VR IS ALREADY HERE

人々の“分断”に、VRで立ち向かう

SNSなどによって、考え方の相違や無理解、差別、偏見など、人々の「こころ」の分断は加速する一方だ。そんな中、お互いの理解を進め、本来の能力を引き出すためのツールとしてVRが注目されている。VR研究者の鳴海拓志(東京大学大学院情報理工学系研究科講師)は言う。「VRによって自身が『分身』したり『変身』したりすることで、ほかの人たちを理解し、自身の感情や情動、考え方、行動までも変えることができる」と。

TEXT BY KATSUE NAGAKURA
PHOTO BY XAVIER GIRARD LACHAINE

VRで他人を体験する!?

——VRによる体験で、人の考え方や行動も変わると鳴海さんは言います。これはどういうことでしょうか?

鳴海 お腹の位置に詰めものを入れたジャケットを着る、妊婦体験などがありますよね。男性でもそうした体験をすることで、妊婦の状況を身体的に体験して、他者のことをより理解できるようになります。VRは、そうした体験をより促してくれるんです。

たとえばヘッドマウントディスプレイ(HMD)を被り、VRの世界で男性が女性の身体を体験するとします。そうすると、周りを背の高い人に囲まれて恐怖を感じるといった、普段のリアルな生活ではわからないことが体験としてわかるでしょう。そうした体験をすることで、『現実』に戻ったときも、女性の立場に立って配慮をするようになる、といった変化が起きるのです。

身体が思考や行動を作っていることが研究からわかってきており、その意味では、身体が変わると思考や行動も変化するというわけです。

——実際に、VRによって考え方や行動が変わる例があるのでしょうか?

鳴海 研究ではすでに多くの裏付けがあります。たとえば、VRを使って白人が黒人の体験をすることで黒人に対する差別意識を減らすという活動を、アメリカの非営利団体が行っています。人には認知バイアスというものがあって、自分が気付かないうちに考え方の癖が出てしまうのですが、VRでの体験によって、こうした考え方の癖の元になっているものを取り払ったり変化させることで、ものの見え方や行動が変わるようになるのです。

——鳴海さんは、具体的にどのような研究をされているのでしょうか?

鳴海 僕らの研究では、VRで人が「分身」することで、無意識の考え方の癖を変えて、冷静な議論ができるようになることがわかっています。複数で議論をしているときに意見が割れると、多数派の意見に追随しやすくなることってありますよね。そこで僕たちは、アバターを使ったテレビ会議の画面で、少数派の意見を持つ1人を『2人分のアバター』として表示し、話し合うようにしてもらいました。

少数派の1人が話しているときに、話の切れ目を自動的に検出して2人分のアバターが交互に話すように加工をすると、あたかも2人で喋っているように見せることができます。その結果、より冷静な議論ができて、議論の結果に対してもお互いより納得できるようになりました。

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鳴海 こうした研究は未来の話だと思われるかもしれませんが、『ニューロマンサー』などで有名なSF作家のウィリアム・ギブスンは、「The future is already here―It’s just not very evenly distributed.」と言っています。

これは、未来というのは既に近くまで来ているけれど、みんなが知っているものではなく10人に1人くらいが肌で感じているものだ、と解釈できます。VRは、いままさにそういった状態で、already hereだと思っています。

注目はバーチャルYouTuber!?

——ほかに、VRを用いた注目すべき事例はありますでしょうか?

鳴海 たとえば、昨年末くらいからバーチャルYouTuber(VTuber)が流行っています。声優さんなどが話して、その人の動きをキャラクターに反映させ、ゲームの実況などをしてYouTubeにアップするのです。そうするとたくさんファンがついて、たとえば「キズナアイ」というVTuberには160万人のフォロワーがいます。

なかでも興味深いのが、「バーチャルのじゃロリ狐娘YouTuberおじさん」というVTuber です。VTuberの多くは女性の声優さんで女性のキャラクターなのですが、「バーチャルのじゃロリ狐娘YouTuberおじさん」は、キャラクターの見た目は狐娘なのですが、男性が地声で話します。かわいい狐娘のキャラクターが男性の声で、「コンビニのバイトがきついのじゃ~」といった話をする。でもそれをみんなが真剣に聞いて、リアクションをするんです。

ここで何が起こっているのかというと、現実世界では「コンビニのバイトがつらい」とおじさんが言っても誰も聞いてくれないんですが、バーチャルで新しい身体を獲得することで、同じ人でも話を聞いてもらえて人気者になる、ということなんです。コスプレや化粧をすることで相手の反応が変わることに近いのですが、VRではより自在に身体を変えることができます。これは、非常に新しい可能性だと思っています。ちょっと笑い話に聞こえるかもしれませんが、自分の能力とか、本来聞いてほしいことを表現するために『バーチャルで新しい身体を使う』ということは、十分ありうることなんです。

見た目は「かわいい狐娘」だが、声は「おじさん」。そのギャップでもって、「バーチャル狐娘Youtuberおじさん」は地下アイドル的人気を呼んでいる。

——鳴海さんも、実際にバーチャル身体を使うことがあるのでしょうか?

鳴海 アバターとボイスチェンジャーを使って、「女の子」になって講演をしたことがあります。企業に講演を頼まれたのですが、ほかの仕事があって会場に行けず、自分の代わりにテレプレゼンスロボットを会場に送って講演をしたんです。ロボットは顔の位置にディスプレイが付いているんですが、アプリを使って自分の顔の代わりに女の子のアバターを使い、ボイスチェンジャーで女の子の声にして講演をしました。

すると、普段、生身の僕が講演をするときと比べて、聴衆との受け答えが変わったんです。僕は身長が180㎝ほどなのですが、テレプレゼンスロボットは高さ150㎝くらい。講演後に質問に来てくれた企業の方たちは、前かがみになって、まるで女の子に話しかけるようにゆっくり丁寧に話しかけてくれました。そうすると僕の話し方も丁寧になって、言葉遣いも変わっていったんです。人とのインタラクションのなかで、自分の見た目が変わると相手が変わる。それによって、僕もまた変わったわけです。

女の子のアバターと声で講演をする鳴海氏(画面左のテレプレゼンスロボット)(提供:鳴海拓志)

——見た目と声を変えるだけなら、普段私たちが使うテレビ会議でもできそうですね。

鳴海 そうなんです! 普段のテレビ会議などでも、画面を通じてアバターを使って会話するようにすれば、こうした効果を得ることができるでしょう。もっと豊かで実りあるコミュニケーションを実現するために、身体を『使い分ける』。そんなところまで踏み込める時代が来ているのです。

profile

鳴海拓志|Takuji Narumi
1983年福岡県生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科 講師。JSTさきがけ研究員。博士(工学)。2006年、東京大学工学部卒業。2011年、東京大学大学院工学系研究科博士課程を修了。同年、東京大学大学院情報理工学系研究科の助教に就任し、2016年4月より現職。日本バーチャルリアリティ学会論文賞、経済産業省Innovative Technologies、グッドデザイン賞、メディア芸術祭優秀賞など、受賞多数。

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