CREATIVE PROCESS #7

『DIVE TO INGRESS』が拡張する、音声ARの未来! 川島優志(Niantic)& 原ノブオ(Bascule)

音声ARを用いて六本木ヒルズで行われたスペシャルイベント『DIVE to INGRESS』を、Niantic, Inc.の川島優志と、Bascule Inc.でリードエクスペリエンスディレクターを務める原ノブオはいかに実現させたのか。現実世界に非現実の音を重ねることで、全く新しい体験を生み出す音声AR。その可能性はこれからどう広がっていくのか? クリエイティブディレクターの馬場鑑平が、クリエイターたちの創作プロセスの秘密に迫る連載の第7回。

Direction by Kampei Baba
Photo by Kaori Nishida
Edit & Text by Yuka Uchida

ゲームとは別物。むしろ子供の遊びに近い

馬場 今回は、同僚の原さんがゲストに登場するという、この連載では今までなかった状況ですよね。

 馬場さんとは毎日会社で顔を合わせていますからね。

馬場 なので、音声ARの技術として僕と原さんが共有していることは多い。でも、今回のプロジェクト『DIVE to INGRESS』がどういった過程で生まれたかは、同じ会社にいても全く分からないものなんです。『DIVE to INGRESS』のイベントにはプレーヤーとして参加したので、今日はその目線でいろいろと話を伺いたいと思っています。

川島 イベントに参加してみてどうでしたか?

馬場 すごく楽しかったですよ。僕は結構六本木ヒルズに来る機会が多いのですが、そんなよく知る場所に音が付加されるだけで、こんなにワクワクしながら遊べる特別なゲーム空間に化けるんだなって(笑)。本当に子供に返ったように楽しみました。

 最初に『DIVE to INGRESS』がどんなイベントだったのか、整理しておいた方がいいですよね。

馬場 そうですね。その前段階としてさらに、川島さんがNianticチームで作った『INGRESS』というオンラインゲームを理解しないといけない。

川島 『DIVE to INGRESS』は、ゲームとしての『INGRESS』を理解しなくても楽しめるものなんですが、一応説明しておくと、『INGRESS』はスマートフォンの位置情報システムを使った、地球規模の陣地取りゲームですね。

川島優志 1976年横浜生まれ。早稲田大学第一文学部中退後、2000年に渡米。2007年Googleにウェブマスターとして入社。2013年、当時社内スタートアップであったNiantic LabsにUX/Visual Designerとして参画し、Ingressのビジュアル及びUXデザインを担当。2015年Niantic, Inc.が設立され、アジア統括本部長就任。現在はエグゼクティブプロデューサーも兼任する。『Pokémon GO』では開発プロジェクトの立ち上げを担当。

川島 登録した利用者は「エージェント」と呼ばれ、レジスタンス・チーム(青組)かエンライテンド・チーム(緑組)のどちらかに登録します。そして同じ組の仲間と協力しながら、地球上に点在する「ポータル」と呼ばれる拠点を結んで、三角を描く。

 その三角の内側が「コントロールフィールド」と呼ばれて、自分の組の陣地になるんですよね。敵のコントロールフィールドを破壊したり、味方と一緒に巨大なコントロールフィールドを作ったりして、戦うんです。

原ノブオ 1973年東京生まれ。2004年よりバスキュールに在籍。WEBエンジニアを経て、クリエイティブディレクターに就き、同社のエンターテイメント性の強いプロジェクトを手がける。テレビ東京「ミッション001~みんなでスペースインベーダー」企画など、テレビ関係のプロジェクトも多数。現在は電通LIVEや神風動画とプロジェクトを立ち上げたり、ライブの空間演出やドラマ企画など、多岐にわたって体験演出を行なっている。国内外100以上の受賞歴を持つ。愛犬家。

川島 2013年に発表して、世界の200の国と地域において、2000万以上ダウンロードされています。

馬場 その『INGRESS』が、ゲームの世界で築いてきた世界観をテレビアニメ化することになり、その先行上映会と同時に開催された参加型イベントが、音声ARを使った『DIVE to INGRESS』だった、と。

