ARCH PARTNERS TALK #05

スローガンは「SEINO LIMIT」。物流インフラの構築と社会課題の解決に限りはない——セイノーホールディングス 加藤徳人 × WiL 小松原威

大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとして虎ノ門ヒルズにて始動したインキュベーションセンター「ARCH(アーチ)」。企画運営は虎ノ門ヒルズエリアにおいてグローバルビジネスセンターの形成を目指す森ビルが行い、米国シリコンバレーを本拠地とするWiLがベンチャーキャピタルの知見をもって参画している。WiLの小松原威氏が、セイノーホールディングスの加藤徳人氏を迎え、同社の取り組みに迫った。

TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Koutarou Washizaki

新規事業は次々と子会社化

小松原 セイノーホールディングスの新規事業創出の取り組みには目を見張るものがあります。ここ10年で具現化させたプロジェクトは10を超えているのではないでしょうか。

加藤徳人|Yoshihito Kato セイノーホールディングス オープンイノベーション推進室 室長。1999年西濃運輸に入社。現場のトラックドライバー経験を経て、首都圏営業専門職として7年間従事し、大手顧客開発を担当。セイノーグループ管理者層に対する米国式マネジメント経営システムの導入及びハンズオン業務改善支援を行うなど幅広い現場経験を持つ。2016年オープンイノベーション推進室立ち上げメンバーとして自社アセット活用による価値創造を目的としたインキュベーションや新規事業構築に従事。「SEINOアクセラレーションプログラム」の運用、日本ロジスティクス専門ファンド(CVC/Logistics Innovation Fund)の設立、インドネシアでのコールドチェーン事業、農福連携事業構築など、既存事業の枠を超えた他社との共創による社会解決を目指す。

加藤 はい。買い物代行サービスのココネットやGENie(ジーニー)など、子会社化したプロジェクトも複数あります。

小松原 オープンイノベーション推進室の設立は2016年とうかがっています。当初のメンバーは何人くらいだったのですか?

加藤 組織図としては社長直下に位置づけられており、現・ココネット社長の河合秀治、現・GENie社長の田口義展、私の3人で立ち上げました。

小松原 スタートアップとの連携など、文字通りオープンイノベーションを積極的に推進されています。

加藤 推進室を立ち上げて以降、毎年アクセラレータープログラム(大手企業がスタートアップと組んで事業共創を目指すプログラム)を毎年開催しています。最初に実現したプロジェクトは、2016年に岐阜県土岐市の物流センター内に作った野菜工場「コトノハフレッシュファーム」です。LEDで野菜を作る技術を持つスタートアップ、ファームシップ社と組んで立ち上げた事業で、水耕栽培では国内有数の生産量を誇ります。

小松原 運輸会社がなぜ野菜工場を?

加藤 コトノハフレッシュファームでは、トラックターミナルの2階を水耕栽培の工場として活用しています。収穫した野菜は階下でトラックに積めるため、集荷コストがかからず作業効率もいい。ロジスティクスと一次産業は親和性が高いのです。熊本県にもオーガニック路地野菜の農業法人「モエ・アグリファーム」を立ち上げました。ここでは農福連携として障がい者雇用を進めるなど、農業と福祉を連動させた農福連携事業を展開しています。

小松原 子会社化したココネット、GENieの活動についてもご紹介ください。

加藤 ココネットは、日本全国の買い物弱者の解消を目指して2011年に開始したサービスで、「ハーティスト®ト」というお届けスタッフがコンシェルジュの役割を担い、ご用聞き、食品や生活雑貨のお届け、高齢者の見守りなどを全国で展開しています。GENieは2016年に設立、ココネットと同じくご用聞きや高齢者の見守り、コンビニエンスストアからのクイックデリバリー、さらに処方薬の即時配達サービス「ARUU」を展開しています。

小松原 買い物代行や処方薬の即時配達は、コロナ禍で需要が拡大しているのではないでしょうか。

加藤 その通りです。高まるニーズに応えるため、全国にネットワークを広げていきたいと考えています。

「習慣の壁」を乗り越え、新しい市場を生み出す

小松原 一方で、「置き配」など非接触のサービスを求める層も増えていると思います。

加藤 セイノーは「ラストワンマイル」といわれる物流の最終工程において、社会課題解決型の配送網の構築を進めています。その柱は大きく2つ。1つは、ココネットやGENieに象徴される、質の高い買い物代行サービス。もう1つは、置き配と低価格に特化したLCC(ローコストキャリア)宅配サービスです。LCC宅配は、フェリシモなどのジョイントベンチャー、LOCCO(ロッコ)社を通じて「OCCO(オッコ)」という置き配サービスを展開しています。

