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社会的課題を因数分解し、大企業と大企業を結ぶ媒介になる——新連載「ARCHから生まれる」Vol.1 テレビ東京 制作局 工藤里紗さん

虎ノ門ヒルズにあるインキュベーションセンター ARCH(アーチ)は、世界で初めて大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンター。ARCHに集まる大企業の新規事業担当者がどのような問題意識で何に取り組んでいるのか。現場の生の声を届ける新連載の一回目は、テレビ東京 制作局 クリエイティブビジネス制作チームによる新番組の制作から。

TEXT BY Kazuko Takahashi
PHOTO BY Ayako Mogi

2021年3月29日、加藤浩次がビジネスパーソンに贈る新番組「巨大企業の日本改革3.0『生きづらいです2021』〜大きな会社と大きな会社とテレ東と〜」(毎週月曜深夜0:30 テレビ東京)がスタートした。ARCHに入居する大企業に密着する同番組のプロデューサーを務めるのは、「生理CAMP」「シナぷしゅ」「極嬢ヂカラ」「昼めし旅」などの番組を企画してきたテレビ東京 制作局 クリエイティブビジネス制作チーム 工藤里紗氏。新番組が生まれた背景や収録の裏話などについて聞いた——。

大企業のチャレンジにエールを送りたい

——番組が生まれた経緯について教えてください。

工藤 会社の上司から面白い所があるぞ!と聞き、訪ねたらびっくりしたんです。スタートアップやフリーランスが集うコワーキングスペースは昨今珍しくありませんが、ARCHの入居者は名だたる大企業ばかり。それぞれ新規事業創出を探っていると聞いて、いわゆる新進気鋭のベンチャーによるイノベーションとはちがう可能性を感じました。先の見えない時代、日本を支えてきた大企業こそ、これからも守りに入らず未来を照らしてほしい。テレビを通じて大企業間の共創とチャレンジにエールを送れないだろうか。そんな思いから生まれた番組です。

左:MC 加藤浩次氏 中央:テレビ東京 伊藤隆行氏 右:初回ゲスト アンカースター代表取締役 児玉太郎氏

大企業だけでなく、若いイノベーターたちへも突撃取材。第3回では、東京大学のVRサークル「UT-virtual」の活動をキャッチ

——タイトルにある「生きづらいです」ということばに、どのような意味を込めたのですか?

工藤 まず、番組タイトルの冒頭にある「巨大企業の日本改革」ということばの根底には「社会課題をいかに解決できるか」というテーマと願いがあります。この大きなテーマを因数分解し、私たちが身近に感じている不便や不満といった「不」や「生きづらさ」を可視化していく。そうすることで、視聴者の皆さんに大企業の取り組みを自分ごととして捉えていただけるのではないか。それが「生きづらいです」ということばに込めた思いです。

——番組は、ARCH にいる企業を突撃取材し、各社の新規事業を取材していく「経済リアリティSHOW」を標榜しています。MCの加藤浩次氏が新規事業担当者から巧みに話を聞き出し、その場の判断でほかの企業の担当者と引き合わせるなど、予定調和でない「突撃ぶり」が見どころになっています。

工藤 加藤さんご自身が吉本興業という大企業にいた方で、今はそこを離れて新しいチャレンジを続けている。また、さまざまな番組でさまざまな情報に触れ、さまざまな「生きづらさ」も知っている方です。加藤さんがすごいのは、必要な時に素直に「えっ? どういうことですか?」と問いかけられること。本当に絶妙のタイミングで問うんですね。ARCHを利用するのは新規事業に前向きな方ばかりですから、事業の可能性を語ってくださるわけです。でも実際は困難にぶつかっているかもしれないし、理想論にとどまっているだけかもしれない。ことばの端にそのニュアンスを感じ取っても、普通の人は遠慮して聞き流したり知ったかぶりをしてしまう。私たち取材のプロでさえそういうときがあります。加藤さんはそこを明るく突破してくれるんです。

工藤里紗|Lisa Kudo 株式会社テレビ東京 制作局 クリエイティブビジネス制作チーム/慶應義塾大学環境情報学部卒。2003年に入社後、バラエティ、音楽、ドラマと幅広いジャンルで活躍し、『極嬢ヂカラ』『アラサーちゃん 無修正』『生理CAMP』『インベスターZ』などヒット番組を多数手がける。映画『ぼくが命をいただいた3日間』では監督を務める。現在は『シナぷしゅ』『昼めし旅〜あなたのご飯見せてください〜』『巨大企業の日本改革3.0 生きづらいです2021』のプロデューサーを務める。

現場で起こる化学反応を大事に

——突撃取材は、ぶっつけ本番なのですか?

