Making the most of vacant space

ロンドンの建築ユニットに学ぶ、都心の再開発予定地を有効活用するアイデアとは?

コロナ禍のロックダウンで外出自粛が続くなか、庭やアウトドアスペースが心身に与えるポジティブな効果に注目が集まっている。ロンドンの中心地にある〈オアシス・ファーム・ウォータールー〉は再開発予定のある空き地を利用して作られた小さな都会のファームだ。

TEXT BY MEGUMI YAMASHITA
PHOTO BY Peter Cook
EDIT BY Kazumi Yamamoto

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1/3細長い敷地。左がバーン(納屋)で、中央がファーム、右奥がここをデザインした〈フィールデン・ファウルズ〉のスタジオ。
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2/3病院関係者の寮などのビルを背景にしたスタジオの建物。
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3/3場所はウォータールー駅の近く。大観覧車ロンドンアイも見える。

期間限定でも最大限に利用する

「ゴーン、ゴーン」、テムズ川の対岸から聞こえてくるビッグベンの鐘の音。同時に「メーメー」「ガーガー」という羊やアヒルたちの賑やかな鳴き声が聞こえてくる。このファームの全体のプランと建物をデザインした建築ユニット〈フィールデン・ファウルズ〉のスタジオも、ファームに隣接して敷地内に建てられている。

ユニットを率いるファーガス・フィールデンとエドムンド・ファウルズの二人に話を聞いた。
 
 
——こんな都心にファームがあるのもびっくりですが、その横にお二人の設計事務所を建てられたことにもびっくりです。どのようにしてこのプロジェクトが実現したのでしょうか?

FF ここは近くにある国立病院が所有する土地なんですが、再開発の計画はあるものの、長年、荒れた空き地になっていました。それで開発が始まるまでの期間だけでも有効に活用できないかという話になったのです。コミュニティと青少年をサポートする慈善団体〈オアシス〉を中心に、子供たちが家畜の世話をしたり、野菜を育て、食べ物について学ぶことができる小さなファームを作ろうというところから始まりました。

ファームに面したバーンの入口。多目的に使えるスペースに。

屋根を支えるトラス構造もデザインの一環。

外に面したサイドの外壁では木を菱形状のパターンに配置。

まずは1700平方メートルある細長い敷地全体のマスタープランを考えたわけですが、少しスペースに余裕があるので、ここに自分たちのスタジオを建てられないだろうか、と考えました。当時、まだ駆け出しだった僕らが、家賃の高いロンドンの中心地にスタジオを構えるなんて夢のような話でしたが、交渉した結果、設計料をチャージしない代わりに地代免除で私たちのスタジオも建てられることになったんです。

——なるほど。ただし再開発までの期間限定ということですよね?

FF そうです。敷地内には私たちのスタジオ、ファーム、そして多目的に使えるバーン(納屋)がありますが、どの建物も立ち退く際に解体して移築ができることを前提にデザインしました。当初は数年で立退きになる想定でしたが、再開発の予定もだんだん延びているので、まだしばらくここにいられそうです。コロナ禍でさらに延びるかなと思っていますが、移築先は探し始めています。

スタジオは2つの建物からなる。

スタジオの内観。空調はパッシブ換気のみ。 Photo by David Grandorge

スタジオ前のガーデンはダン・ピアソンのデザイン。 Photo by Feilden Fowles

——シンプルながらよくデザインされていますね。長い庇があるスタジオの建物は日本的な感じもします。

FF スタジオは木造のフレームに波型のアスファルトシート(オンデュリン)の屋根を乗せたシンプルな建物です。パーンの方も木造ですが、壁や屋根の一部は半透明のポリカーボネート板で、明るく開放的なスペースになっています。無駄を省き簡略化しながらも構造やディテールにこだわり、仮設っぽく見えないデザインを目指しました。ファームにはアウトドアキッチンもあります。

野菜や動物を育てるセラピー効果

——ファームはどのようにして運営しているのですか?

FFオアシス・ファーム・ウォータールー〉として、〈ジェイミーズ・ファーム〉とのコラボレーションで運営されていますが、単なる地域の憩いの場、というのではなく、都会の子供達のメンタルヘルスをサポートのすることが最大の目的です。非営利の慈善事業ですが、有料の大人向けクラスやワークショップ開催したり、バーンではコンサートを開いたり、パーティーやイベントに貸し出すことで建設費用を回収したり、運営費を賄ったりしています。

——〈オアシス〉は教育関係やホームレスのための住居の提供など幅広い慈善事業を行なっている団体ですが、〈ジェイミーズ・ファーム〉とは?

