THINK DIFFERENT

【石川善樹】イノベーションのトリガーは〈新カテゴリーの創出〉にあり!?

アカデミーヒルズライブラリーとHILLS LIFE DAILYが共同企画でお届けしている石川善樹(予防医学博士)のトークイベント〈Think Differentを考える!〉。その第三弾が6月18日(火)に開催された。今回、ゲストとして登場したのはコクヨの木下洋二郎氏。「ブランコのように揺れる」イス「ing」の開発ストーリーに隠された、Think Differentの妙味とは?

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

石川 みなさんこんばんは。3回目となる〈Think Differentを考える!〉会を、始めたいと思います。今回ゲストにお招きするのは、「ing」というブランコみたいに揺れるイスを作ったコクヨの木下洋二郎さんです。このイスは、機能的にとんでもないイノベーションを果たしたということで、業界に衝撃を与えました。デザイン面でも、レッド・ドット・デザイン賞という国際的なアワードのベスト・オブ・ベストを受賞しています。

コクヨがずっとやりたかった「海外で認められる」という野望をようやくやり遂げた「ing」は、「イスのアップデート」にほかなりません。しかもそれをやり遂げた木下さんは、実は落ちこぼれ社員だったといいます。

その大逆転劇は、まさに「Think Different」によってもたらされました。このあと、木下さんには「ing」の開発秘話をたっぷりとお聞かせいただくわけですが、とりわけ「どのようにしてプロジェクトを立ち上げたのか」というお話は、勇気が出るというか、本当に新しいこと、インパクトのあることをやろうと思ったら、そういうふうにやらないといけないんだなって感じられると思います。

考えることはできるんです。自分で何かを考えてもいいし、誰かと一緒に考えてもいいわけです。考えることは誰でもできるのですが、実際にかたちにしていくのはとても難しい……。そうした「実装」のヒントが、木下さんからもらえると思います。

では木下さん、早速お願いいたします。

ingとは何か

木下 コクヨの木下と申します。今回ご紹介させていただくingというイスは、1年半ほど前に発売になりました。一見、普通のイスに見えると思うので、このイスのどこがすごいのかという疑問を持たれるかもしれませんが、すごく軽い力で座面が360°自由に動くところが新しさだと思います。これまでのイスは、ほとんど人のカラダを固定化していました。固定化されるがゆえに、腰痛や肩こり、あるいは内臓疾患といったカラダの不調を引き起こすこともありました。その点ingは、座っている状態でも前後左右に動けるので、座り方改革を起こしたといえるのではないかと思います。

「ing」の開発にあたって中心的な役割を果たしたコクヨ ファニチャー事業本部ものづくり本部1Mプロジェクトの木下洋二郎。

木下 まずは、このイスが生まれた背景をさらっとご説明いたします。

そもそも僕は、骨盤フェチなんです。人間工学をはじめとして、人を知るための知見をいろいろ学んでいくなかで、骨盤に並々ならぬ興味を持つようになりました。

石川 オフィス業界の人はよく「人間工学に基づいた……」といった謳い文句を使いますよね。それを聞くと、いかにも科学的に緻密にやられている気がしてくるのですが、実際に接すると、みなさんかなり手探りでやられていますよね。

木下 はい。学問的には「こういう寸法が大事」とか「休息の姿勢はこういう角度が大事」といった定義が40〜50年前からされるようになって、それがひとつの基準になっているのは事実です。ですが、寸法的なファクターだけではもちろん足りないので、試作をたくさん作り、自分たちで体験しながら精度を高めていくプロセスが、手探り的に見えるのかなと思います。

石川 基準があって、それに沿ってやれば自動的にいいものができる、という世界ではないんですね。

木下 そうですね。しかも、他社よりもいいものを作ろうと思ったときには、全然違う知見が必要になってきます。

石川 その「全然違う知見」というのが木下さんの場合は骨盤だったと。

木下 まあ、骨盤だけではないのですが(笑)、「座る」という動作に一番関係があるのが骨盤ですし、骨盤の角度によって姿勢が決まりますので、「骨盤フェチ」と自己紹介させていただいています。

座り続けるとイノベーションが起こらない!?

