流に向けた試みが、Liminariaを筆頭にアーティスト滞在やフェスティバル、子ども向けのプログラムなどとして開始されている。実感したのは、地域の問題を掘り下げると経済や環境の問題に突き当たり、結果的にグローバルな問題につながってくることである。そのような時代において、「ルーラリティ」に取り組むことで、新たな地域そしてアートの可能性が現れつつある。

三原聡一郎の魅力

今回の滞在先を紹介しておくと、まずアドリア海に面したペスカーラから山に約30分入ったアーティスト滞在施設「ポリナリア」で1泊、そこから西南に車で4時間の内陸の丘の上の街アクイローニアに9日間、その後ナポリ方面へ北西に2時間ほどの、2つの国立公園に挟まれた谷の街サン・マルティーノvCに1週間(Liminariaフェスティバル出演)、そこから約2時間のナポリから船で40分のプロチダ島で1泊(イタリア文化都市「Procida2022」出演)、最後の2日間は、個人的にナポリに2泊した。

1カ所目のポリナリアには、10日前から三原聡一郎が滞在、7月15日から8月1日まで一緒に移動、各地でリサーチを行い、彼はインスタレーションとパフォーマンス、トーク出演、私はトークやフォーラム出演をこなした。各地での出会いも多く、土地や人々の重みを実感する日々だった。三原については、本連載で何度か取り上げているが(#5, #6, #11)、独自の世界観を持ち、リサーチと実験から多様な作品を発表するアーティストである。彼は、2011年3月11日以降、「空白のプロジェクト」という名の下に、全ての活動を展開してきた。そのような中、昨年、10年間展開してきた活動プロジェクトを俯瞰すると、いずれも空気に関わるものであることに気づいたという。

今回彼が各地で展開したのは、インスタレーション「空気の研究」(2017)と新作パフォーマンス「今日の空気」*である。

*「menu del giorno、piatto del giorno」 など、レストランでの本日のお勧め、を意識したタイトル。

 

2022年7月28日 三原聡一郎インスタレーション「空気の研究」@ UNICEFの部屋(元ECA)、Interferenzeフェスティバル(カンパニア州サン・マルティーノ・ヴァッレ・カウディーナ)

 

「空気の研究」は、風をリアルタイムで可視化するもので、屋外に設置した複数のマイクからの低周波を、屋内の(マイクと同じ位置に並んだ)ファンから風として出力する。移ろう風の中で、極薄のビニールの帯状の円環が、あたかも舞うように繊細に変容し続ける。観客は外から鑑賞するだけでなく、その内部に入って自ら帯の動きと戯れ、同時に自らの身体や動きが風の流れや帯の動きに影響することになる。各地では、幅広い年代の人々が、作品と自由に戯れていた。

2022年7月23日 三原聡一郎パフォーマンス「L’aria del giorno(今日の空気)」@民族誌博物館(カンパニア州アクイローニア) Photo: Leandro Pisano /Liminaria

 

「今日の空気」は、各滞在地で採集した複数の植物を自作のグラインダーで挽き(ソーラーパネルで稼働)、下から蜜蝋の炎で焙煎して立ち上る香りを観客にも共有してもらうとともに、その空気を透明ビニールのパックに密封するパフォーマンスである。現地で育った植物の成分が香りへと変換され、空気として拡散していく……。冒頭の説明をイタリア語で行いながら、三原は毎回観客を引き込み魅了して行った。

これら2作品を4カ所で展開したが、インスタレーションは各地の空間によって異なる印象を帯び、パフォーマンスは各地の素材にちなんだ芳香を空間に放ち、いずれもとてもいい反響を得た。三原はまた各地で、小麦の収穫、ビールのホップ畑や醸造場の見学、ワイナリーの訪問やぶどう畑での作業などを手伝い、人々と大地との関わりを身体で感じたり、地元のワインや食をリサーチするなど地域に溶け込んだ活動を行なった。

