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石川善樹の「僕と雑談してくれません?」vol.3——この会合は、参加者の人生を激しく揺さぶる!?

HILLS LIFE DAILYにて、「新しい教養」を探し求める対談シリーズを行っている石川善樹(予防医学博士)。同シリーズのオルタナティブ版とも言える「雑談シリーズ」が3回目を迎えた。雑談は、前回も参加した約10名のアカデミーヒルズ会員が近況報告で幕を開けたが、想像を超える濃度のエピソードが飛び出した。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

アタマの中に1,200万円分のプラチナが入ってます

石川 今回も、アカデミーヒルズのライブラリー会員のみなさんにお集まりいただきました。前回の雑談会から、何かおもしろい体験をした人はいますか?

A 僕、死にかけました。

石川 えっ!?

A 前回の雑談会から10日後に、入院したんです。

石川 それはスケジュール通りだったんですか?

A いえ、まったくの想定外で……。脳の手術を2回やり、3週間入院してました。

一同 ええっ?

石川 そのサングラスは?

A 手術の影響で、一時的に目が腫れているんです。

B 何の病気だったの?

A 病気じゃないんです。その日は友人と飲んでいたのですが、帰りに駅のホームから落ちて頭を打って、耳から血を流して意識不明になりました。意識が戻ったのは、翌日の午後でした。

左側から落ちて頭蓋骨が折れ、腫れたせいで左耳がよく聞こえないんです。放っておけば腫れは引くし、骨もくっつく。数ヵ月で元に戻りますと。でも、その対角線上の右目の裏側の静脈が炸裂していてたんです。その穴を埋めなければいけないというので、手術をしましょうと。

一同 うわぁ……。

A カテーテルを太ももの静脈から入れたので、開頭はしてません。コイルのようにクルクル丸めたプラチナのワイヤーを68本使って、静脈の穴をふさいだそうです。

C キンタンに引っかかりますね。

石川 キンタンって何ですか?

C 金属探知機です。業界用語……ですかね。

石川 どんな業界ですか(笑)。

A で、そのワイヤーは1本15万円なんです。

D 15万×68本で……。

A 医療費の総額は、約1,200万円でした。

一同 うぉー。

B 日本でよかったですね。

石川 そうそう、高額医療費は免除されますからね。

A 個人負担は3割。380万円くらい。ただ、高額医療費の上限適用申請という制度を使うと「月額の医療費はここまででいいですよ」ということになり、それを超えた分は保険組合が出してくれるので、結局、数十万円で済みました。助かりました。

D アタマに1,200万円分のプラチナが入っているってことか……。

 そう、ですね(笑)。毎月の保険料って高くて、何のために払っているんだって思っていましたが、相互扶助なんだと改めて実感しましたね。

軽いアイスブレイクのはずが、初っ端からヘビーな話題となった今回の雑談会。ほかの参加者も、普段、胸に秘めていることを徐々に語り始めていく。

石川 ひとつ聞いていいですか? 話を聞いてたら興味が出てきて、というか雑談とはまさにこのことだと思いますが、その後、駅には行ったんですか?

A 1カ月後に行きました。3週間寝たきりだったので、退院直後は体力が激減していて、何をしてもすぐ疲れちゃう状態でした。ようやく体力が回復して来たころに、自分が落ちた「現場」へ行きました。ホームから線路を見たら、アスファルトの上に鉄の枕木で、鉄のレールが敷いてあるんです。ここに落ちてよく五体満足で戻ってこれたなと。ホームで泣きました。それからは、当たり前の日々を送れるだけでありがたいというか、幸せを感じるレベルがグンと低くなりましたね(笑)。

悟りはある日突然に

石川 強制的に悟りを開いたようなものですね。どういうときに人は悟るんだろうか。ということですよね。というわけで、悟ったことがある人っていますか? 人生観が変わったというか。

 僕は若いころ、オートバイのレースをやっていたのですが、まあ、Aさんと似たような話です。救急車で運ばれたり、人が死んだりを目の当たりにしてきました。ケガをしたら、「治す」のではなく、「走る」ことを考えるんです。アマチュアなのに。膝の骨を折ったら、それをプレートでつないで次のレースに出るんです。その後の後遺症なんてみんな考えていないんです。「サーキットで死ぬことができればそれでいい」という人たちの中にいたわけです。あと、すごく仲のよかった友だちが自殺したこともありました。そうやって「死ぬ、生きる」に関わることで、人生観が変わったと思います。僕の場合は、自分にとって大きなことがあったことで変わりましたけど、逆に、大きなことがないのに変われる人は尊敬しますね。

石川 僕は、1日3回くらい人生観が変わるんですよ。

 それはもはや、進化ですね。

 どんなシチュエーションなんですか?

