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石川善樹×松嶋啓介×AI:22世紀のファストフードはいかにあるべきか

第6回を迎えた予防医学博士の石川善樹とフレンチシェフの松嶋啓介による「AIディナー」。今回のテーマは、「22世紀に向けてファストフードはいかにあるべきか」。フレンチシェフである松嶋啓介×AI×ファストフード。この奇妙な組み合わせから、いったいどんな料理が生まれたのだろうか。

TEXT BY RIE NOGUCHI
PHOTO BY KOUTAROU WASHIZAKI

石川 まず、松嶋さんはファストフードについて何か思いはありますか?

松嶋 ファストフードに対する思い……。すごく答えづらい(笑)。うーん、好きか嫌いかという感情論でいうと「嫌い」です。普段、僕らが作るものと逆の場所にあるものがファストフードですからね。だから、今回はあえて嫌いなものをテーマにしました。面白いことに、人間は長生きになって、今まで以上に時間があるはずなのに忙しくなりました。そして、なぜかわからないけど、みんな食べ物に関しては楽をしたがる。

石川 サッと食べたがります。

松嶋 しかも時間をかけないで作れる方法があればラッキーだと思うんですよね。でも料理は時間をかければかけるほど、不思議と美味しくなるんです。それと逆の立場にあるファストフード。

どんな局面においても「効率化」が叫ばれる昨今。100年後の未来は、もしかすると大半の料理がファストフードになっているかもしれない……。ありうるかもしれない未来における食の可能性を考えるべく、石川を中心とする「AIディナー」プロジェクトは、AIを通じてファストフードの可能性を検証することに。

石川 日本とアメリカには、寿司とハンバーガーという代表的なファストフードがあります。

松嶋 多くの人は、寿司をファストフードだなんて思っていないと思いますが(笑)。

石川 江戸時代までさかのぼれば、寿司もパッと食べられるファストフードでしたからね。そこで今回は「モーフィング」というアルゴリズムを活用してみました。人の顔がAさんからBさんに徐々に変わっていくデジタルな表現をどこかで見たことあると思いますが、あれを食でやってみようというのが今回狙いです。

インプットとして使用したデータは寿司とハンバーガーだけ。間にあるのはすべてAIが作り出したものなので、世の中にはまだレシピが存在していません。それを今回、松嶋シェフに作ってもらえないかと無茶ぶりしました。詳しい説明はまたのちほど! AIの夜を乾杯で始めたいと思います。AIディナーな夜に乾杯!

「Food Galaxy」で周る食のワールドツアー

石川 では最初の一品について、ご説明いただけますか?

松嶋 最初の一品はファストフードを嫌いと言いながらも、僕が好きなニースのファストフードをご用意しました。これはAIではありません。ソッカという名前の「ひよこ豆のクレープ」です。

ニース風クレープ3種(プレーン、セペット、パルメザンチーズ)。

松嶋 なぜ「ひよこ豆のクレープ」にしたかというと、まずはAIが提案したものではなく、もともと大事に育まれてきたファストフードを楽しんでいただければと思ったからなんです。ニースからジェノバの間のリグーリア地方で生まれた料理です。

ニースからジェノバの間は漁業が盛んです。漁師が魚をとって戻ってくると、陸にいる人は魚を網から外し、絡まった網を綺麗に戻す作業をしなくてはいけない。そのとき手が冷たいんですよ。だから焚き火で手を温めていた。その焚き火の上で温められていたのが今日お出しするソッカです。ソッカは鉄板の上でピザのように焼き、手でちぎって食べるんですね。彼らは作業中、手が痛くならないように手が凍らないようにと食べていたんです。元々はそういう文化の中から生まれたものなので、AIが考えたものではなく、まずは人間の知恵で生み出したものを召し上がってもらえたらと思います。

石川 そしてこのあとから、人類が脚を踏み入れたことのない料理の世界を進んでいくことになります。最初は「寿司 日本」と「寿司 韓国」。その後はロシアへと続き、さらに、「フランスのバーガー」は人類が食べたことのない料理になりますので、もしかしたらびっくりするかもしれません。

ソッカに続いて提供された、「寿司 日本」。シンプルなマグロの握りを皮切りに、韓国→ロシア→フランス→アメリカと、どのようにレシピがモーフィングされていくのだろうか?

