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たくさんの矢印——SFC創設30年記念ロゴマークができるまで

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クリエイティブグループ「ユーフラテス」の一員として、NHK Eテレ「ピタゴラスイッチ」や「2355/0655」などの制作に携わった後、2020年に独立。現在はグラフィックデザイナー/視覚表現研究者として活躍する石川将也が、研究を通じて開発した〈新しい表現手法〉を実践的に紹介していく新連載。第一回は、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の創立30周年記念のロゴマークができるまで——。
 

text & photo by Masaya Ishikawa

はじめに

 

はじめまして。石川将也と申します。

私は、映像作家・グラフィックデザイナー・視覚表現研究者として、映像やデザイン、つまり視覚を通して行うコミュニケーションの領域で活動しています。研究者を名乗っているのは、学生時代を過ごした慶應義塾大学佐藤雅彦研究室、そして2019年まで所属していたクリエイティブグループ・ユーフラテスで行ってきた、研究・開発を通して独自の「表現手法」を産み、それを用いて表現を作ることを、引き続き活動の柱としているためです。

この連載では、私が活動を通して作ったもの(時にクライアントワークであったり、自主的な表現の研究や、作品であったりします)を題材に、それを生み出す過程で発見したことについて、お伝えしていきます。第一回は、とあるロゴデザインと、その副産物として生まれた写真についてです。

 

 

私の母校、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)は、昨年創設30年を迎えました。このロゴマークは、記念事業の一環として行われた創設30年記念ロゴマークの公募に私が応募し、採択されたものです。

公募が秋ということからもわかるように、SFCの創設30年記念に関連したイベントは昨年はほとんど実施されず、このロゴマークも、今年に繰り越された記念事業で使われていく予定です。

さっそく、記念事業の特設ウェブサイトでも、私が作成したVIガイドラインとともに、利用申請と配布が始まっています。

このロゴをデザインするにあたって、念頭においたことが2つあります。

ぼこぼことした収まりの悪さ

 

応募時に意識したのは、「すっきりとした収まりのいいロゴ」にしないということでした。SFCは、30年前に全く新しい形の大学としてスタートしました。そして特筆すべきは、30年経った今でも新しくあろうとしている点です。そこで、歴史を積み重ねてもなお、これからも変化していくこと、拡張していくことが伝わるようなデザインにしたいと考えました。そこで、静止していても動きを感じさせる、という発想から、モチーフは矢印という形を選びました。「動き続ける」ことを表現したロゴであった点が、採用に繋がったのではないかと考えています。

それでいて、いろいろな使い方を考えたくなる素材になる

 

とはいえ、ロゴは使ってもらえなければ意味がないので、採用が決まった後で、さまざまな状況(大きさ・色)を想定してVIガイドラインを策定しました。また、ロゴがたくさんの矢印で構成されていることを手がかりに、さまざまな活用したくなるような自由さを持たせたいと思い、アニメーションの作例を作ったり、
 

 

ロゴをレーザーカットで立体化した写真をガイドラインのブックの中に潜ませました。
 

 

ガイドラインが単なる守るべきルールではなく、在校生をはじめ利用者の創造性を刺激する「ちょうどいい制約」として機能してほしいと考えたのです。

実際、この3月に公開された公式ウェブサイトでは、この矢印をプログラムで大量に動かすという、表現が採られています。このように自由な発想で、在校生がロゴを使ってくれたら幸せです。

……しかし、本当に使ってもらえるでしょうか?

 

そんな不安にかられたのは、私自身がSFCから依頼を受けて、PCやスマホ用の壁紙をデザインしていた、2021年3月のある夜のことでした。納品しようとしていたのは、ロゴを中央にあしらった、「このロゴを使った壁紙」としてまず考えうるものたちでした。これはこれで間違いなく必要なものではあるのですが、私自身がガイドラインで奨励したような自由なロゴの使い方を提案しなくてよいのでしょうか?