木下 ある調査によると、日本人は1日平均7時間ほど座っているという結果が出ています。とりわけオフィスワーカーにしてみると「働く=座る」といえ、労働時間が長いことから、座っている時間も必然的に世界と比べて長くなっています。

長時間着座には、2つの弊害があります。ひとつは、腰痛や肩こりといった健康の話。もうひとつは、知的生産性というか創造性の低下です。

石川 単純に血液がめぐらないわけですから、創造性が低下するというのは納得です。

木下 そうなんです。結局、カラダを動かすことで脳も動き出すんです。だとするなら、座りすぎは日本のイノベーションにも深く関係しているかもしれません。つまり「カラダを固めちゃっている」ことで、イノベーションが阻害されているのではないかと。

なので近年、我々オフィス業界では「座るのは悪だ」ということで、立って作業をしたり会議をしたりする提案をしています。

これはもちろん、カラダを動かすということにつながりますからいいことはいいのですが、そもそも問題の本質は何かと考えると、「座ることが悪」なのではなく、座ることで「同じ姿勢を取り続けること」がダメなわけですよね。人のカラダというのは、動くために設計されているわけですから。なので、「できるだけカラダを動かせるイスを作りましょう」というのがingのスタートになっています。

石川 座りすぎというのは、最近、特に顕著になってきているのかもしれませんね。仕事といえば、たいていパソコンの前に座っているわけですから。

木下 そうですね。あと細かいことですが、以前はコピーを取りに行ったりすることもありましたが、最近ではそれも少なくなってきているので、オフィスではますますカラダを動かさなくなっています。

石川 先日、ある大学の先生に聞いたのですが、学生って普通、午前中の授業が終わったらゴハンを食べに行くじゃないですか。でも最近の学生は、授業が終わったら教室にUberEatsを頼むそうなんですよ(笑)。全然歩かないという。

当日、石川が座っていたのは、ingのラインナップのなかで最も背もたれが高い「ヘッドレスト付きタイプ」。

木下 うわぁ(笑)。でも、テクノロジーってそういうことかもしれません。「人がラクなように」という方向は、世の中の進化の常ですからね。

石川 ほうっておくと、僕らはますます動かなくなる可能性があるわけですね。そういえば、ホヤっていますよね。ホヤってすごくおもしろい生き物で、最初はふわふわしているんですが、「ここに住む!」と決めたらもう動かなくていいので、まず何をするかというと、自分の脳を食べちゃうんです。動かないなら脳はいらないよね、ということで(笑)。つまり、動くから脳がいるんです。

木下 確かに!

石川 おそらく今、「人類総ホヤ化計画」を誰かがやっているんですよ。座らせよう座らせようとしているんです。

木下 つまり脳をなくそうと。

石川 そうそう。

木下 僕はかつて、逆のことを考えたことがありました。生物は、脳が大きくなることによって進化してきたと言われているじゃないですか。なので、進化の果てには脳だけになるんじゃないかと考えたことがありますが、逆だったんですね。

石川 むしろ腸だけになるんじゃないですかね(笑)。

樹形図を分ける

石川 少し脱線しましたが、ingは「カラダを動かすために設計されている」というお話ですね。

木下 はい。従来のイスは、カラダを固定してしまうことで、カラダにも心にもマイナスの影響を与えてしまいます。

そこで、「座る」にイノベーションを起こすことは、日本の「働く」、具体的にはイノベーションやソリューションを提供することに直結するのではないか……と考えました。日本人の座りすぎ問題の解決を試みるわけですが、立ったり座ったりといった動く習慣を創るのではなく、圧倒的に長く座っている状態に対して、本質的な課題解決をしたいということで動き出したのがingのプロジェクトなんです。

