あそび道具の開発や輸入販売、子どものあそび場の企画・運営のパイオニアである〈ボーネルンド〉の取り組みをお伝えするシリーズ第7弾。今回は社長の中西弘子さんと、福島県郡山市の小児科医・菊池信太郎先生にお話いただきました。お二人は2011年12月にオープンした室内あそび場「ペップキッズこおりやま」設立の際、共に尽力された間柄です。震災から10年が経ち、コロナ禍という不安に見舞われた時代に、子どもたちを取り巻く環境と、あそびの重要性について語っていただきました。
text & edit by Mari Matsubara
——まずはお二人がどのようにして出会われ、「ペップキッズこおりやま」の開設に至ったのか、お聞かせくださいますか?
中西 東日本大震災が起きた直後、私たち〈ボーネルンド〉は、社内で「被災エリアの子どもたちを支援する会」を立ち上げ、避難所や保育園にあそび道具を寄付したり、取引先の海外玩具メーカーに支援を呼びかけておりました。そうした中、以前慶應義塾大学病院の中に「キッズルーム」を作らせていただいた時からのご縁で、同病院の小児科医・渡辺久子先生から、教え子であられる菊池先生を紹介いただいたのが最初ですね。
菊池 はい。2011年3月、東日本大震災の直後、まだ新幹線も復旧していない頃に渡辺先生がいち早く郡山に来てくださり、被害の状況や避難所での様子を見て回って、子どもの居場所を確保することが必要だという話し合いをしました。その後、5月に渡辺先生が〈ボーネルンド〉の本社に伺うことになり、僕も連れて行っていただき、初めて中西社長にお会いしましたね。その時、僕なりに郡山の状況や子どもたちが置かれている環境について1時間ほど説明させていただきました。
中西 私たち〈ボーネルンド〉は「子どもの健やかな成長にあそびを通して貢献する」ことをミッションとしていますが、ビジネスの推進と同時に、これまでにも有事には真っ先に被害に遭った地域の子どもたちの支援をしてきました。ちょうど、東北地方のお客さまからもウェブサイトを通じて「室内あそび場を作ってほしい」という要望もいただいておりました。
菊池 5月といえば、放射線量の心配があって、子どもたちは家から一歩も出られなかった頃です。その後、少しずつ制限が緩和されましたけれど、園での外遊び時間は最初のうち乳児は15分、幼児は30分間だけという厳しさでした。
中西 子どもは外に出て思い切り遊ぶのが仕事なのに、体を動かすこともできず家の中に閉じこもっているなんて、遊びながら育つ子どもたちにとってあってはならないことだと思いました。そこで菊池先生にご尽力いただき、郡山の繁華街にある百貨店の目の前のビルの1フロアを使って、8月に3日間だけ屋内あそび場を設けたイベント「元気なこおりやま 夏のキッズフェスタ」を開催しました。私たちが20年前から室内あそび場「キドキド」で培ったノウハウを活かすことができました。
菊池 行政の方には「きっと人は集まらないよ」と言われていましたよね。震災後まだ5カ月ですし、市民はそれどころではないだろうと。それが……
中西 蓋を開けてみたら、1日に1,500人もの親子が殺到しましたね。子どもたちが必死に遊んでいる様子を見て、涙が出るほど嬉しかったです。
菊池 かつて郡山でこんなにたくさんの人が集まったことがあっただろうか?というぐらい大勢の方に来ていただき、びっくりしました。子どもたちは大喜びで、夢中になって遊んでいました。みんな日に焼けてないから、真っ白な肌でしたね。「今年になって初めて子どもが汗をかいた」とおっしゃるお母さんもいました。
中西 この様子はNHKでも報道されました。それを菊池先生とも交流があり、郡山でスーパーマーケットを展開する〈ヨークベニマル〉の大高善興社長(当時)がご覧になって、大変共感してくださいました。9月には、大高社長がお一人で東京のボーネルンド本社にお見えになりました。「震災後の親子に役立つことをしたいと思っていたが、まさに具体策はこれだと思った。ぜひ常設の室内あそび場を郡山に作りたい、ついては資金面で援助をしたい」という夢のようなお申し出をいただいて。そこから私たち、フル稼働でしたね。