石川 今回はAIを開発してくれた出雲 翔くんと風間正弘くんのふたりに、これをなぜつくったのかを説明してもらいたいと思います。ちなみにこのふたりは世界ではじめて食の世界地図をつくった人たち。つまり現代のマゼランですなんです。

「AIディナー」の頭脳というべきFood Galaxyの開発に携わっている、データサイエンティストの風間正弘(写真左)とデザイナーの出雲 翔(写真右)。

出雲 今回はAIでお寿司をハンバーガーに変えることに挑戦しました。突拍子もないテーマのようですが、実は理由があります。僕たちは「Food Galaxy」というAIを開発していまして、これはひと言で言うと、食の世界地図になります。

ものの位置関係や距離が遠いのか近いのかが、フードギャラクシーを使うとわかるんです。フードギャラクシーで日本を見てみると、アメリカが正反対の位置にあることがわかります。日本のファストフードである寿司を、遠くのアメリカのハンバーガーへと少しずつ寄せていくことで何が見えてくるか、というのが今回の狙いです。

風間 僕は食の世界地図をつくったあと、日本語を英語に翻訳するように「この単語は英語で言うと何に当てはまるのか」という自然言語処理、要はテキスト分析をしました。たとえば「各国で、日本の食材であるわさびと同じ役割を果たしているものは何か」をAIが解析したところ、日本のわさびは、韓国ではコチュジャンに変わるし、フランスでは西洋わさびのソースに変わりました。そういうふうに、食材をどんどん変換していくことで、最終的にハンバーガーに行き着いたわけです。

石川 このアルゴリズムを応用すると、左と右、今回で言えば「日本/寿司」と「アメリカ/ハンバーガー」さえ設定すれば、その中間にあるレシピが自動的に生成されるわけです。

左の寿司から右のハンバーガーまで、どうモーフィングしていったのかがわかるチャート。

風間 今回のレシピでは、「旨み」も重要視しています。具体的には、イノシン酸とグルタミン酸を含む食材を入れています。イノシン酸とグルタミン酸を組み合わせると、旨みが8倍に倍増するとされていまして、それを元に、各レシピがおいしくなるように調整しています。

頭ではなく身体で味わう

石川 さて、日本の寿司に続いて「韓国の寿司」が登場しましたが、松嶋シェフは早速苦労されていましたね……。材料を見ると、「米」「マグロ」まではいいんですよ。これに「キムチ」と「コチュジャン」を合わせるのが難しいと。「シソ」もあって。意外と組み合わせが難しい。

松嶋 AIが出してきたレシピを見ると、コチュジャンとかキムチとかシソと書いてあったので、「これ、どうしたらいいんだって」思いました(笑)。最初、寿司の韓国版もロシア版も、普通に寿司として出そうと思ったんですけど、今日仕入れてきたマグロを見たら質がいいし脂身が多いので、ソースをチョンとつけても味がわからないだろうなと。

「寿司 韓国」。マグロの寿司だが、コチュジャンやシソが使われているのが特徴的。

なので脂身の部分を細かく切ってコチュジャンと和えました。臭みを消して、コチュジャンで味つけしたんです。その下にたくあんのような食感の白菜を加えることで、全体のバランスがとれるようにしました。シソがあったおかげで逃げられましたね。

石川 AIがシソを提案してよかったですね。ロシアはいかがですか。

松嶋 ロシアも難しかったです。キャビアを作っている宮崎からチョウザメが届いたのですが、身がものすごく新鮮でブリブリだったので、チョウザメを軽くレモンで下処理してマリネにしてみました。昨年、サッカーのワールドカップの折にロシアを訪れたのですが、ロシアの人のホスピタリティにはとても驚かされました。すごくフレンドリーだったし、サービスやホスピタリティのクオリティが高かった。ということもあり、「調和が取れている」イメージが、ロシアにはあるんです。

