テクノロジーを駆使して新鮮野菜を都会で育て、とれたてを販売する〈スクエアルーツ〉。コロナ禍によって食糧危機が現実味を帯びるアメリカで、この可動式農園が熱い注目を浴びている。
Text by Mika Yoshida & David G. Imber
Edit by Kazumi Yamamoto
PHOTO courtesy by Square Roots
細長い貨物コンテナが、ブルックリンの駐車場にズラリ。コンテナに一歩入ればあたり一面、レタスやルッコラが元気よく育つ壁が垂直に並んでいる。一般の畑で約0.81ヘクタールもの作付面積に相当するアーバンファームが、コンテナ一台に収まっているとは誰が想像できるだろう?
この都市型農場〈スクエアルーツ〉は、光と水で野菜を屋内栽培し、収穫物は市内のスーパーやマーケットで販売される。野菜のパッケージに記載されたバーコードを読み取ると、タネから店にやってくるまでの「ヒストリー」が現れる。買う側に安心感をもたらすのはもちろん、野菜栽培や生産者への興味にもつながっていく。
都会の真ん中で、地産地消。遺伝子組み換え無し。冬は厳しい寒さに見舞われるNYで、フレッシュな葉物野菜やハーブを年中収穫できるのはハイテク技術のたまものだ。野菜はコンテナの中で1日に18時間、LEDの光を浴びる。それも養分の吸収効率が最も高いスペクトルである赤と青色だけ。栄養素を含んだ水が作物の間を循環するが、一日に使う水の量は、コンテナ一台につき約30リットル。〈スクエアルーツ〉によれば、ちょうどシャワー一回分に相当するという。このわずかな量でコンテナあたり、週に230キロもの作物を収穫するというから驚きだ。
〈スクエアルーツ〉はシカゴで出会った2人の青年により、誕生した。1人はイギリス出身のトバイアス・ペッグ。大学でAIを修め、フォトエディタ〈Aviary〉やソーシャルメディア分析〈One Riot〉のCEOを歴任してきた、テック界の若獅子だ。もう1人び名前はキンボール・マスク、かの〈テスラ〉社のイーロン・マスクの弟である。イーロンと共に会社を次々起業し、世界的な成功を収めてきたキンボールは、カリフォルニアで〈テスラ〉を立ち上げた兄とは離れ、かねてよりの夢だった食の世界に進む。NYの料理学校に学び、コロラドに開いたコミュニティレストランは、地元民や食好きはもとより、手厳しい評論家からも絶賛された。
「僕たちが選んだ場所は、ブルックリンのベッドスタイ地区。ジェイZの出身地でも知られる危険で荒んだ町の駐車場を、コンテナを置く最初のキャンパスに決めた」とキンボールは回想する。「スーパーは目と鼻の先にあり、そこで売れば輸送費もゼロ。必要な水の量は、一般の畑に比べてわずか10分の1だ。そして何といっても野菜の味が良い」。NYのスーパーで売られる野菜やフルーツの大半は、カリフォルニアや南米からはるばるやってくる。低温保存され、何日もかけて多くの場所を運搬されてきた野菜は、店頭に出た時点で栄養価が下がっているし、そもそも美味しくない、とも。とれたて、運びたての〈スクエアルーツ〉の野菜なら収穫後3週間は美味しさを保つ、と豪語する。ドレッシングいらずの美味しさなので、袋からそのままチップス感覚でポリポリ楽しむ人も多いとか。
キンボールやトバイアスは、彼らが生み出す野菜を「リアルフード」と呼ぶ。心身をむしばみ、貧困悪化にもつながるジャンクフードに対し、人やコミュニティ、ひいては地球全体を健やかに育むのが「リアルフード」なのである。
若い世代に希望を託すのも〈スクエアルーツ〉の大きな特長だ。若手ファーマーを育成し成功に導くことが使命、と語る。〈スクエアルーツ〉に参加する「弟子ファーマー」の大半が大学卒の若者だ。インターンシップに近いが、ちゃんと給与を得ながらフルタイムで働くのが「弟子ファーマー」。ファーマーとしての技術や知識を身につけたら、いずれ好きな場所でコンテナ農場をスタートさせる。大都会だろうと、砂漠の中だろうと、ハイテク管理されたコンテナならば安定した栽培が可能となる。
ちなみに現在、全米の農業従事者の平均年齢は58才。アメリカの食と農業が直面するのは高齢化問題だけではない。コロナ禍によって流通がストップし、スーパーでは入店制限が始まり、各食肉工場でのクラスタ発生による肉不足も起きた。また、アメリカ農業の主要労働力であるメキシコ人が移動制限により国や州を越境できず、収穫時期が来てもそのまま放置せざるをえないという前代未聞の事態にも見舞われている。食糧自給の重要性は長く問われてきたが、今ほど痛切に響く時代はない。
栽培には多くの電力を要するなど、〈スクエアルーツ〉には問題はまだ残されている。野菜の種類も、レタスなどの葉物や二十日大根にイチゴ、エディブルフラワーと今のところ限定的だ。が、「僕らはまだ始まったばかり」とキンボールは意気揚々とビジョンを語る。
「何年も前のことだ。スキーゲレンデをタイヤで滑っていた最中、吹っ飛ばされて首の骨を折る事故に遭った。全身、身動きの取れない状態でひたすら考えていたことがある。僕がもしも治ったら、リアルフードをアメリカの庶民の手に届く値段で世に送り出してやる!とね」。
このコンパクトな貨物コンテナから、アメリカの食と農業の革命はすでに始まっているのかもしれない。
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