工藤 収録日にARCHでミーティングなどをしている企業やその事業内容は、私たち制作サイドは事前に把握しています。ただ「Q&A」の段取りを用意しているわけではなく、加藤さんが現場で起こす化学反応を大事にしています。その方が取材を受ける方の人間性が出やすいですし、ポジショントークになりにくいからです。リハーサルも出演者との事前の顔合わせなくいきなり突撃します。

——番組のチーフプロデューサー・伊藤隆行氏が、加藤氏のパートナーとして出演しています。

工藤 伊藤は「池の水ぜんぶ抜く大作戦」「モヤモヤさまぁ〜ず2」などを手がける私の上司です。そもそもARCHの面白さを私に教えてくれたのが伊藤でした。伊藤が率いるクリエイティブビジネス制作チームは、コンテンツを作り続けながらも既存の収益構造やテレビの在り方にとらわれず、新規のビジネスを開発する部署です。柔軟な発想や「テレビ東京だから」や「テレビ東京にいる“個”を活かした」新しいコンテンツと収益スキームを生み出さなければいけない、しかし、いざとなると従来の仕組みにとらわれ中々OKが出ない事が多い。さらに、新しい事にチャレンジするが故に「聞いてないよお化け」が頻繁に現れ、中々スピーディーにものが進まない事も。「生きづらさ」を伊藤も抱えているのではと思うのです。サラリーマンで中間管理職の苦労なども知っていますから、ARCHに入居する方々とお互い共感し合えることも多い。最近の伊藤は、会議などでしきりに「テレ東のパーパス(存在意義)とは何か?」というようなことを言うのですが、伊藤自身もARCHの方々から刺激を受け、ビジネス開発の原動力にしているんだと感じます。

——工藤さんも刺激を受けていますか?

工藤 もちろんです。実は、番組で取り上げた会社が開発した技術を見て、この技術を撮影機材に応用したら、機材の運搬に苦労しているテレビ業界の現場はすごく助かるのではないかと、あるアイデアが思いついたんです。まだ頭の中で夢想しているだけなので、詳細は控えますが(笑)、番組がなければ思いつかなかったアイデアです。自分が身近に感じている不便や不満といった「不」や「生きづらさ」がイノベーションの種になり、ビジネスチャンスになるかもしれない。それを私自身が実感しているところです。

新しいアイデアは何気ない雑談にひそんでいる

——工藤さんがこれまで手がけた番組についてもうかがいたいのですが、女性の欲望に切り込む「極嬢ヂカラ」や、生理の「不」に焦点をあてる「生理CAMP」など、従来はタブーとされてきた話題も果敢に取り上げていますね。

工藤 「極嬢ヂカラ」は自分の企画が初めて通った番組です。企画の動機は単純で、自分も含めて忙しく働く女性が本当に知りたい情報を届けたかったんです。ふわふわキャッキャした女性像ではなく、意志のある自立した女性像を明確にイメージし、他からの「モテ」や評価の為でなない「自分(個人)の為の好奇心や欲求」を追求しました。最先端美容、グルメ、ライフスタイル、ラブ&セックスなどさまざまな話題を取り上げました。この番組で何回か特集した生理について特化した番組を作りたいと企画したのが「生理CAMP」です。世界各地で生理の悩みを聞いたり、世界中の生理用品を集めたりする中で、人種や宗教や貧富を超えて女性たち共通の関心事であることがわかりました。そして反響の多さから、テレビで生理を語ることの意義を感じました。昨今「生理の貧困」が問題になっていますが、そうした問題がニュースとして取り上げられるようになったこと自体に社会の変化を感じています。

新機軸の番組を次々と生み出してきた工藤里紗氏。ARCHを舞台に社会的課題の解決という壮大なテーマの「自分ごと化」に挑んでいる

——いま興味を持っているテーマや、あたためている企画はありますか?

工藤 コロナ禍で子どもたちがリアルな体験をしづらくなっているいま、その課題をどう乗り越えていくのか。自分に子どもがいることもあって、そこは興味があります。子どもの金融教育もこれからの時代の大事なテーマだと思います。あとは、街づくり。最近ロードバイクを始めたのですが、道のデコボコや、人や車の動線、信号の位置など、いろんなことが気になって仕方がないんです。安全で快適な街のあり方を模索するような番組もつくってみたいですね。

——コロナ禍でリアルな体験がしづらいのは、ビジネスパーソンも同じです。

工藤 そうですね。私もテレワークが増え、ウェブ会議が多くなっています。ただ、新しいアイデアやイノベーションのきっかけは、何気ない雑談や、偶然の出会いにひそんでいることが多い。テレワークやウェブ会議だとそのチャンスがほとんどありません。ですからなおさらARCHという多彩な企業が集うリアルな空間は貴重だと思っています。

——工藤さんが感じている社会的課題を、事業を通じてどのように解決していきたいと考えていますか? 

工藤 「企業の名前はよく知っているけれど、自分とは無縁と思っていた。でも実は日々の暮らしで恩恵を受けている会社だったのか。しかもこんな人がこんな革新的な技術を開発しているのか」という気づきや、チャレンジへの応援につながるような番組を届けていきたいですね。そして、企業と企業、ビジネスパーソンとビジネスパーソンを結ぶ媒介になれたらと思っています。もちろん当社もARCHの一員として他企業との共創を探り、新事業の開発にチャレンジしていきます。

ARCHは、世界で初めて、大企業の事業改革や新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。豊富なリソースやネットワークを持つ大企業ならではの可能性と課題にフォーカスし、ハードとソフトの両面から、事業創出をサポート。国際新都心・グローバルビジネスセンターとして開発が進む虎ノ門ヒルズから、様々な産業分野の多様なプレーヤーが交差する架け橋として、日本ならではのイノベーション創出モデルを提案します。場所 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー4階