MISSIONS OF NITE FOR BIOINDUSTRY

NITEってなんだろう?——潜入ルポ|生物遺伝資源保存施設を訪ねて

高校時代から微生物の研究に没頭し、都市における微生物採取を行う学生団体「GoSWAB」を立ち上げた弱冠24歳の研究者、伊藤光平さん。微生物や遺伝子を保管・分譲する独立行政法人「NITE」には以前から興味があったとか。約9万株の微生物を有するという世界でも最大級の“菌のライブラリー”を、伊藤さんがワクワクしながら見学してきました。

TEXT BY Mari Matsubara
PHOTO BY Manami Takahashi

「独立行政法人 製品評価技術基盤機構」の一つの施設である、「バイオテクノロジーセンター・生物遺伝資源保存施設」は千葉県・木更津にある。

施設を訪問する前にちょっとだけ予習をしておこう。

NITEとは National Institute of Technology and Evaluation の略で、「製品評価技術基盤機構」のこと。2001年から独立行政法人となり、①製品安全分野 ②化学物質管理分野 ③バイオテクノロジー分野 ④適合性認定分野 ⑤国際評価技術本部 という5つの分野で、社会に存在するリスクを低減させ、国民生活がより安全になるよう、そして経済発展の基盤になるよう貢献している機関だ。

このうちのバイオテクノロジー分野は本部が千葉県木更津市にあり、今回は「生物遺伝資源保存施設」を見学した。この施設では、私たちの身の回りに無尽蔵に存在する微生物および遺伝子という資源を収集・保存し、それを増殖・分譲してクライアントや研究機関に広く提供している。

培養室と、マイナス170℃の液体窒素凍結保存室

「生物遺伝資源保存施設」の中で菌株の保管管理と分譲、培養などの作業が行われている。まず見学したのは「培養室」だ。

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1/4フラスコ内の内容物を自動攪拌するシェーカー棚が並ぶ「培養室」。
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2/4シェーカー棚に見入る伊藤さん。あまり見つめると目がまわりそう。
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3/4中の培養物によって攪拌のスピードを変える。
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4/4ものによっては培養液が泡立つほどのスピードで攪拌することがある。

分厚い金属扉が開くと、中には無数のフラスコをのせた「シェーカー」と呼ばれる棚が水平に円を描くように回っている。そう、ワインのテイスティングでグラスを回す、あんな感じだ。フラスコの中の培地には微生物が入っていて、それを攪拌することで空気により多く触れさせ、培養を促進する目的がある。

伊藤光平|Kohei Ito 1996年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部2年の時、都市の微生物を調査するプロジェクト(MetaSUB)に触発され学生主体のプロジェクト「GoSWAB」を設立。2018年Forbes Japan誌で「世界を変える30歳未満の30人」に選出される。大学卒業後、ベンチャー企業や医療機関から微生物ゲノム分析を請け負うなど、微生物研究者として活躍中。

「この部屋には500ml三角フラスコを196本、坂口フラスコ432本を振とうできるシェーカーと、その他に2台のシェーカーがあります」とNITE職員の清田純也さんが説明してくれた。

「すごい勢いで回っているものと、ゆっくりなスピードのものがありますね?」と伊藤さん。

「回転するスピードは培養条件によって変えることができます。たとえば生育に酸素が必要な微生物では、回転数が高い方が空気を溶け込ませることができるので、理想的な培養を行うことができます」

培養室は3つあり、それぞれ室温が30℃、25℃、10℃に設定されている。これも菌株の性質によって使い分けているそうだ。

「NITEが生物遺伝資源を保存する方法は大きく分けて2つあります。一つは凍結させて保存するやり方。もう一つは乾燥させて保存するやり方です。まずは凍結保存室にご案内します」

液体窒素が入ったタンクが並ぶ「凍結保存室」。

凍結保存室のうちの一つ、「液体窒素凍結保存室」にやってきた。液体窒素を充填して中のものをマイナス170℃で凍結させる大型タンクがずらりと20台も並んでいる。「これほど多くの液体窒素保存容器を一か所に置いているのは日本でもそうないと思います」と清田さん。まずは小型の模型を見せながら説明してくれた。

「液体窒素保存容器」は基本的には魔法瓶の構造と一緒だ。中は真空になっていて、液体窒素自体は底の方に少量入っているだけで、あとは窒素ガスが充満している。中にはキャニスターと呼ばれる金属製の提げ重のようなものが入っていて、その引き出しの中にチューブに入った菌株が保管されている。1台の保存容器に13,000本のサンプルを入れることができるという。

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1/3液体窒素凍結タンクの構造を説明する小型模型。
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2/3コンピューターですべてのタンクをマイナス170℃前後に保っている。
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3/3タンクの上の配管を通じて液体窒素が自動供給される。

マイナス170℃下で凍結保管するのは、主に寄託された菌株のオリジナルだ。ここから増殖させて小分けにした菌株を分譲標品として調整し、別室の超低温フリーザー室やアンプル保管室で管理し、ニーズに応じて出荷している。