プロジェクトを始めるにあたって、樹形図を分けるというか、オフィスチェアの新しいカテゴリーを創るつもりで開発をスタートしました。

木下が提示した樹形図。限りなくシンプルだが、この発想にこそ、大きな企業でイノベーションを起こすヒントが隠されていると石川は指摘する。

石川 この図、サラッと書いてありますがすごいことですよね。

木下 そうですね。僕はここに、大きな企業でイノベーションを起こすということと、ベンチャー企業がイノベーションを起こすことの違いがあるのではないかと思っています。

というのも、ベンチャーは自ら新しいコンセプトを立ち上げて、それを世の中に浸透させることをミッションにしていると思うのですが、その場合、今までのものを全部否定しがちというか、否定することでこそ新しいものが生まれるという取り組みではないかと思います。

しかし大きな組織だと、「既存事業をどうするんだ」という話が必ず出てくるわけです。既存事業も「やってきた価値」がもちろんあるので、それはそれでありながら、「違う価値はなんだ?」ということを提案するためには、「新しいカテゴリーはなんだ?」ということを説明することが大事だと思います。

石川 イノベーションの最大の敵は、既存事業であるってことですね。

木下 そうなんです。

石川 だから、そこと被らないように新カテゴリーを作ってしまえばいいじゃないかと。大企業で働くすべての新規事業担当者は、この図からスタートした方がいいわけですね。

木下 そうかもしれません。でもこれは、結構難しい議論なんです。雲をつかむような話でもあるので。

石川 オフィスチェアというものが大元にあり、樹形図を分けたわけですが、そもそも自分たちは何を分けようとしているのか。この図でいう「オフィスチェア」に当たるものが見えないケースもあるわけですよね。

木下 多いと思います。むしろ、そちらのケースの方が多いかもしれません。ingの開発プロセスでも、最初からそれがありきではなく、「座るを解放しよう」というコンセプトをよりどころとして進めてきました。目指したのは、バランスボールのような感覚と、ブランコのような揺り戻しがあるという感覚を足したような感じです。

「座る」と「健康」を意識したそれまでイスと何が違うかというと、当時は、「座位と立位を行ったり来たりしましょう」という提案がトレンドだったわけですが、これは、意識的にがんばってやることで活性化しましょうということなんです。

石川 確かに、机も自動昇降機能がついているものがありますよね。

木下 はい。そうしたものをingと合わせて使っていただいてもいいのですが、僕らは、「座るという行為だけで意識を活性化させる」「自然に、無意識に動いていることで、現在進行系でアジャスティングされている」ことを目指しました。そのあたりは、名前の由来にもなっています。

ableとingは大局観から見つかった

木下 先程の樹形図の話になるのですが、今のイスとはどのようなものかというと、意識的に調整させることで姿勢を安定させるということから「アジャスタブルなもの」といえ、僕らは勝手に「able」と名付けました。

人の背骨というのは自然なS字型をしていますが、個人差があるんです。比較的まっすぐな人から、S字が強い人までいろいろ。自分の背骨がどんなかたちをしているかを確認する方法としては、壁沿いに立って、腰のあたりにどれくらいの隙間ができるかでわかります。S字が強い場合は握りこぶしが入ります。フラットな人は指1本入るかどうかといった具合です。

背骨の形状には個人差がある。図の左から正常(S字)、平背(I字)、円背(ねこ背)、凹背、円凹背。壁際に立ち、腰に手を入れ、手のひらが入る程度の隙間であれば「正常」、拳が入るようであれば円凹背とされると木下は語る。

木下 人それぞれ多様な自然なS字を、どうサポートするかというのがイスの役割なんです。

医学的に言ったら「正しいS字」というものがあると思うのですが、ingの場合は、その人が一番ラクなS字のまま座れることがいいという発想です。生まれ育ってきたなかで、その人なりの筋肉バランスがついているので、無理に「これが正しいS字です」と矯正するのではなく、自然なS字をキープすることが望ましいと考えました。

しかも今までのオフィスチェアは、背もたれにしっかりもたれかかり、姿勢を安定させることで作業に集中できる、というものでした。

その点ingではやり方を変えて、自然なS字を、背もたれではなく座面の動きで作ろうと考えました。S字のかたちは、骨盤の角度でだいたい決まるからです。座面をその人なりの骨盤の角度に合うように自由に動かせるメカニズムを開発することで自然なS字を作り、背もたれにカラダを預けなくても、その人なりの自然な姿勢が取れるイスを目指しました。