「ロシア」を体現した一品。ジャガイモのサラダ、チョウザメ、ビーツのピクルスといった食材が、サワークリームによって調和を果たしている。

松嶋 本日ご提供したロシアの一皿には、たくさんの食材が入っていますが、実はサワークリームがいろいろなところで調和をとってくれています。サワークリームには油脂があり、油脂があると食べ物は何でもふわっとするんです。レシピの中にサワークリームが入っていたことで、なんとなく自分が感じているロシアにも通じる道筋が見つかって、これは許せるな、面白いなと思いながら用意させてもらいました。

石川 料理しながらも、五感をフルに使っていろいろと考えるんですね!

松嶋 五感、大事ですね。みなさんは、お店の人がおいしいですよとか、誰かがおいしいと言っていたから、おいしいお店に行ってみようと思って食べるわけです。あの人がおいしいと言っているお店だから、自分もおいしいと言わなきゃいけないんだと思って食事をしているんですよね。おいしいと言われたら、なるほどと自分の舌の上にあるものを探そうと意識がいくと思うんです。その意識は認知作業なんです。

もって生まれた味覚という五感のひとつが、自分の舌の上でいろいろな味を探して感知をし、情報処理をして好きか嫌いかを判断します。舌の上の正直な感覚、これは身体の反応です。舌を通り、胃から腸へと身体の中を通っていく。意識を変えてみると、食に対する考え方が、頭で考えるのではなく、身体で考えるというところに向かいます。

口内味覚は、口の中で噛み締めながら味を探す旅になっていると思いますが、これは日本人がもっている素晴らしい感覚です。日本人は、箸とお茶碗とおかずを一口一口食べながら、無意識で味を探す旅をするという習慣があります。日本人が細かいことに気がつけるというのは、食生活の中にヒントがある思いますね。そのロシア版が、本日の一品です。

厨房で「フレンチバーガー」を盛り付ける松嶋啓介。

石川 そして、日本の寿司から始まり、アメリカへと至る旅の最後の経由地がフランスです。ここでは、ハンバーグの変わりにフォアグラ、バーベキューソースの代わりにマデラソースが使用されています。

左が「アメリカンバーガー」、右が「フレンチバーガー」。

伝統をテクノロジーで覗きこむ

石川 さて、いよいよメインです。

松嶋 今日(2019年4月22日)は、月曜日のイースターで復活祭ですね。復活祭に何を食べるのかが、ヨーロッパの食文化では大切なところなんですが、一番ポピュラーなのが仔羊です。

なので今回、メインは仔羊をご用意しています。ヨーロッパではイースターに重きを置いていて、彼らにとってはクリスマスより大切にされています。この時期は仔羊や山羊、うさぎや子牛を食べる食文化があります。なぜかというと、こういった命が誕生している時期だからです。

「シストロン産 仔羊のロースト 春野菜添え」。

松嶋 僕が住んでいるニースではカーニバルというお祭りがあります。ここがイースターの始まりなんですね。昔は冷蔵庫や冷凍庫がなかったので、冬の間は肉も魚も塩漬けにされたものを食べていました。で、寒い冬に塩漬けばかり食べているとどうなるかというと、塩分過剰摂取で脳が気持ちよくなりすぎてしまうんです。気持ちよくなって変になっている状態でそのまま「肉よさらば」というカーニバルをやるんです。カーニは「肉」、バルは「さよなら」という意味なので、そのまま「肉よさらば祭」。

カーニバルの最終日にマルディーグラという「肥沃な火曜日」があります。その日から脂を断ちますということで、そこから46日間は、肉を食べない期間を設けます。46日間の我慢の時期を終え、今日から新しい命をいただくということで、「体の循環や、生態系における食材の有り難さといったことを大切にしなくてはいけない」と設けられたのが復活祭なんです。