川島 『DIVE to INGRESS』はあくまで、ゲームの世界観を体験してもらうイベント。普段からゲームを楽しんでいるエージェントでなくても参加できます。

馬場 事実、僕はゲームの『INGRESS』はやっていないですしね。それでも十分、楽しむことができました。

馬場鑑平 1976年大分県生まれ。株式会社バスキュール エクスペリエンスディレクター。広告、アトラクションイベント、教育、アートなど、さまざまな領域のインタラクティブコンテンツの企画・開発に携わる。「HILLS LIFE DAILY」のアートディレクターも務める。

『DIVE to INGRESS』は、宝探しゲームと鬼ごっこを一体化したような遊びなんです。それを大人数で、六本木ヒルズの中でやってしまうという。

川島 そう、子供の遊びのようなもの。そこに音声ARを加えることで『INGRESS』の世界観がぶわっと立ち上がって、現実と非現実が混ざり合った高揚感が生まれるんです。

馬場 確かにあの高揚感はすごかった。ではそろそろ、『DIVE to INGRESS』のイベントについて具体的に教えてもらえますか?

誰もが親しんだ遊びを、デジタルの力でカスタムする

 そうですよね(笑)。『INGRESS』を理解するのは難しいですが、『DIVE to INGRESS』は単純ですよ。イベントには300人が参加しました。全員が劇場に集まってテレビアニメの先行上映会を見た後、イベントのための導入映像が流れるんです。アニメにも登場する人工知能キャラクターADA(エイダ)の声で「緊急事態が発生し、会場となっている六本木ヒルズに300のターゲットが設置された」と告げられる。参加者は『INGRESS』のエージェントの一員として、そのターゲットを解除するミッションにとりかかります。

イベント参加者には、イヤホン「ambie」が配られた。耳を塞がないので、周囲の音もキャッチでき、音声ARと相性がいい。ベンチャーキャピタルのWiLとソニービデオ&サウンドプロダクツが立ち上げたスタートアップの第一弾プロダクト。

『DIVE to INGRESS』は「INNOVATION TOKYO 2018」(2018年10月12日~21日@六本木ヒルズ)のプログラムの一環として発表された。

馬場 ターゲットに見立てたのは、「ビーコン」という位置情報を発信する端末ですよね。六本木ヒルズ内に実際に300個のビーコンを隠して、それを参加者が見つけるという。

川島 そう、このターゲット(ビーコン)を探し出す行為が、さっき言った「宝探し」の要素。見つけたターゲットに一定時間スマートフォンをかざすと解除できるというルールです。

ターゲットはおおよその位置が地図に表示される。解除されると地図上の表示が変わってゆき、参加者全員でミッションに取り組んでいる一体感も生まれる。

ターゲットを見つけたらスマートフォンをかざす。一定時間が経つと、解除されるシステム。複数のスマートフォンを同時にかざすと、解除までの時間が短縮されるため、ターゲットを見つけたら、近くにいる参加者同士で声を掛け合い、一緒に解除作業に取り組むことになり、コミュニケーションも生まれる。

 制限時間は1時間。参加者には音声ARを楽しむためのイヤフォンが渡されて、そこからさまざまな指令が下されます。

川島 そのADAの声は、アニメと同じく声優の緒方恵美さんにお願いしました。ターゲットを見つけた後の解除方法や、参加者同士がどう連携すると、ターゲットが解除しやすいのかなども、緒方さんの声で物語の世界観のひとつとして告げられます。

イベントの導入に流した、人工知能キャラクターADA(エイダ)からのメッセージ。ADAの声は、アニメと同じく声優の緒方恵美さんが務めた。イベントには緒方さん本人も参加しており、緒方さんが台本を読み、その声を生放送することに。準備しておいた映像を、リアルタイムの声に合わせて調整しつつ流した。

川島 「鬼ごっこ」の要素というのは、イベントの途中から加わる要素で、順調に解除作業を進めていると、緒方さんの声で第3勢力の傭兵が六本木にやってきたことが告げられるんです。そこから参加者は、第3勢力としてリアルに六本木ヒルズに放たれた10人の傭兵から逃げつつ、解除作業を進めることになります。

