メイカーズムーブメントが「ものづくりの民主化」を促したように、いま〈コミュニティバイオ〉の動きによってバイオテクノロジーが広く市民の間に開かれようとしています。こうした動きは今後、私たちの生活をどのように変えてゆくのでしょう? ——森ビルで子ども向けのワークショップ「MIRAI SUMMER CAMP」を企画するチームが、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボで〈コミュニティバイオ〉に取り組むデヴィッド・コンさんに話を聞きました。
Interview BY MIRAI SUMMER CAMP STAFF
Text by RIe Noguchi
Photo by Koichi Tanoue
注目のキーワード〈コミュニティバイオ(Community Biotechnology)〉とは?
──合成生物学の研究者であるデヴィッドさんは、MITメディアラボで〈コミュニティバイオ〉の研究もされています。そこでまずうかがいたいのは、〈コミュニティバイオ〉と言う時、具体的にはどのような“コミュニティ”をイメージされているのでしょう?
コン 生命科学の分野において“コミュニティ”といえば、学術研究のコミュニティから、企業などが参加するイノベーションコミュニティまでさまざまです。ただし、ぼくが研究をしているバイオテクノロジーの分野においては、学術研究機関、それも多くの場合は世界有数の研究機関や、バイオテック企業に所属しているような、いわゆる「エリート」の人しかイノベーションに参加できていないのが現状です。
でも、情報技術やデジタルファブリケーション、メイカームーブメントといった技術分野では、もっともっといろいろな人たちがイノベーションに参加して成果をあげていますよね。ですから、ぼくが目指しているのは、バイオテクノロジー分野に参加する人たちを多様化させて、もっともっとインクルーシヴな動きにしていくことです。アーティストやデザイナー、その他のクリエイティブな人たちがどんどん参加できるようになるといいですよね。
〈コミュニティバイオ〉がもたらす未来
──専門家だけではなく、一般市民に対しても広く開かれている〈コミュニティバイオ〉が浸透していくと、将来的に私たちの生活はどのように変化していくのでしょうか?
コン 変化は予測不可能なものです。初めてPCが生まれたころ、インターネットやスマートフォンが生まれることを誰も予想できなかったでしょう。それと同じように、これまでは想像すらできなかったバイオテクノロジーを使った製品やサービスが多く生まれるだろうということですね。それも、スティーブ・ジョブスの斬新なアイディアがガーレジから生まれたように、市民科学者から生まれてくるかも知れません。
ここ数年、バイオテクノロジーでつくられた素材がいくつも登場しています。例えば、「スパイダーシルク(クモの遺伝子を導入した蚕に作らせた絹)」からつくられた服は実験室から生まれたものですし、「人工レザー」なども実験室で培養されました。動物を殺さずに動物由来の製品をつくる「細胞農業」はすでに食品分野で行われています。また、製薬分野ではすでに長きにわたって生物学的処理を使った医薬品開発が行われていますが、その内容は高度化するばかりです。体に注入して、直接体内で病気を発見し対処できる組織(有機体)を開発する試みなどもそのひとつです。
このように、今後さまざまな人たちがアクセスできるようになることでイノベーションはどんどん増えていくでしょう。また“バイオデザイナー”と呼ばれる人たちや、バイオ素材を建築に使おうという人たちも増えていくはずです。
──具体的には想像もつきませんが、たとえばエンターテインメントの分野などにも〈コミュニティバイオ〉の動きは及ぶと思いますか?
コン 以前、携わったコミュニティラボ・プロジェクトに「Biota Beats」というものがあります。まず人間の体に住んでいる微生物を採取して、「バイオタレコード」と呼ぶレコードを育てました。これはただのアナログレコードの盤上にバクテリアの餌が置かれていて、レコードからは微生物の成長をデータとして記録できるようになっています。これをアルゴリズムにかけると、そのデータが音楽に変換され自分のマイクロバイオーム(微生物叢)の音楽が聴けるという仕組みです。
これはアートプロジェクトでしたが、さまざまなジャンルで活動する人たちが興味をもってくれました。微生物を音楽にすることによって、人と微生物叢(ある特定の環境に生息する微生物の集まり)との新たなつながりが生まれました。実際に有名なミュージシャンやDJともコラボレーションし、彼らの体からとった菌をもとに音楽をつくることにも取り組みました。音楽は非常にユニヴァーサルなもので、どんなバックグラウンドをもつ人でも、誰もが音楽と何かしらの関わりをもっています。それをバイオテクノロジーとつなげたことで人々の関心を高め、最終的にはそこに参加してもらうきっかけがつくれたと思っています。
学びとしてのバイオテクノロジーの可能性
──日本では「生物版ロボコン」と紹介されることもあるiGEM(国際合成生物学大会)では、バイオテクノロジーを応用して、新しい実用的なアイディアや実験手法をつくり出し、社会の課題を解決していこうという取り組みが進められています。そうした動きを含めて、今後、子どもたちがバイオテクノロジーに触れることで、どのような学びが得られるとお考えですか?
