ホールやギャラリーを飛び出して、街の中へ──アートやデザインといった既存のカテゴリにも収まりきらない表現を受け止めるために、今年1月に虎ノ門ヒルズで開催された「TOKYO PROTOTYPE」は都市空間を実験場に変えた。3日間で4万人以上が足を運んだこのイベントは何を目指し、どこへ向かうのか? クリエイティブディレクターの馬場鑑平が、クリエイターの創作の秘密に迫る連載「CREATIVE PROCESS」。第10回は、本展を主催した日本テレビの岸 遼と森ビルの石澤滝太郎のもとを訪ね、虎ノ門から汐留へと広がる都市型クリエイションの未来を聞く。
TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
PHOTO BY KAORI NISHIDA
カテゴリを消し新しい表現を受け入れる
馬場鑑平(以下、馬場) 実はぼくも「TOKYO PROTOTYPE」で展示したいと思っていたんですけど、結局手が回らず叶わなかったんですよね。それで蓋を開けてみたらすごい盛り上がりが生まれていて、この“お祭り”に参加できなかったのがものすごく悔しくなりました。TOKYO PROTOTYPEはなぜ「プロトタイプ」をテーマに掲げることになったんですか?

岸 遼|Ryo Kishi 日本テレビ放送網株式会社 クリエイティブプロデューサー/放送にとどまらず、企業との共創プロジェクトを企画・推進する一方、ryo kishi名義でアーティストとしても活動。アルスエレクトロニカをはじめ国内外の展示会で自然現象に着目したインスタレーションを発表。プロデューサーとアーティスト、両方の視点を生かしてTOKYO PROTOTYPEを企画。
岸 遼(以下、岸) 企画をまとめる過程で、チームの中で「試行錯誤」や「挑戦」、「プロトタイプ」という言葉が何度も出てきたんです。そこから、「TOKYO PROTOTYPE」というタイトルが生まれました。「試作品」という意味合いよりも、熱意や情熱を持って実践的にものづくりをする、その姿勢を表したかったんです。同時に、「アート」や「デザイン」といった言葉で枠を決めたくないという気持ちもありました。
馬場 TOKYO NODEには立派なホールもギャラリーもあるのに、なぜそれ以外の場所で、しかもジャンルを限定しないことが大事だったんですか?

石澤滝太郎|Takitaro Ishizawa 森ビル株式会社 TOKYO NODE LAB プロデューサー/都市空間を舞台にした新しい体験価値の創出に従事。大学時代に訪れたアルスエレクトロニカで、テクノロジーとアートが街を書き換える光景に衝撃を受け、現在の仕事の原動力となっている。趣味は街歩きと、そこにある「名もなき隙間」の観察。虎ノ門を、誰もが主役になれる世界一エキサイティングなプロトタイプの場にしたいと目論んでいる。
石澤滝太郎(以下、石澤) 森ビルとしては街をどう使っていくか考えることが常にテーマでもあったので、アートやデザインにカテゴライズされる前の、まだ言語化されていないプロトタイプを都市空間の中で見せていけないかと話していました。個人的にも、以前オーストリアの「アルスエレクトロニカ」を訪れた際、アーティストたちが街の日常に溶け込み、そこから新たな活気を生み出していた姿が、強く心に残っていたんです。
岸 アートやデザインのような枠組みが決まっていると鑑賞者にバイアスがかかりやすいし、出展者からすると「まとめられてしまう」感覚もあると思うんです。それって鑑賞者にとっても出展者にとっても機会損失じゃないかと思っていて。カテゴリをなくしてフラットにすればもっと面白い表現を見せていけるんじゃないか、と。
石澤 都市のパブリックスペースで行う試みだからこそ、誰もがふらっと立ち寄り、未知の表現に触れられる開かれた場でありたいと考えていました。
岸 実際、アートやデザインの作品を観に来るというより、なんとなく新しいものが生まれている様子を観に来るような感覚の人が多かった気がします。
石澤 昨年の大阪・関西万博もそんな場だったと思うので、社会的にもなにか新しい体験や表現への期待が高まっていたのかもしれないですね。
対話を生み出すための仕組みづくり
馬場 出展者の方々もボーダーレスなラインナップだったと思うんですけど、どういうふうに声をかけていったんですか? アーティストやデザイナーからすると、カテゴリーが設定されていないがゆえの難しさもあるような気がして。
岸 両極端でしたね。プロトタイプだから完璧じゃなくてもいいという点に違和感を覚える人と、面白がってくれる人。今回展示してくれたのは、まさに後者の方々です。ぼくたちからは「挑戦してほしいんです」「失敗してもいいです」と繰り返し話していて、万が一今回失敗したら、来年もう一回挑戦していただければいいと考えていました。本当に実験場として使ってほしかったんですよね。
石澤 ただ、プロトタイプだけでなく何かテーマを設けた方がいいんじゃないかと言われることは多かったです。
岸 それで「Sci-Fi Prototyping」みたいな言い方で未来をプロトタイプする展示として見せようとしていた時期もあったんですが、結局やめましたね。
馬場 テーマがあったほうが展覧会としては見やすくなるような気もします。
石澤 ただ、Sci-Fiと言い出すと余計なフィルターがかかって、出展者の方々も説明的に展示をつくらなければいけなくなると思ったんです。
岸 なのでとにかくぼくらとしては出展者の方々が自由につくって発表できる場をつくるよう心がけていました。その代わり、会期中の3日間はちゃんと会場に滞在して自分たちの言葉で作品について語ってほしいと伝えました。