馬場 この傭兵が本当にいかついんですよね。SWATみたいな装備をして六本木ヒルズを歩いている(笑)。イベントのことを知らない一般の人たちも驚いたんじゃないかな。

 六本木ヒルズという商業施設に、不審物に見えかねないビーコンを300個も設置したり、異様な雰囲気の傭兵を歩かせたり(笑)。そういった世界観を、イヤフォンから音声を聞きながら楽しむのが今回のイベント。

川島 どんなゲームも、面白さの根っこにあるのは、子どもの頃の遊びだったりするんですよね。そこに原型が見出せるというか。今回は、隠してあるものを見つける宝探しと、敵から逃げる鬼ごっこをミックスして、それをある世界観の中で、大人数で楽しむためにテクノロジーが使われている。

 最近、我を忘れて鬼ごっこに没入するような子どもたちが少ないのは、刺激が足りなかったり、もっと面白いと思うものがあったりするからだと思うんですが、今回のようにデジタルの力で遊びをカスタムすることで、もう一度、命が吹き込まれるというか。

馬場 あ、そういうことだったんですね。スマホを使ったハイテクなゲームではあるんですが、やってることは確かに素朴な子供の遊びと変わらない。でも、だからこそ瞬間的にその世界に入ってのめり込むことができたんだと、今気がつきました。

川島 大人になると本気で体を動かして遊ぶことがほぼ無くなりますよね。今回、やっていて思ったのは、大人だって子どものように遊べるんだということ。遊びの心は決して失われていなくて、むしろ、大人だってもっと遊んでいいんじゃん!みたいに思える、フレッシュな体験をしてもらえた。

馬場 本当にそうですね。ざっくりと『DIVE to INGRESS』の内容を掴めたので、ここからはイベントを作り上げるまでのプロセスを教えてください。確か、きっかけは川島さんがBasculeが関わった、別の音声ARイベントに参加してくれたことでしたよね。

3カ月弱で作り込んだ『INGRESS』の世界観

 僕が担当していた、映画『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』の関連イベント、「音声ARスパイゲーム 渋谷フォールアウト」ですよね。

川島 はい、同僚にこんなイベントがあるよって教えてもらって、とにかく面白そうで、僕も応募したんです。

 あれは音声ARを使ったイベントの、ある種の“フォーマット”を生み出せないかと意識しながら音声ARのチームで考えたものなんですよね。

馬場 なるほど。参加者がある共通の導入映像を見てから街に散らばって、音声ARからの指示を頼りに、ターゲットを見つけて、スマートフォンを使って解除していくという構図は、『DIVE TO INGRESS』に生かされてますよね。

2018年7月に渋谷で開催された一日限りのイベント。行政や地域と連携しながら、渋谷の街に時限装置爆弾に見立てたビーコンを設置。参加した100人がそれらを解除するミッションに加わり、映画の世界観を楽しんだ。

川島 参加してみて、こんなにすごい技術をたった一日のイベントで終わらせるのはもったいない! と素直に思ったんです。

 川島さん、「え、馬鹿じゃないの?」くらいの勢いで、「勿体ない!!!!」と反応してくれましたよね(笑)。

川島 その時、既に森ビルの皆さんと僕らNianticで、「INNOVATION TOKYO 2018」というイベントの準備を進めていたので、このタイミングに合わせて『INGRESS』の世界観で何かやろうよ!とお誘いしました。

『ミッション:インポッシブル〜』が7月13日のイベントで、一緒にやろうと誘われたイベントの開催日が10月13日予定だった。3カ月切ってるタイミング……。

馬場 そんなに時間がなかったんでしたっけ? でも、『ミッション:インポッシブル〜』と『DIVE TO INGRESS』では、構成の大枠は一緒とはいえ、カスタムしている部分もかなりあるし、そのカスタムが地球規模のプロジェクトになってますよね?

