ARS ELECTRONICA FESTIVAL 2018

“エラー”は、ときに「前代未聞のイノベーション」を生み出す

オーストリアのリンツで9月6日から10日まで開催された、世界最大規模のメディアアートのフェスティバル「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」。現地を訪れたインプレッションをお届けする。

TEXT & PHOTO BY AKIHICO MORI

人口約20万人の都市に一瞬だけ生まれる、アートの街

オーストリア北部、チェコとドイツの国境近くの自然豊かな都市、リンツは人口約20万人を擁する。今年のフェスティバルには、このリンツに約10万5,000人が世界中から集まり、来場者数の新記録となった。世界54カ国から訪れたアーティスト、テクノロジスト、起業家そして活動家の数は1,357人にのぼる。この規模から分かるように、アルスエレクトロニカ・フェスティバルは、この時期だけに生まれる、いわば“アートの街”なのだ。

アルスエレクトロニカ・フェスティバルには毎年テーマが設定され、そのテーマのもとに展示やカンファレンス、そのほか多くのアクティビティが設計される。今年のテーマは「ERROR – THE ART OF IMPERFECTION(エラー:不完全性のアート)」だ。

アルスエレクトロニカのアーティスティック・ディレクター、ゲルフリート・ストッカーが、オフィシャルウェブサイトに今回のテーマに関する考えを以下のように綴っている。

「エラーというものはいかにして失敗やミステイクになるのか。また、エラーが前代未聞のアイデアやイノベーションの源泉となるのはどのような場合か。そして、エラーはいつ見落としになり、あるいは意図的な欺瞞やフェイクとなるのか? エラーとは私たちの予測からの相違であり、平均からの逸脱だ。しかし、平均とはそもそも何か? 誰が定義したのか? (こうして問い直してみれば)エラーがミステイクでなければならない理由などなく、時に絶好の機会にすらなり得る」

会場で蠢く、エラーだらけの“モンスター”

コッド・アクトのパフォーマンス「パイトン(πTon)」。

この記事では、今回のフェスティバルで象徴的だった、2つのアーティストによる、2つのエラーをお伝えしたい。

昨年も参加した人であれば、アルスエレクトロニカ・フェスティバルにいるモンスターについて知っているに違いない。スイス出身のアンドレ・デコストルドとマイケル・デコストルドからなるコッド・アクト(Cod.Act)は、サウンドアートと独自のインスタレーションによって、モンスターをつくりだすアートユニットだ。

今年のフェスティバルで上演された「パイトン(πTon)」は、生命的な動きそのものを、エラーだらけの仕組みでつくりだすというアート作品だ。

「僕たちがつくるインスタレーションは、非常にシンプルな仕組みだ。君が問うたように、複雑なアルゴリズムで動いているとよく思われるんだけど、ゴムのチューブでできた“それ”を、モーターで駆動させる。それだけだ。そしてそのモーターの駆動とサウンドが連携している」(コッド・アクト)

スピーカーを持った4人の愚かな人間(dumb human beings)が、“それ”の周囲に立ち尽くす。はた目には悪魔を鎮める儀式を執り行っているかのようなインスタレーションだが、その実、本当に制御不能な悪魔であり、このパフォーマンスの“主人”ですらあるという。

「“それ”に使われているモーターは非常に強力なんだ。かつてパフォーマンスの最中に壊れ、ちぎれてしまった。それでもなお、動き続けるんだ。まったく制御できないから、“それ”こそがこのパフォーマンスの主人であり、人間は“それ”に従うしかないんだ」(コッド・アクト)

パフォーマンスは常にこの主人の動きに周囲が合わせることによって進行する。パフォーマンスのたび、何が起きるか分からない。そんなエラーだらけで不完全なメカニズムだからこそ、リアルで生命的な動きが生み出されているのだ。

昨年アルスエレクトロニカ・フェスティバルでも上演された、コッド・アクトのパフォーマンス、「ニロイド(Nyloïd)」

フェアなデジタルエコノミーは可能か?

