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四角が行く——「ルール?展」出品作品ができるまで

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六本木にある 21_21 DESIGN SIGHT で開催中の企画展「ルール?展」(2021年7月2日〜11月28日)にて「四角が行く」(作:石川将也+nomena+中路景暁)という新作を発表しました。今回はこの作品について、生まれた経緯や見所についてお伝えします。

text & photo by Masaya Ishikawa


 

「四角が行く」は、抽象的な世界の中で、ある規則(ルール)を律儀に守るものたちの「ふるまい」を鑑賞する映像作品です。主人公は3つの大きさが異なる白い箱(四角たち)。その前に穴のあいた関門(ゲート)がベルトコンベアーに乗って現れます。四角たちはそれぞれ移動し、向きを変え、パタパタと転がり、ゲートに空いた穴の形とぴったりになるようにフォーメーションを組みかえ、ゲートをくぐりぬけていきます。ずっと見ていると、四角たちが迫り来る困難に協力して立ち向かっているようにも見えてきます。

この映像、一見コマ撮りアニメーションやCGのように見えるのですが、ベルトコンベアーと箱を自在に制御することができる機構を制作し、それが動く様子を生映像(ライブアクション)として撮影しています。その証拠に、展示室を先に進むと実際の装置が展示されており、最初に展示されていた映像がこの装置の生中継であったことが分かる……というのが展示の構成です。

 

「四角が行く」の装置の全体像。装置はカメラで撮影され、映像が会場内で上映されている。
 

「ルール?展」は、法律家の水野 祐さん、コグニティブデザイナーの菅 俊一さん、キュレーターの田中みゆきさんの3名のディレクションにより、私たちの社会を取り巻く様々なルールについて考える展覧会です。この作品は、そのわりと最初のほうにあって、「ルールに従うということはどういうことか」「ルールに従う様は他者からどのように見えるのか」「ルールの抜け方は必ずしも一つではない」といったことを言葉を使わずに伝えるために作りました。

企画の発端

 

2020年の夏の終わりに、慶應義塾大学 環境情報学部 佐藤雅彦研究室の同期であった菅さんから「ルール」をテーマとした展覧会への参加を打診されました。その時、菅さんから提示されたのは、日常にひそむルールを露見させるような映像作品を作って欲しい、という依頼でした。自分でもうってつけのお題だなと思い快諾し、実際にリサーチと企画を進めていたのですが、同時に教えていただいた他の展示作品や企画、のリストとともに考えた時、少し違う方向の作品を作りたいという気持ちが湧いてきました。法やマナー、製品規格、遊びのルールなど、実際に存在するルールと直面する前に、現実とは全く無関係な抽象的なルールを見て準備運動のようなことができないだろうか。そしてその時、17年前に作った、ひとつの映像のことを思い出しました。

 

「四角が行く」(2004)
 

これは、私が慶應義塾大学佐藤雅彦研究室に修士課程で在籍していた2004年に作った映像で、そのままずばり「四角が行く」といいます。当時の私の研究テーマは、チーズ工場やねじ工場など自動化された工場なら必ずある「ハンドリング」という、部品を運搬したり、整列させたり、向きを変えたりする工程に注目し、その動きの気持ちよさを抽出したアニメーションを作ることでした。この研究から生まれた「仮想工場」という世界観は、のちに佐藤雅彦先生とユーフラテスで作った「DNP イデアの工場」や佐藤先生、安本匡佑さんと作ったEテレ 2355の「factory of dream」「factory of tomorrow」といった映像作品に発展しました。

 

「仮想工場」(2004)
 

この「四角が行く」はその研究の途中で、どこまで工場の抽象度を上げられるか、という検証をするために作った試作です。「仮想工場」では抽象化しつつも「工場である」という枠組みは維持されていたのに対して、ここではハンドリングの動きの要素だけを残して、それ以外の要素をできるかぎり捨象しています。結果的に研究の最終成果としては「仮想工場」を発表し、「四角が行く」はこの試作だけにおわったのですが、この削ぎ落とした映像それ自体は、独特なものに感じられ、ずっと頭の片隅に残してありました。

そしてその16年後、この映像が「ルール?展」に置いてあったらどうだろうか? と考えました。パタパタと四角たちがひたすらにゲートを通り抜ける様を見ることで、まさにルールという概念を抽象的に、言葉を使わず、体験できるのではないだろうか? そう考えたのです。

機構という手法

 


 

上の図は、展覧会の企画チームに最初に提出した、私の企画書です。この時点で、「四角が行く」を映像ではなく、実際に目の前で動くインスタレーションとして制作したいと考えていました。その理由は
・同じ「映像」を再制作することの意味。
・せっかくの展覧会なのに、映像作品では展示空間がどうしても平面的にになってしまうことへの葛藤。
などいくつかありました。