さらには、このような状況下とはいえ、SFCに行くことなく卒業後初めてSFCから依頼された仕事を終えることへの後ろめたさのようなものまで湧いてきました。そして、気づくと、SFCの事務局へ訪問して写真を撮影したいという問い合わせのメールを書いていたのです。

メールを出した一週間後の2021年3月24日、私は実に9年ぶりに母校のキャンパスを訪れました。

事務室で挨拶を済ませ、キャンパスの中を撮影場所を求めてうろつき始めました。不安でした。というのも、どのような写真を撮るべきかは、前日の夜まで全く思いつかなかったからです。ただ、自分自身がVIガイドラインに記した、「立体化したロゴ」をよりどころにすることにし、レーザーカッターでカットした、大量の矢印を携えていました。

そして手始めに、ι館と呼ばれる小さな校舎の一角で、矢印を被写体に、写真を撮り始めました。
 

撮り進めるにつれ、自分の中の不安が薄まっていき、手応えが積み重なっていくのを感じました。
 

カメラの確認モニターに映し出された写真は、まぎれもなく私がよく知っているSFCを思い出させるものでありながら、あまり見たことのない写真になっていたからです。矢印はどれも数センチ程度の大きさにカットしていました。被写体が小さいため、写真は必然的にかなり寄った構図になってしまいます。その結果、背景として、階段の手すりの剥がれた塗装や、壁のタイルの目地など、通常の記念写真や建築写真では映らないディテールが記録されていました。そしてその質感は、このキャンパスに通っている、通っていた人たちであれば知っているであろうものでした。思わず、どこで撮影されたかいいあてたくなるような。
 

また、矢印が指向性を持つため、置く場所や向きによって、自動的に意味が生まれます。集団で置いた場合はもちろん、単体でおいても、その配置によってアニマシー(生物らしさ)や、それに伴う小さな物語が、見る側である私たちの中に生じてしまうのです。

おもわず、研究会(ゼミ)や学生同士のグループワークなど、学生生活を思い起こすような配置を試していました。
 

これは小さな鉱脈だな、と撮りながら思いました。

撮影しながら、いろいろなロケーションと、矢印の関係の組み合わせをどんどん試したくなるからです。

もうひとつ、偶然うまくいったのが、矢印に使ったアクリル板の材質です。撮影の前夜に急遽準備したため、蛍光材料の含まれるアクリル板(いわゆる集光アクリル)を使用しました。ある自主制作プロジェクトのため、私の事務所にはこの材料が大量にあるのです。蛍光材料は、周囲にある高い波長の光を受けて低いエネルギーに変換(励起)することで、発光する物質です。今回の写真は、照明をあてるなどライティング的な処理は一切しておらず、全て自然光だけで撮影しています。しかし蛍光のため、矢印が自分自身で存在を主張する写真になっているのです。

 

これは、時間さえあればいくらでも撮れそうだ、と思いました。それだけに、私が撮りつくすのではなく、この手法を提示するにとどめて、在校生も撮りたくなるような余地を残したいとも思いました。しかし、どうしても私自身で撮影したい場所が一箇所あり、それを最後に撮影を終えることにしました。
 

Ω館と言われる、大教室が集まった棟です。数百人単位の授業が行われるΩ21教室の教壇に、その日持参した、蛍光の矢印を全て並べて撮りました。SFCで授業といえば、私にとってまっさきに思い出されるのは大教室での、恩師 佐藤雅彦先生の講義でした。
 

教壇に立って撮影をしながら感じていたのは、SFCの「変わってなさ」でした。コピー機や教壇の映像機器など、機材のアップデートは見られるものの、写真で切り取られる什器や建築の質感は、私が入学した20年前と変わっていないように思えました。それは、教職員・学生によるメンテナンスが為されていることを意味しており、心地よい安堵感とともに感謝の念が私の中に芽生えました。しかし思う存分大教室の授業を象徴する写真を撮影し、振り返って教壇から教室を一望した時、ノスタルジックな気分は、水をかけられたように、一気に冷めていきました。