次は社会派のエラーをテーマにしたアートを紹介する。

私たちが生きる情報社会はさまざまなエラーに満ちている。グーグルなどによって世界中の出来事を自宅のラップトップから検索することが可能になり、140文字のツイート(現在は280文字)が世界中の人々から発信され、動画や写真が一瞬で共有される。今や常識となったこうしたインターネット上のサービスはどれも必然ではなく、私たちの予測からの相違であり、平均からの逸脱によって生まれたイノベーションだ。

同時に、これらのサービスを使う私たちから少量の個人情報を吸い上げることで、ごく一部のテックジャイアントが世界最大規模の富を得ていることも事実だ。テックジャイアントが掘り当てたのは、情報社会において莫大な利益を生み出す、いわば個人情報でできた“油田”とも呼ぶべきものだった。ソーシャルグッドを標榜するソーシャルメディアは、どこまでが“意図的な欺瞞”なのだろう?

「現在のデジタルエコノミーにおいて、一部のインターネット企業とネット市民の関係性は不均衡な状態にあります。私たちは、無料でサービスが利用できる代償として個人情報をインターネット企業へ渡してきましたが、彼らはその個人情報を利用し、もはや不釣り合いなほどの莫大な利益を得ています。私たちのインスタレーション作品とそれに関連するキャンペーン『ビッツオイル ポップアップ タックス&ハック キャンペーン(BitSoil Popup Tax & Hack Campaign)』は、テックジャイアントに対し新しい税を課し、ビッツオイルという新しい価値を作り出すことでデジタルエコノミーにおける不均衡の是正を試みるプロジェクトです」(ラビットシスターズ)

アーティスト・ラビットシスターズ(LarbitsSisters)は、ブリュッセルをベースに活動するローレ – アン・ジェイコブズと、ベネディクテ・ジェイコブズというふたりのメディアアーティストからなるデュオだ。

アーティスト・ラビットシスターズによる「ビッツオイル ポップアップ タックス&ハック キャンペーン」。データセンターとして機能するデバイスだが、煙をあげながら次々とプリントされたビッツオイルを吐き出す様子は、まさに油田と呼ぶに相応しい。

「ビッツオイル ポップアップ タックス&ハック キャンペーン」は、ウェブ上で展開されている、ツイッターをベースとしたキャンペーンで、参加すると、自分の「ボット(bot)」をつくることができる。このボットは大きく分けて2つのタスクを実行する。ひとつはテックジャイアントのCEOのツイッターアカウントに対し、個人情報の使用の代償として税金の支払いを求めるクレームを行う。もうひとつは、ビッツオイルを採掘しつづけることだ。ボットは自らの行動をビッツオイルに変え、それをカウントするスクリプトを持っている。ビッツオイルとは、これまでテックジャイアントにその価値のすべてが利用されていた、個人がツイートのたびに用いている個人情報の一部を独自の価値として切り出した概念の総称だ。ひとりひとりの生み出す価値こそ小さいが、多くのユーザーから集まれば、デジタルエコノミーにおける富の再分配が可能な巨大な価値を持つ“油田”となる。

プリントされたビッツオイル。

「いつかは私たちの展示にやってきた難民が、ビッツオイルのチケットと食料を交換できるような再分配が可能になればと思います。ただ、そのためには、人々がビッツオイルという概念について知り、本当に価値があると人々に認められることが必要です。だから私たちはこうしたインスタレーションを通して活動を行っているのです」

彼女らがビッツオイルを通して見ている世界観は、個人とテックジャイアントの不均衡の是正にとどまらず、この世界のすべての不均衡を是正するところまでが含まれている。ラビットシスターズは、今年のグランプリである「プリ・アルスエレクトロニカ」を「インタラクティブアート+」のカテゴリーで受賞している。

アルスエレクトロニカ・フェスティバルはその期間だけの街であると同時に、その街に集まる人々は非常に多種多様だ。調査研究を目的として訪れていた筆者は今回の訪問で7カ国以上、9人のアーティストにインタビューを行っている。今後それらの記事はさまざまなメディアでリリースされるため、関心のある方は次のウェブサイトをフォローしていただきたい。www.morry.mobi

森 旭彦|Akihico Mori
サイエンス、テクノロジー、アートに関する記事をWIRED日本版、Forbes Japan、MIT Technology Review、boundbawほか、さまざまなメディアに寄稿している。最先端のサイエンスやテクノロジーと現代のコンテクストを、インタビューを通し伝える記事を多数執筆している。近年はメディアアートへの関心から、オーストリア・リンツにあるアートセンター「アルスエレクトロニカ」に関する記事を執筆している。AETI(Ars Electronica Tokyo Initiative)の活動にも関わっている。