Tree of Trees

エリザベス女王が後世につなぐ、〈木を植える〉ということ

エリザベス女王が王位についてから70年。その間、地球環境は大きく変化した。気候変動をリアルに感じるなか、イギリスでは多方面から緑化やエコダイバーシティの再生が進行中だ。

TEXT BY MEGUMI YAMASHITA
edit by Kazumi Yamamoto

エリザベス女王の「グリーンキャノピー」

今年はエリザベス女中戴冠70周年ということで、各種の記念行事が続くイギリス。6月の記念連休にはバッキングム宮殿周辺で行われたパレードやコンサートは、コロナ禍規制の解除もあって大いに盛り上がった。そんななか戴冠記念の象徴として宮殿前登場したのが、トーマス・ヘザウィックがデザインした「ツリー・オブ・ツリーズ」だ。高さは21メートル、展示後は解体してリサイクルできるようにスチールのパイプを螺旋状に組み上げた構造。80本の枝に350本の苗木の鉢植えが下がり、一つの大きな木のように見えるデザインで、エリザベス女王のお墨付きだ。展示後は各地で植樹されるもので、「クイーンのグリーンキャノピー」という国土の緑化をサポートする戴冠記念のメイン企画の一環なのである。

イギリス原産の9種を含む350鉢の苗木。スチール製の枝やアルミ製の鉢も全てリサイクルされる。©︎Raquel Diniz_Heatherwick Studio

1952年にエリザベス女王が25歳で王位を継承してからの70年。その間、地球環境は大きく変化した。人の暮らしが豊かになる一方、二酸化炭素の排出量が増え、環境汚染が進行。農業や畜産業の効率化は自然の生態系を乱し、蜂などの数が激減するなど、さまざまな問題が明らかになり始めている。そんななか、長年環境保護や有機農法の大切さを訴え、実践してきたのが、女王の長男で第一王位継承者のチャールズ皇太子だ。今回の「グリーンキャノピー」は、そんなチャールズ皇太子のイニシアチブで実現している。

スコットランドのバルモラル城で木を植えるチャールズ皇太子とエリザベス女王。各地でどんどん木を植えてほしいという願いを戴冠70年記念に打ち出した。

どんどん木を植えましょう!

具体的な企画は、地域、学校、会社、グループなど、また個人で「木を植える」というもの。自己負担ではあるが、植えられた木は、詳細をオンライン登録できるというものだ。登録された木は「クイーンのグルーンキャノピー」のホームページに地図と写真付きで掲示されるほか、公式記念プレートの注文もできる。要は「どんどん木を植えましょう」という女王さまからのメッセージなのである。植樹によって少しでも生態系の回復を図ろうという意図のほか、自然に触れることによる心身の健康効果、また、植樹を通したコミュニティの結束も促そうというものだ。

地形的に山が少ないということもあるが、イギリスの森林面積は国土(北アイルランドを除く)の13%で、ヨーロッパの平均55%と比べてもかなり低い。そのため、政府でも2019年から都市部の植樹コスト50%の補助金を出すUrban Tree Challenge Fund を設立。また歴史的建造物や景観の保存を行なっている公益財団ナショナルトラストでは、2030年までに全国で2000万本の木を植えることを目標に掲げるなど、気候変動対策として木を植える運動は進行中だったが、今回、エリザベス女王の後押しで、更に拡がることが期待できるだろう。

植樹の明細を写真付きでマップに登録できる「クイーンのグルーンキャノピー」

チャールズ皇太子が訴えてきた環境保護

森林の再生とともに、自生のワイルドフラワー(野草)が茂るメドウ(草地)を再生することも、バイオダイバーシティ(生物多様性)の回復には欠かせないことがわかっている。ウィンブルドンのテニスコートやサッカー場は極端な例ではあるが、公園から個人の庭まで、きれいに刈り込まれた芝生もイギリスらしい風景だが、緑地とはいえ、そこで蜂や蝶、昆虫、鳥や小動物が育むことはできない。また、家畜用の牧地も、成長の早い単一植物を育てるケースがほとんどだ。驚くべきことに、第二次大戦後、イギリスの自生の野草のメドウの97%が消失しているというデータもある。