石川 例えば、自分のラボから5分くらい歩いたところに定食屋があるんです。そこまでスタッフと歩いていくのですが、ある時、自分が知らない道で定食屋に行けることに気がついたんです。こんな道があったのかと。それに気づいた時に、「あっ、人生観変わったな」と感じましたね。こんな道があったことを知らなかったのかと。

 感動したとか新鮮な気持ちになったとかではなく、人生観が変わったんですか?

石川 そうなんですよ。生病老死って言うじゃないですか。4つの苦しみ。病気と老いと死ぬことは「わかりやすい苦しみ」で変わりやすいと思うのですが、生きるのが苦しみであるという感覚は、普通はなかなか持てませんよね。でも僕、「普通に生きているのって大変だな」って、ずっと思って生きてきたんです。例えば、あんまり人に言ったことがないのですが、宅急便を出せないんですよ、僕。

一同 はぁ〜?

石川 出し方が本当にわからないんです。「手続き」というものに弱いんです。例えば飛行機のマイレージも貯め方がわからない。たくさん飛行機に乗っているのですが、1マイルも貯まっていません(笑)。みんなが難なくやっていることが、僕には苦しいくらいできないんです。

宅急便にしてもマイレージにしても、「簡単ですよ」って言われるんです。伝票と箱があれば出せるということは知っているんです。でもわからないのが、伝票をどうやって手に入れるのかということと、もうひとつ、箱をどうやって手に入れるのか、なんです。もっとわからないのが、伝票と箱があっても、どうしたら取りに来てくれるのかがわからない。聞いた時はわかる気がするのですが、やっぱりわからないんですよ(笑)。

 今度、石川さんに「初めての宅急便体験」をやってもらいましょう。衆人監視の下で。

 この荷物をここへ送ってくださいという指示を出したら、どういう行動を取るのか、っていう(笑)。

石川 昔から、とにかく手続きに弱いんです。手続きを失敗して、というか知らなくてやらなくて、何度かニートになっているんです。就職の仕方がわからなくて、仕方がないから自分で立ち上げるっていう。

 いいんですよ、手続きなんて誰かにやってもらえば。

石川 あと、例えば電車に乗っていると、バッグが開いていたりボタンが開いていたりする人がいるじゃないですか。あるいはズボンのチャックとか。そのことを教えてあげたいのですが、どういう手続きで教えたらいいのか、わからないんです。

 手続き(笑)。

石川 今日も、電車の中にバッグが思いっきり開いている女性がいたのですが、脇にいた女性がそのことに気づいたんです。気づいた女性の方は音楽を聴いていたのですが、「開いてるな」って気がつくと、トントンって肩を叩いて、ジェスチャーで示したんです。そうしたら、「ああ、ありがとうございます!」みたいな感じになり、教えてあげた女性は「イエイエ」という感じで肩をすくませたんです。カッコイイなぁ、こうやってやんのか〜。みたいな。一連のフローを見てようやく理解しました。

I 難しく考え過ぎ、というか何でも分析しちゃうんですね、石川さんは。

石川 そうなのかもしれませんね。

誇らしい気持ちになったことがない!?

石川 さてほかに、前回からの期間で「私にはこんなことがあった」と報告したい人はいますか? こんなに何もなかった私、でもいいですよ。

 この夏は、ずっとワールドカップばかり見ていましたね。思えば、フランス対クロアチアの決勝戦を予想していて、その通りになったなと。優勝はクロアチアだと思っていましたが。それは半ば無意識だったのですが、よくよく思い返してみると、学生時代にクロアチアを訪れたことがあったことを思い出したんです。パリからポーランドを経由して、クロアチアのザグレブまで行ったのですが、その時、「遠くまで来たな」という思いを抱いた感覚を思い出しました。それこそ、人生観が変わったではありませんが、「中心からえらく外側に来たな」という感覚を持ったんです。

石川 それを突然思い出したんですね。

 ワールドカップを見ていたり、今日の雑談を聞いていて、かつてその感覚を抱いたことを思い出しました。

石川 「遠くまで来たな」ということは、小5の時に思いましたね。

 どこからどこまで行ったんですか?