石川 実際、ingに座っているときの「包まれている感」はすごいですよね。

木下 もうひとつ、脳がリラックスしているときに出るα波と、集中しているときに出るβ波を分けて取ったのですが、ingに座っていると、「集中していながらリラックスしている状態」を作れるということで、実際にアイデアの有用性テストというものを行なうと、13%アップするというデータが取れています。

石川 それはまさに狙いどおりですよね。座り方を変えることでイノベーションを起こすっていう。

木下 開発の起点は、どちらかというと健康の視点で、座りすぎが原因で起こるカラダの不調をなくそうということが軸だったのですが、いろいろ調べていくと、脳にも影響があるということがわかってきたわけです。

従来のオフィスチェアが、姿勢を安定化させる(意識的に調整すれば「支える」ことができる)Adjustable型であるのに対し、ingは姿勢を活性化させる(無意識に調整して「動いて」いる)Adjusting型であると、木下は分類する。

石川 ingとableのこと、サラッとご紹介されましたが、それってチームのなかで、「今までのイスはableだったんだ! 新しいカテゴリーはingなんだ!」とわかったのは、開発のどの段階だったんですか?

木下 開発しつつわかってきた感じですね。

石川 それって大局観ですよね。自分たちがやろうとしていることをこれぐらいシンプルなキーワードにまとめ上げられると、あとは自然と新しいものが作れる気がします。ただし、専門的すぎると「今までのイスって動かなかったよね」と気が付かないわけなので、ネーミングセンスというか、ある種の才能が必要になってきますね。

木下 実際、ableとingという言葉にたどり着くまでは気が付かなかったですね。

石川 だとすると、「どういうチーム体制で開発をするのか」と同時に、「どうやって世に説明していくのか」も、同じくらい重要なのかもしれません。

「そもそも論」は意外と難しい

石川 さて、ingというイスのことをいろいろ理解していただいたところで、いよいよ本題である、「なぜこのイスが生まれたのか」というお話をしていただきます。この話は、50年くらい経つと「プロジェクトX」のような物語になるんじゃないかと。イノベーションっていうのはこうやって起こるんだなっていう典型ではないかと思います。

木下 確かに、よく言われる「イノベーションの転機」とかイノベーションのポイント」は、振り返ってみるとだいたい入っていました。

石川 では実際、どうやってingが生まれたのか。そのお話をお願いいたします。

木下 常日頃から「新しい視点のイスってなんだろうな」と考えていたわけですが、「そもそも座るものなので、もうちょっと座る体験をきちんと見直してみよう」と思い、本来、若手のキャリアプランを描く目的で開催される禅寺での研修に紛れ込んだんです。2013年ころだったと思います。

とはいえ、座禅を組んでも1日やそこらじゃ悟りなんてたどり着けません。「足が痛いな……」という印象だけが残り、座るということ自体に対しての気づきはありませんでした。

ただ、禅寺ではスマホのスイッチも切っていたわけですが、帰りのバスのなかでメールをチェックしたときに、社長から「こんな記事がありました」という記事のリンクがメールで送られてきたんです。それが、先程申し上げた日本人の「座りすぎ問題」の発端になっている研究でした。

ingの開発がスタートする直前、オフィスチェア業界では「座りすぎ」の課題をいかに解決するかにスポットが当たり始めたと木下は語る。

石川 たとえ普段運動していても、座っている時間が長いと不健康なんですよね。

木下 バスのなかで「でもオレ、昨日今日と座りすぎてたよ」と。そう考えると、座ること自体に問題があるわけではないんじゃないかと。僕はずっとイスを開発してきたので、こういう記事が出てくると、そもそも僕らは課題を解決していなかったということで、ある意味ディスられている感覚を持ったんです。それがすごく悔しくて。

