あなたは普段、どんな「自己紹介」をしているだろうか? そもそも自己紹介について意識をしたり、思考を巡らせたことはあるだろうか……? 儀礼化/定型化しているが故に、およそ意識することなどないであろう自己紹介という行為。そのアップデートを試みるイベントが、六本木アカデミーヒルズにて開催された。主催者である石川善樹(予防医学博士)の狙いは、どこにあったのだろうか?
TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI
「僕は○○さんの知り合いなんです!」の危険性
もし、「自己紹介とは何か?」と問われたら、「他者とのファーストコンタクトに際し、自らを理解してもらったり、興味を持ってもらうためにおこなう行為」というのが、最大公約数的な回答になるだろうか。
そんな自己紹介について、ある日、予防医学博士の石川善樹は興味を抱く。自己紹介は、今日においてあまりにも当たり前の行為のため、改めて考える機会を持つことがなく、それ故、無意識のうちに誤解を生んでいたり、機会損失をしている可能性があるのではないかと気づいたからだ。
石川 例えばセミナーに参加すると、終わった後に、参加者の方々はよく、講師と名刺交換をするじゃないですか。その時、『僕は○○さんと知り合いなんです!』と、講師の方と共通の知り合いの名前を挙げる人って、わりといますよね。それについて、ある方がこうおっしゃっていました。『あれって、正直失敗しているよね。だって、その共通の知り合いから、僕はあなたのことを一度も聞いたことがないのだから……。それってつまり、“共通の友人が話題にすら挙げない人”なんだということを、暗に言っているわけだよね』。えらく厳しいことを言うなと思いましたが(笑)、確かにその通りかもしれないと感じました。
共通の知り合いを挙げて、『ああ、あなたがあの○○さんですか!』と言われるのであればオーケーなんですよ。でもそうでないなら、失敗なんです。そんな風に、意外と無意識でやっていることで失敗しているケースが、自己紹介にはあるのではないでしょうか。
あと、自分が仕事でやっていることを延々話す方もいますよね。その場合も、『あなたの仕事はよ〜くわかった。……で?』となるわけです。『それがあなたのゴールなんですか?』と。
自己紹介というものは、場面や目的によってさまざまな意味合いが求められるのだと思います。実は、その都度考えなければいけないので大変なコミュニケーション術なんです。それもあって、『自己紹介とはいったい何なのか』『なるべく一般化した“最強の自己紹介術”とはいかなるものか』といったことを、ここ1年ほど考え続け、僕なりに結論がまとまりました。それをお披露目しようというのが、今回のイベントの趣旨となります。
石川 僕だけでは説得力に欠けるので、2人のゲスト講師をお招きしました。ひとりは、自己紹介に関する書籍を読み漁り、自己紹介のワークショップも開催している、&Co代表取締役/プロデューサーの横石崇さん。横石さんには、自己紹介のベーシックをご紹介いただきます。
もうひとりは、広告代理店にお勤めの福井康介さん。彼と僕は昨年、創刊35周年を迎えた講談社のマンガ雑誌『モーニング』の研究をおこなったのですが、そこから導き出された『普通のキャラクターが非凡な物語を生み出していく法則』を元にした“自己紹介のツボ”を、披露していただきます。
最後に僕は、『まんが日本昔ばなし』を題材として、平凡な人が平凡な物語を送っているんだけど、なんかすごいという点についてお話したいと思います。
自己紹介が成功だったか否かの判断基準は、『自分がいない場でも自分が語られたかどうか』ではないかと思います。つまり、『どれだけ理解されたか』ではなく、『どれだけ語り継がれたか』。その視点から、三者三様、最強の自己紹介メソッドについて考えてみたいと思います。
1:横石崇のメソッド。キーワードは「未来」
横石 こんにちは。横石崇です。普段は3時間ほどかけた「自己紹介のワークショップ」をおこなっているのですが、本日は時間も短いので、そのエッセンスをご披露したいと思います。
そもそも自己紹介とは何なのか。ウィキペディアには、こう記されています。
「自己紹介とは、初めて会う人などに、姓名・職業などを述べ自分が何者であるかを説明すること。〜中略〜自己紹介が可能な部分はあくまでも自身の認識している範囲内であるため、相手は自己紹介する本人が自分を見る見方を受け取らざるを得ない。基本的に自分の事を知らない人間に自分を知ってもらうための行為である。」
要は、自分が何者であるかを説明し、自分のことを知らない人に自分を知ってもらう行為が、自己紹介だと言えるでしょう。
いまの時代、自己紹介は極めて重要になってきていると思います。なぜなら、「売上げアップ、人脈づくり、出世、年収アップ、結婚……」等々と密接につながっているからです。とりわけ最近は、専門領域外とのコラボレーションが求められる時代です。それはつまり、「役職(Know-Howの世界)」ではなく「役割(Know-Whoの世界)」が重視される時代への変換だと僕は捉えています。「自分が何者であるかを説明し、知ってもらう行為」がうまく行くか否かによって、その後のキャリアや人生が大きく左右されかねないわけです。
横石 ではチェックインも兼ねて、肩慣らしをしてみましょうか。紙にご自身の氏名を漢字で書いて、即興で“自分”を説明してみてください。
例えば僕=横石崇の場合だと……。横=「平等/横断」、石=「意思の強い/重い、固定化」、崇=「山がそびえる/あがめられる」と読み解き、「いろんな領域に横断していったりきたりするのが好きで、何事にもしばられたくない性格です。いま自分の会社(山)を作っていろいろやっています」といった説明ができたりします。石川さんは、どうですか?