馬場鑑平|Kampei Baba 1976年大分県生まれ。株式会社バスキュール クリエイティブディレクター、「HILLS LIFE DAILY」アートディレクター/広告、イベント、教育、アートなど、さまざまな領域のインタラクティブコンテンツの企画・開発に携わる。人の心を打つ表現には、時代の空気に呼応した新しいフレームが適用されている。それがどこで生まれ、変化し定着したのか、この連載を通じて様々な表現領域で活躍されている方々から話を伺うことを楽しみにしている。
馬場 それもすごいですよね。作品をつくった人がその場にいて話せるなんて、なかなかないじゃないですか。
石澤 3日間の対話が絶対必要なんです、と繰り返しお願いしていました。TOKYO PROTOTYPEは鑑賞者の方々がどんどんSNSで発信してくれたことで広がったんですが、それもその場に出展者の方々がいてくださったからだと思います。
岸 これは最初から決めていたことでもありました。ぼくらは対話を生みたかったし、新しい表現やコミュニティが生まれる場所をつくりたかった。そのためには、みんなが自由に話せる場をつくる必要がありました。
石澤 だから展示スペースも厳密に決めすぎず、不定形になったりはみ出したりしてもいいし、隣の展示とコラボレーションしてもいいですよとお伝えしてました。
岸 そもそも今回みんなギリギリまで新作をつくろうとしてくださったので、ぼくらも当日の朝までどうなるかわからなかったんですよね(笑)
プロトタイプの理念を反映した会場設計
馬場 その感じが会場にも表れていた気がします。「TOKYO PROTOTYPE」の看板も台車にポンと乗せてあるだけだったのが印象的で、制作中のものがたまたまそこに置かれてるだけなんだというメッセージが伝わってきましたね。

Photo Courtesy of TOKYO PROTOTYPE
岸 本展のプロデューサーの森ビルの桑名(功)さんがプロトタイプというテーマを聞いてすぐ提案してくれて、博展さんが形にしてくれました。普通の展覧会は完全に固定されてますけど、台車が什器ならずらせるし、なんなら搬入・搬出にも使える(笑)
馬場 すごくいいアイデアですよね。什器によって、この展覧会とどう向き合えばいいかわかる感じがする。
石澤 床も同じように、プロトタイプやブループリントというコンセプトから養生で使われる青いシートを採用しています。デザインチームのGOO CHOKI PARさんがバシッと決めてくれて、全体のトンマナが定まりました。
岸 会場のデザインについては、このイベントを長年続けていきたいので毎年継ぎ足していけるようなものにしたいと伝えていました。だから来年以降はここにどんどんいろいろなものを足しながらイベントをつくっていきたいですね。
馬場 アイデンティティとして青いイメージが残るのかグリッドの床が残るのかはまだわかりませんが、シリーズとして続いているのがわかるのは面白そうですね。
岸 映像もGOO CHOKI PARさんがつくったデザインの理念をもとにWOWさんが考えてくださって、パーツを分けてモジュール化してくれています。SNSやサイネージもモジュールを組み合わせながら展開するものになりました。実は納品のときに指定したサイズが間違っていたことが判明したんですが、モジュールの組み合わせを変えることで対応していたんです……(笑)
馬場 すごい(笑)。それもプロトタイプっぽいですよね。
なぜ3日で4万人以上の集客が実現したのか?
馬場 今回すごいたくさんの方が来場されたと思うんですけど、どれくらいの集客を想定されていたんですか?

