roppongi crossing 2019

飯川雄大のピンクの猫が伝える、SNS時代における“共感のズレ”——六本木クロッシング2019|Interview #4

森美術館で開催中の現代アートの祭典「六本木クロッシング」。第6回となる今回はテーマ「つないでみる」を掲げ、日本のアーティスト25組が参加する。中でも注目のアーティストをピックアップして届けるインタビュー第4弾は、会場入口に巨大なピンクの猫を出現させた、飯川雄大。いわゆる“インスタ映え”するこの作品は、SNS時代に向けたユーモア溢れる問いかけだった。

Photo by Nozomu Toyoshima
Text by Yuka Uchida

巨大なピンクの猫《デコレータークラブ ―ピンクの猫の小林さん―》とアーティストの飯川雄大。「六本木クロッシング2019展」の会場入口にて。

写真から欠落する、驚きや衝動といった感覚

——巨大でピンク、そして猫。いわゆる”インスタ映え”しそうな作品ですね。

そう思いますよね(笑)。でもこの猫、スマートフォンのカメラで撮影しようと思っても、なかなか上手く撮れないんじゃないかと思います。画面に収まらないくらい大きいですし、特殊な蛍光ピンクなので目で見たように鮮やかには映らない。どうにか撮れたとしても、そこには出会った時の驚きやそれを撮りたいと思った衝動など、本当は一番伝えたかったものが欠落しているのではないでしょうか。

——写真で伝えるには限界があるということでしょうか?

僕自身、学生時代から映像や写真作品を制作し続けているのですが、実体験を他人に伝えるメディアとしては写真や映像は適していないのではないかと考えるようになってきました。色や形、物の大きさ、その背景に広がる空間まで、写真や映像で伝わる情報量は圧倒的なのに、逆にそれが邪魔をして、現場で体験した「感覚」は伝わりづらいと思うんです。ちなみにこの小林さんと名付けた猫は、18歳の頃に生み出したキャラクターなんです。最初は落書きから始まって、平面だったものが立体になり、神戸や福岡にも出現させて、今回、六本木にやってきました。毎回、その場所のために一から制作しています。

福岡市で発表した《デコレータークラブ―空色の猫の小林さん―》2017年

作品の根底にあるのは、幼い頃のいたずらを楽しむ心

——タイトルの「デコレータークラブ」は何を意味しているのでしょうか?

「デコレータークラブ」とは実在する蟹の名前なんです。擬態するために海藻や小石を身につけていて、岩場なんかに紛れて生息しています。なので一瞬見ただけでは分からないのですが、目を凝らすと存在している。だから、見つけた瞬間は誰もが「あ、何かいた!」と驚くんです。そして一度、蟹の存在に気づいた人はもうそこに蟹がいるようにしか見えなくなってしまう。でも、それを写真に撮ったとしても、見せられた人はどこにいるのかまったく分からなかったり、見つかったとしてもさほど感動してもらえなかったりする。そんな「衝動と伝達」にまつわる象徴としてタイトルにしています。

——衝動と伝達。そこに生じるズレに興味があると。

そうですね。伝達の困難さはひとつのテーマではあります。でも、それだけを感じてもらうための作品でもなくて、僕の制作は、子どもの頃のいたずらに近いんだと思います。これから見ようと思っている展覧会の入口に、こんなでかい猫がいたらすごく邪魔ですよね。なんやこれ!って(笑)。だから、この猫の場所はここじゃなきゃダメなんです。ホワイトキューブの広々とした展示室にポンと置いたんじゃ、ただの可愛い猫ですから。いたずらって、揺るぎない面白さがあると思うんです。そうした場に直面した時の人の素直な反応や、生じる違和感に、日常を違った角度で見るヒントがあるような気がしています。自分が体験したことを映像や写真に残すことが当たり前になった時代で、そこに写りきらない感覚を、作品と鑑賞者ひとりひとりとの間に生み出したいと思っています。

profile

飯川雄大|Takehiro Iikawa
1981年兵庫県生まれ。成安造形大学造形学部デザイン科ビデオクラス卒業。日常から生まれる気づきを映像や写真、立体として発表。2019年5月8日~5月19日まで吉祥寺にて個展を開催。『デコレータークラブ(仮)』〈アートセンター・オンゴーイング〉東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7。12:00~23:00(ギャラリーは〜21:00)。月、火曜日休み。観覧料400円(セレクト・ティー付き)