菊池 室内あそび場を子どもたちへのクリスマスプレゼントにしよう、を合言葉に大人たちが団結し、オープンまでわずか3カ月余りという異例の短い期間で完成させましたね。
中西 1,900㎡もの巨大な施設ですから、通常なら企画から設営まで1年以上はかかる規模です。
菊池 それに、工事よりも前に除染作業も必要でしたからね。駐車場のアスファルトを全部剥がして、土を除染して……朝から晩まで突貫工事でした。
中西 それでも2011年12月23日にオープンできたのは、大高社長も、我々も、また郡山市長をはじめ行政の方々も「子どもたちになんとかしてあそび場を作ってあげたい」という熱い思いがあったからですね。おかげで様々な障壁を乗り越えて、奇跡的にオープンに漕ぎつけました。
菊池 そうしたら予想以上にたくさんの子どもたちや親御さんが詰めかけてくださって。ああ、こういう場所を作って良かったなと心から思いました。僕からの要望は3つあって、「屋内にドでかい砂場を作ってほしい」「一直線に走れる場所を作りたい」、そして「三輪車を漕げる場所がほしい」ということでした。まったくの直感でこの3つは必要じゃないかと思ったのですが……
中西 オープンの日は冬の真っ只中で、もちろん寒いのですが、子どもたちはみんな裸足になって砂場に飛び込んでいって、全身で遊んでいましたね。菊池先生の直感は当たっていますよ。子どもたちのあそびの原点は砂場なのです。砂は水をかければ手で丸めることもできるし、スコップで掘ったり、お城を作ったり、いろんなあそびの基本が詰まっていますから、子どものあそび場にとても大事なんです。
あそび場に重要なプレイリーダーという存在
中西 震災から10年、「ペップキッズこおりやま」のオープンからも10年が経ちました。私たち〈ボーネルンド〉もずっと運営に携わっておりますが、最近の様子はいかがですか?
菊池 オープン以来、2021年1月末までに累計で242万4,000人の方が来られました。昨年はコロナで閉鎖したり、人数制限もあったので数字が減りましたが、それでも年間約30万人のペースです。
中西 郡山市の人口が30万人ですから、それはすごい人数ですね。
菊池 福島県内に唯一ある空港の年間利用者数よりも多いんですよ。どうしてこんなにたくさんの方にお越しいただいているかと考えると、震災直後は、外で遊べないからという理由で「ペップキッズこおりやま」を利用される親子が多かったわけですが、しかしこんなに面白い場所は他にない、とリピートされる方が多いのです。屋外で遊べるようになってからも、また「ペップキッズ」に来たいと思ってくださる方が増えました。
そしてリピーターになればなるほど、子どもたちは以前できなかったことができるようになり、いろんなあそびや運動が上手になり、活発になります。それからあそびの副産物とでも言いましょうか、「友達と仲良くする」「順番を守る」「靴を揃える」「使い終わった遊具を片づける」といったことを学べるのです。社会性やコミュニケーション能力の育成にもなっている。それには「プレイリーダー」という存在が非常に大きいと思います。
中西 プレイリーダーは、私たちが20年前に「キドキド」という屋内遊び場を生み出して以来、ずっと育成し、研修を行っています。プレイリーダーは子どもの「やってみたい」という意欲を引き出す役割を担っていますが、単にあそびを誘発するというだけではなくて、親と子をつなぐ役割も持っています。子どもはあそびを通して自分ができたことをお父さんやお母さんに見てもらいたいのです。そして、それをちゃんと親が見て反応してあげることが大事です。スマホを見てばかりで気づいてあげられないところを、プレイリーダーがお手伝いして親に見るように促し、子どもが達成感を味わえるようにします。
菊池 親は仕事で忙しかったり、スマホや携帯やSNSなどの誘惑があったり、子どもを取り巻く環境は難しい時代です。そんなときプレイリーダーは子どもたちの心のよりどころになっていると思います。
コロナ禍で再認識したい「子どものあそび」の重要性
中西 昨年には、全世界がコロナという未曾有の事態に直面しました。自粛生活を余儀なくされ、「ペップキッズこおりやま」も一時期閉鎖をしたり、入場者を制限したりしましたね。この状況に、菊池先生はどのように立ち向かわれていますか?
