Smart Kitchen, Tasteful living

Mieleチーフデザイナー に学ぶドイツ流「キッチン」活用術

品質から機能、デザインにいたるまで、あらゆる点において世界的に高い評価を得るドイツの高級家電機器メーカー「Miele(ミーレ)」。そのチーフデザイナーとしてデザイン部門を率いるイェンツ・コイネッケさんの自宅を訪ね、プライベートキッチンを見せていただくとともに、キッチンをめぐる考えをうかがいました。

Photo by Rie Yamada
Edit & Text by Yumiko Urae

毎日、朝食と夕食を夫婦ふたりでとるテーブル。ちょっとした書き物などもここで。夏の天気のよい日にはテラスで食事をすることもある。「RICARD(リカール)」社の大きな青いポスターは同僚からプレゼントされたお気に入り。

ミーレの本社はドイツ西部、ヨーロッパを代表するルール工業地帯に近いギュータースローにある。イェンツさんはその隣りのビーレフェルトという街に暮らしている。奥様のアレキサンドラさんがビーレフェルト大学に勤めているため、4年前に現在のフラットに入居。1913年に建てられた教会の集会用の建物を改築した2階の一部で、同じ建物にはミニシアターや保育園も入っている。居住目的で建てられたフラットではないが、160平米の広さで天井の高さは4メートル50センチ、広いバルコニーと豊かな住空間が印象的だ。

食洗機やIHクッカー、オーブンはミーレの製品。食洗機は一番上にカトラリー、その下にカップやボール、さらにその下には皿や鍋など大きなものも入る。閉めればビルトインの家具の一部となる。

毎日使うカトラリーや包丁やレモン絞りといった器具は、いつでもすぐに取り出せるよう一番上の引き出しに入れてある。

普段よく使うカップやグラスは食洗機にも近い棚に収納。日本で購入した器やまな板のような食洗機に入らない物のみ手洗いする。

扉を開けると一面に調味料がびっしり並んでいるが、奥にはミーレの循環式換気システムが組み込まれている。棚の下底が換気扇になっており、すっきりとビルトインに収まっている。

ゴミ袋やラップ、ジップロックなどの消耗品はまとめて同じ引き出しに。ミネラルウオーターやジュースなどの飲み物はデポジット製のカートンごと引き出しに入れて常備している。

料理好きなイェンツさんとアレキサンドラさんにとって、キッチンは家での時間を共有する生活の中心でもある。「前に住んでいた方は、使い勝手の良いこの白いビルトイン・キッチンを取り外してそのまま引越し先に持って行くつもりでした。状態も良く、とても気に入ったのでこのまま残して欲しいと頼んで買い取りました」とイェンツさん。ドイツの「rational(ラショナル)」というメーカーのキッチン家具で、上に食器やグラス用の棚、下には引き出しのみと、いたってシンプルな造りが特徴的だ。

ドイツでは新しい家に入居する際、リビングやベッドルームのインテリアを考えるのと同じように、キッチンのデザインや使いやすさを検討する。テーブルやソファやベッドといった家具を買いそろえるのと同じように、自分たちのライフスタイルにあったビルトイン・キッチンを購入する家庭も多い。水まわりの位置が固定されていても、あるいは賃貸のマンションでも、トレンドや流行の色やマテリアルにあわせてキッチンのレイアウトを自由に変えるのがごく一般的だ。

その背景となっているのが、1926年にオーストリア人女性建築家マルガレーテ・シュッテ=リホツキーが女性の家事の負担を軽減するため、フランクフルトの公営住宅のために考えた低コストのシステム・キッチン「フランクフルト・キッチン」の影響だ。当時の集合住宅のキッチンは幅1.9メートル、奥行き3.4メートルとひじょうに狭かったにもかかわらず、クッカーや流し台、食器棚、アイロン台までを備えた画期的なものだった。第二次大戦後の高度成長期を境にキッチンのサイズは広くなったが、機能面での基本的な考え方は当時も今もまったく変わっていない。