小松原 なるほど。両極のニーズに応えているのですね。

加藤 コロナ禍で「人と会うこと」がぜいたくな価値となっている今、コンシェルジュのような手厚いサービスを求めている方も多くいらっしゃいます。ココネットやGENieのハーティストは、お客様のお買い物の好みを把握していますし、「お店や薬局とオンラインでつながりたいけれど、どうしたらいいかわからない」という高齢者のために、オンライン接続のセッティングなどもお手伝いしています。こうしたサービスはプラスαの付加価値になっていると思います。

小松原 LCC宅配は効率的で無駄のないビジネスモデルですが、ココネットやGENieはその真逆といえるのではないでしょうか。

加藤 そうですね。また、「自分の買い物は自分で」という習慣のある方に買い物代行サービスを理解していただく時間も必要です。ただ、一度ハーティストのサービスを経験されると、「ハーティストが運んでくれるお店で買おう」「複数かかっているお医者さんの処方箋はハーティストが運んでくれる薬局に集約しよう」と、ファンになって継続利用してくださる方が多いのです。

小松原 それは大きいですね。

加藤 はい。過疎地域であればあるほどデリバリー文化は定着しておらず、高齢で身体に不調があっても外で買い物をする方が大半です。その「習慣の壁」を乗り越えることができれば、新しいデリバリー市場を生み出せると考えています。

ドローン配送サービスがいよいよ始動

小松原 新しいデリバリー市場の開拓という意味では、ドローン配送事業も注目すべき取り組みです。

加藤 ありがとうございます。既存の陸上輸送とドローン配送を組み合わせたスマート物流の仕組み「SkyHub®」を、ドローン関連のスタートアップ、エアロネクスト社と共同開発し、現在、山梨県小菅村でサービスを開始しています。具体的には、村内に「ドローンデポ」と呼ばれる倉庫を設置。村民がECサイトなどで注文した商品を、各配送会社がドローンデポに配送します。ここからドローン配送の需要に見合う商品は物流専用ドローンを飛ばして集落の「ドローンスタンド」に置き配し、村民が受け取る仕組みです。その他重量物、悪天候の日などはトラックによる輸送ができる仕組みを構築しています。目下北海道上士幌町、福井県敦賀市とも既に連携協定を締結しており、順次社会実装を展開しています。

小松原 人の心に届くアナログ的なサービスと、テクノロジーを活用した効率的なサービスを両立させ、それぞれ新たな市場を開拓しているところが興味深いです。ちなみに、起案から社会実装まではプラン通りに進んだのでしょうか。それとも想定外の事案をクリアしながら、という感じでしょうか。

加藤 後者ですね。人口分布や顧客ニーズは地域によって異なるので、過去の成功事例が通用するとは限りません。ですから実装する地域に合ったサービスをそのつどインストールしています。

小松原 本社の既存事業よりも迅速に動けるのでしょうね。

加藤 植物工場やドローン配送はスタートアップのようなスピード感で進んでいると思います。

小松原 先ほど、ドローンデポまでの配送は各配送会社が担うという話がありましたが、オープンイノベーションの取り組みは、同業他社との連携もキーになるのではないでしょうか。

加藤 おっしゃる通りで、物流量の増加への対応や環境負荷の低減という意味でも、同業他社との連携は不可欠です。ちなみに当社は多様な輸送モード、モデルを持っているので、他社が運べない荷物の配送を以前から担っていました。

小松原 そうなんですか。

加藤 はい。さらに今期、「SEINO LIMIT」というスローガンを掲げています。ここには「運ぶ荷物の大きさ、重さ、形状、量に制限をかけない。他社が運べないものも運べる。まだ誰も運んだことがないものも運べる」当社の強みから、お客様への新たな価値提供のために限界を設けないチャレンジといった意味が込められています。

小松原 いいスローガンです。物流面だけでなく、新規事業においても制限をかけずに新しいことにチャレンジされていますよね。オープンイノベーションもアクセラレータープログラムも各社取り組んでいますが、セイノーグループのように確かな実績を重ねているところは多くありません。

加藤 当社はお客様、同業他者や地域との連携によって物流業界の効率化を目指す取り組みを「O.P.P(オープン・パブリック・プラットフォーム)」と呼んでいます。ココネット、GENie 、コトノハフレッシュファーム、SkyHub 、いずれもO.P.Pの文脈で展開している取り組みです。こうした活動を通して、過疎地域対策、高齢化対策、医療・福祉対策など、様々な社会課題の解決に貢献できるのではないかと考えています。