でも、一番大きな理由が今回作家として一緒に制作した nomena の存在でした。nomena は アーティストでエンジニアである武井祥平氏が率いるデザイン・スタジオで、これまで国内外さまざまなアーティスト・デザイナーとともに、空間に「動き」をインストールする作品を数多く発表しています。

 

nomena 代表 武井祥平氏
 

nomena に作家として、技術の開発からはじめて一緒に作品を発表して欲しい。私のその勝手な申し出を武井さんが快諾してくださったことで、プロジェクトが動き出しました。普通だったらアニメーションで表現する、箱が転がったり立ち上がったりするような動きは、正直、nomenaができなければ、この世の誰も実現できないだろうと思っていました。そして実際その通りでした。nomena の杉原寛さん、キャンベル・アルジェンジオさんにより動きの基本原理が発見され、それを追求・発展させた機構の開発により、ちょっと信じられない精度で、本当に箱が意思を持っているかのような動きが実現しています。しかも、コマ撮りやCGで私が動きをつけていたら絶対生じないようなニュアンスが動きにあり、映像としても独特な動きの質感です。こればかりは、ぜひ展覧会場でその目でご覧いただきたいです。

 

 

作ったことで拡がる「四角が行く」

 

おなじく作家として参加いただいた中路景暁さんは、ベルトコンベアーと自身のパフォーマンスを組み合わせた映像やインスタレーションを発表されている現代アーティストです。エンジニアとしてのベルトコンベアへの知見に加えて、これまでの作品制作から連なる「コンベアと物理的に関わりあう」ことで生まれる表現を一緒に追求してもらいました。

 

中路景暁《Sequences/Consequences》
 

この作品を作っている中で、もっともエキサイティングだったのは、単なる映像の再制作ではなく、装置を作ったことで、いくつもの発見が生まれたことです。

例えば、四角たちが穴を通るためにフォーメーションを組み替える動き。よく見ると必ずしも最短ルートを辿っていません。時として多めに回転したり、遠回りしています。これは、箱を制御するために用いている機構の物理的な要因により、動きが制約されているためです。今回、その制約を念頭に、その制約に気付かせない動きや、あえて制約を利用した動きなどを考案し、指定しています。

 

コマ撮りによる動きのスケッチ
 

それでも実際に箱を動かしてみると、箱が倒れる時の風圧など、新たな制約が発覚し、その都度、杉原さんが動きを修正するということを繰り返しました。もし「四角が行く」をコマ撮りやCGで再制作していた場合、私はおそらく最短・最適なルートで動きをつけていたと思います。そうしない理由がないからです。でも物理の世界に持ってきたことで、当初意識していなかった制約が生まれ、それを逆手にとった動きを開発でき、一見理由のない、でも実は確かな理由のある、どこかみずみずしい動きが生まれました。まさに、私や菅さんが学生の頃、佐藤雅彦先生のもとで取り組んでいた「制約から生まれる表現」です。ディレクターの一人 田中みゆきさんからは、演劇的で、振り付けでもあるという指摘をいただきました。この物理的なルールが加わったことにより、作品が拡がり、奥行きが生まれたのです。中の機構がどうなっているかは明かせませんが、外から見えている情報をもとに、中でどんなことが行われているか、想像してみて欲しいです。

最初に映像だけを見せて、次に装置を見せるという、少しもったいぶったような展示構成になっているのも、「四角が行く」本来の「抽象的的なルールの世界」と「その動きを実現させるために立ち向かっている物理法則」という二種類の層が違う「ルール」の存在を段階的に伝えることで、鑑賞者にそれぞれについて考えて欲しいと思ったからです。でも展示なので、この記事を読んでからの体験や、順番が前後しての体験も、どれもご自分だけの体験として楽しんでください。

もう一つの四角が行く

 


「ルールが見えない 四角が行く」
 

実は、実際に機構を作ったことで発想が生まれた作品がもう一つあります。私たちをとりまくルールは、四角たちが立ち向かう関門と違い、法律など実際には目に見えていないことが数多くあります。そのことを表現した小さな作品です。その大元の発想も、実は大学生の頃に遡ります。

 

 