石川 そうですねぇ……。石=「意思があるようでないような」、川=「川のように、そこにあるのかないのか」、善=「偽善者と言われながらも」、樹=「すっくと立つ木のようでありたい」(笑)。ムチャクチャですね(笑)。
横石 ムチャクチャでいいんです(笑)。自分の人となりを考えるきっかけになればいいので。
次に、「自己紹介/自己診断シート」をお配りします。それに記入をしていきます。具体的には、「失敗したらどうしようと思い、萎縮して何も話せない」「伝えるべきポイントが絞れず、話が整理されていない」「ついつい大声になって無駄なアピールをしがち」……といった十数項目を、それぞれ5点満点で評価していくもので、それによって「性格」「戦略」「分析」「表現」という4つの課題が浮かび上がってくるシートになっています。
横石 「性格」が課題となる人は、「自信がなくオドオドして見えるタイプ」で、自分はかけがえない存在だという肯定感が弱いと考えられます。
「戦略」が課題となる人は、「伝えるべき内容が絞られていないタイプ」です。無難な話で終わりやすく、差別化ができず記憶に残らないという最も多いタイプです。
「分析」が課題となる人は、「伝えるべきポイントがズレているタイプ」で、自身の長所や短所、あるいは相手を知っていないことが原因だと考えられます。
「表現」が課題となる人は、「伝え方を間違えているタイプ」で、痛い人になりがちです。
自己診断によって自分の課題を意識するだけでも、今後自己紹介をするときの足がかりになるはずです。『自己紹介が9割』(立川光昭/水玉舎)という良書で詳しく説明されているので、よろしければ手にとってみてください。
ではいよいよ、理想的な自己紹介とはどんなものなのかについて、お話していきます。
まず、制限時間を見極めることが大切です。5秒、15秒、5分、15分……といった具合です。5分というのは、ビジネスシーンにおけるプレゼンの際や、イベントに登壇する際のイメージです。15分というのは、TEDのような本格的なプレゼンの場で使われるイメージです。
次に、自己紹介には大きくわけて2つの型があると覚えておいてください。すぐに実現できる未来、つまり「自分はどうなれるのか?」という関心を惹きつける「ベネフィット訴求型」と、遠い未来に実現できる夢を語り、共感し、応援してもらう「ビジョン訴求型」です。
そして、どちらの型を取るにしても、共通する「理想的な自己紹介のフロー」があるので、ぜひ覚えておいてください。その頭文字をとって「AIMAT(アイマット)」と名付けているものです。
1:Attention(=「この人は興味深い人だ」と注意を呼び起こす)
2:Interest(=「もっと話を聞いてみたい」「聞いてほしい」と関心を集める)
3:Memory(=相手に覚えてもらう)
4:Action(=アポを入れ、再会する)
5:Trust(=話し合いや商談、相談等にスムーズに入れる)
仕事にせよプライベートにせよ、初対面の人と3〜5のステップを踏めれば大成功なわけで、そのためには1のAttentionと2のInterestが非常に重要であり、それを相手に喚起させることが、自己紹介の目的と言えるわけです。
では、何を話せば相手のAttentionとInterestを引き起こせるのか。もうお気づきかもしれませんが、「自分のこと」ではなく、「未来のこと」を話せばいいわけです。もっと言うと、「自分が関わることで、相手がよりよい未来を描くこと」ができれば、自己紹介は成功だと言えるでしょう。
最後に、「誰でもできる自己紹介3点論法」をお伝えして締めたいと思います。この順番で自己紹介を構成するとうまく相手に伝わるのではないでしょうか。
1:自分が提供できる価値(未来を紹介する)
2:それを達成するための実績(過去を紹介する)
3:聞き手にいますぐ取ってほしい行動(現在を紹介する)
石川 これはおもしろいですね。例えばマッサージ師だったら、「私はあなたを気持ちよくできます。なぜなら私は、1万人を揉んできましたから。さあ、肩をみせよ!」みたいなことですよね(笑)。会いたくなりますね、これは。すぐ肩を出しますよ。
