教育コンテンツを手がける世界のクリエイターたちが毎年注目するアワード「日本賞」。NHKが1965年に立ち上げて以来、50年以上の歴史をもつ同賞は、社会における「教育」の変化を敏感に感じ取り、多様な作品を取り上げてきた。4月22日(月)に開催されるアカデミーヒルズとのコラボレーションイベント「ライフ・デザイン~「日本賞」エントリー作品から学ぶ、人生の“魅せ方”と“編み方”~」を前に、事務局長の田中瑞人に「日本賞」の意義とその可能性について聞いた。
TEXT BY Shinya Yashiro
国際的な議論の場をつくるために
1965年にNHKが立ち上げた「日本賞」という国際的なアワードがある。日本の伝統文化などを審査するアワードのように思えるが、実はその評価軸は「日本的」であるかどうかとは関係がない。「教育」をテーマに世界でつくられた作品を審査するアワードなのだ。
2017年から日本賞の事務局長を務める田中瑞人は、その創設の背景をこう語る。「実は、日本賞より古い『イタリア賞』というイタリア放送協会(RAI)が実施しているアワードがあるんです。第二次世界大戦でヨーロッパに災いをもたらした同国は、ある種その『償い』として1948年に公共番組によって文化を支えるプラットフォームを作り、国際的な交流を始めたんです」
文化を通じて行われる世界との交流——。当時からその重要さに気づいていたNHKは、1960年代にプラットフォームのローンチを決意。イタリア賞をはじめとする世界のコンクールと差別化するために、教育をテーマに創設されたのが「日本賞」だ。「『セサミストリート』が衝撃をもって受け入れられていた時期でした。パペットを巧みに使った演出は、教育番組として本当に新しいものだったんです。あとは、英国のBBCや北欧の放送局も、体系的な学校教育番組を制作していました。ネットに何でもあるいまと違って、当時はテレビに教育のニーズがあり、様々な試みが行われていました」
日本でも、都会の学校だと容易に可能な理科の実験が地方だと難しいなど教育の格差が問題となっており、「遠隔教育」が熱心に研究されている時期だった。「そのため日本賞が始まった当初は、数学や昆虫を扱った学校教育番組がグランプリを受賞することも多かったですね。また、成人向けの作品も従来からある講座形式のものが主流でした」
しかし、1990年ごろから、その流れに変化が起き始める。徐々に社会性の高い作品が注目を集め始めてきたのだ。「1989年の『驚異の小宇宙 人体~免疫~』というNHKの番組がグランプリを取ったころから、新しい流れが生まれてきた印象があります。次第にジャーナリスティックなものや、大人向けのドキュメンタリーが増えてきました。その後はいじめなどの社会問題が注目されるようになり、フォーカスの対象が完全に変わりました。当時の受賞リストを眺めると社会の変化が垣間見えます」
時代に合わせて変化する「教育」の意義
自身もNHKの番組制作者としてキャリアを育んできた田中は、日本賞のグランプリを受賞した『いじめー生き残るために~いじめの心~』という番組のことが忘れられないという。「1997年にBBCがエントリーした作品なのですが、社会的なムーブメントを放送局がつくったという意味で衝撃的でした。この番組が発表されたのは、英国の学校にも大量にいじめがあることが統計的に明るみに出た年でした。BBCは番組を作るだけではなく、NGOと協力し、『ヘルプライン』といういじめの電話相談ホットラインを開設したのです。番組と合わせて、世論のディスカッションを引き起こしたBBCに、放送局が社会に果たす新しい役割を見せられた気がしました」
その後、メディアの変化に合わせて、日本賞を受賞する作品も徐々に変化してきた。しかし、その評価軸は基本的に変わっていないという。「普通のアワードは、番組の出来や、面白さで評価されます。ただ、日本賞はずっと『教育効果の高さ』に軸を置いています。たとえば、教育目的でデザインされた番組を授業で放映すると、すぐに子どもたちの間で議論が始まるんです。その後の人間形成に影響するといっていい。娯楽番組は、映像を観ている間は子どもを引きつけますが、その後の行動が変容するかというとそうはならないことが多い。その意味で、日本賞は、子どもがどういった大人になるかに影響を与えられる作品が選ばれる賞であり続けてほしいと思っています」