見学用になっている1台の保存容器を、伊藤さんが開けてみることになった。専用の分厚いグローブをはめて準備し、蓋を開けると、途端に真っ白な煙がもくもくと現れた。

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1/4凍傷を避けるため特別なグローブをはめて、蓋を開ける。
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2/4タンクの中を覗くと、キャニスターがたくさん入っている。
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3/4白煙が上がるなか、キャニスターを引き上げる。通常は素早く作業し、蓋をすぐ閉めなければならない。
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4/4キャニスターの引き出しには、微生物の入ったチューブが入れられている。

保存容器の中の液体窒素の液量はコンピューターシステムによって自動制御されており、週に2度、屋外にある液体窒素タンクから配管を通じて自動的に供給されるようになっている。保存容器内の温度も管理しており、故障などでマイナス140℃まで温度が上がるとアラームが鳴って、夜間休日でも職員が緊急対応にあたる。

凍結保存と乾燥保存、アンプルを準備する実験室

次に見学したのは「超低温フリーザー室」だ。

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1/3家庭用冷凍庫と同じく、電気で冷やすタイプのフリーザー。
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2/3すべてマイナス80℃に保たれている。
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3/3凍結器のフタを跳ね上げると、中には微生物チューブの入ったキャニスターが収められている。

一見すると業務用冷凍庫のようなボックスがずらりと並び、マイナス80℃で微生物や遺伝子を保管している。具体的には細菌や酵母、カビなどをここで凍結保存している。「微生物にもいろいろな種類があり、たとえばカビなどは凍結保存を行いますが、細菌は乾燥保存しているものが多いです。それぞれの性質に合った保存方法をとります。次は微生物を乾燥させて標品を作っている部屋へご案内しましょう」

「乾燥標品作成室」は別名「アンプル作成室」とも言われ、ここでガラスのアンプルに入った微生物の標品を作っている。どうやって標品を作るのかというと、まず微生物の入った保護液をガラスの管に入れて綿で栓をする。この管を真空乾燥機にかけて、ゆっくりと3時間ほどかけて吸引し、水分を取り除く。完全に乾燥したところで、ガラス管の細くなった部分にバーナーの火を当てて炙り、ガラスを溶かし切って密閉する。この方法を「熔封」といい、空気に触れることなく中を真空状態にして、乾燥した微生物細胞のアンプルが出来上がるのだ。アンプルの底にわずかに見える結晶のようなものが、乾燥させて仮死状態になった微生物細胞だ。

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1/4真空乾燥機でアンプル中の酸素をゆっくりと吸引中。
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2/4見本を用いてアンプル作成の手順を説明してくれた。
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3/4黄色く見えるのが綿。アンプルの底に結晶化した微生物が見える。
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4/4微生物が乾燥し結晶化したら、バーナーでガラスを溶かして切り、溶封する。

ここで出来たアンプルを室温4℃の状態で保管する部屋が、次に見学した「アンプル保管室」だ。

「ここには今、21,000種の微生物がナンバリングされて、引き出しの中に保管されています。オーダーに合わせてここから取り出し供給しています」

「すごい! ここまで多くの微生物を同時に保管しているのは初めて見たのでワクワクします」(伊藤さん)

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1/3引き出しのあるキャビネットがずらりと並ぶ。
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2/3微生物に番号をつけて管理。マスが空いているものは、凍結保存室で保管されている。
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3/3頑丈な金属扉で密閉され、厳重に管理される。

次に訪れたのは「アーキア実験室」。アーキアとは古細菌のことで、アンプルにする前の準備をする部屋だ。

大学の研究室を思わせる「アーキア実験室」の入り口。

古細菌を担当する森 浩二博士が解説してくれた。「ここでは主に特殊な微生物を扱っています。たとえば好熱菌という高い温度じゃないと生育しない菌もその一つで、この部屋では最高95℃の生育環境を作ることができます。海底熱水から採取してきた微生物をここで生やしたりします。ほかには嫌気性といって酸素を嫌う性質を持つ微生物を取り扱います。皆さんがよくご存じの腸内細菌も嫌気性微生物の一種です。ガラス容器に微生物を入れ、ブチルゴム栓をして、医療用の針を刺して窒素を入れたり、鉄を主成分とする脱酸素成分を入れたり、様々な方法で脱酸素状態にして、生育を促します」

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1/7説明してくれた森さんが手にしているのは、海底探査で採取された貝の菌をNITEで調べた際に残された貝殻。
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2/7それぞれ特殊な性質を持つ微生物に最適な方法で、培養のためのアンプルを作る。
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3/7ラボの無菌の一角で、培地となる容器に注射針を刺し、熱に弱いビタミン溶液を注入する。
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4/7シャーレで培養した結果、様々な色が出ている。これは不純な菌が入ってしまった状態(コンタミ)で、やり直さなければならない。
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5/7ピンク色の液体は、容器内が脱酸素状態になると透明に変わるインジケーター。
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6/7無酸素ガスを噴出して嫌気性菌が生育する環境を作る装置。無菌条件で作業ができる。
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7/7鉄を利用して増殖する「鉄酸化細菌」の説明をする森さん。

次世代の革新技術?! バイオテクノロジーの無限大の可能性

ひと通り見学を終えて、あらためてNITEで古細菌・極限環境微生物を担当する農学博士の森 浩二さんと、バイオテクノロジーセンター計画課主査であり農学博士の福永幸代さんにお話を伺った。

左からバイオ研究者の伊藤光平さん、NITEの森 浩二さんと福永幸代さん。

伊藤 NITEの生物遺伝資源保存施設を見学させていただいて、あらゆる微生物や遺伝子が保管・分譲されていることを目の当たりにしました。こうした資源は、実際にどのように役立っているのですか?