石川 予防医学の世界からすると、戦略的に仕掛けているところがあるんです。例えばたばこ業界って、たばこが健康を害して、最終的に巨額の賠償金を払って苦労しているわけじゃないですか。みんなそれを見ているので、「あんなふうになるよ」っていう脅しをかけているんです。

代表例がクルマです。運転中は、ずっと座っているじゃないですか。あれは健康に悪いと。将来消費者から、「『クルマに乗りすぎると、将来健康を害する恐れがあります』と事前に言っていなかったじゃないか。オレの健康を返せ!」といって、巨額の賠償請求をされる可能性を自動車業界は抱えていますよと。そうならないために今から手を組みませんか? というのが予防医学側からの脅しなんです。多分イス業界も一緒なのではないでしょうか?

木下 なるほど。とにかく、禅寺からの帰りに触れたこの記事に対して異論を唱えようという戦いが、ingというプロジェクトの発端といえば発端です。イスはもともと西洋文化のもので、座るという行為はそもそも休息のためですが、オフィスチェアはタスクのために座るものです。であれば禅や茶道など、タスクのために座るという文化を持つ日本人でも、がんばったら負けないものを作れるんじゃないかと。

石川 そもそも論というか、深いところまで考えたということですね。木下さんのお話が何のケースに近いかなと考えたのですが、聖徳太子かもしれません。

木下 そんなすごい話ですか(笑)?

石川 聖徳太子という人は、小野妹子を隋に派遣するのですが、日本人とは何かということを考えたとき、特徴のひとつに「北極星を知らなかった民族」ということが挙げられます。北極星って、西洋でも中国でも絶対的なるものと考えられていて、北に向かうということが是とされているんです。だから中国の都市設計というのは、基本的に南北に道を敷くことから始まるんです。で、中国の王様は北に座り、南の方を向いている。北から下に降りてくるというのが、中国の発想なんです。

それに対して日本というのは、北極星ではなく太陽を絶対視しました。太陽って東から西に動きますよね。北か南かみたいな争いをしていると、中国が中心にいるから勝てないわけです。なので小野妹子は「日出処の天子より」ということで、「東から西の人にご連絡を差し上げに来ました。ご機嫌いかがですか? というわけで対等な貿易をしましょう」といった具合に、北南の、上から下に降ろすという発想ではなく、東から西っていう発想の軸を変えたんです。

ちなみに龍安寺にしてもそうですが、日本の庭というのは東から西、つまりは横に移動して楽しむようにできています。一方で、西洋の庭園、例えばベルサイユ宮殿は南から北に向かう設計になっています。つまり、北極星に向かっていくんです。

北という不動の点に対して「東と西という発想があるんじゃないか」と。向こうのロジックで戦うと勝てないというとき、違う軸を持ってきたんです。

木下さんのingは、聖徳太子が中国に「東西っていう発想もあるんじゃないですか? 私たちは中国に与しませんよ」とやって以来ですよ(笑)。「ヨーロッパのみなさん、私たちはイスの概念をableではなくingとして捉えますよ」と。

更に、「座る=休息ではありませんよね」というところがおもしろいと思います。「そもそも論」を考えるとき、「日本人の原点って何だろう」っていうところを活かすしかないってことですよね。

木下 そうかもしれません。この仕事につく以前から、「ヨーロッパには名作と呼ばれるイスがたくさんあって、ああいうものを作りたい」という憧れがありましたが、ようやく、後を追いかけていてもそれ以上にはならないと悟ったんです。ちょっと待てよと。イスはそもそも座るものだし、座るということなら日本はおろか世界中の人々が座っているよなと。だとしたら、違う視点があるのかなと。

石川 発想の仕方は非常にシンプルなのですが、よくよく問われてみると、「よくわからん」となってしまいそうなことを追求されていますよね。「座るとは何ぞや」とか、「揺れるとは何ぞや」とか。誰もが経験しているけれど、それって何?と言われるとよくわからないという。そこに、チャレンジされているなと思いました。