川島 そうなんですよね。その地球規模のカスタムについては、後々話すとして、それ以外にも基本的なところで『INGRESS』版にするための変更がいろいろと必要だった。例えば、こういった音声ARのイベントにはストーリーが必要なんです。何が起きて、それを解決するために参加者にどういった指令が出るのか、プロジェクトが進む中で状況が変わったりもするし、ちゃんと起承転結のシナリオが存在している。そういった展開を、『INGRESS』のメインストーリーを作っているアメリカのチームと相談しつつ決めないといけない。結構やることがありましたね。

● 制作タイムスケジュール

7月26日 初回打ち合わせ
7月28日 六本木ヒルズの敷地リサーチ
8月1日 六本木ヒルズで技術検証
8月8日 原さん作のたたき台ストーリー完成
8月15日 川島さん作のストーリー完成
8月27日 アメリカの『INGRESS』チームと協議完了
8月28日 アプリ制作開始
9月28日 参加者募集スタート
10月1日 300個のビーコン設置場所、最終リサーチ
10月2日 ダミーナレーション録音
10月6日 現地リハーサル
10月7日 ビーコン設置場所、決定。
10月9日 緒方恵美さんナレーション録音
10月11日 最終現地リハーサル
10月12日 ビーコン設置
10月13日 イベント当日

馬場 もともとあるコンテンツとコラボレーションする時は、その世界観を正確に理解した上で、やりたいこととうまくかけ合わせた仕組みを提案することが、最初のハードルになりますよね。イベントのストーリーのたたき台のようなものは、原さんがつくったんですか?

 一旦は、僕が出しました。音声ARを使いつつ、何ができて、何ができないかは僕が一番理解しているし、まずアニメの『INGRESS』を観て、その世界観を『ミッション:インポッシブル〜』の際になんとなく構築したフォーマットに置き換えていったんです。

馬場 それでOKが出たんですか?

 いや、全然! 僕が考えたのはブリーフィングのようなものでしかなくて。「この町で、こういう原因で、こういうことが起きて、ここが謎だから君たちにはこうしてほしい!」みたいなことだけを、音声AR の技術を理解しつつ書くというか。

川島 それで、後は僕がやるしかないなって(笑)。

馬場 また川島さんが! やっぱり、自分で手を動かしちゃうんですね……。

川島 今回は時間が限られていたからというのもあるけど、やっぱりここが一番楽しいところだからね。実際、Niantic内で『INGRESS』のメインのストーリーを考える会議にも、CEOのジョン(・ハンケ)は出席しているし。つくる部分に関わりたい人間が、元来多い会社なんです。

世界中のプレーヤーを東京のイベントに巻き込む

馬場 ストーリーはどういった内容にまとまったんですか?

川島 まず、『INGRESS』のゲーム内では、プレーヤーは2つの派閥に別れて戦っています。でも、この音声ARイベントでは、第3の勢力が現れたことで2つの派閥が協力しないといけない状況にしました。それで、第3の勢力が六本木ヒルズ内に設置したターゲットを一緒に解除していくんですが、そのターゲットがある場所を教えてくれるのは、世界中の『INGRESS』プレーヤーなんです。

 この世界のプレーヤーを巻き込んだことが、『DIVE TO INGRESS』を格段に面白くしていますよね。

時差を考慮に入れつつ、日本のイベント開始時刻にちょうどいいタイミングで、世界のプレーヤー協力を仰いだ。

川島 『INGRESS』のプレーヤーって、東京でイベントをやると、「どうして東京にいる人しか参加できないんだ!」って必ず声を上げるんですね。その声にどうにか応えられないかと思って考えたのが、イベントが始まる前に、隠された300個のターゲットを見つけるためのヒントを、世界中のプレーヤーに協力してもらって集めるという方法。具体的には、ターゲットを隠した場所の写真を暗号化して、それを世界のさまざまな場所のポータルに隠すんです。そして、世界のプレーヤーたちには「東京のプレーヤーたちのために、その手がかりとなる暗号をポータルから見付け出してほしい」とツイートするんです。

馬場 一地点でのイベントのはずが、世界中のプレイヤーと連携しちゃってる。

川島 するとイギリスや、アムステルダムや、インドといった、各国のプレーヤーが、自分が行ける範囲のポータルに暗号化されたヒントがないか探し出してくれる。

 この方法をとったのには、もうひとつ技術的な理由があるんです。渋谷のイベントは街中だったのでスマートフォンのGPS機能を使って、ビーコンの近くまで行くと、イヤフォンから「おっと、爆弾が近いぞ!」といった音声がするプログラムを作れた。でも、六本木ヒルズは屋内なのでGPSが機能しない。4フロアで開催したので、そうなるともう完全に位置情報が狂ってしまう。その状況でどうやってターゲットを探してもらおうかと悩んだんです。

