知育玩具のパイオニア〈ボーネルンド〉の取り組みをご紹介する第6弾。多くの玩具が氾濫する今だからこそ、子どもに与えたい“本物”のあそび道具とは何なのか? 同社の中西みのり副社長と、明星大学教育学部教育学科教授の星山麻木先生に語り合ってもらいました。
PHOTO BY Yu Inohara
text & edit by Ai Sakamoto
子どもの発達段階に合わせたあそび道具選び
星山 親御さんにとって、子どものあそび道具選びは難しいもの。大人がいいと思うもので、必ずしも子どもが遊ぶとは限りませんからね。
中西 ボーネルンドでは、子どもの発達段階とあそびの種類をかけ合わせることを提案しています。たとえば、生後6カ月ほどでお座りができるようになったら「指先あそび」、2歳頃になったら何かになりきる「ごっこあそび」といった具合に10種類ほどに分類。その上で、子どもの成長や興味に合わせてあそび道具を選んでもらうようにしています。
星山 子どもが何に興味を持つかは、正直、ご両親にはわかりづらいところ。それを長い間、あそび道具に携わっている会社が、系統立てて案内してくれるのはいいですよね。
中西 興味は人それぞれなので、お子さんの“今の状況”を見て、判断してもらうのが大切だと思っています。
星山 あそびは、子どもにとって生きることのすべてですからね。思考すること、失敗すること、発見すること、そういったことがすべて詰まっている。子どもたちには、それぞれ個性やタイミングがあるので、必ずしも大人の思った通りにはなりません。
中西 あそび道具を渡したからと言って、急に遊び出すわけでもないですよね。遊ぶに至るには、少なからず大人の関与やいざないが必要。それでも、まったく興味をもたれないものもありますけれど(笑)
星山 「興味を示さない=選び方を間違えた」ではないんですよ。あそび道具を選び取るのは、あくまでも子どもの側だということ。今はあまりにも選択肢が多くて、大人がそれを探し出すのは難しい。そのヒントをボーネルンドは示してくれているんでしょうね。
作り手の顔が見えるアイテムとは?
中西 赤ちゃん時代は成長がめまぐるしい半面、笑ったり怒ったりといった表情が出てきたり、お座りができるようになったりと、変化がわかりやすいので、あそび道具選びも比較的楽だと思います。お座りができると、手が自由に使えて、空間認識力も上がり、視野も興味も広がっていく。その広がっていく子どものアビリティ(能力)に応じて選んでいけばいい。
星山 子どもは運動機能の発達につれて、自由に動きが広がっていきますからね。たとえば、0〜3カ月の赤ちゃんは、外部からの働きかけがなければ、寝かされている向きの世界しか見えません。それが、だんだん動けるようになってくると、平面から立体の世界に入ってくる。その時に笑いかけられたり、音が鳴ったり、手を伸ばした先につかめるものがあったりすると、自分と見えているものとの関係性がわかるようになります。そういうことを繰り返しながら、これを相互作用というのですが、脳の中で神経系の発達がより複雑に促されていくんです。
中西 頭では理解していても、実際にはどうすればいいかわからず悩んでいるお母さんは多いと思います。先生からアドバイスするとすれば、どのようなことがありますか?