FF 学校や家庭で問題のある都会の子供達を田舎の農場にステイさせ、農作業を通したセラピーを提供する慈善事業です。実はジェイミーは私(ファーガス)の兄なんですが、心理療法士の母と共同で始めた事業になります。現在はここを含めてイギリス各地に計5カ所の〈ジェイミーズ・ファーム〉があります。都会の出張所となるこちらは〈オアシス〉との共同運営ですが、ここでは「ファーミング、ファミリー&セラピー」という独自のセラピーをベースにした6週間のコースなどを提供しています。ここに通ってから田舎の〈ジェイミーズ・ファーム〉にステイするプログラムもあります。

左が羊や山羊、豚の飼育舎。右奥にはキッチンも。

地元の学校との提携で教育プログラムを組んでいる。 Photo by Feilden Fowles

開放的なスペースで子供達のメンタルヘルスもアップ。 Photo by Feilden Fowles

——「ファーミング、ファミリー&セラピー」についてもう少し聞かせてください。

FF 〈ジェイミーズ・ファーム〉では、10歳から16歳までの10人ほどのグループを5日間ファームに滞在させるコースを提供しています。学校や家庭やソーシャルメディアから離れ、一緒に農作業をしたり、料理をしたり、馬の世話をしたりすることで、自己否定感をなくして自分らしさを取り戻し、自己表現ができるように指導しています。

——実際にどのくらいのセラピー効果があるのでしょうか?

FF この〈ウォータールー・ファーム〉のデータですと、参加者の79%が自己評価が上がったと答えています。学校の勉強などについていけない子供の率が71%から49%に下がったという結果も出ています。イギリス人は概してガーデニングや田舎が好きなわけですが、都会の低所得家庭はガーデンもなく、田舎に行く機会も少ないケースが多いのです。だから小さいファームでも意外なまでにセラピー効果があるようです。

土地と人に捧げる建築を

——スタジオは2つの建物からなりますが、中庭の部分はファームともひと味違うステキなガーデンになっていますね。

FF ガーデンはダン・ピアソンのデザインになります。建設が中止になってしまった〈ガーデン・ブリッジ〉の準備の一環で、この土地を使ってもらったのです。世界的なガーデンデザイナーの庭をタダでゲットできて本当にラッキー!でした。これががきっかけで、ダンの田舎の家にバーンを建てるプロジェクトも依頼されました。

——為せばなると言いますか、すべてが巡ってつながっている感じがします。

FF 建築家の仕事は、その土地とそこにいる人に捧げるものを作ることだと考えています。期間限定という条件でも、地域や人々に長期的に良いインパクトを与えるものが作れることを示せたかと思います。私たちにとっても、今後につながる大きなステップになりました。

コロナ禍を機にテレワークが一般化し、これから働き方も多様化していくでしょう。私たちもロンドンを離れ、このスタジオを田舎に移築するかもしれません。都市部を離れる人が増えれば、都心のオフィススペースは空きが増え、借りやすくなるかもしれません。その時与えられた条件で何ができるか、フレキシブルに考えていきたいと思います。
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30代半ばの二人は、ターナー賞受賞で話題を集めた〈アセンブル〉のメンバーと同時期にケンブリッジ大学で建築を学び、リーマンショック直後に社会に出ている。各種の建築賞を受賞しているこのプロジェクトは、資金がない、場所がない、経験がないと諦めず、限られた条件下でもここまで素晴らしいものができることを示している。コロナ禍で先への不安が募るなか、最善を尽くせば、次につながるという二人のポジティブさ。それだけでもセラピーになる。

フィールデン・ファウルズ ファーガス・フィールデン(右)とエドモンド・ファウルズ(左)による建築ユニット。2019年〈ヨークシャー彫刻公園〉の〈ザ・ウェストン〉でスターリング賞候補に。ロンドンの〈自然史博物館〉のアーバン・ネイチャー・プロジェクトやヨークの〈鉄道博物館〉などを進行中。 Photo by Kendal Noctor

 
Oasis Farm Waterloo

18 Carlisle Ln, London SE1 7LG, UK 
☎︎+44(0)7747 486208 
※一般にはオープンしていないが、定期的に参加できるイベントを主催する。