木下 そうですね。「そんなこと考えてどうするの?」と言われるようなことを、考えるのが好きなのかもしれません。石川さんもどこかで仰っていましたが、新しいことを考える人は、「そもそも」っていうのが口癖だって。「そもそも◯◯とは?」ってことを考えるのが癖なのかもしれません。

会社からの評価は最低だった

石川 僕自身が昔言われたことで、本当にそうだなと思ったことなんですが、「自分ってダメだな」って心の底から思わないと変われないよと。まだどこかでプライドが残っていて、「なんで周りがわかってくれないんだろう」って外のせいにしがちでしょって。そうではなく、自分が心底ダメだと思えるときに、はじめて人は希望が見えてくるよって。多分、同じような感覚だったのではないかなと思います。

木下 そうですね。シンプルな話なのですが、会社のなかで僕らの部署の評価はとても低かった。ingのプロジェクトがスタートする以前は、デザイン視点、商品技術視点、生産技術視点という3つの視点から、それぞれの先行開発をやっている部署があり、ぼくはデザイン部署の責任者でした。これらの部署がなかなか価値を生み出せず、しかも横連携もうまく取れていなくて会社からは最低評価だったんです。

石川 評価が最低というのは、サラッと言っていますが衝撃ですよね。

木下 どうしようかなぁ……みたいな気分です。会社から「価値を出せてないね」と言われているわけですから。各部署の責任者と話をして、「どうせだったら一緒にやろうか。これより評価は下がりようがないし、失うものもないし」ということになり、一緒に先行開発をすることになったんです。それを社長に話したら意外と喜んでくれて。

通常の開発だと、マーケティングをやって、商品企画をやって……みたいなプロセスだと思いますが、「これからは健康が大事、創造性が大事」という大枠だけ決めて、とりあえず試作品を作り、おもしろそうなものができたらそれをマーケティングしていきましょうという、逆のプロセスを取ることにしました。

プロセスの見直しでいうと、既存の商品をベースに改善・改良を加える場合は、より効率的にゴールへ向かうことが求められますから、どれだけ出戻りをするかが重要になってきますが、今回はイノベーションを起こすというか、不確実なゴールへ向かってさまざまな可能性を探る作業だったので、たくさんのトライアルを、しかも短期間で行なっていく「ジョウゴ型×アジャイル型」で進めました。

つまり、設計、評価、試作をできるだけコンパクトに行ない、仮説や可能性を絞り込んでいくプロセスです。

大きな企業では、多くの場合「ストロー型×ウォーターフォール型」による改善・改良が求められるが、イノベーションを起こす場合には「ジョウゴ型×アジャイル型」が有効ではないかと木下は説く。

木下 たくさんものを作っていくなかで、あるとき、座面が起き上がりこぼしのように動く試作品にスタッフが座って、ごく自然に、しかも楽しそうに動きながら仲間と話をしていたんです。それがひとつの大きな転換点になりました。

石川 僕はいろいろな企業の研究開発に加わることが多いのですが、たいてい、「世の中はどうなっている」と調べて、考えて、設計するのに膨大な労力を使い、試作評価の段階には、時間もエネルギーも残っていないことが多いと感じます。その点、木下さんたちとも3カ月月ほどご一緒させていただきましたが、とにかく驚いたのは、果てしなく試作品を作り、評価を繰り返していらっしゃった点です。誰かがいいと思ったら、みんなの合意を待たずにすぐ試作しますよね。試作して、自分たちの感覚に基づいてまた設計していく。それを繰り返していくと、1カ月後には「あれ何だったけな?」と思うくらいプロトタイプができてくるわけです。「忘れるくらい試作を作る」のは意外と重要なんだなって、そのとき思いました。

木下 イノベーション型のときは、ベンチマークがあるわけではないので、アウトプットを明確に「これだ」と決められません。それを徐々に探っていくためにたくさん試しながら、だんだんと絞っていくプロセスが重要かなと思っています。そうなると、1つ1つに時間も手間もかけていられないので、誰かがいいと思ったらやってしまえというアジャイルなマインドに自ずとなるんです。

石川 たくさんプロトタイプを作り、それを絞っていくときのポイントってあるんですか?