「ポリナリア」からアクイローニアへ

私が南イタリアに到着した直後、7月15日の夕刻に開催された「EIR」キックオフ・フォーラムは、アドリア海とこの地域を代表する山グランサッソのちょうど間、良質のオリーブオイルとワインの生産者ガエタノが主宰するアーティスト滞在施設「ポリナリア」の屋外が会場となった。キューブ状の藁で自然の中にシンプルでいい香りの舞台と観客用の椅子がしつらえられ、遠方からの関係者、地元の生産者やアーティスト、子供たちや犬も一緒になだらかにトークが始まった。

出演は、ガエタノ、レアンドロ・ピサノ、三原、私、そして地域のアートプロデューサー、分子生物学者、文化経済学者という多彩な面々。アートとDNAや心身の関係などに後半かなり盛り上がったが(英語からイタリア語への通訳がなく!)、日本人2人はEIRや地域アートについて英語で述べるにとどまった。しかし素晴らしい自然の中で、夕暮れから夜の時間を共有するというかけがえのない体験となった。

 

民族誌博物館(MeDA)(カンパニア州アクイローニア)

 

翌日、車で4時間南西にあるアクイローニアヘは、なだらかな丘々を超え、延々と内陸を走る。何もなさそうな風景の中、突然整然とした街が現れた……! 9日間滞在したこの街では、民族誌博物館(MeDA)がホストとなり、ホテルに滞在、三原の展示とパフォーマンスは博物館で最終日に披露、滞在中は近隣の街などへの訪問も活発に行った。

 

小麦収穫用の道具や作業のために現場でしつらえ泊り込んだ小屋(カンパニア州アクイローニアの民族誌博物館(MeDA)での展示)

 

この博物館には、約100年前のこの地域で使われていた生活や生業の道具が集められ展示されている。博物館を発案したのは、教師のベニアミーノ・タルタッリア(1934-2006)、彼の熱意に賛同した地元の人々が、ボトムアップで地域の家々に声がけをし、眠っていた道具をもらい受け収集、空いていた建物を改造して1996年に開館した。ワイン醸造、オリーブオイル圧搾、小麦の収穫、靴の製造…いずれも手作りで、人々の汗や思いが染み込んでいる。ここ100年ほどで、いかに生活が変わってしまったか…それはこの地だけではなく、日本を含め世界中で起きたことでもあるのだけれど。

 

地域で共有されたオリーブオイルの圧搾装置(民族誌博物館(MeDA)での展示)

 

館長は、革新的な動きを牽引するエンゾ・テノーレ。建築家でもあり、街には彼の設計した「文化の家」が、現在はアーティスト滞在施設などを建設中で、アクイローニアは文化を基軸に変わりつつある。それは人々による人々のための博物館を実現したこの街の自律精神に基づいている。

自然災害と街

アクイローニアの自律精神は、この街が1930年の大地震を機に作られた街であることにも由来する。博物館に下る坂道から見える小さな山。実はそこが、この街の人々が以前住んでいた街カルボナーラで、地震により壊滅、近隣のなだらかな丘を新たな街として、古代からの地名アクイローニアと名付けて移住した。アクイローニアは、当時のムッソリーニの都市計画(耐震設計も)に沿って設計され、直線的な構造を持っている。

カルボナーラの遺構(カルボナーラ考古学公園)を訪れたが、ローマとアドリア海に面したバーリを結ぶアッピア街道の中間地点で交通の要所だったという。この地震による破壊や喪失が、タルタッリアが博物館を構想する動機にもなったという。

アクイローニアでの最後の夕べ、7月23日(EIR関係のトーク、三原のパフォーマンスとインスタレーションの発表日)は奇しくも、地震から92周年の日となった。ちなみに冒頭で紹介した赤いミサンガは、この日出会った女性がつけてくれた手作りの品である。

冒頭でも触れたけれど、今回の南イタリアでは、地震や火山の噴火による災害を受けて移転したり復興した街が多いことを実感した。アクイローニアから約1時間のビサッチャは、1981年の地震で人々が出て、新ビサッチャが建設された。城や街並みが美しい古い街は、居住者はほとんどいないものの、夜は人々で賑わっていた。