星山 かわいいぬいぐるみや、音の出るもので働きかけてあげてください。赤ちゃんの側からすると、お母さんが何かしてくれているということがわかり、信頼関係が築かれていくんです。
中西 私たちもあそび道具は、母子をつなぐ媒体と考えています。一緒に遊ぶことで、母子が互いに学び合い、成長していくための大切なツール。
星山 そう、重要なのは、親御さんがその役割や価値をきちんと理解した上で、いい物を選んでいるか? ということ。私がボーネルンドを好きなのは、その大切さをきちんと伝えてくれているところなんです。
ボーネルンドとの出合い
中西 先生に初めてお目にかかってから、もう10年以上が経ちます。ボーネルンドの存在をお知りになったキッカケを改めて教えてください。
星山 私は、発達多様性のある子どもたちの療育や指導が専門で、彼らにいくつかのあそび道具を与えると、不思議とボーネルンドの商品を選ぶことが多かったんです。療育をやっていると、たくさんの道具に触れるのですが、似たようなものばかりなのも事実。そんな中で、「あっ、これいいな」と思って見てみると、ボーネルンドと書いてある。そこから追っかけが始まったんです(笑)
中西 オランダのジョイトーイ社が作る、ビーズとワイヤーでできた知育玩具「ルーピング」を教育学部の授業で使っていただいているとか。
星山 よく考えて作られているものなので、お母さん方や先生方の研修にも使っています。自分が無心になって遊んでみると、一緒に遊ぶ楽しさや、そのグレードも理解できますからね。
中西 「ルーピング」は、元々リハビリテーションのための道具から派生したものなんです。子どもの成長や発達の分野でも、運動を促すことは重要。空間を認識する上でも重要な役割を果たしています。
星山 赤ちゃんは、動くものを目で追う習性があるので、親御さんが色とりどりのビーズを動かすとずっと見ていますよね。そこには、さまざまなカーブや奥行きがあって、前後左右、そして回旋運動が見られる。わざわざ「右、左、斜め」と言って教えなくても、手で動かしているうちに、自然と脳の中で空間を学ぶことができるんです。
中西 いろんなタイプのものがあって、中には対面で操作できるものも。年齢があがって一緒に動かせるようになると、本当に楽しいんですよ。小さい頃って、親子で一緒に体験できることが少ないので、感動してしまう(笑)
星山 みのりさんが子育てしてきた中で、とくに思い出に残っているものはありますか?
中西 娘の最初のお友達「リトル・ベビーステラ」ですね。まだしゃべれない時から、「チュッチュ」と呼んでお世話をしていて、おむつを変えたり、一緒にお風呂に入ったり(笑)。大人から見ると、すごくシンプルなお人形なんですけど、逆にそれが再現あそびしやすいみたいで。
星山 完全に子どもの嗜好に寄せたデザインですね。大人なら、ここに髪の毛を生やしたいと思うもの(笑)
中西 キャラクター玩具が出てくるのは、もう少し上の年齢になってから。小さい頃は、シンプルに自分の目的が果たせるほうがいいので、精巧である必要はないんです。
星山 ごっこ遊びは、赤ちゃんとお母さんの関係性の再現ですからね。発達の観点からすると、対人関係や情緒の安定、親子関係の再現でもある。心の発達を促すために大切なあそびなんです。
“本物”のあそび道具を求めて
中西 私たちが、あそび道具を選ぶ際に大切にしていることに、作り手の顔が見えること、他者の真似ではないオリジナルであること、きちんとした意図をもって作られていることがあります。先生にとって、よいあそび道具とはどういうものですか?
星山 作り手の思いが感じられるものですね。たとえば、この「ルーピング」を見てみると、指を入れる空間の作り一つとっても、対象年齢の子どもの手のサイズに合わせていることがわかります。実際の子どもの動作がわかった上で、試行錯誤した人にしか思いつかないアイデアがいっぱい詰まっている。
中西 ビーズがワイヤーから外れないようになっているのもポイントですよね。普通、このサイズのものは子どもが誤って口に入れてしまうと困るので、触れさせることを躊躇してしまう。その点でも、作り手の子どもに対する配慮と思いが溢れています。
星山 私は試行錯誤できるというのも“本物の”あそび道具の条件だと思っています。例えば、ボタンを押すだけで正解がわかるようなものがあったとしますよね。ワンパターンなあそびって、面白いから子どもは最初こそ飛びつくけど、すぐに飽きてしまう。そうではなくて、何通りもの答えがあることが重要なんです。
中西 試行錯誤するという点では、ブロックや積み木も同じですよね。
星山 そうですね。そんな時、大人が注意しなくてはいけないのは、自分のイメージ、例えば「○○を作って」と正解を設けて、子どもをそちらに誘導すること。本来、シンプルな素材の中に、たくさんの思考や、たくさんのトライ&エラーを含めることができるよう設計されているのですから、そこにはたくさんの答えがあるはず。「何を作ってもいい」と言えるぐらいの多様性や幅があること、それが大切なんだと思います。