このグラフィックは、信号機の表示が、まるで帯のように空中に浮かんでいたら…? という空想から生まれたものです。修士一年の時、研究室の学部生に「プログラム」という概念をもとに表現を作るという課題を課すにあたって、具体例のアイディア出しを都立大学のマクドナルドの2階で先輩としていたときに、思いついたのをよく覚えています。信号機の明かりの切り替えや点滅を、帯状の色のプログラムに見立てると、このような帯が街の中を走っている。これを抽象化し、「四角が行く」の世界観に連ねたものが、展覧会のわりと最後の方に展示されています。これもまた、装置を実際に作ったことと、「ルール?展」という枠組みの中から生まれた、作品の奥行きです。

 

 

そして、実はこれは一番最初の依頼であった「日常にひそむルールを露見させるような作品」に一周して戻ってきてもいるのです。

「四角が行く」は、私がずっと抱いていた発想を、何人もの人の力を借りて、具体的な形にした時に生じたさまざまなことが合わさった作品です。エンジニアリングの粋が生んだ動き、作品に入ったロゴ、箱に書かれたメッセージ。たくさんの人の「考え」が作品の端々まで行き渡って、剥き出しのアイディアに血肉を与えて、小さな世界を形作っています。見ていると正直、まるで自分に一切関係なく生まれた作品のようにさえ思えてきます。その世界をぜひ、体験しにいらしてください。

ここまで、自分たちの作品についてのみ語ってきましたが、それと「ルール?展」の他の作品や企画、什器、そして会場に設定された「ルール」と来場者がどのように関わり合い、体験を作り出しているか。ぜひ、会期中に体感していただけると幸いです。

 

ルール?展
会期 2021年7月2日~11月28日
会場 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー 1&2
住所 東京都港区赤坂9-7-6(東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン)
開館時間 11:00~17:00(土日祝〜18:00) ※入場は閉館30分前まで。
緊急事態宣言に伴う対応など、最新情報は公式ウェブサイトにてご確認ください。
休館日 火(11月23日は開館)
料金 一般 1200円 / 大学生 800円 / 高校生 500円 / 中学生以下無料

「四角が行く」
石川将也+nomena+中路景暁

nomena
技術ディレクション・アプリ開発 武井祥平
メカニズム開発・機構設計 杉原寛
メカニズム開発 キャンベル・アルジェンジオ
XYテーブル制御 江川主民
iPad同期技術協力 井上泰一
dynamixel制御技術協力 前川和純
カッティングシート 藤井樹里
什器制作、機構制作補助 園部莉菜子

翻訳 エリザベス・コール
協力 ブラックマジックデザイン
グラフィックデザイン 石川将也+言乃田埃(cog)

参考文献
藤森洋三 『ハンドリングの自動化図集』(大河出版)
佐藤雅彦「たのしい制約」『毎月新聞』(毎日新聞社)

 

連載Seeing Creates Something|見ることは作ること

2020年、それまで16年お世話になった古巣を離れ、個人で、視覚表現の研究と、それを用いたコミュニケーションの提案をするデザインオフィスを立ち上げました。世界情勢の影響もあり、それまでの生活とは全く異なる状況下で、制作と実験に打ち込んだ結果、幸運にも、それまで思いもしなかった発見にいくつも遭遇しました。この連載では、そうした「そんな状況にならければ見つからなかった」大小の表現と手法を、経緯と具体的な成果も交えて、お伝えしてゆきます。
 
 
石川将也|MASAYA ISHIKAWA
映像作家・グラフィックデザイナー・視覚表現研究者/1980年生まれ。慶應義塾大学佐藤雅彦研究室を経て、2006年より2019年までクリエイティブグループ「ユーフラテス」に所属。科学映像「NIMS 未来の科学者たちへ」シリーズやNHK Eテレ「ピタゴラスイッチ」「2355/0655」の制作に携わる。2020年独立。デザインスタジオ「cog(コグ)」設立。研究を通じた新しい表現手法の開発と、それを用いて情報を伝えるデザイン活動を行っている。

代表作に書籍『差分』(佐藤雅彦・菅俊一との共著、美術出版社)、大日本印刷『イデアの工場』や「Eテレ2355」内『factory of dream』を始めとする「工場を捨象したアニメーション」、「Layers Act」(阿部舜との共作、21_21 DESIGN SIGHT 企画展「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」に出展)、「ねじねじの歌」「クッキー型の型の歌」(ピタゴラスイッチ)や「そうとしか見えない」「歩くの歌」(Eテレ2355)、ISSEY MIYAKE「#hellobaobao」「ISSEY CANVAS」プロモーション映像などがある。

最新作「Layers of Light / 光のレイヤー」が令和2年度メディア芸術クリエイター育成支援事業に採択された。2019年より武蔵野美術大学空間演出デザイン学科 非常勤講師。Ozawa Kenji Graphic Band メンバー。www.cog.ooo

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