CYCLE-FRIENDLY PARIS

コロナ禍で劇的に加速するパリの自転車利用

かつてクルマで溢れていた道路を自転車が、キックボードがすいすいと走り抜けるパリの街。CO2削減を目指し、ドライバーの不満の声に屈することなく自転車専用道を拡張し続けている市の本気の取り組みは、風景そのものを確実に変えつつある。

PHOTO & TEXT BY HARUE SUZUKI
EDIT BY MARI MATSUBARA

Paris Respire

パリ・レスピール——「パリが呼吸する」、あるいは「呼吸するパリ」とでも訳せるだろうか。これはパリの女性市長アンヌ・イダルゴが就任以来かかげているテーマで、クリーンな空気を実現することを目標にしている。

オリンピックが開かれる2024年にディーゼル車が、そして2030年にはガソリン車が通行できなくなる予定だが、すでに市内中心部のゾーンでは毎月第1日曜をノー・カー・デイにしていたり、時速30キロの速度規制を敷いたり、クルマからの排ガスを削減するための具体的な取り組みを推進している。なかでもとりわけ目覚ましいのが自転車専用道の設置だ。

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1/4バスティーユ広場の自転車レーン  
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2/4横断歩道脇に自転車レーン 
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3/4パリ市のサイトにある自転車道計画の地図。水色と青色の線が自転車専用道のある通り
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4/4電動ヴェリブの駐輪場  

パリの自転車といえば、パリ市主導のレンタル自転車システム「Vélib(ヴェリブ)」が2007年から始まったが、これは着実に市民の移動手段のひとつとして定着した。そもそもフランスでは、自転車は日本のように歩道を走るのではなく、車道を走らなくてはならない。バスやタクシーの優先レーンの走行も可能だが、それでもやはり車道なので、しばしば自転車事故が起き、問題になっている。そのため市は車道の一部を自転車専用レーンにする大改革に着手した。街のあちこちで道路工事が行われる光景がもう6〜7年前から常態化している。二車線あった道路は一車線になり、路上駐車ゾーンをつぶして、代わりに自転車専用道を設置するというのが近年のパリの風景だ。

オペラ大通りでは、頑丈なブロックで自動車と自転車のレーンを区切っている

そうなると、クルマを運転する人としては愉快ではない。ただでさえ渋滞に悩まされてきたのに、車線が大幅に減ってしまえば、渋滞はますますひどくなるばかり。「ハンドルを握る人で、イダルゴ市長が好きだっていう人はまずいないだろうね」。そういう声を筆者が聞いたのは一度や二度ではない。

「ル・フィガロ」紙の記事によれば、パリ市内のクルマの通行量は、2002年を100とすると、2019年には56まで減少していたという。クルマを使わなくなった人が確実に増えているのだ。

かつては自動車専用道で、終日クルマの往来が激しかったセーヌ岸の道。歩行者や自転車の通行ができなかった道だが、現在は形勢逆転。クルマの乗り入れが一切できなくなっている。

パリ市庁舎下のかつての自動車専用道。以前の光景を知る人にとっては、牧歌的ともいえる現在のパリの一角だ。

目抜き通りが1車線を除いて車両通行禁止に

そこへきて昨年からコロナ禍がパリを襲った。

2020年3月17日から始まった、新型コロナウイルス感染対策として断行されたコンフィヌモン(ロックダウン)の期間、まるでSF映画のシーンのように街から人が消えた。戸外での人間の活動が極限まで制限され、大気汚染のない澄み切った空の色は、ほとんどのパリっ子にとって初めて見るものだったのではないだろうか。

そして5月11日にロックダウンは解除された。しかし感染のリスクが減ったわけではないから、できるだけ公共交通機関の利用は避けたい。人々のそうした思惑が自転車利用にますます拍車をかけた。自転車を購入する人も増加し、メーカーでは需要に供給が追いつかないほどの売れ行きを記録した。パリ市の都市開発の研究者、セバスチャン・マレック氏によると、2019年と2020年の夏を比較すると、市内での自転車使用量が2倍になったそうで、将来的にはクルマよりも自転車のほうが多くなるだろう、と氏は予想する。

そんな未来も遠くないと思わせる象徴的な光景が、リヴォリ通りの変わりぶりだ。

リヴォリ通りは、サンポールからコンコルド広場まで約3㎞続く一直線道路で、沿道にはパリ市庁舎、ルーヴル美術館が続くというまさにパリの目抜き通りなのだが、なんと春のロックダウン明けからは一般車両の通行が一切できなくなった。

リヴォリ通り、ルーヴル美術館横。クルマ、それも例外として認められている市バス、タクシーなどが通れるのは右側の1レーンのみ。その他のスペースが自転車とキックボードに充てられている。

広々としたセンターレーンを走るのは自転車とキックボード。そしてバスレーンだったところのみクルマ、といってもバス、タクシー、配達車、救急・医療関係車、ハンディキャップのある人と近隣住民の車両しか通行が認められていない。それも日曜祭日に限ったことではなく、毎日、常時なのである。

こうしたパリの道路革命はあちらこちらで急速に進んでおり、昨年秋の時点で、自転車専用道の総延長は市内で50キロメートル。パリ都市圏では100キロメートル以上に達したが、今後どんどん延長されてゆくのは間違いない。

バスティーユ広場。以前、ここはクルマの流れが幾重にも渦巻くロータリーだったが、中央車線、そして南側半分のエリアはベンチなどが点在する歩道になった。

変革が大胆であればあるほど、ドライバーたちの不平不満は大きい。だが、コロナ禍の昨年7月に行われた市長選挙では、イダルゴが再選され、変革に大きくブレーキをかけるものがなくなった形だ。いっぽう、パンデミックは地球規模で人々の行動や環境への意識を変えつつあることはだれもが実感していること。それが証拠に、パリっ子たちは自転車で、キックボードで、あるいは自分の足で、これまでクルマで溢れかえっていた道を走っている。コロナ禍という災いがはからずも、「呼吸するパリ」という理想への歩みを加速させている。