横石 すぐ肩出しますね(笑)。
石川 人は弱いので、ついつい自分を理解してもらいたいと思ってしまうけれど、最強の自己紹介をするためにはそこに抗う観点が必要、ということですね。おもしろい。
横石 そうなんです。自己紹介のことを「自分を紹介すること」だと思っていたのだとすれは、これからは、「未来を紹介する」という視点を含めていただければと思います。
2:福井康介のメソッド。キーワードは「対立、葛藤、展開」
石川 横石先生、どうもありがとうございました。続いて、福井さんにご登場いただきます。
先程も申し上げましたが、福井さんとは、昨年から講談社のマンガ雑誌『モーニング』についての研究をおこなっています。『モーニング』というのは、創刊以来、平凡なキャラクターの非凡な物語を描いているんです。ちなみに『週刊少年ジャンプ』は、非凡なキャラクターの非凡な物語を描いていますよね。それに対して『モーニング』の登場人物たちは、基本的に普通のキャラクターが出てきて、毎度のエピソードを重ねるなかで、結果として非凡な物語になっていくわけです。
その『モーニング』のメソッドが、最強の自己紹介とどう関連してくるのか。では、福井先生よろしくお願いいたします。
福井 はい。本日は、『モーニングと一緒に考えた、平凡な人が共感される自己紹介術』ということでお話をさせていただきます。
『モーニング』というのは、先発エースではなく中継ぎ投手(=「グラゼニ」)、宇宙飛行士ではなくゴミ拾い屋(=「プラネテス」)といった具合に、ヒーローではない主人公が多いマンガ雑誌です。なのに、多くの読者に共感されているのはなぜか。ヒットマンガの主人公たちの共通点から、多くの人から共感されるコツを導き出して、これからの時代の新しい自己紹介を導けないか、という考察を行いましたので、かいつまんでご紹介いたします。
通常、自己紹介といったらこんな感じだと思います。
「入社は○○年で、はじめは△△の部署に配属され、その後□□の部署を経て、2年前から☆☆の部署におります」
これだと、「はぁ、そうなんですね」としか言いようがありませんよね。こうした儀礼的な自己紹介では、「理解」はされても「共感」はされないわけです。でも、自己紹介の場を儀式的なものではなく、チャンスと捉え、形式的に「理解」してもらう場から、人から「共感」までを獲得する場へと変えることができたら、どうでしょう。
そしてそこに、多くの人から「共感」されてきたヒットマンガに共通するナレッジを活用できたとしたら、自己紹介の仕方を変えるだけで、ヒットマンガの主人公のように「誰もが共感する物語」が動き出し、人生が大きく変わり始めるかもしれません。
ということで、あなたの物語が動き出し、みんなから物語ってもらえる自己紹介術を、『モーニング』のヒットマンガから導き出してみたいと思います。
福井 今回僕は、35年の歴史のなかから、代表的なヒットマンガを『モーニング』編集部の方々にご推薦いただき、昼夜を問わずひたすら読み続けました。数百冊に及ぶマンガをひもとき、共感されるヒットマンガの主人公たちを見つめていくことで、それらのマンガが持つ「一定の法則」を発見しました。
それは「対立」です。共感される物語では、主人公が何かと「対立」することで、「葛藤」が生まれ、それを乗り越えていくべく物語が「展開」されていくのです。
例えば「働きマン」は、主人公である編集者の松方弘子が、自分の夢に向かって猛烈に働くために、さまざまな仕事に対する価値観と対立することで物語は動きだし、自分はこれでいいのかと葛藤しながらも、「それでも私は働くのだ」と対立と向き合い話が展開していきます。
あるいは「夏子の酒」は、主人公である夏子が、兄の意志を継ぎ最高の日本酒を造るために、農業界の構造的な問題と対立することで物語は動きだし、本当に自分に造れるのかと葛藤しながらも、周囲の協力を得ながら話が展開していきます。
そういった具合に各作品の対立を書き出し、分類してみると、「対立の構造」とその「共通項」が見えてきました。『モーニング』に掲載された作品の主人公たちの根源的欲求は、大きくわけて5つに分類することができました。