菊池 震災後は屋内にさえいれば大丈夫でしたが、コロナ禍では屋内であろうとも密になってはいけないと言われています。しかし子どもは本来、群れて遊ぶのが好きなのです。くっついちゃダメ、と言ったって限界がある。子どもたちは震災時よりも厳しい制限下に置かれているんです。大人の社会生活では我慢さえすればそれで済むのかもしれませんが、子どもに同じ我慢を強いることは、子どもの成長発達を阻害することになってしまいます。ですから大人の世界の考え方をそのまま子どもの世界に落とし込んではいけないと思うのです。子どもの1分1秒は、大人のそれ以上にはるかに大事な成長発達のための時間です。そういう認識を世の中の人みんなが共有してほしいと思いますね。
中西 おっしゃる通りです。私も「今こそ、子どもにもっとあそびが必要だ」と世の中に訴えかけたいのです。日本はコロナの第一波の時に真っ先に全国休校にしてしまい、学業の遅れを取り戻すために夏休み返上で暑いさなかに登校させた地域が多くありました。そんなことを子どもに強いるなんて、子どもが成長発達する機会を奪うことになるのではと心を痛めました。子どもの成長にあそびが必要なことは、コロナ禍でも変わりありません。でも日本ではそのことへの理解があまり進んでいないのが残念です。
菊池 あそびという言葉にはいろんな意味があると思います。しかし、子どもが自分で興味を持ったり、やってみたいと思ったりすること、そのための機会や場を大人が用意してあげることが大事だと思います。そこに一人、二人と別の子どもが集まってきて、あとは勝手に子ども同士工夫していろんなあそびに発展していく。それが本来の「あそび」で、テレビゲームやスマホの中の遊びとは違います。言ってみればゲームでは子どもが「遊ばれて」いるのだと思うんですよ。
中西 ゲームやテレビなどは、外部から与えられる一方的な刺激です。そうではなくて、子どもが自発的に「これ何だろう」「触ってみたいな」「挑戦してみたい」と思い、決断して手や体を動かす、というのが本当のあそびであり、こういった実体験を通して子どもは自ら生きる力を獲得していくものなのです。
菊池 屋外だろうと、家の中だろうと、それが何であってもいいんですよね。
中西 外出できない親子が一緒にキッチンで料理するのも、とてもいいあそびだと思いますよ。
菊池 中西社長が「子どもにはあそびが大事だということへの理解が進んでいない」とおっしゃったように、僕も日本は子どもに対して冷たい国なのではないかと思っています。少子化を憂いていると言いながら、なかなか予算は下りてこないし、真剣に考えている人は少ない。震災時も子どものことは後回しだったという経験があります。そして昨年からコロナ禍が追い討ちをかけました。2つの経験があったからこそ、子どものことを世の中の人みんながもっと大事に考えてほしいと強く思います。子どもなしには日本の将来はないんですから。子どものあそびを保障することは、電気やガスや水道など我々大人にとってのライフラインを確保することと同じぐらい重要なことだと認識してほしいです。
中西 コロナ禍と、2011年の震災は、子どもから遊ぶ機会が奪われるという点で共通点があります。菊池先生とこうして意見を交わすことで、より多くの方々に「子どもにはあそびが不可欠である」ということを理解していただければいいなぁと思っています。
菊池 それはどんな世の中になっても変わらない、絶対的な本質です。僕は小児科医として、中西社長は〈ボーネルンド〉のトップとして子どものあそび場づくりに取り組んできたことは、絶対に必要なことだったと自負しています。
中西 私も同じように感じます。コロナ禍においては子育て中の親御さんは大きな不安を抱えていることと思います。周囲の目が気になって、子どもをのびのびと遊ばせることができないという話も聞きます。そんな状況だからこそ、〈ボーネルンド〉は、子どものあそびの重要性を広く社会に理解していただくよう努め、できうる感染症対策をしっかりと行い、安心して遊べる場所と機会を提供したいと考えています。ですので、これからも菊池先生と連携し、お知恵をお借りしながら、一緒に頑張っていきたいですね。
SHARE