PUT OUT THE POTENTIAL

鍵は潜在能力のアウトプットにあり! 日本のアート界と女性の活躍のこれから—— 片岡真実(森美術館館長)× キャシー松井(ゴールドマン・サックス証券 副会長)

2020年1月1日付けで森美術館館長に就任した片岡真実さんと、六本木ヒルズにオフィスを構えるゴールドマン・サックス証券の副会長キャシー松井さん。異分野でリーダーシップに果敢に取り組むパワフルウーマンが、アート界と女性の活躍について語り合いました。

photo by Koutarou Washizaki
text by Mari Matsubara

片岡 松井さんが「ウーマノミクス」レポートを発表されて話題になったのは1999年でしたね。「東京オペラシティ アートギャラリー」が開館し、私が公的にキュレーションの仕事を始めたのも同じ年です。この20年を、松井さんはどのように総括されていますか?

松井 「ウーマノミクス」を発表したのは、能力があるのに産後、仕事に復帰できないママたちが私の周りで多かったのがきっかけです。女性の就業率をもっと上げれば、日本経済に大きなインパクトを与えられるという内容のレポートでした。安倍内閣が成長戦略のひとつに「ウーマノミクス」を取り上げたのにはちょっと驚きましたが、とにかく、国も民間もメディアも、成長のためには女性を含めた人材こそ不可欠なのだ、という考え方にシフトしたと思います。2019年の日本女性の就業率は71%で、アメリカの66%を上回るほどです。しかし、問題は54%の女性が非正規雇用であること。そしてリーダーシップ層ではまだまだ女性の登用が少ない。これまでの20年で進展はあったけれども、今後の課題も大いにあります。

アートと投資とダイバーシティ

片岡 全国美術館会議には400館近くが登録されていますが、その中で女性館長はわずかです。今年から森美術館の館長に就任して「女性館長は珍しい、女性が就任して喜ばしい」と言っていただきますが、そんなことが当たり前の社会になってほしいと思います。

松井 金融業界にも優秀な女性はたくさんいて、入社時には男女ほぼ半々なのに、トップの役職に近づくにつれ男性が多くなってしまう。

片岡 美術館も同じです。学芸員までは女性のほうが多いのに、トップはなぜか男性。女性の側にリーダーになるという意識の育成も必要かもしれません。リーダーには日々の仕事をこなすこととは異なるメンタリティや、包括的に組織を見るビジョンも必要です。女性もそういう訓練にもう少し取り組んだほうがいいのかなと思います。さらに言えば、男か女かという二項対立ではなくて、あらゆるアイデンティティの均衡や、美術館の所蔵品におけるジェンダーの平等も、全世界のアートコミュニティにおけるムーブメントになってきています。私が今回館長就任にあたって打ち出したビジョンのひとつは、「ダイバーシティ」なのです。

松井 まさしく企業も同じで、取締役会そのもののダイバーシティが進んでいないとお話にならない。資産運用会社の中には、投資先のボードメンバーの中に女性が含まれているかどうかを判断基準にしているところもあります。美術館の世界では、そういったガバナンス面の対策は進んでいますか?

片岡 日本では国公立の美術館がほとんどで、館長ポストには美術の専門家ではない人が、市や県などの自治体から送り込まれてくるケースが少なくありません。いわゆる名誉職としての就任です。だから生え抜きの女性は出世しても学芸部長どまり。そもそもガバナンスのダイバーシティを話し合える構造になっていないのが問題ですよね。アメリカの美術館はほとんどがNPOの運営ですから、ガバナンスにあたっては理事会の機能が鍵になり、その結果ダイバーシティも自然と取り入れられているのでしょう。

松井 アメリカと日本の違いといえば、アート購入における税控除の差がありますよね。日本にもアートのサポートをしたい国民はたくさんいるはずなのに、税控除が少ないのでなかなか進まないということもあります。

片岡 アメリカは税制優遇措置もあり個人協賛が浸透しています。サンフランシスコの美術館でキュレーターをやっている私の友人は、自分の部署の作品購入予算が約1億円。それを支援しているパトロンがいると言っていました。それぐらい、アートに貢献する層が充実しています。

松井 投資家は日本のアーティストにももちろん投資したいけれど、そういう作家はまず海外で評価されて、後から日本に逆輸入されるパターンが多いですよね。

片岡 才能あるアーティストはたくさんいて、企画展やビエンナーレなどには招致されますが、やっぱり作品を買ってもらわないことには生計を立てられないですから。創作活動だけではやっていけないから学校で教えたりして、制作に専念できない状況は昔から変わりません。

アートもお金も、含み資産が豊富な日本

片岡 アジアでは今、リッチなアートコレクターがどんどん育っています。たとえばインドネシアでは30代のコレクター集団がいて、自国のアーティストの作品を買い支えています。経済発展とともに「これから自分たちの国をどうしていくのか」という大きなビジョンがあるから、自国の作家にお金を落とすことで、一緒に成長しようとしている。日本はある意味、すでに成熟してしまって、未来に対するビジョンのエネルギーが弱いのかもしれません。

松井 日本の若い投資家と話すと、彼らもアートを購入する意思はあるようです。でも個人が好き勝手にバラバラな作家を応援しているので、もう少しそのムーブメントを組織化したり、横断化したりするといいですよね。

片岡 日本にも美術の発展に個人が寄与した歴史はあります。1930年には紡績で財をなした大原孫三郎によって大原美術館が創立され、1952年には石橋正二郎がブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)を開館しました。石橋さんはニューヨーク近代美術館を見て感動し、都会の真ん中に美術館を作らなければならないと決心して、東京駅の前に本社兼美術館を建てたのです。そして、両館ともコレクションが秀逸です。これらの例をとっても、日本は美術館というカルチャーの歴史において蓄積は充分にあるし、コレクションも豊富です。しかしその良さがいまいち世界に発信されていません。今後はそれをどう開示していくのか、特にアート界で成長著しいアジア圏でのプレゼンスを発揮していくことが課題だと思っています。

松井 金融の世界と似ていますね。昔はアジアの金融の中心は東京でしたが、いつの間にか香港やシンガポールに替わってしまった。しかし、貯蓄大国は日本なのです。含み資産がたっぷりあるのに、それが全然活かされていないのが現状です。そして女性の活躍もひとつの含み資産と言えるのではないでしょうか? 女性も、お金も、アートも、ポテンシャルが溢れているのにアウトプットができていないし、活用されていないのは残念なことです。せっかく今年はオリンピックイヤーで、日本に注目が集まっているのに、“Where is Japan?!”という感じ。

片岡 森美術館としても、日本の現代アートの潜在力やコレクション大国としての強みを、もっとアクティブに活かしていきたい。そのことを国や企業や投資家など、たくさんの機関や人を巻き込んで一緒に考えていきたいです。

※初出=プリント版 2020年1月1日号

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