 微生物は私たちの身近にたくさん存在しています。特に日本は醤油や味噌やくさやなどの発酵食品文化が発達していますから、毎日のように微生物からできた食品を食べています。ですので、微生物にアプローチする企業に食品関係が昔から多いのは当然でしょう。特に乳酸菌は一般の人にもなじみが深く、ヨーグルトをはじめ様々な食品に用いられ、ある種ブームと言えますね。化粧品会社も乳酸菌をよく使うようになってきました。ヒトの腸内にいる乳酸菌は悪いイメージがないので、需要が高いです。その他に、ごく最近ではバイオマスプラスチック(プラスチックの代替品)や廃棄物・有機廃水の処理への応用も期待されています。

福永 酵素入り洗剤も微生物から作られているように、皆さんが気づかぬうちに非常に身近なところで使われている微生物は、とても大切な資源です。NITEは、企業や研究機関が開発・利用できるように微生物をきちんと保管・提供し、バイオ産業の活性化に努めている機関なのです。

伊藤 今後ますます微生物の活用が期待される分野はありますか?

 先ほども申し上げたプラスチック分解系微生物は、今世界のトレンドの一つになっています。ペットボトルの原料であるPET(ポリエチレンテレフタラート)を分解する「イデオネラ・サカイエンシス」という微生物が近年発見されて話題となり、NITEでもこれを分譲しています。また、遺伝子組み換えが昨今容易になってきたので、既知の微生物を遺伝子レベルでカスタマイズし、より活性を強化して効率的に増殖させることができるようになりました。微生物を利用する企業にとってはコストが下げられるわけです。NITEでは遺伝子組み換え自体は行っていませんが、外部で組み換えられた遺伝子をお預かりすることはあります。

福永 ほかに農業関係からのお問い合わせも多いです。特定の昆虫だけを殺して、他の植物や土壌には影響しないような微生物を元に、環境にやさしい農薬を研究している企業もあり、そうしたところからオファーを受けることがあります。

伊藤 海外にもNITEと同じような保存施設はあるんですか?

 はい。微生物コレクションとしては中国、韓国、タイなどにも大規模な菌保管研究所がありますし、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカにも同様にあります。海外からのリクエストに応じて出荷することもありますが、以前に比べて微生物の海外持ち出しが非常に厳しく制限されるようになりました。現在では、海外持ち出しの場合は必ず国の所定機関に申請しなければなりません。ここ10年ほどの間に“資源ナショナリズム”が進み、各国が微生物を一つの資源・財産であるとみなすようになってきたのです。

伊藤 地震をはじめ自然災害の多い日本で、貴重な微生物を守るのは大変ではないですか?

 確かに日本は火山がたくさんありますし、台風も多い。保存環境としてはかなり厳しいでしょう。しかし同時にインフラは世界一でもあります。昨年9月に千葉県に大きな被害をもたらした台風15号(令和元年房総半島台風)の時、このあたりは4日間停電しました。東日本大震災の時でさえ停電は1日だけで復旧したのに比べ、過去最長期間の電源消失だったんです。しかし、自家発電装置のおかげで、マイナス80℃のフリーザーを維持することができました。液体窒素凍結のほうは、屋外に大きな液体窒素タンクがあるので、よほどのことがない限り問題ありません。

福永 とはいえ、災害時の電気確保は一番の懸念事項です。凍結保存した菌が一度溶けてしまうと、もう再冷凍はできず、菌は死んでしまいます。それは絶対に回避しなければなりません。ですので、施設内の監視室には24時間体制で人員を配置して監視を続け、何か問題があれば、夜中でも所員が駆けつけます。微生物は生き物ですから。

伊藤 微生物は私たちの体の中にもいるし、皮膚の上にも存在する、食べ物にも入っている、本来とても身近なものですよね。今後ますます様々な分野でバイオテクノロジーは活躍するのに、微生物は目に見えないから一般の人から理解されにくいのが現状です。NITEの活動を知って、もっと興味を持ってもらえたらなと思います。

紙粘土で作られたキノコ類。キノコもまた菌の一種なのだ。

 NITEでは現在、約9万株の微生物を保管していますが、この世に存在する微生物の、ほんの数パーセントにすぎません。身近な場所の土をちょっと掘り返しただけで、まったく新しい菌が発見されることがしょっちゅうあります。微生物の世界はまだまだわからないことだらけなのです。だからこそ未知の可能性が無尽にある。研究余地が大いにあるということは、その利用法も無限ということ。今後ますます盛んになる生物遺伝資源の産業利用が、より効率的に、そして安全に推進されるようお手伝いすることが、NITEの役割です。