コン 技術が目まぐるしいスピードで発展するいま、若い世代の人たちに生命科学の分野で起きていることをある程度知ってもらうことはとても重要です。DNAを読み書きしたり、生命体をリプログラムできる技術があるという事実は、人間のみならず惑星全体の生命に対して大きな意味をもっています。ですから、子どもたちが合成生物学や生命科学、バイオテクノロジーに触れる機会を設けることは本当に重要なことなんです。
──実際に、子どもたちがバイオテクノロジーを学ぶためには何が必要でしょうか?
コン 必要なのは、何が起きているのかを単に理解するだけでなく、社会としての意思決定が必要なときにそこに自分たちも参加できるんだ、という感覚を持てるようにすることです。そのため、たとえばMITメディアラボではいま、子どもをはじめとした若い学習者をエンゲージするためのツールやテクノロジーの開発に力を入れています。
MITには「MITx」というオンラインで無料アクセスできる公開オンライン講座(MOOC)はあるのですが、実際に自分の手を動かして作業ができる学びの機会はありません。生物学を学ぶにあたって、PC上で学ぶのと、実験などの作業ができるのとでは全く違う体験になってしまいます。ですからいま、それを低コストかつオープンソースで使えるツールの開発に取り組んでいます。これは若い人に限らず、関心のある人が誰でも生物学の基礎を学べるようにするためのものです。例えば「lab in a box」といったツールの開発などがそのひとつ。これは生物学の基礎を学ぶためのシンプルなカリキュラムです。
──同時に、バイオテクノロジーに触れるのであれば、倫理について学び、議論していくことがとても必要だと思うのですが、その点についてはどのような取り組みをされていますか?
コン バイオテクノロジーに限らず、AIを含めたエクスポネンシャル(指数関数的)な成長が期待されるテクノロジーにとって、倫理の視点は非常に重要です。MITメディアラボでも、2017年から「Global Community Bio Summit」を主催し、学術研究機関に所属している人からアマチュアとして研究する人まで、世界中の研究者が集まるサミットを開催して倫理に関する議論を深める取り組みをしています。
でも、実態はといえば、バイオテクノロジーの首都とも言えるボストンには数百、あるいは数千の研究所があるにもかかわらず、そのなかで倫理を議論する場はほとんどないのが現状です。ぼくが〈コミュニティバイオ〉に期待しているのはまさにその点なのです。学術研究機関からコミュニティラボまでを包括した生命科学のエコシステムが立ち上がり拡大していく中で、社会に強い影響を与えるバイオテクノロジーに関する議論は、今後ますます重要になると思います。
ピア(仲間)×パッション×プロジェクト×プレイ
──ヒルズでは「KIDS WORKSHOP」や「MIRAI SUMMER CAMP」など、年間を通じて子ども向けのワークショップを数多く行なっているのですが、子どもたちの「学び」に関してアドバイスがあればお聞かせください。
コン メディアラボには「4P」という学びの哲学があります。『ピア(仲間と学ぶ)』『パッション(情熱のあることを学ぶ)』『プロジェクト(プロジェクトを通して手を動かして学ぶ)』『プレイ(楽しく学んでいる)』の4つです。大切なのは学びの敷居を低くして、子どもたちがアクセスしやすく、エンゲージしやすくするということです。そして学習経験を通してさまざまなことを探求できるようにし、より深い学びを可能にする。これらの哲学を踏まえて子どもたちのワークショップを考えてみるとよいかもしれませんね。
子どもたちこそ未来の担い手です。彼らと力をあわせて、社会として取り組んでいかなくてはならないことがたくさん待っています。若い世代にはさまざまな「学び」の機会をとらえてそのための準備をしてもらう一方、ぼくたち世代には、彼らを成功へと導くためのツールを考え、提供していくという重要な責任があるのです。
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