チャレンジはセイノーのDNA

小松原 新規事業が次々と軌道に乗っているのは、やはりオープンイノベーション推進室を立ち上げた“三銃士”の手腕がさえていたのでしょうね。

加藤 歴代の諸先輩が築き上げた社風もあると思いますし、そもそも創業者が挑戦者なのです。創業者の田口利八は、「長距離輸送は鉄道」が常識だった戦後、運輸省に何度となく足を運んでねばり強く交渉し、トラックによる長距離輸送を日本で初めて実現させた幹線輸送のパイオニアです。そのDNAを受け継いでいる会社ということで、私たちも様々な挑戦をさせてもらっています。

小松原 O.P.Pの取り組みは時代のニーズにもマッチしていると思います。大企業はとかく自前主義を重視するものですが。

加藤 中には社名を前面に出していないサービスもあるので、「実はセイノーだったの?」と言われることもありますが、それで構わないと思っています。我々が目指しているのは、水や電気やガスと同じように生活に欠かせない社会インフラの構築です。

小松原 社会全体の底上げを目指しているところがすばらしいですね。ちなみに、加藤さんご自身も仕事に対してリミットをもうけないタイプでしょうか?

加藤 私はココネットの立ち上げをはじめ、幸いにもこれまで外部とかかわるプロジェクトに多く携わることができました。そうした中で、社内にいるだけでは知り得ない情報やお客様のニーズにアンテナが立つようになったのは確かです。そして、自前主義や既存のスキームを崩したところに新しい価値提供の可能性があるのでは、と考えるようになりました。

小松原 では、オープンイノベーション推進室への配属が決まった時は、サプライズというより「おもしろそう」という感じだったんでしょうか。

加藤 はい。当社には、物流の現場が好きで、お客様のニーズに応えることが喜びという従業員が多いので、そうした社風に支えられている部分もあります。

小松原 人材育成に苦労している会社が多い中、そうした社風がベースにあるのは大きな強みだと思います。

加藤 新規事業に関しては社内公募を積極的に行っており、セイノーの社員が新しい知見を取り入れる機会にもなっています。

小松原 人材育成というと研修プログラムの類いに走りがちですが、新規事業という“出島”をたくさん作ることで、自然と人が育つ場ができているのでしょうね。

加藤 そう思います。小さな事業でも責任を任されれば、成功体験や失敗体験を肌で実感できます。新しいチャレンジは「上からの指示待ち」が通用しませんから、おのずと鍛えられますよね。

ARCHで出会ったSPACECOOL社の技術に着目

小松原 ARCHでの活動についてはいかがですか?

加藤 ARCHは様々な分野の大企業と情報交換ができる貴重な場です。各社から新規事業担当者が集まっているので、ある種の仲間意識も生まれています。ですから話が通じやすく、ARCHのオンラインイベントをきっかけに始動したプロジェクトもあります。私たちが注目したのは、大阪ガスのイノベーション推進部が立ち上げたSPACECOOL社の放射冷却素材「SPACECOOL」です。これをココネットの宅配車両の一部に貼り、どれくらいの「暑熱」対策になるのか、実証実験を始めています。結果によっては、沖縄やインドネシアなど国内外の他のセイノーグループ事業会社で活用できるのではないかと期待しています。

小松原 最後に、今後のチャレンジについて聞かせてください。

加藤 新規事業のスケーラビリティを見極めつつ、それぞれソーシャルインパクトを与えられるようなビジネスに成長させていけたらと考えています。また、オープンイノベーション推進室は昨年、社内でビジネスアイデアを募集するイベントを主宰し、推進室のサブメンバーになりませんかと呼びかけました。すると30名ほど手を挙げてくれて、アイデア交換に参加してくれました。この時、オープンイノベーションのタスクフォースといいますか、ドライバーを含めてチャレンジマインドを持った人が、北海道から沖縄まで地域地域で自発的にイノベーションを起こせるような仕組みをつくれたらいいなと強く思いました。チャレンジしていきたいですね。

小松原 夢のある話です。今後のイノベーションにも期待しています。

加藤 ありがとうございます。
 

profile

小松原威|Takeshi Komatsubara
2005年に慶應義塾大学法学部卒業後、日立製作所、海外放浪を経て2008年SAPジャパンに入社。営業として主に製造業を担当。2015年よりシリコンバレーにあるSAP Labsに日本人として初めて赴任。デザイン思考を使った日本企業の組織/風土改革・イノベーション創出を支援。2018年にWiLに参画しLP Relation担当パートナーとして、大企業の変革・イノベーション創出支援、また海外投資先の日本進出支援を行う。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階