 

サン・マルティーノ・ヴァッレ・カウディーナ(以下サン・マルティーノvC)の9月20日広場。下を渓流が、向こうの山には土砂崩れの傷跡が斜めに走る

 

アクイローニアの次に1週間滞在したサン・マルティーノvCは、山の中腹からなだらかに傾斜する土地の渓流に沿って形成された古い街で、滞在先は古城を見下ろす山裾の高台にあった。そこからすぐの山は、山崩れの跡が生々しい。今世紀になって2回崩落し、死者も出たという。また近年、川の氾濫による被害が出ている。この街は、中心にある広場の下に渓流があり(!)暗渠化されていたが、災害後に一部がオープンに戻されている。

その後訪れたプロチダは、火山によって生まれた島で、名前もそれにちなんでいるという。そして冒頭で紹介したポッツォリは、まさにカルデラの中にある!

日本でも自然災害(地震、津波……)が多いけれど、街ごとの移住は聞いたことがない。大きな被害が出ても、そこに再建するからだろう。イタリアでは家が石造で、日本は近代まで木造が多かったのも理由の一つだろうか。日本もイタリアも、自然災害が多く、同時に自然の恩恵を享受している。自然に寄り添いながらも死を忘れず、そのために生を享受しようとする姿勢では共通するように思う。

「本質的な動き」を感知する:Interferenzeフェスティバル

レアンドロが2003年にInterferenzeフェスティバルを開始したのは、彼が住むこの街サン・マルティーノvC、それも後年に濁流被害を起こした広場の奥にある、水車小屋でのライブだったという。この街の根源的な場所といえる。7月28日から30日まで開催されたInterfelenzeフェスティバルのテーマは、「Substantiae Motus(本質的な動き)」(ラテン語)。街の複数の会場で作品展示やトーク、上映、ワークショップが、この広場では毎晩ライブが開催され、多くの人々で賑わった。

 

ゴ・ドゥゴンのライブ@9月20日広場(Interferenzeフェスティバル、サン・マルティーノvC) Photo: Leandro Pisano/Liminaria

 

トークや上映はほとんどが屋外で、古い屋敷の美しい庭園などを会場に夕方から夜にかけて開催された。また三原を含めてアーティストが4組滞在し作品を披露した。参加アーティストやパネリストは、「EIR」枠の三原と私以外はイタリア国内やヨーロッパからだった。私は「EIR」についてのトークに加え、アーティスト滞在施設のヨーロッパ内ネットワークの構築やルーラルな地域における自然とテクノロジーの新たな活用可能性をテーマとする「ELECTRONIC ART RURAL FORUM」に登壇した。

 

サン・マルティーノvC近郊(第1地点)での土の採集、アンドレア・カレット&ラファエラ・スパニャ「体験としての土」ワークショップ(Interferenzeフェスティバル)  

 

今回展開されたプロジェクトとして興味深かったのが、滞在アーティストのアンドレア・カレット&ラファエラ・スパニャ(トリノ在住、それぞれ地質学、都市デザインのバックグラウンドを持つ)のプロジェクト「体験としての土」(キュレーター=アレッサンドラ・ピオセッリ/ミラノ在住)である。彼らは土にまつわる5日間のワークショップを展開、最後にパフォーマンスとして成果を発表した。ワークショップでは、近隣の山や川などの探索や土の採集を行った。私は後者に参加したが、車で20分ほどの場所2カ所に行き、炎天下の中、粘土質の土が採集された。ヴェスビオ火山(車で2時間以上)の噴火で降った火山灰が堆積したもので、これらを使って造形物を作るという。

 

かつて海底だったサン・マルティーノvC近郊(第2地点)での土採集、アンドレア・カレット&ラファエラ・スパニャ「体験としての土」(Interferenzeフェスティバル)  

 