目に飛び込んできたのは、私の記憶にはないSFCの光景でした。大教室の数百個の座席にひとつおきに「使用禁止」という太くて赤いサインが貼られていました。ものすごい数の「禁止」の文字の圧に思わずたじろぎました。そして、自分が近くて小さいものの撮影に夢中で、その光景が完全に意識の外にあったことに、恥ずかしさをおぼえました。矢印にぐっと寄った画角は、質感の記憶を呼び起こすことには向いていても、変化を一望するには不向きだったのです。そもそもSFCは変化を続けていく存在であって欲しいと、願いを込めてロゴをデザインしたのは私です。そして目の前の「変化」は、誰かが望んだものではなく、降りかかってきたものでした。それにどう対するか、という苦闘の証でした。

この風景も撮影したのですが、この日の撮影の目的外写真にあたるので、お見せすることはできません。なので、今学校から離れている方は、ご自身の通っていた学舎の一番大きい教室の座席ひとつおきに「使用禁止」と太いゴシックで掲示されている様を思い浮かべてください。今の学生や、教育に携われている方にとっては、よくご存知の風景だと思います。

今SFCだけでなく、各地で行われている教育を守るための活動に、敬意を表すとともに、この大教室がまた私の頃のように、学生でいっぱいになる日が来るのを、願ってやみません。
 
 
※ 今回取り上げた壁紙は、SFC創設30年のサイトよりダウンロードできます。使っていただけると嬉しいです。
 
参考文献 佐藤雅彦「情報の力関係」※『毎月新聞』(毎日新聞社)収録
佐藤先生のこのエッセイを読んだ時「矢印って、なんて面白いんだ」と初めて思ったのをよく覚えています。以来、矢印をモチーフに、いくつものものを作ってきました。これも、その一つです。

ちなみに最近、もうひとつ矢印をモチーフに映像を作りました。ファーネス重工という企業の、工業炉を紹介する映像です。やはり矢印の指向性を用いて、情報を伝えています。
 
「ROTAVECT 紹介アニメーション」(作:石川将也、アニメーション:坪谷サトシ、音楽:イトケン)

 

連載Seeing Creates Something|見ることは作ること

2020年、それまで16年お世話になった古巣を離れ、個人で、視覚表現の研究と、それを用いたコミュニケーションの提案をするデザインオフィスを立ち上げました。世界情勢の影響もあり、それまでの生活とは全く異なる状況下で、制作と実験に打ち込んだ結果、幸運にも、それまで思いもしなかった発見にいくつも遭遇しました。この連載では、そうした「そんな状況にならければ見つからなかった」大小の表現と手法を、経緯と具体的な成果も交えて、お伝えしてゆきます。
 
 
石川将也|MASAYA ISHIKAWA
映像作家・グラフィックデザイナー・視覚表現研究者/1980年生まれ。慶應義塾大学佐藤雅彦研究室を経て、2006年より2019年までクリエイティブグループ「ユーフラテス」に所属。科学映像「NIMS 未来の科学者たちへ」シリーズやNHK Eテレ「ピタゴラスイッチ」「2355/0655」の制作に携わる。2020年独立。デザインスタジオ「cog(コグ)」設立。研究を通じた新しい表現手法の開発と、それを用いて情報を伝えるデザイン活動を行っている。

代表作に書籍『差分』(佐藤雅彦・菅俊一との共著、美術出版社)、大日本印刷『イデアの工場』や「Eテレ2355」内『factory of dream』を始めとする「工場を捨象したアニメーション」、「Layers Act」(阿部舜との共作、21_21 DESIGN SIGHT 企画展「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」に出展)、「ねじねじの歌」「クッキー型の型の歌」(ピタゴラスイッチ)や「そうとしか見えない」「歩くの歌」(Eテレ2355)、ISSEY MIYAKE「#hellobaobao」「ISSEY CANVAS」プロモーション映像などがある。

最新作「Layers of Light / 光のレイヤー」が令和2年度メディア芸術クリエイター育成支援事業に採択された。2019年より武蔵野美術大学空間演出デザイン学科 非常勤講師。小沢健二グラフィックバンド所属。

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