Garden Bridge project scrapped

ロンドンの「ガーデンブリッジ」計画はなぜ中止されたのか?

ロンドンのテムズ川に計画されていた「ガーデンブリッジ」。ヒルズライフ2016年1月1日号の巻頭特集でも大きく取り上げ、2018年の完成が楽しみにされていたが、建設開始を前にして中止が発表された。一体何があったのか? 同特集を担当したロンドン在住の建築ジャーナリスト、山下めぐみがその背景に迫る。

TEXT BY Megumi Yamashita
Image Courtesy of Garden Bridge Trust

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    1/6ダン・ピアソンにより、270本の木、2000本の低木、2200本の多年草やシダ類、6400個の球根が植栽予定だった。

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    2/6ロンドンの歴史や自生の植物を尊重し、湿地と草原からイングリッシュガーデンまで、5つのテーマのガーデンが連続。

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    3/6川の上という厳しい条件下、四季の変化が感じられる植物が選ばれた。クリスマスツリーもその中の一つ。

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    4/6橋の北側は歴史ある法曹院や教会のあるテンプル地区。地下鉄テンプル駅とも直結になる計画だった。

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    5/6外壁は銅とニッケルの合金製、2本の支柱を中心にアサガオのように広がる大きな鉢を2つつなげたようなフォルム。

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    6/6夜0時までオープンが予定され、ロンドンの夜景を楽しむには絶好のロマンチックなセッティングだった。

政治に翻弄され、花と散ったガーデンの橋

「テムズ川の真ん中にもガーデンがあったらどんなにステキかしら?」

イギリスの有名女優ジョアナ・ラムリー(写真右)のロマンチックな発想を発端に始まったロンドンのガーデンブリッジ計画。テムズ川に歩行者と自転車専用のガーデンの橋を作ろう、というものだ。 ロンドン五輪後の高揚感が残るなか、当時のロンドン市長、ボリス・ジョンソン(現・英国外務、英連邦大臣)による派手なプロジェクトのひとつとして2013年から進められてきた。
 

橋のデザインは、オリンピックの聖火台で注目を集め、今や世界各地にプロジェクトを抱えるトーマス・ヘザウィック(写真中央)。その橋を、六本木ヒルズのルーフガーデンも手がけている世界的ガーデン・デザイナー、ダン・ピアソン(写真左)が、600種類もの木々や草花で彩るという。まさに夢のような計画で、ロンドン市民からも大きな支持を得ていた。

テムズ川の上に浮かぶ小さなオアシスとして、間違いなくロンドンの新しい名所になるはずだったのだが……。Map by bowlgraphics TOKUMA

計画当初は個人や企業からの寄付金で建設されるという話だった。ところが、ロンドン交通局と国の交通省からも予算が計上されるに際し、その経過の不透明さを指摘する声が上がり始める。ジョンソン元市長はラムリーと子供の頃から親交があること、また 当時のオズボーン財相もジョンソンの盟友と見られており、癒着的な疑惑が持たれるのも当然だろう。

実際、各種の公共費削減に躍起になる保守党政権にとっては、これは異例の優遇策だ。また、ロンドンばかりに投資が行われることに、地方からの異議も上がった。それに加え、大口の寄付を行う企業や個人のパトロンが、年に12回「貸切り」で使えるという条件に、血税を投入しながら、億万長者が公共広場を私物化するのか、という反発も起こり始める。

潮の流れが決定的に変わったのは、昨年、保守党のジョンソンに代わり、労働党のサディク・カーンが市長になってからだ。パキスタン系移民の子で、ジョンソンとはバックグランドも政策も大きく異なるカーン市長。彼によって、舵はグッと左に切られることになった。華美なプロジェクトより地道な公共事業を優先するべく、政策が移行した。

これを受け、前市長の置き土産であるガーデンブリッジの調査が始まる。それによって立案から資金調達まで、公共プロジェクトとしては、極めて異例であったことが明らかになる。既に公約された公費の半分以上がこのプロジェクトに注ぎ込まれているものの、これ以上の公費投入は正当化できないというのが調査委員の結論だった。

平たく言えば「高すぎる」ということだろう。最終的な総工費の見積もりは、当初概算の3倍以上の2億ポンド(約300億円)。総工費の約30%が公費で賄われ、 寄付金でカバーされるのは35%止まりだ。となると残り35%をどうするのか? またロンドン市の負担となる年間維持費も、ガーデンということもあってかなりの金額になる。

カーン市長は「建設費及びメンテナンス費の保証はできかねる」という方針を発表。これによって、ガーデンブリッジ計画に正式に終止符が打たれることになったのだ。結果として、これまで使われたものと違約金などを合わせ、4,700万ポンド(70億円)もの税金を 「川に流す」ことになったことへの批判も多く、責任追及の動きも強くなっている。

その矛先が向けられるのは、現在、外務大臣の地位にあるジョンソン元市長だ。 ケーブルカーやオリンピック会場のタワーなど、彼の政策下で建設されたものには、派手なばかりで無用の長物的なものが少なくない。いずれも公費に加えて大企業がスポンサーにつくことで実現したものだが、これによって公私の区別が曖昧になったり、癒着への懸念が広がるのは避けがたいだろう。

またEU残留派が多数を占めるロンドン。元市長のジョンソンが手のひらを返したようにEU離脱派に回ったことへの落胆と批判も、その背景にある。EU離脱派を沈静化するため国民投票に打って出たキャメロン元首相とジョンソンは、イートン校からの盟友にしてライバルだ。次期首相を狙うジョンソンは、一か八か離脱派に付いたのだろう。そして予想に反して投票結果は「EU離脱多数」となり、キャメロンは失脚。これで首相になるかと思われたジョンソンだが、ここでも裏切り劇があり、現在は外相の座に付いている。

ガーデンブリッジに3,000万ポンド(45億円)の国費投入を公約したキャメロン派のオズボーン元財相も議員を辞職。彼の場合、政治がダメならメディアで勝負ということか、ロンドンで一番読まれている日刊フリーペーパー「イブニングスタンダード」の編集長に転職した。ジョンソンやEU離脱派への批判と取れる記事も少なからず、ライバルたちの対決が場外にもつれ込んでいる、といった展開である。

今のイギリスは、川をさすらう船のようなものだろう。EU離脱という行き先が決まっているようで、なかなかそこにたどり着くことができない。EU離脱交渉の難航のみならず、社会保障の削減や公務員給与の凍結などで、保守党政権の支持率も下落。労働党への政権交代は遠くないとの予想もある。こうした政治劇をシェークスピア的に見るなら、このガーデンブリッジは、これ以上ない壮大で美しいプロットだった。前代未聞の壮大なプロジェクト。それは一つの時代を象徴する幻のプロジェクト。真夏の夜の夢のごとく、惜しまれながらも、花と散り去った。


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The Garden Bridge
2013年に計画が始まった歩行者と自転者専用のガーデンの橋。テムズ川のウォータールー橋とブラックフライヤー橋の中間に位置し、全長366メートル、面積2,500平方メートル。年間700万人が訪問するとの試算で経済効果が期待された一方、交通インフラとしての必要性は低かった。2017年8月、計画中止が発表された。

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