パフォーマンスの場所は、街はずれの道から少し入った何の変哲もない空き地で、数10cmx1m、深さ1mほどの穴が空いている。その近くには、異なる種類の石、そしてプラスチックやガラス片が帯状に並べられている。1,000個は下らないだろう。全て穴から掘り出されたものだという。深い層から浅い層へと時系列に並べられ、手前に来るにしたがって近年のものだという。

彼らは、先日採集した土で作った有機的なフォルムのオブジェ数個を次々と穴に入れ、掘った土で埋める作業を開始、しばらくすると穴は埋まり、目立たないように表面がならされた。掘られる前と同様に、誰もここに埋まっているものに気づかないように。火山に由来する土で造った新たな「遺跡」(いずれ見つかった場合)の密かな誕生である。

火山噴火で堆積した土と、ここ数十年で堆積した地層の中のものたち(人為的なもの、リサイクル不可のものも)の可視化と交換。このプロジェクトは、まさに「人新世」という地層年代を具体的な土や大地において掘り下げることで体現している。思うに、これほどのものが埋まっていたという事実は、その一帯を見る目を大きく変えてしまう。そして世界各地に同様の(もしくはそれ以上の)場所があることを私たちに突きつける。

 

穴を掘り、埋まっていた小石やプラスチックなどを地上に並べ、採集した土によるオブジェを入れ埋めもどす。アンドレア・カレット&ラファエラ・スパニャ「体験としての土」パフォーマンス(Interferenzeフェスティバル) Photo: Daniela Allocca /Liminaria

 

自らが暮らす大地に眠るものを想像すること、受動的かつ寡黙な大地に語らせること。見えないもの、見えなくされているもの、しかし確実に埋まっていて存在するもの、を実際に掘り起こし可視化し、人々に問いかけること。アートは「本質的な動き」を感知する領域横断的な場であることを、カレットとスパニャは身をもって問いかけた。

風、波、海……そしてアート

7月31日にプロチダ島に渡り、その日の夕刻「Procida2022」(イタリア文化都市)の「Liminaria」枠で、今回の滞在を締めくくる三原聡一郎のとパフォーマンス「今日の空気」が開催された。会場は、海辺に連なるこの島名物のパステルカラーの家々が見えるベストスポットである。島で有名なレモンや現場の野生ルッコラも含め植物を焙煎し、香りとともにこの島の空気を共有し、透明パックに閉じ込めた。島々を渡る風を感じる開放的な環境が素晴らしく、4回見たパフォーマンスの中でも、忘れ難いものとなった。

 

2022年7月31日 三原聡一郎パフォーマンス「L’aria del giorno(今日の空気)」@イタリア文化都市「Procida2022」(カンパニア州プロチダ島テッラ・ムラータ地区) Photo: Leandro Pisano/Liminaria

 

8月1日には、元カトリック教会の会場で、インスタレーション「空気の研究」が披露された。屋外にマイクを設置、リアルタイムで取得した低周波を屋内のファンから風として放ち、空中で踊るかのように浮遊する繊細なビニールの輪……。今回を含め4カ所で、異なる風や空間を反映してきた作品だが、ここでの体験は戦慄を覚えるものとなった。

2022年7月31日 左から四方、アゴスティーノ・リッターノ(「Procida2022」ディレクター)、三原聡一郎、レアンドロ・ピサノ。「Procida2022」のシンボルオブジェの前で(プロチダ島テッラ・ムラータ) Courtesy of Liminaria

 

大きい教会の内部には、祭壇と人々が座っていたエリアの間に空間があり(そのような構造の教会は初めて見た!)、作品はその中央に設置された。風に応じてビニールの円環が繊細に舞い続ける。近づくと、作品中心部の白い大理石の床にはドクロが……!(メメント・モリ)。かつて信者が集った教会がアートの空間となり、自然の移ろいを反映するビニールの円環がドクロとお互いに戯れているようにさえ見える。

元教会という空間を得て、本作は、生と死や生命と非生命の境界が絡まり合う領域を垣間見せてくれた。生を精一杯生きることは、同時に死に向き合うことでもあるのだろう。

 