馬場 確かに、参加者の位置情報を正確に把握できないと、音声ARは使いづらい。

川島 そこで参加者には、ターゲットのだいたいの場所をマークした地図を渡して、そのマークをタップした時に、もし世界中のプレーヤーからヒントが届いていれば、その場所に置いてあるターゲットの写真が表示されるようにした。もしまだ、世界のプレーヤーの誰一人も暗号を解読していなければ、マークをタップしても鍵マークが表示されるだけで写真によるヒントがない。

 例えば、この会議室にターゲットが隠されているとして、参加者はだいたいのマークがあるから、会議室までは辿りつけますよね。でも、どこにターゲットが隠してあるかは見当がつかない。そこでマークをタップして、写真が現れれば、ターゲットが置かれている床の色や壁の素材をヒントに、見つけ出すことができる。

ターゲットがどこにあるかのヒントとなるのは、周辺状況を伝える一枚の写真。この画像を暗号化し、世界中の『INGRESS』のポータルに埋め込んだ。

川島 これは、別ゲームでもいいんじゃないかってくらい新しい要素。確か、イベントが始まる30分前くらいに8割近い暗号が解除されてましたよね。

 内心、これ以上、解除されたら困る! と思っていたくらい(笑)。始まるまでに全て解除されてしまったら、マークをタップして鍵マークが出てくるという状態がなくなって、写真のヒントがあることが前提のルールになってしまいますからね。

馬場 でも、話が戻りますが、マークをタップするとヒントとなる写真が表示されるというプログラムを作るために、六本木ヒルズに配置した300のターゲットの1つ1つを写真に撮ったり、それを暗号化して、『INGRESS』のゲーム内で世界中のポータルに埋め込むという、気の遠くなる作業がありますよね……。

 300のターゲットを隠す場所は、僕が歩いて探したんですよ。

馬場 え、原さんが自分でやったんですか⁉️

六本木ヒルズ内に設置するターゲットの位置を記したフロアマップ。

 最初は若手スタッフに頼んだんです。二回ほどトライしてもらったんですが、森ビルさんのレギュレーションと“隠されたものを探し出す”という体験の面白さを担保するためのバランスが上手く取れなくて(苦笑)。じゃあ、もう自分で探しに行くかって。

ターゲットはただ置くのではだめ。「隠れている」状況でないと意味がない。イベント直前にターゲットを隠す作業は、複数のスタッフで行うため、原が自ら、隠し場所を写真に撮り、隠す位置を矢印で正確に示した。

 六本木ヒルズの中を歩きまくって、この茂みに隠せるな、この柱の裏に隠せるなって感じで見つけていきました。完全に不審者です。いい場所が見つかったら、実際にターゲットを置いてみて、その状態を写真に撮って、300個分をリスト化して、森ビルさんに申請して、設置NGとなった場所については、また別の隠し場所を探しに行って……。

馬場 ちょっと狂気を感じますね……。

川島 これはホント、原さんのすごさは尋常じゃないと思い知った瞬間でしたね。実績のある伝説的な人だと思っていましたが、一緒に仕事をさせてもらって、その底力を感じました。

バーチャルとリアリティ、その境目を面白がる

馬場 イヤフォンから聞こえてくる音声ARの声は、アニメの中で声優の緒方恵美さんが演じる人工知能ADA(エイダ)という設定ですよね。緒方さんには何パターンくらいの台詞を録音してもらったんですか?

川島 80種くらいですかね。基本的にイベントの楽しみ方はすべて音声ARを通した、緒方さんの声で案内されるようになっているんです。それもガイド的な雰囲気ではなく、例えば1つめのターゲットを解除する時は丁寧に「見つかったわね、スマートフォンをかざしてみて」などと教えてくれる。それが、2つめ、3つめと参加者が解除のやり方に慣れてくると、「そう、その調子」「よくやったわ」なんて感じで、台詞が変わっていく。

馬場 そのリアル感によって、参加者は『INGRESS』の世界観に没入していくんですよね。僕も、本当に人工知能ADAから指示を受けている感覚になりました。

大御所の緒方恵美さんに音声収録をお願いするためにも、イベントのストーリー展開は急ピッチで決める必要があった。

馬場 音で想像力を刺激する一方で、今回のイベントには「実在する」ものも多いですよね。ターゲットや第三勢力の傭兵は、実在する物や人として現実に配置されている。音によって存在させるか、実際に存在させるかの振り分けは、どういう基準で行なっていたんですか?