Photo Courtesy of TOKYO PROTOTYPE

Photo Courtesy of TOKYO PROTOTYPE
石澤 正直なところ、3日間で4万人を超える方々に足を運んでいただけるとは、想像を遥かに超える反響でした。
岸 会期前から入念にPR施策を打てていたわけではないですし、出展者のみなさんがいろんな方を呼んでくださったのが大きいです。「みんなで頑張りましょう」と事前に話してましたから。正直誰も来なかったらどうしようとはずっと思ってました(笑)
石澤 ぼくも知り合いにめちゃくちゃメール送りましたからね(笑)
岸 ぼくも手当たり次第メッセージを送っていました。とりあえず初日に来てください!みたいな。
馬場 初日に来た人がSNSでシェアすることで一気に広がった側面もあると思うんですけど、そういう効果も狙っていたんですか?
岸 来てもらった方にシェアいただくのが大事ではあるので、初日の設計は意識していました。
石澤 TOKYO NODEで開催された「攻殻機動隊」展と内覧会のタイミングを合わせることで、相乗効果を生み出せるんじゃないかと考えていました。もちろん、運営面でのハードルも高かったのですが、それ以上に「都市の多層的な体験」を提供することに価値があると考え、挑戦しました。
馬場 どういうタイプのお客さんが多かったんですか?
岸 初日はクリエイティブやデザイン、テック業界の方が多くて、2日目からはSNSで知った方がたくさんいらっしゃいました。
石澤 最終日は家族連れや学生さんも多かったし、地元の保育園のお子さんも来てくれましたね。
馬場 ぼくも子どもと来たんですけど、タイのbit.studioが展示した《FLOCK OF》にすごい食いついてました。あの作品がお客さんの幅を拡げていた気がします。
岸 あの作品もアルスエレクトロニカで知ったものなんですが、TOKYO NODEのホールで展示できてうれしかったですね。それ以外にも屋上で展示したike-banaの《Plurality of Life — 純粋な命と、多様な命》や地下2FのTASKO x Abstract Engine《Tug of Memories》、以前SNSで話題になった藤堂高行《鎖に繋がれた犬のダイナミクス》など、各所にアイコニックな作品を置くことで人の流れをつくりだそうとは思っていました。
30年前の『攻殻機動隊』が描いた未来との接続
馬場 ロボットアームがオルガンを演奏する《Tug of Memories》はコロナ禍につくられた作品ですけど、いま観るとAIの文脈に位置づけられる作品として見えたのも面白かったんですよね。
岸 すごく面白いのに知られていない作品がたくさんあると思っていて。《Tug of Memories》も18メートルの空間が必要なので、普通の美術館ではなかなか展示できないそうなんです。展覧会となると短くても1週間、長くて3カ月から半年展示する必要があるので、安定させるために諦めなければいけないことも少なくない。TOKYO PROTOTYPEは3日間しかないことでさまざまな作品を展示できたんじゃないかなと。
石澤 Googleさんが展示してくれたのも嬉しかったですね。Googleの本国チームからもデザイナーの方々が4〜5人常駐してくれたんですよ。
岸 TOKYO PROTOTYPEのコンセプトに共感してくださり出展いただきました。誰もが知る企業の方が参加してくれたことで生まれた広がりもありますね。
馬場 そういう意味では、『攻殻機動隊』展と重ねられていたことも広がりを生んでいたと思います。もちろん集客的な意図も大きいとは思うんですが、コンセプトとしても重要だったのかなと。
石澤 『攻殻機動隊』は30年前につくられた作品で、作中で描かれた2029年がぼくたちの目前に迫りつつある。そんなタイミングだからこそ、30年前に描かれた未来と、いまを生きるぼくらが描く未来を重ねて見せたかったんです。
岸 TOKYO PROTOTYPEだけでは実施までこぎつけなかったかもしれないですからね。
石澤 『攻殻機動隊』展とTOKYO PROTOTYPEはお客さんの層も近そうですし、2つの展示がシームレスにつながるんじゃないかと思いました。この30年であの作品が描いていた未来がどう広がったのか見せられたら、ファンにとっても面白い場になるはずだと。
馬場 2つを対比するとまた面白さが変わりますよね。特にTOKYO PROTOTYPEはどの展示も異なる未来を想像している感じがあって、その多様性がプロトタイプの魅力でもあるように思いました。
街全体へ広がる新しいお祭りを目指して
馬場 TOKYO PROTOTYPEは続いていくと仰ってましたが、TOKYO NODEという施設をどう活用していくかも含め、今後はどんなふうに発展していく予定なんですか?

岸 日本テレビのある汐留と虎ノ門ヒルズが新虎通りでつながっていることもあって、徐々に虎ノ門から汐留まで取り組みを拡げたいと思っています。少しずつ日本テレビに近づいていき、10年後などに新虎通りをすべてつなぐ大きなお祭りをつくれたらなと。それが日本最大級の世界に誇れるイベントになって、ずっと続けていけるものになったらいいなと思うんです。
石澤 森ビルとしても、もっと街に活動を広げたいんです。虎ノ門はオフィス街に見えるかもしれないんですが昔は町工場が建ち並んでいて、いまも住んでいらっしゃる方がたくさんいます。一方で、まだTOKYO NODEを日常の動線として意識されていない方もいらっしゃる、と感じています。だからTOKYO PROTOTYPEを起点に都市型のイベントへと成長させていくことで、地域の人たちと接点を増やしていきたいです。
馬場 たしかにTOKYO NODE目当てで遠くからいらっしゃる方はイメージできますが、地域の人が集まる印象はなかったかもしれません。
石澤 アルスエレクトロニカやミラノデザインウィークに地域の家族が集まるように、新虎通りに子どもやおじいさんおばあさんが集まったら面白いですし、虎ノ門ヒルズやTOKYO NODEという建物だけではなく、もっと都市全体に広がっていくような取り組みに成長させていけたらと思います。








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