玄関を入ってすぐの、天井の高い広い廊下が印象的。あまりものを置かず、空間そのものを楽しんでいる。

チェストやクローゼットにシャツやコートを収納するように、イェンツさんたちは鍋やフライパン、グラスや皿、食料品などのすべてをビルトインの扉の向こう側にしまっている。MieleのオーブンやIHクッカーが人気なのは、器具自体のパフォーマンスが優れているのはもちろんのこと、どんなスタイルのキッチンにも合うよう飽きのこないニュートラルなデザインで統一されているからだ。最新のラインナップの扉には開閉用の把手すらなくフラットになっていて、食洗機は上の部分を2度ノックするだけで自動的に開く仕組みになっている。オーブンや電子レンジなども右上のフラットなボタンを一度押すだけで開く。

「引っ越したばかりだったらハンドルがないさらにシンプルなものを選んで入れていたでしょうね。食洗機の良さは、食事の後、すぐに食器を洗わなくても良い点で、おかげで食後の時間をゆっくりと楽しむことができます。また自分で洗うよりずっと綺麗に洗浄してくれますし、大きな器や鍋もなどもそのまま入れられるのもいいですよね。1度の洗浄に使用する水は7.5リットル。夫婦ふたりのわが家では2日に1度しか食洗機を動かさないのでとても経済的です」

旅と料理が大好きなふたりの本棚には、いろいろな国の料理本がずらり。アジア系やエキゾチックな料理はイェンツさんが作り、アレキサンドラさんは本格的なドイツ料理がお得意だそう。

ハノーバーでの学生時代に知り合った彫刻家の教授、藤原 信の石の彫刻を今も大切にしている。アートや、特に日本の現代建築を見に行くのが好きで、デザイナーとしての仕事のインスピレーションの源にもなっているという。

イェンツさんとアレキサンドラさんはフルタイムの共働きのため、家事もすべて分担している。グラタンやタルトやキッシュといったオーブン料理はイェンツさんが主に担当。オーブンは汚れても高温で熱分解洗浄できるので、メンテナンスも簡単だ。週に1度、家の掃除のためプッツフラウ(お掃除をお願いする女性のこと。女性の社会進出度が高いドイツでは、一般家庭でもごく普通に利用)に入ってもらう。自分たちは週に1度、週末に掃除をし、3カ月に1度、引き出しや棚を拭く程度だそうだが、いつもすっきりと片づいた様子だ。

現在は出産をひかえて10カ月の産休時期に入っているアレキサンドラさんのために、イェンツさんはふだん以上に買い物や料理などを担っている。もちろん、家事を負担と感じることはなく、キッチンでアレキサンドラさんと話しながら料理をする時間がとても楽しいと微笑む。

イェンツさんの座る革製の椅子は、ドイツ北部の街キールで暮らす祖母から受け継いだもの。いつのものかわからないくらい古い思い出の椅子だそう。

「最近のトレンドとして、ヨーロッパではキッチンがますます家具化してきています。シンプル化の流れとは逆に、ガラスを多用して中の食器などを見せる傾向も強まっています。キッチンには本当に個人それぞれのテイストが表れますからね。それだけに、20年の寿命が約束されているMieleの製品(本当はそれ以上の期間にわたって使える)に、誰もがずっと使い続けたくなるデザインを提供していくことが僕らデザインチームの役割なんですね」

ドイツでも日本でも、キッチンを人任せにするのはつまらないしもったいない。使いやすさやデザインに加え、自分たちのライフスタイルや価値観を反映させる場所として捉え直してみると、キッチンについて考えをめぐらせる作業もそこで過ごす家族との時間も、もっともっと楽しくなるはずだ。

profile

イェンツ・コイネッケ|Jens Keunecke
キール出身。ハノーバー工科大学エンジニアリング科卒業(インダストリー・デザイン専攻)。ロンドン・ブリュネル大学留学、広島市立大学留学後、同校でデザイナーとしてのプロジェクトを展開。1999〜2006年ジーメンス・デザインアフェアーズのシニアデザイナーを経て、2006年よりミーレ&シーのデザインチーム・チーフ。