石川 先人の知恵ですね。

松嶋 僕らは新しい世界に飛び込むために、AIを使って時代を切り開こうとしていますが、同時にヨーロッパの人たち、キリスト教の人たちが大切にしてきた食文化があり、そういうものを脈々と受け継いできたからこそ、今の時代があるし、それを忘れて新しい「もの」や「スタイル」だけを使うのはとても危険だと思います。

AIディナーで食材と向き合うと、この時代においては「効率」こそが重要視されているのだと気付かされます。でも、「伝統」のような古いものの中をテクノロジーを使って覗いてみることで、僕は、人間の叡智に出合えることがたくさんあると考えています。テクノロジーを効率的に、何かをうまくいかせるためだけに使うのは危ないと思うんです。だから、今日はあえて復活祭の子羊をメインディッシュにしました。

石川 ともすると、AIでは、文脈とか歴史とかそういうことを切り離してデータで切り刻み、それをくっつければいいということにもなりますからね。そしてAIディナーもいよいよ、デザートまでたどり着きました。

松嶋 最後はクレープシュゼットという、フランスを代表するお皿の上に盛るデザートです。

デザートひと皿目は、「原宿クレープ 〜一期一会〜」と名付けられたクレープシュゼット。

松嶋 ニースのとなりのモナコのカフェドパリでクレープシュゼットは生まれました。マルディーグラの日に食べるのもクレープですね。お祭りのときには質素なものを有り難くいただく習慣がヨーロッパの食文化にあります。なのであえてクレープシュゼットをご用意させていただきました。

さらにチョコレートを2種類用意していますが、これはビーガンチョコレートです。チョコレートにはだいたい動物性の脂肪であるクリームが入るのですが、今回はオリーブオイルでつくりました。チョコレートにはGABAといわれるアミノラク酸があると最近言われていますが、GABAは、血糖値がスパークして脳がパッと感じるおいしさではありません。GABAは、胃を通り腸にたどりついてはじめて自律神経を抑えられるんです。

「復活祭チョコレート」

松嶋 僕は、ちょっとビターなハーブの香りで、動物性のものが入ってないものを食べるのが本来のチョコレートの役割だと思うんです。もともとチョコレートは医薬品としてトリノで飲まれたのがはじまりです。そもそも、身体のための改善、予防のために食べられてきたのが食の始まりですが、時間とともにそういうものが失われてきた。そんな意味を込めて、今回最後にチョコレートを出しています。

石川 それこそ、レストランの語源はそういうところから来ているんですよね?

松嶋 レストランはパリから始まったと言われています。華やかなパリにやって来た旅行者たちの疲れを癒すものがスープでした。そのスープを提供する場所がレストランのはじまりです。「レストレ=回復させる」という言葉がレストランの語源です。今日みなさんが仔羊を食べて美味しかったと心のどこかで感じられたなら、「回復」できるかもしれません。

人間は食べることを忙しくしてしまいました。今日もみなさんはAIディナーに時間かけて来ていますが、ここで何が起きてるかというと豊かさなんです。

石川 ヒマじゃないと来れないですよね、こんな回には。

松嶋 忙しくても、こういう時間を設けることが豊かさだと思います。人間は知らないうちに豊かさを放棄しているのではないかと思います。美味しいものを食べたければ、いろいろなところに行けばいいけれど、レストランは、人間関係も含めて回復させる場所。だから会食で選ばれるのがレストランなのかなと。

石川 いい話ですねぇ。今日はありがとうございました!


profile

松嶋啓介 | Keisuke Matsushima
1977年福岡県生まれ。シェフ/レストラン経営者。料理学校卒業後、東京のレストランに勤務後、料理修業のため渡仏。フランス各地での修行を経て、2002年、ニースにレストラン「Kei’s Passion」開店。06年、ミシュランガイドで一ツ星を獲得。同年、増床改装し、店名を「KEISUKE MATSUSHIMA」に改める。09年、原宿に「Restaurant-I」(現「KEISUKE MATSUSHIMA」)をオープン。

profile

石川善樹|Yoshiki Ishikawa
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)、『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。