HEARABLE TECH

まさに福音!?「ヒアラブル」があなたを健康にする

近年のワイヤレス型イヤフォンは、スマートウォッチの次に来るウェアラブルの新たな潮流、いわゆる「ヒアラブル」なデバイスとして注目を集めている。しかも、耳の中ではいくつもの身体的な兆候を同時に観察することができるという。キーワードは「脈波」。ヒアラブル&ヘルスケアの最新動向について、かつてソニーでエンジニアとして活躍し、その後サルーステック株式会社を立ち上げた小川博司に話を訊いた。

TEXT & PHOTO BY SHIN ASAW A.K.A. ASSAWSSIN

「ヘッドフォンから音楽を流しつつ、同じヘッドフォンをマイクにみたてて脈波を測定する」装置の原器(上・右)、第二世代(上・中央)、そして第三世代(上・左)。サルーステックの代表取締役・小川博司の手により、4~5年前から開発が続けられている。

耳は身体に開いた「窓」

——最近、イヤフォンやヘッドフォンを「ヒアラブル(デバイス)」と称する流れがありますね。

小川 Bluetoothの進化によって、イヤフォンの形状や機能が変わっていったり、耳の形状で個人を同定する認証技術なども研究されており、いくつかのトレンドが組み合わさって「ヒアラブル」は盛り上がりをみせています。

——やはりイヤフォンとスマートフォンの連動が前提なのでしょうか?

小川 むしろ半導体の進化によって、スマートフォンが実現するような機能は、すべて耳の中に押し込めるような時代が来るんじゃないか……という予測が成り立ちます。そこへ補聴器の世界も含めた、ヘルスケア分野での成長が期待されているわけです。

——イヤフォンで音楽を聴くという行為は、腕時計を巻く行為と同じぐらい身近に感じられます。メガネほど着ける人を選ばないですしね。

小川 はい。しかも、イヤフォンの主な機能であるスピーカーは、原理的にはマイクにもなります。

——耳へ音を流し込むだけではなく、むしろ耳の中の音を拾うことができる、ということでしょうか?

小川 ええ。しかも、装着している人間の健康状態がわかるんですよ。耳は「身体に開いた窓」ともいえます。

——面白い発想ですね!

「耳の中の音」を拾うマイク

小川 耳のすぐ傍には頸動脈があるので、心臓の拍動が、耳の中の空気圧の変化、つまり音として鳴り響いています。かなり低音なので本人には聞こえませんが。

——心臓の音が四六時中聞こえていると、かなりうるさいでしょうね……。

小川 そうでしょう。聞こえない、けれど本当は鳴っている。その低音をマイクで拾ってやれば、いわゆる脈波、脈を打つ時の波形が測定できる。そこから心拍数がわかるんです。

“第三世代”のアップ画像。近年ウェアラブルの機運が高まり、センサーや半導体が小型化された結果、ヒアラブル開発には強い追い風が吹いている。

——音楽を出しながら、同時に音を拾うということは難しくないんですか? 出した音が戻ってくる気もしますが……。

小川 私たちが聴くような音楽と、心拍とでは周波数(音の高低)が大きく違うので、電気信号を処理すると、うまく分離できるんです。原理的には「加速度脈波」というものが、かなりきれいに測定できる。血管年齢を算出するのに便利な指標です。

——血管年齢……なんだか気になりますね。

小川 たとえば朝一番に測定を開始して、音楽を聴きながらジョギングして帰ってくれば、運動の前後で血管年齢がどう変化したのかがチェックできる。あるいは数日単位で測ることで、食べたものや飲んだものの影響なども確認できる。面白いことに、加速度脈波を上手に解析すると、呼吸数までわかるんです。

——AIの音声でジョギングのアドバイスをしてもらえそうですね。イヤフォンをマイクとして使うことで、そんなにいろんなことがわかるのは驚きです。

音楽を聴きながら1時間ほどウォーキングした後、脈波が変化していく様子(上:運動直後、中央:約1時間後、下:約4時間後)。波形の解析を行うと、血管年齢が10歳ぐらい若返った様子がみてとれる。この場合、運動の効果は4時間くらい持続している。

小川 さらに、これは別のセンサーを使うんですが、耳の中ではかなり正確に体温が測れることもわかりました。脇の下に匹敵する精度で、リストバンド型には難しい。体表面の温度はエアコンなどの外気に大きく影響されますから。

——ヘルスケア用のデバイスとしては、むしろリストバンドより向いているといえそうですね。

小川 (血圧・脈拍数・呼吸数・体温といった)バイタルサインは、身体の様々な部位から取り出せますが、「一箇所で済ませられる」という意味では、耳はかなり有望株です。

開発中のスマホアプリ「HeartBeat」。Bluetoothを介し、イヤフォンで測定した心拍数などの脈波データをスマートフォンに表示し、そのデータの推移を記録できる。

小川 実はこの機械を使ってもらうべく、とある病院にうかがいました。不整脈を持つ患者の脈波を測定しようとして、イヤフォンから流れる音楽を聴いてもらっていたんですが、たまたま患者本人が好むジャンルの音楽を流したことで、不整脈にならず脈が落ち着く……という現象を経験したんです。不整脈を測ろうと思ったのに、測れなかった(笑)。

——なるほど。いい音楽を聴けば心が穏やかになる、身体も健康になる……ということまで「ヒアラブル」で実感できるわけですね。

小川 そういうこともわかって、今は音楽プレーヤーと一体となったスマホアプリを開発中です。また、ROXというベンチャー企業とも連携し、耳からとった脈波から「作業への集中度」や「ストレス度」といったパラメータを検出する、という目論見も始まっています。

——素晴らしい!

「unobtrusive(でしゃばらない)」がキーワード

——どうしてこのようなデバイスを作ろうと思い立ったのですか?

小川 まだソニーの社員だった頃、地方の工場で、心臓発作で倒れた先輩がおられました。医療の事情が悪い地域だったために、適切な処置がなされないまま、かなり時間が経ってしまい、大きな後遺症が残った。その方が定年する際、『自分の勤続年数は、倒れる前まででカウントする』という話をされたのが強く印象に残っているんです。倒れて以降は、同僚にとても迷惑をかけたという意識が強かったんでしょうね。

——健常な方が突然ハンディキャップを抱えるのは、とても辛いことでしょうね。

小川 なるべく死ぬ間際まで元気でいたい。だから、何かしら兆候がわかるのであれば、素早く検知して、多少オーバーでもいいから、過剰に警告してやるべきだ。そういう思いが私の中では強いです。

——今後はどんな展開をみせるんでしょうか?

小川 人間の耳の穴の形状は、厳密にいえば朝昼晩で変化しているはずです。小型化するだけじゃなくて、形状や材質を工夫してさらに耳の深部へ先端を入れ込むことができれば、外れにくくなるし、測定精度を上げることができます。

とにかく”unobtrusive(でしゃばらない・目立たない)”が大事なキーワード。身体中にいろんなセンサーを大量につければ、確かにいろんな事はわかるでしょう。でも、そうではなく、目立たない、さりげなく使える装置を目指すべきだと考えています。私自身が使う側の身になって、欲しいものを作りたいんですよね。

profile

小川博司|Hiroshi Ogawa
サルーステック株式会社 代表取締役

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吾奏 伸|SHIN ASAW a.k.a. ASSAwSSIN
映像演出家。CGアニメと実写の両方を手がける映像工房タワムレ主宰。京都大学大学院(物理工学)を修了後、家電メーカーのエンジニアを経て現職。理系の感覚を活かした執筆など、映像以外にも活躍の場を広げている。