石川 移動ではなく、小4から小5になったことに対して「遠くまで来たな」と感じたんです。

一同 あぁ〜(笑)。

石川 「自分は小5まで来てしまったのか」と。小5からあんまり感覚が変わっていないので(笑)。でもワールドカップなんですけど、僕は「誇り」という感覚がよくわからなくて。「日本を誇りに思う」みたいなことをよく言うじゃないですか。あの誇りって何なんだろうって思うわけです。僕らはサッカーをプレイしているわけでもないのに、誇らしい気持ちになるじゃないですか。僕はならないんですよ。僕は、誇らしい気持ちになっている人がうらやましくて。よく考えると、僕、誇らしい気持ちになったことがないんですよ。何で自分のことでもないのに、誇らしい気持ちになれるのかなと。そもそも、誇らしいってどういう感じなんだろうって。

 共感ですかね。

 オリンピックを見ても同じ感覚ですか?

石川 全然見ないんですよ。

 日本の選手が金メダルを取っても「へぇ」という感じですか?

石川 知らないことが多いです。

 私の場合は、勝手に「同じ血が流れている」と感じているのかなと思います。その人のように自分が活躍している気持ちになってきちゃって、嬉しくなっているんだと思います。それが誇らしいにつながるというか。

石川 一体化しているんですか。

 はい。その人の血が流れているぞって。

 共感力が高いんだね。

石川 なるほど、共感力か。僕はそれが決定的にないですね。

 Jさんは、考えているより感じているんでしょうね。逆に石川さんは、考えているというか。

K 「we」と思っているかどうかじゃないですかね。「自分たちの誰かが」って。

今回の雑談会も、六本木ヒルズにある森ビル本社の会議室にて行われた。

石川 分別智と無分別智という仏教用語がありますよね。例えば有名な話で、川で2人が溺れていて、ひとりは奧さん、もうひとりは自分のお母さんだと。助けられるのはひとり。という時に、どっちを助けますか?という問いがあるんです。儒教の人は、お母さんなんです。孝行の気持ちが大切だから。キリスト教だと奧さんです。永遠の愛を誓ったからと。でも仏教の人は、「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ」と。飛び込んで近くにいる人をとりあえず助けろと。体が動いてしまうものなんだと。それが無分別智というわけです。

 ちなみに石川さんは、本を読んだり映画を観て泣くことはあるんですか?

石川 ないですね。「僕が考えているように、みんなは考えないんだな」という、話の通じなさに泣いたことはありましたけどね(笑)。

 例えば、ここにいるメンバーで『桃太郎』を上演することになったとしますよね。どんな役者や役割があるかというと、桃太郎、サル、犬、キジ、鬼、おばあさん、おじいさん、桃、木、川、舞台監督、総監督、照明係、脚本、音響……いろいろありますよね。みなさんだったら何をやりたいですか? その理由は何ですか?

 私は鬼がやりたい。

 そのココロは?

 ラクそう。怒っていればいいから。

 鬼以外だったら、何を選びますか?

 キジかな。とりあえず無事でいられそう。

 石川さんは何の役をやりたいですか?

石川 『桃太郎』っていう物語を作った作者の役をやりたいです。そもそも、桃太郎というワールドを作った人がいるわけじゃないですか。川を流して、桃を流して……という世界を設計した作者をやりたいですね。それが劇にどう関わることになるのかはわかりませんが。

 そのココロはなんですか?

石川 自分のワールドを作りたいんでしょうね。あと、用意された世界があると、そこから一回離れてみるクセがあるんです。絶対に一歩引くんです。

 やはりアナライザー気質というか、feelとthinkだったら、think側に行くわけですね。

石川 僕は、感じたことがない感情がおそらくいっぱいあって、「誇り」を感じたことがないということも、昨日気づいたんです。僕みたいな人は自然に感じられないから、努力として誇りという感情を感じにいかないといけないんです。ややこしいんですよ。人に、誇りってどう感じるんですかと聞いて、さっき、同じ血が流れるんだということを知りました(笑)。

あと、「恥」とか「緊張」も感じたことがないんです。

 他人の目を気にすることはないんですか?

石川 他人の目ですか。意識することはありますけど、あまり恥ずかしいということにはつながらないですね。感情って、あんまり分類されていないんです。研究者ってアナライザーが多いから、感情を研究したいなんて思う人がいなかったんです、おそらく。どちらかというと物質を分類したがりますからね。ちなみに、元素の周期表があるのに、ココロの周期表がないのは不思議に思いません?