2022年8月1日 三原聡一郎インスタレーション「空気の研究」@元聖ジャコモ教会、イタリア文化都市「Procida2022」(プロチダ島) Photo: Elena Biserna

 

その日の朝。レアンドロと近くの海に入り、ひと時を過ごした。島全体がそうだが、海岸も岩がちで険しい。様々なものが溶け込んだ生命(いのち)のスープのようにとろとろの海水の心地よさに浸りながら。

風、波、海……。自然界は、動きを止めない。しかし現在、世界は人間が介在する動きや制御で溢れている。それはまた、自然や(人間を含めた)世界全体をコントロールしている。しかもアルゴリズムが、人間の意図や把握を超えて稼働し続けている。

南イタリアは、実体的な自然や事物に根ざした人々の世界観に満ちている。そして物質や可視・可聴的なものが、非物質や不可視、不可聴的なものへとつながっている。

今回の旅では、南イタリアのルーラルなリアリティと、アーティストが発信するリアリティが、まさに共振する現場に立ち会うことができた。アーティストはアナログ、デジタルを超えて多様な素材や情報を駆使し、世界を異なる知覚へと導く。そしてそれは、南イタリアの持つ潜在性との相互作用によるものなのだ。

 

2022年7月31日 プロチダ 島の夜景 Photo: Leandro Pisano/Liminaria

 

「EIR」では、今回の滞在の成果がトークやテキストなどで公開されていく。そして来夏には、イタリアから青森への滞在とともに、ACACで日本とイタリアのアーティストやキュレーターによる展示やイベントがフェスティバルとして開催される。

「EIR」が、南イタリアと青森とのリアリティの相互触発も含め、それぞれの「ルーラリティ」のポテンシャル、そしてアートのポテンシャルを開いていく予感がしている。

連載Ecosophic Future
エコゾフィック・フューチャー

四方幸子(キュレーター・批評家)の連載「エコゾフィック・フューチャー」では、フランスの哲学者・精神分析家フェリックス・ガタリが『三つのエコロジー』(1989)において提唱した「エコゾフィー」(環境・精神・社会におけるエコロジー)を、ポストパンデミックの時代において循環させ、未来の社会を開いていくインフラとしての〈アート〉の可能性を、実践的に検討し提案してゆきます。
 
Planning
四方幸子|YUKIKO SHIKATA

キュレーティングおよび批評。京都府出身。美術評論家連盟会長。多摩美術大学・東京造形大学客員教授、IAMAS・武蔵野美術大学非常勤講師。オープン・ウォーター実行委員会ディレクター。データ、水、人、動植物、気象など「情報のフロー」というアプローチからアート、自然・社会科学を横断する活動を展開。キヤノン・アートラボ(1990-2001)、森美術館(2002-04)、NTT ICC(2004-10)と並行し、資生堂CyGnetをはじめ、フリーで先進的な展覧会やプロジェクトを数多く実現。近年の仕事に札幌国際芸術祭2014、茨城県北芸術祭2016(いずれもキュレーター)、メディアアートフェスティバルAMIT(ディレクター、2014-2018)、美術評論家連盟2020年度シンポジウム「文化 / 地殻 / 変動 訪れつつある世界とその後に来る芸術」(実行委員長)、オンライン・フェスティバルMMFS2020(ディレクター)、「ForkingPiraGene」(共同キュレーター、C-Lab台北)、2021年にフォーラム「想像力としての<資本>」(企画&モデレーション、京都府)、「EIR(エナジー・イン・ルーラル)」(共同キュレーター、国際芸術センター青森+Liminaria、継続中)、フォーラム「精神としてのエネルギー|石・水・森・人」(企画&モデレーション、一社ダイアローグプレイス)など。国内外の審査員を歴任。共著多数。yukikoshikata.com

NEXTEcosophic Future 01

dialogue with audrey tang 1/2

オードリー・タンとの対話——11のキーワードで紐解くデジタル・テクノロジー・社会|前編