 つまりそれは、ターゲットや第三勢力も画面や音声の中だけに存在するものとしてプログラムする手もあるんじゃないか?ということですよね。

川島 これって2パターンの考え方があると思うんですよね。1つは、すごく面白いフォーマットなので世界のどこでも実施できるように、形あるものに頼らない方法を考えようというもの。今のフォーマットだと、原さんのように絶妙な場所にターゲットを隠してくれる人がいないと成立しないですから。もう1つは、リアルなものがあるからこそ楽しめるという感覚を大事にしてフォーマットを考える方法。『ジオキャッシング』というGPSを使った世界規模の宝探しゲームがあるんですが、あれはやっぱり、地球上にリアルにものがあるってところが面白い。だから、将来、ARグラスのようなものが開発されたとしても、リアルとバーチャルをバランスよく提供できるような後者の考え方のほうが、面白いのかなと思いますね。

 分かります。『ジオキャッシング』って言葉は、渋谷の『ミッション:インポッシブル〜』の時にも出ていたんですよね。「ジオキャッシングもあるわけだし、時限爆弾としてビーコンをリアルに置くのがいいんじゃない?」みたいな感じで。僕は、リアルとバーチャルの境界線あたりを楽しめるものを作りたいんです。馬場さんは知っていると思いますけど、この音声ARのプロジェクトに始まったことじゃなくて、以前からそういった傾向がある。どこが現実で、どこがバーチャルだと楽しいかな、と考える癖があるんですよね。

「遊びがどんどんディスプレイの中で完結されていくことが嫌だった」と原。「ここから外に飛び出したいと思っている一方で、デジタルで何かをつくることはめちゃくちゃ楽しい。相反する考えが常にあるんです」

 それで話を戻すと、『INGRESS』でも『Pokémon GO』でも、現実に見えているランドマーク的な建物や場所がポータルやジムになっているから、そこに“ポータルがある”と信じられるんだと思うんです。音声だけで「目の前にポータルがあります」って言われても、「どれ?」ってなるんじゃないかな、と。

川島 何をもって人間がそれを「ある」と感じるかは非常に面白いですよね。例えば、梅干しの絵を見ているだけで唾が出てくるみたいなこともあるし、それこそ今は、バーチャルリアリティーとして目で見ているだけなのに、まるで耳元でささやかれた感覚になる映像があったり。どういうトリガーで実在感を与えるか。その技術は進化しいて、人間の秘められた感覚を目覚めさせるようなコンテンツも、これからどんどん出てくると思う。

 それでいうと、今の話と少しそれちゃうんですけど、今回面白かったのは参加してくれた人たちの意識の持ち方なんです。こういうイベントって、ある世界観を体感したいという強い欲求で参加していますよね。で、その世界観は用意されているのだけど、参加者側にもそっちに入ろうとするある種の努力が必要だと思うんです。『DIVE TO INGRESS』に参加してくれた人たちは、そのあたりの姿勢がすごく気持ちよかった。300個のターゲットを本気で解除にかかった、その後に、これをスタッフがひとつひとつ隠してくれたという客観的な視点もあって、ひとしきり楽しんだ後は「お疲れ様でした!」って声をかけてくれたり。

川島 『INGRESS』のプレーヤーって、そうゆうところがあるんですよね。受動的じゃないというか、何なら、イベントの改善点だって気持ちよく報告してくれるような(笑)。それに彼らは拡張現実感に対しても優れている。例えば今、『Pokémon GO』のポケストップになってる場所も、かつては『INGRESS』のプレーヤーが街中で面白いものを見つけて、それを申請することで生まれていたんです。そうゆうことが好きで申請をよくしている人は、街の見え方が違うんですよ。『INGRESS』ではポータルからXMというパワーが湧き上がっているという設定なんですが、プレーヤーによっては街をただ歩いていても「ここからXMが湧き上がっているのが見える」と表現するんです。しかも、複数のプレーヤーで「確かに出てますね」と感覚を共有している(笑)。