 喜怒哀楽だけではなく、もっとあるだろうって。

石川 そう。エモーションの分類が研究されるようになったのは、最近のことなんです。科学の基本は分類ですからね。例えばアデルの「Someone Like You」という曲は、世界中の女性を泣かせたということで研究者が分析を試みました。別れの歌で、「大丈夫、またあなたみたいな人を好きになるから」という曲なのですが、音程が低いところからグワッと上がって行くところが、とりわけ感情を揺さぶるのだと。とにかく、感情というエリアに、ようやく研究者が入り始めたところなんです。

ちなみに国際情動画像分類表というものがあって、僕も研究で使っています。「この画像を見せると、この感情が喚起される」といったもので、研究者以外にはあまり公表されていません。世に広がると、「ああ、あれね」みたいにわかってしまうので。

E それ、一度見てみたいです。

ニートには年齢制限があるんです

石川 ほかに、最近何かを経験した人はいますか?

J 最近、ニートになりました。

石川 ほぉ。ちなみに今おいくつですか?

J 32歳です。

石川 じゃあ、ギリギリニートですね。

一同 どういうこと?

J 年齢制限があるんですよ。

B ニートに年齢制限があるんですか?

石川 そう。ニートと呼べるのは34歳までなんです。

C 34歳を過ぎたらどうなるんですか?

石川 スネップという名称に変わるんです(笑)。

一同 (笑)。

石川 ポケモンみたいに、進化するんですよ(笑)。僕も最初のニートになったときに、ニートの先輩に言われたんです。

J 大学時代に教育学部だったので、当時ニートについても調べていたことを思い出し、そういえばニートの定義をもう一度確認しておこうと思って。

B どういう定義なんでしたっけ?

J 在学以外で、会社にも所属していない、家事手伝いもしていない人です。

B 北欧の人たちには、ギャップイヤーという概念があるんです。卒業して就職しない年、という意味でのギャップイヤーはアメリカなんかにもありますが、それの大人版の文化があるんです。仕事をして、疲れたら何もしなくて、「今なにやってるの?」と聞いたら、「うん、ギャップイヤー」っていう感じで。全然悪いことではないんですよ。生き方はバラバラだし、北欧だと、ぶっちゃけ働かなくても一生暮らせるので……。日本のニートは揶揄している感じがありますが、国が変わればそれも違ってくるというね。それも人生だよ、みたいな感じなのですが、Jさんは今、どんな感じなんですか?

J やっと今、自分を理解できたんです。ある日の夜10時半に、タイムカードをピッとやって退出したんです。そのとき「辞めよう」って思ったんです、いきなり。うっすら考えていたことが、そこで結晶化したんだと思います。その日は金曜日だったのですが、翌日、会社に行って全部かたづけました。ここでやれることはやったと。何の悔いもありませんでした。それまでは安定志向で、やりたいことがあっても今の生活が崩れるのが恐いタイプだったのですが、突然ガラッと変わりました。

石川 この雑談会は、人生が変わる会なんですかね? そういえばこの前、新橋の飲み屋にいたら、隣にいたおそらく40代前半の男性2人が、くだを巻いていました。「この歳になると、やりたいことがあるけどできなくてフラストレーションが溜まるか、やりたいことがなくてフラストレーションが溜まるか、そのどっちかだ」と。「オレはやりたいことがあるのに、アイツのせいでできないんだ」と。「なんで、社内調整をするのにこんなにもリソースを使わなきゃいけないのか」ってブチ切れていたのですが、大いなる悟りがあったみたいで、「それは、オレが会社員だからか」って、気づいたようなんです。「会社員であるってことは、そういうことだな」って。すごく納得してて、大笑いしていました。「そうか、オレは会社員だった」って。大いなる悟りの瞬間を目撃した気がしましたね。

いつでもニートになったり、いつでもホームレスになっても生きられるように、練習しておけばいいと思うんです。普通、練習しないじゃないですか。路上で寝る練習とか。でもJさんは、今気持ちは前向きなんですよね。

J 前向きです。やっと、考える時間ができたなと。

石川 いやはや、今回は波瀾万丈すぎる雑談会でした。雑談の時に話す話題というのは、実は、その人が一番興味のあることだと思うんです。雑談の時にする話を研究の材料にせよ、というのが僕ら研究者の鉄則なんです。雑談の時ですら話す話題を研究せよ、というわけです。そういう意味でいうと、僕は人がわからないので、感情とかに興味があるのですが、今日はいろいろヒントをいただけました。

それでは次回、またお会いしましょう。みなさん、どうかご無事でお過ごしくださいね。

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日時 2018年9月14日(金)19:00~21:00 場所 アカデミーヒルズ(六本木ヒルズ森タワー49階) スピーカー 石川善樹(予防医学研究者/㈱ Campus for H共同創業者) 参加費 無料  概要・申込 https://form.mori.co.jp/form/pub/academy/0914v

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石川善樹|Yoshiki Ishikawa
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。