日本賞のもうひとつの特徴は、数ある教育コンクールのなかでも特に制作者をひきつける独自の地位を保ち続けてきた点だ。その理由のひとつは、毎年審査委員を変えるなど、オープンな運営姿勢を貫いてきたことによる。「毎年32人の審査委員を世界中からリクルートするのは大変な作業です。事務局の情報だけでは足りないので、世界中の放送局や制作関係者などに声をかけ、紹介してもらうこともあります。その結果、長年の間に審査委員のコミュニティが築かれ、ネットワークが培われてきました」
そうした世界規模のネットワークは、同時に最先端のトレンドへのアンテナとしても機能する。変化する教育の定義、解釈に応じて、近年は作品のなかでインタラクションがうまくデザインされているかどうかが大きくなっているという。「2018年のグランプリ日本賞を受賞した『マイライフ ビデオブログが私の人生』というBBCの作品は、動静脈奇形という疾患のため、顔に隆起がある主人公が ビデオ・ブログで自身の姿を公開している様子を伝えたドキュメンタリーです。この作品ではYouTuberになるためのアドバイスを視聴者に向けてしてくれたりもします。ネットに自分の顔を晒すとこういう反応が来るから、こう対処した方がいいと自身の経験を通して発信するなど、これまでの作品とは一線を画す内容になっています」
街の世界観を拡げるために
そんな日本賞が、今回アカデミーヒルズとのコラボレーションで「ライフ・デザイン~「日本賞」エントリー作品から学ぶ、人生の“魅せ方”と“編み方”~」というイベントを行うことになったのは、「ダイバーシティ」というキーワードがきっかけだった。2018年の「INNOVATIVE CITY FORUM」における教育に関するセッションでの取り組みの結果、まちづくりを手がける森ビルは自身が捉えてきた世界の狭さを痛感するとともに、同じ時期に開催された日本賞の授賞式で目にした作品を通して、ダイバーシティの捉え方や枠組みが拡がったのだという。そんな世界観を見つめ直す機会を、街に暮らし働く人たちにも体験してみてほしいとの思いが、イベントの根幹にある。
一方で田中は、今回の機会が日本賞のもつ価値を世の中に還元するチャンスだと捉えているという。「毎年エントリーされる北欧の性教育の作品は障害者の性を扱ったものでもコメディタッチで、見方によってはブラックユーモアを感じることもあります。ただ彼らはあっけらかんと、あくまでそれを『ハウツー』だと思っている。日本人とは何をタブーと捉えるかが違うんですね。作品を観ながら、北欧と日本の違いが多様性のなかにあることが分かると、すごく自由になれるはずです。今回のイベントでは、オランダ、イギリス、オーストラリアでつくられた障害をテーマにした作品を3本上映します。作品で描かれる各国の『違い』に触れれば、日本の習慣に囚われて考えがちな人にも『自分の頭で考えていい』という当たり前のことが理解してもらえるはずです」
田中のいう通り、様々な制作者の手でつくられた作品を観ることで人は自分が知らなかった存在に触れ、世界の多様性を感じることができる。4月22日(月)のイベントは、世界の教育作品と相対してきた「日本賞」の在り方から、ダイバーシティの本当の意味を知る貴重な機会となるだろう。
「ライフ・デザイン」
~「日本賞」エントリー作品から学ぶ、人生の“魅せ方”と“編み方”~
2018年の日本賞に寄せられた作品には、障害のある人たちの世界を生き生きと描いた作品、多様性をテーマにした作品が多数ありました。そこで、認知症の人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」など様々なプロジェクトをてがけるプロデューサーの小国士朗さんをゲストに迎え、日本賞作品の上映会(上掲3作品)&トークセッションを行います。
日時 4月22日(月)
開場18時30分 / 開演19時
会場 六本木アカデミーヒルズ
スカイスタジオ
(六本木ヒルズ 森タワー 49階)
料金 無料(先着順)
※ 申し込みは終了しました
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