 人間の現実認識のやり方がどんどん変わってきているんですよね。

馬場 没入したり、客観視したり、リアリティーラインを自分で調整している側面もあるというか……。

 そう、ゲームの世界に入る自分をちゃんとコントロールしてるんですよね。意図的にダイヴしているというか。そうしたコントロールするって行為そのものも、今後は音声ARの楽しみのひとつになっていく気がしますね。

音だから、人間の原始的部分にアプローチできる

川島 今回の音声ARで感動したのは、音声で人が動くこと。爆弾を解除してるときに「今、そちらに傭兵が向かっているぞ! すぐにそこを立ち去れ!」みたい指示が出ると、みんな逃げるわけですよね。で、今度は「近くにターゲットがあるぞ!」みたいな指示があると、みんなが一斉に動き出したり。スマートフォンが発達して、目で楽しむエンターテイメントが増え続けていますが、これからもっと五感をフル稼働して現実を楽しむみたいな体験が増えてくるんじゃないかなって思っています。

白熱したインタビューは2時間半に及んだ。

 僕は渋谷のイベントを準備している時に、今回使う《ambie》というイヤフォンは、どこまで外部の音が聞けるんだろうと思ってひとりで実験をしてみたんです。《ambie》で『ミッション:インポッシブル』のテーマを聞きながら渋谷の街を歩いてみただけなんですけど、もうその時点で半分、気分がトム・クルーズになってた(笑)。耳からの情報で、人のテンションは一気に変わる。音ってやっぱり、脳の原始的な部分につながってるというか、耳から入ってくる刺激って、人の感情の部分に触れやすいんじゃないかと思うんです。そう思うと、音を自在に演出に使えるようになったら、さらに面白いもの、今までにないものを世の中に提供できるんじゃないか、と。

川島 今、「原始」っていうキーワードが出ましたよね。最近の世界の流れとして、マインドフルネスとか身体を見直そうという動きがあると思うんです。人間ってやっぱり生物なんだという意識が戻りつつある。そういう中で、原始時代まで遡らなくても、狩猟時代に我々の先祖はどうしてたんだっけ?と考えることで健康に繋げようとしている人たちがいたり。狩猟時代って人は今よりもっと耳をすませて生きていたと思うし、危険があれば逃げたり、何かを追いかけたりしていた。だから、そういった体の動きに、肯定的に反応するよう意識が出来ていると思うんです。人間はおそらく、そういう生命体として元々デザインされている。現代社会では不要となったそれらの感覚を音声ARによって呼び覚ます。それはつまり、体の奥に眠る喜びのスイッチを入れることなんだと思います。

馬場 今日は、いつも顔をあわせている同僚から、思わぬ刺激をもらいました(笑)。まず、おふたりの創作に注ぐエネルギーに圧倒されました。また、音声ARという身体の拡張方式は、人間の根本的な欲求だったり本能的な感覚を呼び覚ますものとして活用すると面白い、という考え方に触れられたのもとても刺激的でした。ポータルや傭兵が、リアリティラインを溶かす役割を担っているという話も大変面白かったです。ARの捉え方が、がらっと変わりました。


STAFF
Lead Experience Director Nobuo Hara
Technical Director, Engineer Kazuhisa Maegawa
Engineer / Toshiyuki Chou (salvo) Hiroyuki Mikami (salvo)
Back-end Engineer Tetsuhiro Maruyama
Sound Editor Shojiro Nakaoka (bitztream)
Project Manager Mari Yoshida
Designer Yuto Nagumo
Experience Producer Rei Katayama (DENTSU LIVE)
Experience Planner Kensuke Matsumoto (DENTSU LIVE)
Producer Masashi Kawashima(Niantic)

DIVE TO INGRESS 森ビルとNianticが共催したイベント「INNOVATION TOKYO 2018」(2018年10月12日~21日開催)のプログラムのひとつとして発表された音声ARを用いた体験型イベント。