1:何かを変えたい(変革心)
2:何かを正したい(正義心)
3:何かへ冒険したい(冒険心)
4:何かを深めたい(探究心)
5:何かを愛したい(愛)
そして、主人公たちの根源欲求を阻害する要因は、次の3つに分類できました。
1:自分(自分の気持ちなど)
2:組織(会社や周りの人など)
3:社会(世の中の仕組みなど)
つまり、『モーニング』のヒットマンガにおける対立とは、5つの「主人公の根源的欲求」と3つの「阻害要因」の組み合わせ、つまり15種類の対立に分類することができます。
例えば「GIANT KILLING」は、チームを強く変えたいという主人公の「変革心」と、どうせ弱いと思っているチーム「組織」が対立している物語だと言えます。
また「N‘sあおい」は、患者を一番に考え、命を救おうとする主人公の「正義心」と、命より効率や利益を優先する病院という「組織」が対立している物語だと言えます。
あるいは「クッキングパパ」は、家族円満でいたいという主人公の「愛」と、家庭料理は女性がするものという「社会」の常識が対立している物語だと言えます。
さらにこのメソッドを使えば、ある実在の人物が、多くの人に愛されたり熱烈なファンを持つ理由を探ることもできます。例えばキング牧師は、人種差別がある社会を「変える」(=変革心)ために、黒人の権利を認めない「社会」と闘ったわけです。あるいは星野仙一は、巨人1強時代を「変える」ために、王者巨人=「組織」と闘ったわけです。
つまり、「何かのために、何かと闘っている」という対立構造を持つ人ほど、共感されやすいわけです。これをまとめると、最強の自己紹介の基本形は、「私は、『根源的欲求』のために、『阻害要因』と闘います」となるわけです。人生をテコ入れする物語が生まれる自己紹介に必要なのは、対立を明確にすることだったのです。
これをもう一歩進めると、「世の中の中心にいない人ほど、中心と対立できて、共感されやすい」と言うことができると思います。平凡こそチャンス。周辺こそチャンス。そこから作る対立は、いますごい人より、何倍も大きく、魅力的に見えるはずです。
経歴を語るのは止めましょう。これからは対立を語りましょう。それが、僕が『モーニング』から導き出した最強の自己紹介術のメソッドです。
3:石川善樹のメソッド。キーワードは「ただ在る」
石川 福井先生、どうもありがとうございます。共感されると、自分の人生(物語)が動き出すということですね。そして、平凡な人が非凡な物語を描くために必要なのは、対立・葛藤・展開だと。おもしろい。
僕はさらに、「平凡な人が平凡な人生を送っても語り継がれる」というケースについて話をしてみたいと思います。冒頭でも話しましたが、「最強の自己紹介」とは、自分がいないところでも自分のことが語られる状態を作り上げることだと思います。それはつまり、「キャラが立つ」ということでもあると思います。キャラが立つと、たとえその人が目の前にいなくても、その人がある状況に陥ったとき、どう考え、どう行動するかが想像できるようになりますからね。
でも、平凡極まりない我々がキャラを立たせることなんて、なかなか難しいわけです。そこでお手本にしたいのが、『まんが日本昔ばなし』です。『まんが日本昔ばなし』の特徴は2つあって、ひとつは「登場人物が平凡すぎること」。「桃太郎」のおばあさんの名前なんて、誰も知りませんよね(笑)? そしてもうひとつの特徴は、話の展開が同じ過ぎる点です。「むかし、あるところに……」(=起)、「ある日……」(=承)、「ところで……」(=転)、「それからというもの……」(=結)という構造から逸脱することは、多くありません。にもかかわらず、人々の心に残るのはなぜなのか。それを説明する前に、僕が大好きな「火男(ひおとこ)」をご覧になっていただきたいと思います(会場では「火男(ひおとこ)」を上映)。