中西 以前、娘が磁石を内蔵した幾何学ブロック「マグ・フォーマー」で遊んでいたときのこと。本来の使い方とはまったく違う、ただ横につなげていき、幾何学の真ん中にビーズか何かを置いて「ティーパーティーしているの」と言っていたのを思い出しました(笑)。意図していることとは違うけれど、自分が表現したい世界が作れてよかったなと。さっぱりわからないけど、面白いなと(笑)
星山 すごくいいですね(笑)。「マグ・フォーマー」の場合は、完成形の見本があって、それを目指して作る子どももいると思いますが、今のお話みたいに、独自の世界観を発揮してももちろんいい。大切なのは、大人がそれを楽しめるかどうか? 「あれっ、思っているのとは違うけど、うちの子面白いわ。こういう創造力があるんだ」という意外性が、子育ての楽しいところ。「見本通りに作ってもらいたいのにできないなんて、うちの子ダメなんだわ」ではないということを、しっかりとお伝えしたいですね。
世界とつながるあそび道具
中西 時間に追われて大変な現代のお母さん方にとって、正直、当社の商品は扱いが大変なんじゃないかと思うことが時々あります。いわゆる時間つぶしをするための道具ではないから、一般的なゲームなどと比べて、大人の介在が必要になるケースが多い。
星山 あそび道具は子守道具ではありませんからね。子どもたちは、いつも大人に見ていてほしいもの。失敗した時は「残念」と言って共感してほしいし、うまくいった時には一緒に喜んでほしい。子育ては手間暇がかかるものなんです。でも振り返れば、子どもと一緒にいられる時間なんてあっという間。その間に、何をして過ごしたのかが後々活かされてくる。何かまでは具体的には覚えていないけれど、お母さんが喜んでくれた顔だったり、温かい気持ちだったり、できなかったことができた時の感激だったり。それが記憶として蓄積されて、生きる力になる。そこを省略してはいけないんです。
中西 本物に触れることの大切さもあると思います。最近、5歳になった娘が「ハープを習いたい」と言うので、理由を聞くと「音が美しいから」と言ってきて……。
星山 それは素晴らしいわね。ステキ。
中西 保育園でたまたま演奏を聴いたり、触らせてもらったりしたことが小さい頃に何度かあって。いまだにその音が忘れられないと言うんです。成長とともに、電子音を含めていろいろな音に触れてきたけど、結果的に、彼女の意欲をかきたてたのは、本物の楽器の音だった。そういう体験や感性ってすごく大切なんだなぁと。
星山 私がボーネルンドを見ていて思うのも、その感性という部分ですね。言葉で説明するのはとても難しいけど、モノをパッとみた時の「これはいい」「面白そうだ」「ワクワクする」という感受性を大切にしている。以前、海外の展示会にご一緒させてもらった時、そう思ったことを覚えています。
中西 膨大な数の中からモノを選ぶ時は、確かにインスピレーションで判断することもありますよね。美しいものを美しいと思うのって、培ってきた感性の部分もある。当社のバイヤーもそうですが、若い頃から多くのいいモノに触れる機会があったからこそ、今がある。
星山 本物を見る目をいろいろな方が養ってこられたのね。それを大切なこととして継承されてきたからこそ、その重要性を親御さんや子どもたちにきちんと伝えていける。
中西 私自身、子どもの頃から折りに触れて、両親が本物に触れる機会を設けてくれていました。父が出張のお土産にシュタイフのぬいぐるみを買ってきてくれたり、オペラ鑑賞や海外旅行に連れていってもらったり。我が家は決して裕福なわけではなかったので、頑張ってそうしてくれていたんだと、今になっては思います。そういう経験は本当に大切でした。
星山 私がボーネルンドの商品の中に、日本とは違う価値観や文化、作り手の思いといった“世界”の広がりを感じるのも、その辺りに関係性があるのかもしれませんね。
中西 世界のあそび道具は、それぞれの国々で、子どものためを思って作られているものだから、その価値が必ずしも日本に合うわけではありません。でも、私たちはそうやって生まれてきたものは、日本のお母さんや教育者にとって、子育てのなにがしかのヒントになるかもしれないという思いで買い付けてきています。それを正しく理解した上で、日本風にアレンジして使ってもいいし、海外の考え方を導入してくれるのでもいい。使い方は使う人が考えてくれればいいんです。私たちは、作り手の思いや、文化、教育的な背景を伝える伝道師でなければいけないと思っています。
星山 なんだか、文化を越えた教育論になってきましたね(笑)。でも実はそれが重要なんです。こういう道具を通じて、子どもたちは世界を感じることができる。世界の多様な文化を感じることで、日本のよさもわかる。そこには違いもあるけれど、世界中の親や研究者が子どものために一生懸命「これなら、楽しく遊んでくれるんじゃないか」という思いで作ってきたものの本質には共通項がある。多様な考え方の中で、本質的に大切なことが残っていく。世界の中にいる自分を感じられるというのも「あそび道具」選びの重要なことの一つだと思います。
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