こうした現状に危機感を抱き、各地で野草のメドウの再生が始まっているが、こちらもチャールズ皇太子の貢献度は高い。30年以上前に、自身の領地であるハイグローブで野草のメドウを再生し、有機農畜産業を実践。ここで収穫される産物を使ったオーガニック食品ブランド「ダッチー・オリジナルズ」を創設したのは1990年にさかのぼる。(ビジネス的にも成功を納め、2010年より高級スーパーウェイトローズとパートナーシップ契約している)。2012年の戴冠60年記念では、全国90カ所に「野草のメドウ」を再生させる企画を主導。その後も自身がパトロンをつとめる慈善団体Plant Life が中心となり、これまで5000ヘクタールの野草のメドウが再生されている。

ロンドン塔のお掘りを「野草のメドウ」に

今回の戴冠70年記念では、この「野生のメドウ」をさらに前面に打ち出すものとして、ロンドン塔のお堀の部分を「野草のメドウ」にする「スーパーブルーム」と名付けられた企画も行われている。ロンドン塔は11世紀の要塞を起源に、王族の居城、また政敵や造反の監獄や処刑場として使われてきた。世界遺産指定になっており、現在は王室が管理の下、観光名所として一般公開されている。周りはお堀で囲まれているのだが、19世紀には、悪臭を放つなどの理由で水が抜かれて埋め立てられ、以後、現在まで芝地になってきた。

お堀の水は抜かれ、芝地になっていたロンドン塔のお堀り部分。野草のメドウにするための工事中の段階。奥はタワーブリッジ。

お堀部の面積は1万4千平方メートル。ぐるりと多方向から見下ろせるということで、このところ大型の野外インスタレーションにも使われてきた。2014年には第一次大戦開戦100周年として、お堀の芝生が戦没者と同じ88万8246本の陶製のポピーの花で埋め尽でされた。その4年後の終戦100周年では、1万個の小さな炎が灯されている。そんな場所をよりサステナブルに有効活用しようというのが、お堀の芝生を野草の茂るメドウにする「スーパーブルーム」である。

プロジェクトは、ランドスケープアーキテクトのグラント・アソシエイツシェと、シェフィールド大学教授で都市緑化を専門とする造園家のナイジェル・ダネットが担当。野草のメドウと言っても、色調や日当たり、季節などを考慮して入念に計画され、一年草、二年草、多年草など2000万粒の種を撒くところから始まった。その前年に小区画で試したところ、それだけでもかなりの数の蜂などがやってきたとのことで、お堀全体がメドウとなれば、ロンドン中心部のバイオダイバーシティへのかなりの貢献が期待される。堀の中に入って間近で蜂や蝶たちと戯れるにはチケットの購入が必要だが、タワーブリッジの上やお堀を見下ろす歩道などからも充分楽しむことができる。入場できるのは9月18日までだが、その後も様子を見ながら戴冠70年記念のレガシーとして、メドウを維持していく方針という。

モネの絵のような色調や筆使いを意識し、絵を描くように2000万粒の種が蒔かれた。photo_Megumi Yamashita

お堀を囲む歩道からも見下ろすことができる。photo_Megumi Yamashita

右手に高層ビルの「シャード」が見えるが、高層化が進む金融街にも近い憩いの場。photo_Megumi Yamashita

色とりどりの野の花。近寄ると蜂などが忙しく飛び回っているのがわかる。photo_Megumi Yamashita

かつて、外敵の侵入を防ぐために建設されたお堀だが、人々の憩いの場、そして、虫や鳥など生物たちの生息の場としての再生は、市民にとって、また世界各地から訪れる観光客にとってもインスパイアされるものだろう。公園などでも、あえて一部の芝を刈らずにおくケースもよく見かけるようになった。コロナ禍で芝刈りができなかったことがきっかけとなり、野草の利点に目覚めたというケースもあるようだが、自然とのふれあいが人のウェルビーイングに欠かせないことも、コロナ禍で浮き彫りになっている。

野生に戻そう!「リワイルディング」という試み

メドウにとどまらず、農地や河川や海など、人の手が入った場所を野生に戻す「リワイルディング」という試みもじわじわと拡がってきた。人がなるべく介入せず、動物や植物など自然任せにするというもので、イギリス国内では70あまりのプロジェクトが進行中だ。森林のメンテナンス役として野生動物を放つ試みも始まっている。ロンドンに隣接するケント州では、「エコシステムのエンジニア」とも言われるバイソンが実験的に森林に放たれた。また乱獲によって400年前に野生から姿を消したビーバーを再び野生動物として繁殖させる試みも続いている。洪水の防止や川の再生に貢献するビーバー。その捕獲禁止も法律化したばかりだ。こうした「野生に戻す」試みには、政府からの補助金が出る制度も始まっている。リワイルディングのパイオニアである「ネップ・ワイルドランド」があるサセックス州では、二本の川に沿って英仏海峡を望む海岸まで続く1万ヘクタールのリワイルディングがこの補助金によって始まるところだ。