石川 「火男(ひおとこ)」の主人公は、働き者のおじいさんと、怠け者で強欲なおばあさんが主人公です。定石通り「おじいさんは山へ芝刈りに」と来ますが、続いて「おばあさんは川へ洗濯に……は、あまり行きませんでした」と少しズラしてくるので「おっ」と思いますよね。
さてある日、おじいさんはある親切を施し、そのお礼に火の神さまから「宝物」をもらいます。家に帰って「宝物」の包みをおばあさんが開けると、ヘンな顔をした男の子が出てきます。おばあさんは、「これが宝物?」と憤慨しますが、おじいさんは満足げで、火の神さまからの授かり物なので「火男」と名付けます。
火男は、いつもおへそをいじってばかりいます。そのうち、大きく腫れ上がってしまったおへそを不憫に思い、おじいさんが煙管でポンッと叩くと、そこから小判が出てきます。おじいさんは、日に3度ずつおへそを叩き、そのたびに小判が1枚出てくるので、いつのまにか家は裕福になりました。
ある日、おじいさんが山へ芝刈りに行っている留守を狙って、強欲なおばあさんが火男のおへそを攻撃します。火男は必死で逃げ回りますが、最終的にかまどへ飛び込み、火となって火の神さまの元へ帰ってしまいます。
おじいさんは大層悲しみ、火男の顔を模したお面を彫ります。そしてそのお面を、かまどそばの柱に掛けます。
やがて時が経ち、おじいさんもおばあさんもいなくなり、村の人たちも彼らのことを忘れ去りましたが、「かまどのそばの柱に火男のお面を掛ける」風習だけは、長く受け継がれました。そしていつしか、火男の呼び名はひょっとこに変わり、今日に至る……というのが「火男」の物語です。
ここには、「失う、悲しむ、受容する」という物語構造があります。物語の最初と最後で、主人公たちに変化があったわけではありません。自分は何を失って、悲しんで、受容したのか。それがまわりに伝わったことで、後世まで語り継がれる物語になる、という例だと思います。
この物語からは、右肩上がりの人生ではないけれど、「ただ在る」だけでも人に語り継がれる物語が生まれる、ということを学べると思います。「すごい人のすごい物語」ばかり見ていると、「このままじゃいけないんじゃないか」「自分も何者かにならなきゃいけないんじゃないか」と思いがちですが、そうでもないことを、「ただ在る」ことの価値を、『まんが日本昔ばなし』は教えてくれていると思います。
つまり、どれが「いい」「悪い」ではなく、「自分がどう生きていきたいのか」が重要で、自己紹介を深く考えることで、その「自分がどうありたいか」を考えることにつながると、僕は思っています。
「何かを得たい」のであれば、横石先生のメソッドように「未来・過去・現在」を軸に考えてみるといいでしょう。「何かになりたい」のであれば、福井先生が言ったように「対立・葛藤・展開」という構造を考えてみるといいでしょう。「それじゃあ疲れます。私はただ在りたいんです」ということであれば、『まんが日本昔ばなし』的なものが参考になるのかもしれません。
まとめると、僕なりの最強の自己紹介のメソッドは、
1:何かに「なる」のではなく、ただ「在る」という価値観
2:「失う→悲しむ→受容する」という構造
3:定石から「ちょっとだけズラす」というテクニック
という3つの要素(視点)を取り込むことで、「平凡な人の平凡な物語」でも語り継がれるものにできるのではないか、というものです。
いずれにせよ、自己紹介というと「生まれてからいままでのことを、どう編集して伝えるか」という風に思いがちですが、「未来・過去・現在」を軸にするにしても、「対立・葛藤・展開」を表現するにしても、「ただ在る」にしても、自分のルーツをしっかり知っておくことが大切なのではないかと思います。自分の生まれる「前」がなんだったのか、どうだったのかを知ることで、より、自分がわかるはずですから。そういう意味では、「最強の自己紹介」の結論は、「両親を出す」なのかもしれません(笑)。
石川善樹|Yoshiki Ishikawa1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。
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