木下 評価指標を自分たちで作ることは大切だと思います。ingの場合は、先程申し上げた「自然と揺れを楽しんでいたモデル」を再現する、という点が重視されました。

石川 理屈ではなく体験だったんですね。どうしてそうなったんですか? 新しいものを作ろうとすると、自分の感覚しか頼りになるものがないのでしょうか。

木下 あまり考えたことがなかったのですが、改めて問われるとそうかもしれません。ベンチマークがないものを作るときに何を信じたらいいかというと、自分たちの何かしらのパッションないし体験ないしを信じるしかないと思います。

石川 それは、なかなか言語化しづらいというか、人に説明しづらいですよね。「キミたち、ちゃんと進捗しているのかね?」と言われても困るというか(笑)。でも、言葉になっているということは、その時点で新しくないとも言えます。なんかあの感覚っていうところを軸に進んでいくほうが腑に落ちます。

木下 「楽しかったらカラダを動かすんだ」ということ自体は、理詰めで考えていても出てこなかった気がします。ただ、カラダを動かすことって何だろうという軸ではずっと考えていたから、何気ないシーンでも発見があったのではないかと思います。

正しい人生とおもしろい人生

石川 振り返ると、いくつかポイントがあると思うんです。そもそも、自分たちは何を革新したいんだっけという、そもそもを考えることとか、最低評価をもらったから、あとはやるしかないという環境とか、新しいことをやるときには、感覚を頼りに作り続けるしかないということとか……。要素としてはいろいろなものが出たと思うのですが、改めて、革新的なことをやろうとしたときに、木下さんのなかで一番大事にしていることはなんだといえますか?

木下 好奇心というか探究心的なものでしょうか。ぼくは背骨のS字が強いこともあって腰痛もちなんです。大量生産品というのは、通常、世の中の95%のタイプに向けてつくるものなので、僕はその外に漏れているわけです。自分も満足できるものを作りたいというとき、やはり自分の体験に基づく探求心が不可欠ではないかと思います。

石川 みんなが聞いて納得がいく正しそうなことってありますよね。僕らって、そこに向かいがちだと思うんです。みんなに正しいと思ってもらいたいわけですから。で、そこで納得を得たものを進めていくと。そうすると、あとから何か言われても「正しいって言ってたじゃないか」って予防線を張れるわけですよね。

でも、僕がすごく大事にしていることがあるんです。「キミね、正しいっておもしろくないんだよ」って言われたんです。「正しいことは、きっと誰かがやる。でも、おもしろい人生を選びたいんだったら、みんなが間違いだって直感的に思うことを、優先的にやったほうがいいよ」って。本当に自分がおもしろい人生を歩んでいるかどうかは、まわりの人が自分を指さして、「何やっているかわからないね」とか、「アタマおかしいんじゃないの」とか、「それはできそうもないよ」って言われたら、それはおもしろい方向で人生が進んでいる証拠だよって。

正しい人生とおもしろい人生。どっちがどうということではないけれど、キミはどっちに行きたいの?って言われたんです。

実は、父親に言われたのですが(笑)。

ここでおもしろい人生を選ぶのであれば、本日、木下さんが教えてくださったような要素を大事にしながら進んでいくことだと思います。インプルーブ(改善・改良)したい人は正しい人生を歩んだ方がいいと思いますし、イノベーションしたい人は、おもしろいものに向かって好奇心を満たしていくことなのかなと、お話を聞いていて思いました。木下さん、どうもありがとうございました!

木下 ありがとうございました!

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木下洋二郎|Yojiro Kinoshita
1990年コクヨ入社。京都市立芸術大学にてプロダクトデザインを専攻し、学生時代よりオリジナルのミニチュア椅子を作るなど、椅子のデザイン性や機能性に惹かれていた。開発の中心を担った「ing」は2018年グッドデザイン賞受賞。さらには、工業デザインの最高峰といわれるRed dot design awardの、特に優れた製品に授与されるBest of the Bestを受賞。

profile

石川善樹|Yoshiki Ishikawa
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)、『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。

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