エコシステムのエンジニアとの異名を持つヨーロッパバイソン。自然繁殖が期待されている。©️ Wildlife Trusts

400年ぶりに野生に戻ってきたバービー。捕獲禁止令も出された。©️ Wildlife Trusts

外来種が生態系を乱す

このように極力自然任せにするリワイルディングの動きがある一方、基本的に強いものが生き残るのが自然界。やはりある程度の介入は必要だ。例えば、日本では山菜として食用にされるタデ科のイタドリ。19世紀に日本から観賞用の植物として持ち込まれたとされるが、イギリスではジャパニーズ・ノットウィードと呼ばれる「史上最悪の外来植物」なのである。多年草でとにかく繁殖力が強く、駆除は至難。イタドリ駆除専門業者に頼むしかなく、不動産の売買にはイタドリの有無を明記することが義務付けられている。日本からイタドリの天敵、文字通り「タデ食う虫」を輸入し、生物的防除をする試みも行われているが、いまだに大きな効果があったという話は聞かない。

ピーター・ラビットの物語に出てくる「リスのナトキン」のような在来種の赤毛リスも、大型の外来種グレー毛リスに圧倒され、絶滅の危機に陥っている。19世紀末に北米から持ち込まれグレー毛リスだが、今はその数がねずみ算的に300万匹にも激増。自分らは抗体があるリス痘を赤毛リスに感染させるし食欲は旺盛。農業への被害にとどまらず、若木や樹皮を食べてしまうことで木が育たず、エコシステムへの影響が問題になってきた。そんなグレー毛リスの数を減らす対策として、餌に避妊薬を仕込む試みが進行中で、効果を上げ始めているという。人工的な介入に反対の声も多いが、動物愛護に敏感なお国柄。処分するよりはマシ、というところである。

都市部にこそ木を植える

山が多く国土の67%が森林という日本と、森林面積は国土(北アイルランドを除く)の13%というイギリスでは、当然、事情は大きく異なる。日本ではむしろ里山の消失や山林の荒廃によって森林化や野生化は進んでいると聞く。その反面、人口が集中する都市部では著しく緑が少ない。真夏の暑さもそこそこで、30℃超えで大はしゃぎするようなロンドンだが、今年の7月には観測史上初の40℃超えを記録。気候変動をリアルに感じるなか、木の効能に注目が集まった。ネイチャー・コミュニケーションズがヨーロッパの293 都市で行ったリサーチによると、街路樹があるところでは、夏の地表温度が12℃も低いとか。若い木一本でも5部屋をエアコンで20時間冷やすのと同等の効果があるともいう。

860万人が暮らすロンドンだが、木の数は約830万本あり、ほぼ一人一本といったところだろう。木が面積の14%を占め、木の枝葉が伸びたキャノピー(林冠)を合わせると35%、ガーデンなどを含めるとグリーンの割合は47%にも及ぶ。これをカーボンゼロを公約する2050年までに更に10%増やすこと目標にしている。実際には1993年に始まった「Tree for Cities」により2017年には100万本の植樹を達成。その後も学校など共同で植樹が続いている。ロンドン市庁舎の主導でも7000本の木の植樹が進行中だが、ハックニー区では独自に2018年から今年末まで5000本を目指し、ボランティアを中心に苗木の育成から植樹まで行なっている。

ロンドン市長サディク・カーンと子供たち。ロンドンでも木を植えるキャンペーンは続いている。

地道な緑化が進むなか、ロンドンは2019年7月に世界初の「ナショナル・パーク・シティ」として名乗りを挙げた。緑化によって環境や市民のウェルビーイングの向上を目指すボランティアを中心にした市民運動だ。今後、ニューキャッスル、グラスゴーもロンドンに続く予定だという。

一方、約1400万人が暮らし、ロンドンの1.3倍の面積のある東京都(島嶼部を含む)では、木の数は約100万本というのが現状だ。二酸化炭素を吸収して酸素を放出し、虫や鳥を育み、夏は木陰を提供し、美しい花を咲かせ、果実を実らせ、何百年も生息できるという良いこと尽くめの樹木。イギリスの王室や行政の試みに倣って、行政や開発業者などが主導し、都民を巻き込みながら植樹や緑化にもっと力を入れて欲しいものである。